FF0_0500 追跡、そして戦端Ⅱ ~ジャザイール民主人民共和国 ラマンラセット~


 《使い魔ファミリア》と共に現場に到着した十路が見たのは、見たことのない破壊痕だった。一般人ならば瓦礫と化した街に胸を痛め、いまだ野ざらしの遺体に目を背けるだろう。災害として派遣された人民国軍や、様々な国の救援部隊の者たちも、唖然としていたり、戦慄していたりと、様々な反応を顔に浮かべていた。


(なんだあれ? 大口径の砲で散弾でもばら撒かれたのか? いや、そんなもんじゃないよな。クラスター爆弾?)


 日中、遺体回収や生存者探索を手伝っていた十路は、作業を終えて焚き火に当たりながら、眉間にしわを作った。きっと高度な政治的なやりとりがあったのだろう、彼は名目上、救援と調査の名目で国境を越えたが、実情は違う。少し離れた場所でひとりテントを張り、休息していた。


 十路はひとりで行動しているから、切り良いところで作業を切り上げたが、本格的に送り込まれた部隊は、交代しながら夜通しの作業を行っていた。広大な砂漠を挟んでは燃料も貴重だろうから大型の投光器はなく、比べれば頼りない小さな明かりが蠢いている。

 闇の中でも輪郭が見える建物は軒並み粉砕され、地面に大穴が空いていた。小型爆弾をばら撒き、面制圧を行う爆弾や砲弾ならば、近い光景を作り出すかもしれない。


(でも、なぁ……? あの傷、ベアリングか? 爆弾に仕込まれてたとしても、なぁ?)


 視線を移すと、地面にシートが敷かれた一角がある。さすがにハッキリとは見えなかったが、規則正しく細長いものが並んでいるはず。

 収納袋や毛布にくるまれた、犠牲者たちの遺体の一時保管場所だ。事件から時間を経ているが、砂漠の乾燥した気候では腐敗も少ないのが幸いだった。

 昼間、収容する時に改めた遺体を思い出し、十路は首を捻る。


 死因が爆弾と考えるには不自然だった。二次・三次爆傷――破片などの物質による失血・ショック死や、倒壊した建物に押し潰された轢死がほとんどで、一次爆発――爆風で肉体内部にダメージを受けた痕跡が少なかった。周囲の破壊状況と一致しないのだ。

 更に、榴弾や手榴弾のように、爆発物の外殻や内包した金属片が四散したにしては、周辺に破片らしきものが見当たらなかった。

 そもそも破壊力がおかしい。乾燥地帯特有の日干しアドベレンガとはいえ、爆発物の破片で粉砕できるものだろうか。それどころかもっと硬いだろう石材やコンクリートも粉砕していた。柔らかい人体でも、至近距離でなければ貫通するまでならない。大口径銃火器の掃射にさらされたとでも考えたほうが納得できた。

 とどめに遺体の位置だ。どの遺体が生前どの家に住んでるかなど不明だが、ほとんど街中で、バラバラの場所で殺害されていた。つまり安全地帯に逃げる間もなく、事態発生からごく短時間のうちに殺戮されたと考えられる。


(小火力の運動エネルギー兵器で大規模破壊って、効率悪すぎだろ……?)


 爆発物でも使わなければ、建物は容易には倒壊しない。しかし犠牲者の死因は、銃撃に近い。銃火器だけで同じ光景を作ろうと思えば、気泡緩衝材をひとつひとつ潰すような、途方もない時間と労力がかかる。銃口の数にもよるが、住民が逃げる時間が生まれるだろうから、犠牲者はもっと少ないはず。それを防ごうと思えば、大規模な軍団を展開させなければならず、街の戦略的価値や隠密性と矛盾する。

 十路の知識と経験では、具体的な破壊方法がわからない。確信できたのは、ひとつだけ。


(《魔法》が使われたのは間違いないだろうが……他がわからん)


 地味だが、既存の科学力で可能な行為ではないと判じた。もし犠牲者を直接死に至らしめたのが、石のようなそこら中にありふれた物質ならば、破片や銃弾が見つからないのも納得できる。


 十路が思い描いたイメージは、流星雨だった。ファンタジー題材のゲームの魔法で隕石を落下させるような、大小さまざまな質量体が街に放たれる場面が、脳裏に浮かんだ。

 とはいえ、いくら《魔法》を使ったとしても、不可能というより無意味にしか思えなかった。周囲に巨大な岩山でもあったなら、まだ話は違ったが、それもない。破壊と殺戮の結果だけが欲しければ、計数百トンもの土砂を《魔法》で動かすエネルギーがあるなら、それで直接攻撃したほうが遙かに早いし手段も多い。

 

(そんな真似できる《魔法》のあるなし以前に、羽須美さんがこんな非効率なこと、するはずないって思うんだけどな……? でも、なんのための別行動だったかわからないし、決め手がない)


 彼女の痕跡も、見つけることはできなかった。数少ない生存者の証言も、突然なにが起こった理解していないものばかりで、足取りは掴めなかった。


(大体、なんのために、あの人は単独行動したんだ?)


