060_0520 疑惑の彼女たちⅢ ~盗聴~


【そういえば、その辺りの事情を、誰からも聞いたことないのですが――】


 センサー・レーダー類を管理し、情報の取捨選択を行う電測員席に座って艦内の様子をうかがうと、貨物カーゴスペースにはイクセスだけでなく樹里の姿があった。

 設置されている集音マイクの性能は問題ない。一緒に艦が駆動するノイズも捉えているはずだが、自動でフィルタリングされているのか、会話は問題なく聞けた。


【ジュリはなぜ、ツバメと一緒に生活しているのですか?】

『修交館に入学する話が出た時、つばめ先生に誘われたからだけど?』

【そもそもの部分です。なぜ同じ市内なのに、ユーアやリヒトと一緒に生活していないのですか? 支援部員はあのマンションに住んでいますけど、実家が海の向こうだからとか、防衛上の観点であって、ジュリならば実家から通っても問題ないでしょう?】

『ややややや……問題大アリ……お姉ちゃんたちと一緒に住むの、ずっとヤだったし……』


 防犯カメラの解像度では、映像が粗くてよくわからない。しかし樹里の瞳から光が消え、顔に虚無が宿ってるのは想像できる。


『若い夫婦と一緒に住んでるとね……? 気を遣うんだよ……? 特に夜中はね……? あえぎ声で目が覚めたら、翌朝の気まずさってったらホント、言い表せないよ……?』

【私の訊き方が悪かったです……】

『休みの日とか、こう、ね? 外に出て予定より早く帰ってきたらね? 真っ最中だったりね? 夫婦だから『そういうことするな』とか言う気ないけどね? もーちょっと気を遣って欲しいなーって思うんだよね? アイマスク・ボールギャグ・亀甲縛り・パンツの中でうぃんうぃんなにか動いてる姿を見た時の気持ち、イクセスにわかるかな~?』

【私が悪かったですから正気に戻ってください!】

『あの時から義兄にいさんは遠い人になったんだよ……』

【え゛? 放置プレイされていたのはリヒト?】


 十路とおじはまだちゃんと会ったことがない夫婦の生活事情が、赤裸々に明かされてしまっていた。彼女が義兄に対して微妙な感情を見せるのは、その辺りが絡んでいるのだろうか。


【気を取り直しまして……私が訊きたいのは、一緒に暮らしているくらいなのですから、ジュリとツバメの間になにか、直接的な関係はあったのですか、という話なのですが】

『や。詳しいことはよく知らないけど、お姉ちゃんと義兄にいさんは、昔から知り合いみたい。だから私もつばめ先生と面識があったってだけ』


 ただまぁ、そういう話をしたいがために、イクセスが問うたのは察せられる。だから目的とは違うのだが、たまたま彼女たちの会話を訊いてしまったため、十路は盗み聞きしているのだが。


『もしかして、つばめ先生が私のお母さんとか、考えてる?』

【まぁ……ありえないとは思いつつも、アサミあの子の『ママ』呼ばわりから……】

『や、でも、そうなると、お姉ちゃんはどうなるの?』

【ですよね……ツバメが歳をサバ読んでて、ジュリの母親だと仮定しても、ユーアまではカバー不可能でしょうし……】

『お姉ちゃんもだと、つばめ先生、三〇もサバ読んでることになるよ? それはありえないでしょ?』


 気になるのは、アサミと名乗る子供のこと。それに関連して、樹里とつばめのこと。

 支援部の暗黙の了解や、トラブルご免な社交性のない性格という言い訳で、無視することはできなくなってしまったため、積極的に情報収集に動き始めていた。


「なぁ、フォー。木次きすきの姉貴、知ってるか?」


 魔改造された艦長席で、自分の仕事をしている野依崎に声をかける。彼女は樹里の義兄、リヒト・ゲイブルズに作られた存在だから、その妻とも面識があるのではないかと。

 《ヘーゼルナッツ》と接続して、《魔法回路EC-Circuit》が浮かぶ瞳を一瞬だけ投げかけてから、彼女は口を開く。普段から目の焦点が合っていないボンヤリ眼差しなのに、艦と機能接続して脳で映像を見ている今、見られているのか否か全くわからないので、視線を向けられるとちょっとコワい。


