FF0_0740 過ぎたるものⅤ ~グランフォート摩耶&アレゴリー⑤~


「《ヘミテオス》の能力も想定外なのよ。元々ここまで人間離れする仕様じゃなかった」


 悠亜の言葉に、十路の脳裏によみがえる。


 淡路島の少女は、肉の巨人に。

 名も知らぬ女性は、獣の肉体で構成された女郎蜘蛛に。

 かつての上官は、狩人たる人狼に。

 そして後輩の少女は、空想にも登場しない雷獣に。


 いずれも童話の名を冠する悪魔たちとなった。


「なんといっても一番の想定外は、『管理者No.003』が分割して生まれてしまったことだろうけど」

「『分割』なんですか? コピーとかじゃなくて」


 これまでの話から薄々察してはいたが、人間がデータ化されたという話を聞くと、腑に落ちない部分もある。念のためで出した十路の確認に、悠亜は軽く頷き返す。


「分割圧縮で送信された管理者No.003『麻美』のデータは、この時間軸ではちゃんと結合解凍されずに、複数の《塔》で、複数の分身アバターが作られてしまったの。私も樹里ちゃんも、《女帝エンプレス》も、この間のヂェンも、そのひとつ。オリジナルからしてみれば、ほんの一部に過ぎないのよ」


 だから、彼女たちは『欠片』と呼び、呼ばれていた。

 当然のようで、同時に異常とも思う。人間が分割されると聞けば、常人の常識ではバラバラ死体しか想像できない。それが肉体年齢に幅があれど、同一の姿を持ち、それぞれに独立して人と変わらず動いていた。


「『欠片わたしたち』は、クローンではないの。や、植物のクローンみたいなのは、否定できないけどね」

「挿し木のことですか?」

「えぇ。母体から切り取って増やせば、遺伝子は同じ。だけどそれぞれ独立した個体と見なすでしょ? 『欠片わたしたち』もそういうこと」

「淡路島でヂェンって女は、同じとか言ってましたけど」

「それこそスワンプマンの命題。同じと考えるか、別々と考えるかは、人それぞれ。だから《騎士ナイト》くんも見たとおり、『欠片』同士で争うこともある」


 悠亜とヂェンは、初対面ではない、いわくありそうな口を利いていた。

 羽須美と偽羽須美たちも同様に、戦う理由が存在したはず。

 『管理者No.003』同士で意見が分かれること自体、別の存在だと考えたほうが自然なのだろう。十路はそれで納得したが、悠亜は更に続ける。


「ユングの元型論は、心理学っていうかオカルトにしか思えないから、あんまり好きじゃないんだけど……それで例えれば、私は麻美の太母グレート・マザーの側面が強い、のかしら?」


 慈しみ、束縛、そして破滅。地母神であり破壊神たる鬼子母神。


「この例で言えば、ヂェン雅玲ヤリン仮面ペルソナ。《女帝エンプレス》は英雄ミラクルチルドレン。淡路島のアサミあのコ永遠の少女プエル・エルテナ?」


 仮面ペルソナは、他者や社会との適応。

 英雄ミラクルチルドレンは、未来への可能性。

 永遠の少女プエル・エルテナは純真さと社会不適合性。


 心理学に興味はない。アフリカで交戦したふたりの『管理者No.003』はなんの元型アーキタイプに該当するのか、わずか頭の隅で考えたが、口に出すほどの疑問でもない。

 だから十路は別の疑問を口にした。


「妹さんは?」

「樹里ちゃんは、シャッテンってところ? 麻美の未熟な部分、動物的な本能を色濃く引き継いでると思うわ」


 言われて真っ先に十路が思い浮かべたのは、人懐こい顔でちょっと小首を傾げる、子犬ワンコ感まる出しの樹里だった。

 それは反射的なもので、動物や本能といった言葉が、そういう意味ではないのはわかっている。狂気の金に染まった瞳で部分的な変化を行い、合成獣キメラに完全変身した姿を本性と見なした評価だというのは理解できる。


「こんな風に、私は自分のことを、元の麻美とも他の『欠片』とも違う、独立した個体だと思ってる。多分だけど、《女帝エンプレス》も似たような考えだったと思う。だけどそうじゃない『欠片』もいる」


