FF0_0720 過ぎたるものⅢ ~グランフォート摩耶&アレゴリー③~


「三〇点の減点理由は、なんでありますか?」


 採点された当人ではなく、野依崎がそれを問うと、つばめはほがらかな、けれども目だけは真剣な顔を向ける。


「さすがコゼットちゃん、いいところ突いてる。だけどまだまだ浅い」

「まぁ確かに、欠けているでありますね」

「あれ? フォーちゃんなら、リヒトくんからなにか聞いてる?」

ノゥ。自分が知っているのは、《ヘミテオス》が持つアバター形成万能細胞の、ごく一部の情報だけでありますが――」


 野依崎は、リヒトによって生み出された、遺伝子工学的に製造された人造の《魔法使いソーサラー》だ。しかも彼の教育を受けた結果、ハッキングによる情報戦を得意とし、オーバーテクノロジーのブラックボックス部分をいじって、専門技術者である《付与術士エンチャンター》でも不可能な行為を行っている。

 よって《ヘミテオス》をはじめとする秘匿情報について、部分的には当事者である樹里や十路よりも詳しい。


「それだけでも、色々と推測はできるであります」


 しかも見た目は寝ぼけた子供なのに、大人顔負けの頭脳を持っている。


「疑問その一。時間跳躍タイムリープが技術的に可能と仮定して、なぜ未来人は過去に汎用惑星改造テラフォーミングシステムを、この時間軸に送りこんだのでありますか?」

「映画だと大体、歴史の改変ってのが相場だよね。なんかよくわからんまま過去に跳ぶ時はまだしも、大規模なギミックがある時は、SFジャンルかアクションで人類滅亡レベルの危機ってのも相場」


 前髪をかき上げながら、南十星が口を挟む。疑問を口にした野依崎当人が、そこは同感と軽く頷く。


「疑問その二。なんらかの危機を阻止するために汎用惑星改造テラフォーミングシステムを時間跳躍タイムリープで送り込んだと仮定した場合、三〇年前、当時二〇世紀末の時空間に生きる人間に対して、未来人は適切なアプローチを行ったのでありますか?」

「あー。そこ確かに不自然ですよね。秘密にしたいのか、表立たせたいのか、チグハグですし」


 気のない口調のナージャは、長い三つ編みの尻尾を振り回す。


 どのくらい未来か不明だが、滅亡が確定した事実だとしても、過去げんざいに生きる人々にとっては知りようがなく、戯言と同じだ。

 未来人たちが信憑性ある証拠を示せたとしても、二一世紀の人間たちは、国家上層部で情報を秘匿し、少なくともギリギリになるまで一般市民に開示しないだろう。あまりにも影響が大きすぎる。


 そう考えると、危機の証拠および対策として《塔》を建造したのは、使い方が悪い。未来の危機や、未来人の存在が表沙汰になっていないのに、《塔》をはじめとするシステムが、わけもわからず表沙汰になっている。

 もっと危機が近づいた時点で送り込み、有無を言わさず信じさせるのが、正しい使い方ではなかろうか。


 危機の回避に長期的な対策が必要だとしても、悠長すぎる気がしてならない。

 《塔》と《マナ》の出現から、《魔法使いの杖アビスツール》および《魔法使いソーサラー》の出現までは、時間が空いている。加えて《魔法使いソーサラー》が発生する確立はとても低く、現状ランダムに発生すると思われている。


 オーバーテクノロジーを扱える新人類|魔法使い《ソーサラー》が必要なのだとすれば、全人類――胎児でなければ遺伝子操作できないのであれば、三〇年前を境に生まれる子供全てを改造したほういい。義務教育のようなもので、全員が最低限これができるというラインを作り、その上で入試試験のように選抜していけば、まだ混乱は多少でもマシのはず。


 急激では軋轢あつれきが大きくなるため、穏やかな変化が意図された、というのは考えられない。

 《塔》が出現した時点で、現代の人間にとっては既に『穏やか』で済む範囲を超えている。《魔法使いソーサラー》の出現は、それに輪をかけた混乱だ。秘匿性や社会の影響度を考慮するなら、地球を改造するよりも前に方法がある。

 野依崎が証拠となる。《マナ》で遺伝子をいじるにしても、《塔》を作らずとももっと小規模の設備で、秘密裏に《魔法使いソーサラー》を生み出すことは可能なはず。


 誰かの意図で現在があるのだとすれば、とにかくデタラメとしか思えない。考えなしの子供が場当たり的にやったと言われたほうが、まだ納得できる。

 群盲象を評すように、全体像を把握しないと理解つかない壮大な策略を、部分的に見ているだけなのか。それとも。


「疑問その三。ここ三〇年の歴史や世界情勢はもちろん、汎用惑星改造テラフォーミングシステムの機能までもを含めて、未来人が想定したシナリオどおりに動いているのでありますか?」


