FF0_0510 追跡、そして戦端Ⅲ ~ジャザイール民主人民共和国 シレト~


 《使い魔ファミリア》のしらせは、新たな異変発生だった。


 十路に課せられた任務は、超国家的な連携をしていたのか、それとも単に政治的なやり取りがあっただけなのか、そこまでは知らないし、知る必要もなかった。すぐさま救援物資や人員を被災した街に運んできた輸送ヘリにオートバイごと乗り込み、空路で現場に急行することになった。管轄の違う組織を跨いで行動できるなど、通常考えられない即応性だ。

 それだけ状況が危険で重要で、しかも切迫していると改めて思い知り、人民国軍のZ-9哨戒輸送ヘリの中で、《使い魔ファミリア》ごしに詳しい報告を受けた。


 場所は一〇〇キロほど西に進んだ、《塔》により近い小さな砂漠の街だった。砂漠を陸路で縦断する補給地点以上の価値はない、そんな街だ。当然先進国の都市部ほど発展し、人口や家屋が過密状態ではない。

 その街中や周辺の荒野に、迫撃砲か自走砲でも撃ち込まれたかのように、土煙が立ち上ったのが、たまたま撮影された風の影像が残っていた。


 事態はまだ終わっていないと、暗視状態で望遠した十路の視界に映った。


 高度を地上ギリギリまで下げる他は、停止すらヘリパイロットに求めることなく、《真神》に跨ったまま十路は飛び降り、離れた場所から現場へと接近する。ヘリは本来の指揮命令系統に帰還させた。しばらくは情報収集で上空を旋回していたが、戦闘能力か燃料か暗視装置の都合かで、すぐに飛び去っていった。


「サージェント! なにが起こってるか観測できるか!?」


 機能接続している《八九式小銃》をスリングで背負った十路は、《使い魔ファミリア》に情報収集を命じながらも、自分でも《魔法》の索敵系を起動させた。


「なにが戦ってる!? 攻撃種別は!?」

【確認不可能。ただし砲撃・空爆の可能性は低】


 爆発の原因である兵器が確認できない。航空機や砲そのものだけでなく、飛来して爆発する飛翔体が存在しない。

 ならば設置型の爆発物を考えたが、それにしては被害が大きく、被害箇所が散発している。もちろん距離がまだあったので、確認できないことも考慮した。


「接敵機動! 状況によっては即座に攻撃に移行! 警戒を厳に!」

【はい】


 最早悠長に偵察などする気はない。情報収集という意味では同じだが、接近し、相手を確認することが目的だ。隠密性など捨て、むしろ十路の接近でどう反応するか、相手に気づかせることも目的に入っている。



 △▼△▼△▼△▼



 前の暴虐とは状況が違うらしく、今度は少なくない生存者が、慌てて砂漠に逃げ出す混乱が存在した。

 その混乱に乗じるように、十路は小さな街に侵入した。接近中で見た爆発も散発的だったが、十路が街に入ると、その爆発も起こらなかった。市街戦で当然あるべき、銃声が一発もない。

 しかし戦闘終了の判断はできなかった。


「なんだ、この音……? 正体わかるか?」

【不明】


 代わりに人間の耳には捉えられない、《使い魔ファミリア》と《魔法使いソーサラー》のセンサー能力だからわかる、超高周波音が響いていた。直接攻撃を行う《魔法回路EC-Circuit》が形成されたほどの高エネルギーではないが、電磁波の発生も捉えた。

 偶然撮影されてから、最低でも一時間以上は経っているはずだが、何事かはまだ終わっていない。以前戦闘は継続中、何者かが臨戦態勢を保っていると判断した。

 スリングを肩にかけたまま、小銃をハンドルに乗せて左手一本で構え、地面を蹴って進むほどの微速で、警戒しながら十路は進んだ。

 障害物が多いため、索敵系があまり役に立たない。視界も当然通らない。血臭や砂塵で感覚が妨げられる。


「!」


 だが音と電磁波の変化と、培われた勘が、十路の体を動かした。右手のアクセルスロットを捻り、旋回しながら地面に倒れた。

 直後、建物に小爆発が次々と起こり、胸の高さだった空間をなにかが高速で駆け抜けた。機関銃の掃射とは明らかに違う。多銃身機関銃よりも間断ない連射速度で、日干しアドベレンガが粉砕される他はほぼ無音だった。


(なんだ、この攻撃……!?)


 中ほどがことごとく破壊されてしまったため、建物はダルマ落としのように倒壊した。その粉塵の中、十路は寝そべったまま、フルオートで射撃する。射線は通っていないので、《発射後軌道修正弾EXACTO》を銃弾に付与して、障害物を跳び越す軌跡を描かせ、アクセルを開いた。

 移動する隙を作る牽制以上を期待していたなかったが、銃撃はなにか効果があったのか。無音の銃撃が止んだ。


(今度はなんだよ!?)