「面識はあるでありますが、それがどうかしたでありますか?」

「木次と、その姉貴は、本当の姉妹きょうだいなのか?」

「ミス・キスキの経歴が不詳のため、確証はないでありますが、血縁を疑うには顔が似すぎであります。《バーゲスト》なら映像を持っていると思うでありますから、確かめればいいであります」

「それはいい」


 提案には、反射的と呼べるほどの間で断り、首筋をなでながら十路は考える。


 木次樹里とゲイブルズ木次悠亜ゆうあ。この姉妹関係についても考える必要が出てきた。

 樹里とアサミが、遺伝子的に同一人物ならば。

 樹里と悠亜も、ただの家族関係ではないのではないか。

 顔が似ていると聞かされても、姉妹であれば別段なんとも思わないが、こうなれば拭えない疑念が余計に深まる。


 そしてそこに、長久手ながくてつばめが、どのような形で関わっているのか。どういう理由が不明でも、アサミが『ママ』と呼んだことを考えれば、無関係とは思えない。イクセスの質問も、そういう経緯から出たものだろう。


 加えて十路には、疑念を更に抱く理由が、もうひとつ存在する。

 衣川きぬがわ羽須美はすみ。陸自時代の上官であり、最強と目され《女帝エンプレス》と呼ばれた《魔法使いソーサラー》。

 初めて樹里に会った時、彼女の面影を見てしまった。


(木次の姉貴が、《無銘》を使ってたからな……)


 しかも先の部活動で、羽須美の装備を、悠亜が使っているのを見た。設定が書き換えられているとは考えにくい状況で。

 《魔法使いの杖アビスツール》は、個人専用にカスタマイズされている。六重の生体認証をクリアしないと、使うことはできない。


(こっちはクローンと考えるのもできないんだよな……)


 だから、遺伝子が同じなら、他人が使えるはずはないのだ。先天的で成長しても変化しない遺伝子が同じ一卵性双生児でも、指紋・掌紋・静脈・虹彩パターンは後天的に変化するから、六重もの生体認証をクリアできる他人は、ゼロと言い換えてもいいくらいの天文学的超低確率でしか存在しない。


 なのに悠亜は、他人の装備を使っていた。

 考えられる可能性は、十路の推測が間違いで、悠亜が使っていた《魔法使いの杖アビスツール》は、外見だけが同じ別物であるか。

 なんらかの裏技で、当人以外でも生体認証をパスできる手段があるのか。

 それとも――


悠亜ミセス・キスキだけでなく、《女帝エンプレス》とも関係が気になるのであれば、まず顔を確かめたらどうでありますか?」

「……俺、声に出してたか?」

「単なる推測でありますが?」


 視線を向けずに手を動かしながらの野依崎の言葉に戦慄する。南十星が理屈抜きの勘で正解に辿りつくのに対し、こちらは正統的だが人間離れした推理力でゴールするのだから。

 発言の経緯は恐ろしいので考えないが、彼女の言葉は正しい。


 木次樹里とアサミ。

 ゲイブルズ木次悠亜と衣川羽須美。


 話を総合すると、遺伝子一致を疑わせる組み合わせがふたつ。樹里と悠亜の類似性を加味すると、四人もの人物の特徴が一致してしまっている。

 この謎を解こうと思えば、取っ掛かりとして一番手近にあるのは、悠亜の姿を確かめることだろう。


(羽須美さんは、俺が殺した……)


 だが、確証を得てしまうのが、十路には怖い。


(実はまだ生きてて、木次の姉貴やってるなんてこと、ありえるはずがない……)


 疑念が当たることも、外れることも、答えが出てしまうのが怖い。


 ため息をついて、それ以上は考えないようにし、十路は機器を操作する。樹里とイクセスの、間接的に関わる会話を聞けたのは、ほとんど偶然であって、本来の目的は違う。


(まだ帰ってないのかよ……まぁ、下手に人目に触れさせるわけにはいかないか)