 思い出す。淡路島で樹里相手になにか《魔法》を使い、アサミは塵と化して崩れた。『欠片』たちの口から数度出ていたような気がする。


「回収……?」

「えぇ。分散してしまった麻美の人格データを回収して統合。《女帝エンプレス》はこのために活動していた」

「羽須美さんは、麻美に戻りたかったってことですか……?」

「や。違う」


 『や~、どう説明したらいいかなー?』と頭をかくのを見守るまでもない。すぐに悠亜は考えをまとめて話を再開させる。


「私は根本的に、未来から持ち込まれたテクノロジーも、その産物である自分自身も、この世界に存在してはならない異物だと思ってる。いくら滅亡対策に送り込まれたとはいえ、この時代の人間は、この時代の問題に向き合ってるんだから、未来の問題に巻き込むのは間違いだってね。でも送り込まれた以上、もうどうにもできないから、できるだけ波風立たせたくないわけ。無理矢理分類すれば、保守穏健派なのね? 《女帝エンプレス》も多分こっちに近かったはず」


 十路が知る羽須美の性格は、保守や穏健という言葉が似合わない気がしたが、余計な口は挟まないでおく。それを言うと、夫を張り倒す悠亜が穏健かという余計な問題にも触れてしまいそうだし、今は関係ない。


「だけど麻美であることに固執する『欠片』はそうじゃなくて、積極革新派なの。この時代に送り込まれた本来の役割をこなすためには、記憶が分割されている『欠片』を集める必要があると思って暗躍してる」

「つまり羽須美さんは、革新派の『欠片』に勝手をさせないために回収していた?」

「そ。だからお互いのこと知ってても、私は《女帝エンプレス》と戦ったことないわ」


 そういう意味なら羽須美らしい。彼女は自分の役割から外れ、自分の縄張りをおかさないモノに対しては無関心だった。


「というか、《女帝エンプレス》とは協力関係にあったとも言えるし」

「羽須美さんからあなたのことなんて聞いたことないですけど?」

「やー。話すわけないっていうか、それ以前でしょうね。つばめを通した関係だから、直接会うどころか話したことも、数えるくらいしかないのよ」

「それでどうやって協力を?」

「お互いの影武者みたいな? 襲ってきた『欠片』とか、その協力者を返り討ちにするのに、私が派手にやり過ぎちゃったこともあって。そういうのは《女帝エンプレス》がやったってことになってる。逆に、私が所在地明らかにしてるだけで陽動になるから、その隙に《女帝エンプレス》が秘密の行動してたとか」


 悠亜が《デュラハン》という別名を持っていたのを思い出す。十路はそんな別名を持つ《魔法使いソーサラー》を知らなかった。

 もしかすれば羽須美が《女帝エンプレス》と呼ばれた理由――敵性 《魔法使いソーサラー》の撃破数は、悠亜のものが含まれているのだろうか。だから《デュラハン》はあまり知られていないのか。



 △▼△▼△▼△▼



 場末の酒場では、管理者No.003という、集団でもある個人の話に収束している。

 一方マンションは、もっと大局的で、かつ個人的な話に収束していく。


 それがこの三〇年、世界の裏側で行われてきたことだった。


「こんななんちゃって過去改変、最初っから科学者一家の中でも意見が割れていた」


 提案し実行した当人は当然。その娘も消極的ながらも、他に方法はないからと賛意を示した。

 しかしながら科学者の妻と、娘婿は、不可能で無駄な行為であると断じた。


「この時代で《ヘミテオス》として再生した彼らの関係は、複雑に、そして悪化した。完全失敗すると思ってたことが、半端でも成功しちゃったから、奥さんと娘婿は本気になって止めにかかるようになった」


 元は単なる主張の違いだった。しかし現実に、本当にテクノロジーを二十席なってしまうと、話は変わる。


「神サマという世紀のペテン師になるために」


 片や、滅亡の未来を遠ざけて導くために。


出来損ないの神ヘミテオスを神サマにさせないために」


 片や、本来の歴史に異分子を介入させないために。


「お互いを敵と定めて、行動を開始した」


 誰もが正しい、どちらにも正義がある――そして全てが無駄になるかもしれない、どちらもが間違った暗闘が開始された。


「彼らはまず、この世界への浸透を開始した」


 突然二〇世紀末に発生した《ヘミテオス》たちは、物理的には強力な力は持ちえど、それ以外――直接的に未来を変えるような力はない。

 ようやく実用化され、まだ流言飛語が飛び交うと見なされていたインターネットを用いても、誰も言葉を耳に傾けてくれるわけはない。日本の場合、起こるかわからない数百年先の滅亡よりも、間近に迫っていたノストラダムスの大予言が注目される時期だ。