 わずかな間を置いて、飛び交う電磁波が強力になり、爆発音が発生した。その前に瓦礫を盛大に粉砕してなにかが飛び込み、十路と《真神》が倒れていた場所に大穴を空けた。その様は爆発物よりも、純粋な運動エネルギー――たとえば戦車砲の徹甲弾に似ていた。


(くっそ……! 思ったより厄介だ……!)


 十路が知る羽須美の戦い方とは違う。だが攻撃者が羽須美ではないとは限らない。戦術を隠すなど、《魔法使いソーサラー》にとって当たり前のことだ。

 民間人がいないことを祈りながら街の疾走すると、その後を追うように、砲撃が次々と襲い、盛大に土砂を跳ね上げる。

 このままではジリ貧だと舌を撃つ。どうやら相手も十路の位置をおおよそでしか把握していないらしく、攻撃は大雑把だが、こうも全てを吹き飛ばしていけば、いずれ射線が通って正確になる。


 その前に、十路は勝負に出ることにした。走りながら弾倉を交換した小銃を背負い、両手でハンドルを握る。区画整備などされていないが、荒野に建つ街の道だから、スピードを出す余裕は充分にある。


「サージェント! 着地は自力で!」

【はい】


 マスターではない十路では、《真神》で《魔法》は使えない。それだけ指示して、瓦礫の山をジャンプ台にして跳ぶ。更にはシートを蹴って跳び、車体を捨てて身軽になる。

 街を見下ろせる空中で、索敵系の《魔法》を一気に実行した。地形や被害状況、生命反応など、一気に情報が生体コンピュータに取り込もうとした。

 だがおかしい。攻撃者の情報が、フィードバックされない。存在しなければならないはずのデータが存在しない。レーダー上でステルス機が確認できないようなものとも違う。それより遙かにおかしい。


(なんだこれ!? どうなってる!?)


 術式プログラムが起動せず、視界にノイズが走る。

 原因不明だが《魔法》を諦め、裸眼で見ると、暗闇の中に人影は見えた。きっと砂塵まみだろうポンチョを着て、長い棒を持っていた。

 『彼女』である保障はない。だが持っている棒から、疑念が深まったのも確かだった。


 十路が空中に飛び出したことで、向こうにも情報が渡った。もしも相手が『彼女』だとすれば、戦っているのが誰かも知れたはず。

 だがその人物は、対応を変えなかった。想定していたとはいえ、他の行動を取って欲しかったが、その希望もついえた。

 十路は空中に《磁気浮上システム》の仮想磁力線レールを敷き、進行方向を無理矢理変える。同時に攻撃者の棒が青白い光を発し、《魔法回路EC-Circuit》を形成し、地面を操作した。


 三次元物質操作クレイトロニクスで植物の急成長のように出現したのは、無骨な腕に支持された大きな円盤だった。一見なんのための機器なのかわからず、楽器のシンバルでも出てきたのかと思った。

 向かい合わせされたふたつの円盤が高周波音を立てて、土が材料とは思えない滑らかな高速回転を行うと、その目的が嫌でも理解した。同時に空中で回避機動を取ったのを正解だと思い知った。


遠心銃DREAD!?)


 火薬爆発でも液体燃料推進でも電磁力でもなく、高速で回転する円盤から弾丸を遠心力で発射する、現状研究しかされていないはずの兵器だ。発射炎も銃声も発生させず、無反動で弾丸を放つ。いうなれば超音速のピッチングマシーンだ。

 十路の知識では、無重力空間での使用を前提とした技術のはず。それが地上で仮想再現されていた。


(マジか!?)


 その連射速度は、現存機関銃の一〇〇倍以上にもなるので、制圧能力は比較にならない。たった一基で弾幕を張ることができてしまえる。

 腕を動かしながら十路を追従して、真球の弾丸をばら撒いてくる。対空砲火を集中して浴びる戦闘機の気分を味わいながら、ジェットコースターのような擬似三次元回避機動を行い、十路は地面に降りる。悠長に着地などしていたら撃たれてしまうから、回転受身を取ってベクトルそのまま走り、遮蔽物に陰に入る。レンガと違って地面の高低差に身を隠したので、銃弾では絶対に撃ち抜けない。


 だから即座に攻撃者は術式プログラムを切り替えた。遠心銃DREADを維持したまま別の《魔法回路EC-Circuit》が展開され、地面から別の機器が出現した。今度はチューバか、デフォルメされたトランペットのような、金管楽器を思わせた。

 先ほど散々追い回された砲撃が、また再開された。


爆発成形侵徹体EFP!?)