 目的の人物たちは、別のカメラで捉えることができた。



 △▼△▼△▼△▼



 夕食が終わった後も、火の始末は行われず、焚き火が燃え続けている。


「それで、どうしてこんな場所にいるの? ひとり?」

「うん。ひとり。パパがねぇ、連れてきてくれた」


 その側で、大人ひとり子供ひとりがくっついて座っている。子供のほうは、どこか甘えた声を出す。

 見た目だけなら親子だろう。


「『パパ』ね……」

「ねぇ、ママぁ。パパは?」

「『ママ』って……こっちはキミをなんて呼ぶべきか、そこからなんだけどね……」

「アサミ」

「その名前を使ったら、『パパ』に怒られなかった?」

「………………」

「やっぱり」


 しかし実際には違う。大人と子供の会話であっても、母と娘の会話ではない。


「ねぇねぇ。パパは?」

「わたしも知らないけど……ちゃんと教えて? 『パパ』になんて言ってここに連れて来た?」

「う~ん……ママがいるって。あと、『たからもの』があるって」

「宝物? どんなの?」

「よくわかんないけど……パパは、アサミの『お願いがかなう』って」

「どんなお願い?」

「つぐみのお姉ちゃんみたいになりたい!」

「あー……『つぐみのお姉ちゃん』は、一緒?」

「うぅん」

「じゃ、本当にひとり?」

「うん!」


 ひとりでのおつかい。

 大人から見れば小さなものでも、子供にとっては前人未踏の快挙に、幼い得意満面を浮かべる。

 かと思えば、真顔になって問うてくる。


「ねぇ、ママ。『けがわのお姉ちゃん』って、だれ?」

「え? 知らないの?」

「うん。パパが会いにいけって……でも、ずっと誰もいなくて、ものすごくお腹すいた……」


 かと思えば、沈む。

 移り気な子供らしく、表情がコロコロ替わるのに、大人は振り回されている。

 いや彼女の顔が軽く引きつっているのは、別の要因だろうが。


「もっかい聞くけど……ひとり?」

「うん」

「置き去り……というか、完全に押しつけられてるなぁ……わたしにどーしろと」



 △▼△▼△▼△▼



「なんでわたしたち、まだ晩ご飯食べてるんでしょーねー?」

「晩メシ、アサミあの子に大半食われたからですわよ……つか、食いすぎでしょう……?」

「大人の量よか食ってね?」


 その上――《ヘーゼルナッツ》の気嚢部エンベロープ上で、ナージャ・コゼット・南十星は、搭載されていた戦闘糧食レーションで食事をしていた。


「それにしても、なんだかバラバラですね」


 名目上ステーキとなっているが、ハムとの違いに苦しむ圧縮肉に眉をひそめながら、ナージャが誰とはなしにこぼす。なにかと悪評の多いアメリカ軍の戦闘糧食レーションは、ロシア軍事訓練経験者の口にもイマイチらしい。


「木次さんと十路くんがビミョーな感じですけど、それで部全体がビミョーな感じになってますよね」

「いまに始まったことじゃねーでしょう? 支援部ってむしろ、何事かなければまとまらない、協調性のない連中の集まりですし」


 ピーナッツバターを乗せたクラッカーを、ケミカルな色合いの水溶きジュースで流し込んで、コゼットが口を開く。ちなみに日本人はピーナッツバターを甘いホイップタイプで想像するが、本場では無糖で固く、ハチミツやジャムを加えるのが普通だ。


「そもそも、ワケあり人間兵器の寄せ集めですわよ? わたくしは、これまで大きな問題になってないのが、奇跡的とすら思ってますわ」

「いままで問題起こる時は、外部からのチョッカイだったしねぇ」


 夜空を見上げたまま、南十星も口を挟む。手を使わず兵士の燃料エナジーバーを咥えっぱなしなのに、器用に明瞭な声を出す。


「つっても、あたしたちの『ワケあり』はさ、なんのかんの言っても、理解の範疇ハンチューじゃん?」


 コゼットは、人外が人外として扱われる国に生まれたから、姉が。

 南十星は、二重国籍であるがために、日本の外務省と防衛省が。

 ナージャは、強力な異能と割り切れない精神により、師が。

 野依崎は、人為的に製造された《魔法使いソーサラー》であるから、同じ境遇の存在が。

 悪縁であろうと無関係ではいられない人物が、軍事力をたずさえて、部員各々おのおのがワケあり《魔法使いソーサラー》である理由が原因で、交戦した。


「だけどじゅりちゃんの場合、そうじゃないよね。どう考えても」

「わたしたちは、木次さんが普通の人間でも、普通の《魔法使いソーサラー》でもないって、知ってますからね……」

「普段はあんま考えないようにしてますけど……」


 制御状態・暴走状態の違いはあれど、彼女たちは皆、樹里が異形と化した姿を知っている。だから三人ため息を重ねる。


「どうする?」

「どうするったって……どうしようもねーですわよ」

「なにかどうなるか、全然見通しが立たないですしね……木次さんは、なにも知らないみたいですし。理事長先生はなにか知ってるっぽいですけど、ちゃんと説明してくれるか、あんまり期待できないですし」