 事故かなにか、想定外の要因を含んだ結果ではないか。

 野依崎はある種の確信を浮かべた灰色の瞳を、つばめに向けた。



 △▼△▼△▼△▼



 採点は半端な数字なので、どこまでを正解と判断されたのかわからないから、十路は気にしても仕方ないと口を動かす。


「オリジナルの《ヘミテオス》……『管理者』は、未来人なのか?」


 《ヘミテオス》は、特殊な細胞と能力を持つ者の総称であり、言葉の使い方として相応しくないだろう。因子を分け与えられた十路も《ヘミテオス》として扱れているが、過去を思い出せば『準管理者』という別枠に入っていた。


「いいや。スワンプマンだ」

沼男スワンプマン……?」

「その程度も知らねェのかョ……パーフィットの転送機問題は?」


 スワンプマンは、アメリカの哲学者ドナルド・デイヴィッドソンが考案した、人格の同一性問題を考える思考実験のことだ。『そこから説明しねェとならねェのか』と言わんばかりにリヒトは舌打ちしたが、哲学や心理学に興味がなければ知ることではない。


 ある男が沼にハイキングに出かけ、不運にも突然雷に打たれて死んでしまう。その時、もうひとつ別の雷がすぐ傍に落ち、沼の汚泥に不思議な化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一形状の人物を生み出してしまう。

 原子レベルまで死んだ瞬間の男と同一の構造をしており、見かけはもちろん、記憶も知識も全く同一の、完全なるコピー。スーパーヒーローの活躍を描くアメリカン・コミックの悪役ヴィランのような設定が、スワンプマンだ。


 スワンプマンは自覚ないまま、死んだ男の家族と共に生活し、死んだ男の職場で働き、社会に溶けこんでいれば。

 果たして死んだ男とスワンプマンは、違う存在なのか? 同じ存在なのか? 


「記憶は間違いなく引き継いでらァ。肉体もオリジナルと同じように構築されてンのも確かだ。だが、元のヤツと、オリジナルの《ヘミテオス》は、全く別の存在だ」


 イギリスの哲学者デレク・パーフィットの転送機問題も、似たような同一性問題の思考実験だ。

 人間を送るファックスがあるとしよう。人間の情報を読み取って発信し、離れた場所で受信すると生体組織バイオ3Dプリンターで肉体を作り上げる。

 すると、当人の認識では瞬間移動したように感じるだろうが、第三者から見ると全く同じ人間がふたり存在することになる。果たしてどちらが本物なのか。いやそもそも本物偽者という区別が存在するのか。


 リヒトが言ってることは、こちらが近い。そして彼は、未来人であるオリジナルの存在を認めつつも、コピーである《ヘミテオス》とを独立した別個体として扱っている。


「精神転送って、科学的に否定されてたと思うけど……まぁいいや」


 立ちはだかる技術的な問題については、時間跳躍タイムリープも可能な未来科学があるとして、無視する。

 十路にとっては、それよりも大事な確認事項がある。


時間跳躍タイムリープは、物質を送り込めない?」

「あァ」


 先ほどの、リヒトの同一性問題解釈に納得する。

 アニメや映画で見るようなタイムトラベルとは違うのだ。時計の針が逆転してたり、過去の資料映像が断片的に流れるような、ウニョウニョした謎の超空間的トンネルを通ってやって来たわけではない。オーバーテクノロジーとはいえ、そこまでは不可能らしい。


 現状では未知の通信方法で、精神データのみ時空間を越えた。

 オリジナルの《ヘミテオス》は、中身は未来人だとしても、肉体はこの時代で生み出されたもの。分身アバターというより、擬似的な転生と考えてよかろう。


 だとすると、大きな矛盾が生まれる。


「未来のテクノロジーが三〇年前――《魔法》抜きの、純粋な二〇世紀水準の科学で、既に作られてたってことになるんだが?」


 再生医療、万能細胞という言葉が世に出たのは、二〇世紀の終わり。ノーベル賞受賞の理由になったほどの画期的な技術だ。

 それよりも前に、遙かに高性能なアバター形成万能細胞がこの世になければ、《ヘミテオス》は存在していない。


 《塔》は一夜にして生まれた。巨大建造物をそんな極短時間で作り上げる技術など、現在でも存在していない。

 なのに三〇年前、世界複数個所でそれが行われた。


 なにより、未来から過去へ向けて、現在では理論すら怪しい方法で通信が行われたとしても、どうやって受信した?

 携帯電話を持っていない相手と電話で話せるわけはない。双方向ではなく一方的なスパムメールだとしても、どうやって受け取って内容を知ることができる?

 アバター形成万能細胞、《マナ》となるナノテクノロジーや《塔》は、未来人が教えることで二〇世紀でも制作可能と仮定しても、その超時空通信を受信できないと絶対に現状は生まれていない。


 対するリヒトと悠亜の回答は、にべもなかった。詳細を聞くより前に無責任を思ってしまうほどに。


「知らねェ」

「真面目な話、説明できない奇跡が起こったと思ってるわ」

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