 簡単に言えば、発射と同時に、爆発力で金属板を徹甲弾に加工する技術だ。言ってしまえばそれだけのことなのに、通常の砲弾よりも速く飛翔し、装甲貫通能力は一〇倍以上になる。

 既に兵器として確立していて、自己鍛造弾という呼び方が一般的だが、《魔法》で発射された仕組みは、従来のものとは違うだろうから相応しくない。金属のライナーを鍛造加工しているのではなく、地面を材料にセラミックスを爆発圧縮形成させて飛ばしている、未知の技術だ。硬さはともかく、密度と重量が伴わないように思うが、立派に兵器として機能し、十路が隠れた地面を盛大にえぐった。

 慌てて首を引っ込めて物陰を移動するその後を、次々と石の砲弾が撃ち込まれる。


るしかないってことかよ……!)


 もしも羽須美であったなら、まずは事情を問う、説得するなど、考える余裕は皆無だった。気を抜けば十路が即座に叩き潰されてしまう。

 その余裕を作るためにも、十路は物陰から飛び出る前から、様々な《魔法》を付与した銃弾を放つ。薬室チャンバーにまだ銃弾があるうちに弾倉を交換し、銃撃を途切れさせずに接近戦を挑もうとした。脳内に妙なノイズが奔ったが、気にしてなどいられなかった。


「ぬおっ!?」


 それが実行する前に距離を詰めたかったが、阻止された。攻撃者の棒が《魔法》の光を宿し、振り回された。

 《魔法回路EC-Circuit》は旗布のようになびいた。曲線を描いて攻撃者の前に留まり、銃弾をあらぬ方向へ弾き飛ばした。しかし先端は波打ちながら伸びてきたので、十路は走り高跳びのベリーロールのように、大仰に体勢を崩しながら、必死になって避けるしかなかった。


(これは……! やっぱり……!)


 『彼女』が使う《魔法》の中で、他に類を見ない独自性を持つ、フラグシップと呼べる術式プログラム――《軟剣》だった。


 新体操競技のリボンのようにしななびきながら伸びる仮想の刃を、一体どのように操作しているのか。攻撃にも防御にも自在で、刺突も斬撃も打撃も与えることができる。大火力が登場しない対人白兵戦ではほぼ無敵。初めて相対した敵には、初見殺しとして働く。

 十路は訓練で何度も見て、実際に戦ったこともあるが、一度も突破できたことはない。


 カウンター狙いでギリギリの見切りで避けようとしても、軌跡が複雑すぎて見切れないか、思いもよらない方向から逆カウンターが襲ってくることを知っているから、オーバーに避ける選択しかなかった。

 とはいえ、無様に地面を転がって無防備な体をさらし、棒を首筋に突きつけられれば、他になかったのかと後悔が生まれた。


 ただ、そこまで近づけば、闇の中でも嫌でも見えた。

 突きつけられているのは、機能上必要な他は、特別装飾などない素っ気ない長柄に装着された、幅広のサバイバルナイフのような刃だ。正確には剣槍グレイブと称するべきだろうが、持ち主は薙刀と呼んでいた。

 アフリカ大陸に上陸してから一度も出していなかった羽須美専用の《魔法使いの杖アビスツール》――《無銘》。


 その刃を突きつける、フードの中の顔も、ハッキリ見えた。


「はす――」


 言葉を交わす間も、彼女の躊躇もなく、十路に突きつけられた刃が軽く引かれた。一気に喉へ突き込んで、頚椎動脈・頚髄まで破壊しようとする意図が伝わった。


「相手間違えてんじゃないわよ」


 だが、その瞬間は訪れなかった。擬装の排気音は切られていたので、瓦礫を踏みしめる音と、重い打撃音だけが響いた。仰向けに倒れた十路の上を通過した、大きななにかが体当たりし、盛大にね飛ばした。


「や~。《杖》盗られてどうしようか焦ってたところに、十路がサージを連れてきてくれて助かったわ」


 華麗に着地し、ターンで盛大に地面を削って停車したオートバイから、戦闘中であることを忘れさせる、場にそぐわない女性の声が発せられた。


「…………は?」


 身を起こしかけた、中途半端な体勢で動きを止め、十路は間抜けな声を出してしまった。


 十路は振り向いた。交通事故で盛大に吹き飛ばされ、邪魔そうにポンチョのフードを脱ぎ、立ち上がって改めて《無銘》を構える女性に。

 やはり羽須美だった。


 十路は振り向いた。彼が乗り捨てた《真神》の左ハンドルを握り、右手は分離させた照準線ビームライディング誘導システムを向けて、不敵な笑みを浮かべている女性に。

 こちらも羽須美だった。


 髪型や服装に差はあったが、背丈も体つきも顔も全く同じにしか見えない。

 『衣川羽須美』がふたり存在していた。

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