 武力弾圧を行って無理矢理にでも発言力を得ることはできなくもないが、そんな恐怖政治はほころびが生じれば、すぐに崩壊する。しかも彼らはそれぞれ思いは違えど、救うために行動しているのだから、本末転倒とある。


 だから正体を隠し、この世界に影響を与えられる協力者となる者を作った。

 それには地道に信を得て、影響力を拡大していくしかない。この世界に満ちているのは科学で、オカルトではない。常人から見れば超常の力を操る彼らとて、人の心を操ることはできないのだから。


「ビジネスマンとして、投資家として……占い師として。政界・官界・財界に食い込んだんだよ」


 だが、近いことは可能だ。

 彼らには知識がある。ようやく携帯電話PHSが一般化された時代は、記憶にあるそれまでと比べてあまりにもローテク過ぎるが、彼ら自身と共に様々なデータが持ち込まれている。

 二一世紀への変革と共に、IT産業の発展を裏から操ることもできなくはない。


 そして地球を知り、操作することができる。仕様の違う環境操作システムを把握しながらの、四苦八苦でありながらも。


 成長産業を予見できる。

 資源が出る土地を知ることができる。

 災害発生を教えることができる。

 当人たちとっては単なるインチキに過ぎないが、知らなければ彼らの言葉は未来予知として映る。そのとおりに行動すれば成功が約束されているのだから、当然信望を集める。


「彼らが本格的に争い始めたのは、およそ一五年前……この世界にとっては、それまでわけわからない物体でしかなかった《塔》と《マナ》の使い道が示された頃」


 二一世紀、オカルトが科学で再現され、《魔法》の歴史が始まった。


「ごく低確率でも、大気に散布されたナノテクノロジーが新生児の脳を作り変えるなんて、当初の仕様には存在しなかった……だけど生まれてしまった以上、どうしようもない。だからそれなりの立場をこの世界で得た、科学者だった男は、その病気を発症した子供たちの管理と利用を目論んだ」


 それがオルガノン症候群発症者――後に《魔法使いソーサラー》と呼ばれる者たち。


「それを察知した奥さんと娘婿は、先じて手を打った。なにせこのふたりの目的が目的だからね? この時代を未来人の好き勝手させないために動くには、未来人であることを隠して社会的影響力を持つっていうジレンマがあったから、権力でも財力でも負けていた。なし崩しに男の一強体制にしないためには、仕方なく大きな手を打つ必要があった」


 それが《魔法使いの杖アビスツール》というインターフェースシステムの出現。

 彼ら《ヘミテオス》の独壇場だった環境操作テクノロジーの使用権限を、制限つきで特定の一部なれど、この時代の人間にも解放した。


「男と娘婿がそれぞれ作った会社を通じ、《魔法》という新しいテクノロジーを世界各国に浸透させて、社会的影響力を拡大……商品のシェアという意味で拮抗させることに成功したわけ。なにかの拍子にバランスが崩れる危うさの上、社会が混乱するのは、わかりきってたけど」


 政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。

 企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。

 軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。


 一般人が知る表面上はまだしも、暗部では《魔法使い》を巡り、利用した、静かなる混乱の時代へと転じた。

 神話の時代の再来。それまでの常識が全く通用しない、組織を圧倒する個の力の登場。人間ひとりと機械ひとつを見逃しただけで、国が滅びる事態になりかねない、とてつもない緊張が世界に満ちている。


「この頃からかな……男は、ちょっとおかしくなり始めた。当人にそんな自覚はないだろうけど」


 科学者だった男は、孤独だった。尊敬を集め、周りに人々が集おうとも。

 正体や目的は打ち明けられない。打ち明けたところでどうしようもない。滅亡の回避という終わりの見えない役割に向けて、孤高に動くしかない。

 科学者の妻と娘婿が敵になってしまったことは、まだ諦められる。言ってしまえば、家族とはいえ、赤の他人なのだから。

 だが、娘がいない。味方してくれるはずだった、血を分けた愛すべき家族は、存在するけれども、いない。


「娘は、実質的には行方不明。分裂して存在して、男に賛意を示して協力する『欠片』もいれば、反抗して妻と娘婿側につく『欠片』もいた。そりゃあ、オリジナルの娘とは別モノでしょ?」


 なによりも『欠片』は、娘と同じ姿を持てど、別人だ。持っている記憶は断片的で、株分けした植物のように独自の人格へと成長する。


「だから、娘を取り戻そうと動き始めた……また絶対にやってはいけない、二度目の過ちを犯し始めた」

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