 他になにかあるかと考える。羽須美の目的となりそうな要素は。

 そもそも国際平和維持活動PKOでアフリカ大陸に派遣されたのだから、政情が不安定な地域だ。武装勢力がはびこり、欲がぶつかり、血が流れるのが日常茶飯事になっている。

 利権・資源・即物的な金銭。欲に目がくらんで、羽須美が日本や自衛隊を離反し、この辺りの勢力と結びついたか。


(金とか権力に目がくらんで裏切ったとか、ありえねーな。うん)


 十年来の付き合いを考えて、十路は即行否定した。

 羽須美が清貧などとは思わないが、欲は人並みでしかない。高級な飲食店に入り浸って散財するより、自室で寝転がってスルメかじりながら安酒飲むのを選ぶタイプだ。日本を裏切る対価として示される、積み上げられる地位や札束の高さの問題以前に、面倒くさがって裏切らない。


(宗教絡みってのもないだろう……俺限定にはそこそこ過激だけど、『神様に祈る暇あるなら自分で動け』とか言う人だし……)


 さすがに罰当たりな行為はしないが、記憶している限り、羽須美が宗教儀礼的なことをしていた記憶はない。盆正月クリスマスですら、ケーキ食べて蕎麦すすって餅食えば終わり。ハロウィンの時には仮装して(性的に)襲ってきたが、宗教関係ないのでどうでもいい。

 あと、『葬式とか法事なんて酒飲む口実』などと行事は軽視していたが、死そのものに対しては敏感で礼儀正しく、けがす者には厳しかった。宗教の自由を認めないような過激思想と交わるとは思えない。


(弱みを握られて……ってのも、考えにくい)


 羽須美が守らなければならないものを、十路には思い至らない。その辺りはかなり身軽だった。

 十路の両親が死去し、南十星の親類の手を借りて実家を処分した際、『私と同じになっちゃったかぁ』と境遇を話してくれたことがある。つまり家族はおらず、資産もない。ついでにちゃんとした恋人もいなかった。

 明かしたくない過去も考えてみたが、やはり首を捻った。生い立ちなどは『女の過去を詮索するもんじゃないわよ』と、あまり話してもらえなかったが、特別らしさは抱いたことがない。《魔法使いソーサラー》としての経歴以上に秘すべき内容など考えられず、それもバレたところで当人よりも、その周囲が隠し立てしようと慌てる事柄だ。裏社会で《女帝エンプレス》と恐れられた当人は飄々ひょうひょうとしたものだ。


 十路を守るため、という考えは少し引っかかるものがあった。

 羽須美に可愛がられている自覚はあった。

 しかも十路は、日本という国家から見れば従順な駒ではなくむしろ危険因子、他国家から見ればまだ完全に日本という国に染まっていない人材だ。手に入れようと、あるいは将来を見据えて抹殺しようという動きがなかったとは限らない。

 自身では子供のつもりはないが、羽須美の目に映る姿まではわからない。出来の悪い子ほど可愛い異論があるかもしれない。出会った頃の頼りない少年のまま、保護者意識を持っているかもしれない。

 十路に対するなんらかのアクションを察知し、彼女が動いた可能性もゼロではない。


(あと考えられる理由は?)


 ふと十路の視線は夜空に向かった。夜でしかも距離があるので、さすがにその姿は見えなかった。

 サハラ砂漠は《魔法使いソーサラー》にとって、特別な意味を持つ場所でもある。

 《魔法》の源である《塔》が建っている。複数の国境に関係なく広がる広大な砂漠だが、あの巨大建造物があるのは、羽須美が向かい、十路が追いかけてきた、その国の国境近くだ。

 とはいえ、《塔》の中に入った今ならともかく、なにも知らなかった当時は行く意味を見出せず、少し考えただけで終わった。


(別行動は手段じゃなくて、俺と別行動するのが目的だった……?)


 例えば、彼女自身が誰かに狙われているのを、知らされたから。

 十路を巻き込まないために離れ、ひとりで対処するために。


 考えが浮かんだが、首を振る。これだと街を破壊したかのような、羽須美の映像が残っている理由と矛盾したからだ。

 しかも必要に駆られて、羽須美が大量虐殺を行ったことになる。住民全員が敵になるような事態など、想像できない。


(ダメだ……さっぱりわからん)


 思考を放棄したタイミングで、電子音が鳴った。《使い魔ファミリア》が受信をしらせてきた。

 羽須美が消えた直前と同じように。

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