 漠然とした危機感を抱きつつも、具体的かつ積極的には行動しない。

 いつ命と身柄が狙われるか支援部員たちにとって、まだこの程度ならば、普段と大して変わらない。



 △▼△▼△▼△▼



 同じ頃、《ヘーゼルナッツ》でも盗聴できない、地球の裏側では。


「ユウゥゥゥゥアアアアァァァァッッ!! やっと会えたァァァァァッッ!!」

「…………」


 どこかのヘビメタバンドメンバーか、あるいは世紀末覇者かと思うような男にすがりつかれる、それなりに整ってはいるがさしたる特徴のないアジア人女性のゲッソリ顔があった。


「ねぇ……リヒトくん? すっごい邪魔。あと服に鼻水こすりつけないで」


 女性は、アジア人としては平均的な身長しか持っていない。並んで立てば顔を見上げる、しかし今は膝を突いて腹に顔をうずめる夫・リヒト・ゲイブルズに、妻・ゲイブルズ木次悠亜は氷点下の視線と声を投げかける。


 ふたりがいるのは、昼間のワシントンD.C.、ユニオンステーション前のコロンブス像だ。オーソドックスな待ち合わせ場所のため、人通りも多い。

 だから、少なくない奇異の視線が集中している。悠亜の態度も無理はないだろう。


「にしても、シャバに出られるようになるまで、ずいぶんかかッたなァ?」

「ややややや……ホワイトハウスに殴りこんで無罪放免って、普通ありえないからね?」


 妻に危機感を抱いたか。情けない真似はやめたリヒトは立ち上がる。


 日本国内で、総合生活支援部と、アメリカ軍の秘密兵器が激突した神戸防衛戦にて、暗躍していたアメリカ政府上層部に対し、リヒトは釘を刺すために単身行動した。

 その結果、これまでずっと、逮捕・拘留されていたわけだが、結局のところ今の図がある。

 超法規的措置と呼ばれる権力が働いたに相違ない。


「つばめから『じかで』連絡が来たけど、リヒトくんにはなかった?」

「アァ。あったけどョ……ホントさッきだゼ? なのに迎えッてのはどういうことだ?」

「や。別口。そろそろリヒトくん回収しないといけないと思って、アメリカ来た途端、日本側で事情が変わったみたい」


 悠亜は夫放置という割とヒドいことをナチュラルに口にしたが、当人は気にも留めない。


「《ズューセブライ》を送り込ンで来ただァ? どういうつもりだァ?」


 トライバル・タトゥが刻まれた頬をなでるように手をやり、リヒトは真剣な顔で考え込んだ。


「さぁね。とにかく急いで日本に帰るわよ。もう樹里ちゃんと接触してるらしいし」


 そんな夫に、悠亜は親指を立てて横に寝かせる。路上駐車しているシンフォニーブルーの大型スポーツバイクを示した。


「飛行機じャないのか?」

「アンドルーズからグルーム・レイクまではね。ラスベガス経由にしようか迷ったけど、アメリカ空軍のお世話になることになったわ」


 東海岸のワシントンD.C.に一番近い空軍基地から、西側のロッキー山脈とシエラネバダ山脈に挟まれた荒野地帯にある、かつて『エリア51』と呼ばれていた基地まで。

 そこは中継地点でしかない。彼女たちの目的地は、更に移動した、ネバダ国家安全保障施設だ。

 約一〇〇〇回もの核実験が行われた荒野は、今は完全に放棄されている。

 三〇年前、そこに突如として巨大建造物が現れたために。


「まさか、『中』を移動すンのか?」

「ワシントンからだと結構かかるけど、関西国際空港かんくう直行便よりは早いからね」

「オイオイ……大丈夫かァ?」

「やー……正直、あんまり使いたくないんだけどね……今回はどうしようもないかなーって」

「今の《セフィロト》の管理状態じャ、危ねェ代物だからな……」

「や、そうじゃなくて……淡路島に行ったら、リヒトくんがシスコンビョーキ炸裂させそうだから、できれば間に合いたくないけど、そうもいかないって話」

「アン?」

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