060_0510 疑惑の彼女たちⅡ ~母親~


 不意にスピーカーが立てたノイズに、十路とおじの意識が引き戻された。


十路リーダー理事長プレジデントが来たであります』


 若干抑え気味に思える、子供らしくないアルトボイスに、思わず舌打ちする。


「フォー……聞いてやがったな?」

『自分にも聞かせたくない話なら、 そこで話すべきではないであります』


 言われてみればそうだ。野依崎の《使い魔ファミリア》の中なのだから、不注意にもほどがある。

 だが彼女は《ヘミテオス》のことを、ある程度は知っている。


「他の連中にまで聞かせてないだろうな?」

ノゥ


 聞かせられない人間が知らないならば、ひとまずは問題はない。スピーカーから聞こえてくる彼女の声も、口に出しているわけではなく、あたまで作った音声データをそのまま送りつけているのだろう。


『ガキんちょが《ヘミテオス》の可能性が高いとしても、どう扱うべきか、理事長プレジデントと対応を協議するためにも、ひとまずこっちに戻ってくるであります』

「そうするしか、ないよな……」

『この通信を傍受している様子はないでありますが……警戒はこちらでやるでありますから、早く』


 《ヘミテオス》ならば、《魔法使いの杖アビスツール》なしで《魔法》を使えるかもしれない。十路にはできない真似だが、樹里は可能、アサミと名乗る少女も可能性はある。

 野依崎の言葉でようやく思い至り、目顔で自分たちも警戒を忘れぬよう、ひとりと一台に促して、十路は足を動かした。



 △▼△▼△▼△▼



 艦の外を出ると、食事中だから気を遣ってか、焚き火から少し離れた場所に高機動車HMVが停車するところだった。


「急かされたけど、なにがあったのー?」


 のん気な声をあげて、野外でも動けるラフな格好のつばめが、運転席から降りてくる。


 すると劇的な反応を見せた者がいた。怯えているのか空腹で余裕がなかっただけなのか、部員たちに我関せずな態度を見せていたのに。


「ママ!」


 アサミと名乗る少女が、喜色満面で立ち上がった。


 その側にいた部員たちは、誰のことか理解していない様子で、駆け出す少女の先を視線で辿たどった。いや『他に該当者いないけど納得できないから見た』と説明するべきか。


「「ママぁ!?」」


 だからワンテンポ遅れて、声を重ねた。


 『ママ』ことつばめは、腰に抱きつく着ぐるみパジャマの少女を受け止めて、驚きで固めていた顔を盛大にしかめさせた。

 焚き火と投光器の光だけでは不十分で、距離が離れていて、しかも十路に読唇術の心得はない。


(『やられた』?)


 だが、つばめの唇がそう動いたように見えた。

 十路と樹里がスロープを降り、焚き火に近づく間にも、事態は進んでいる。


 ナージャは問う。


「えっと……理事長先生? お子さんがいたんですか……?」

「よそのコ」


 コゼットは問う。


「でも、思っきし懐いてますわよ……?」

「よそのコ」


 野依崎は問う。


「それで無関係とは、よく言えるでありますね」

「よそのコ」


 抱きつく少女を半分引きずりながらの、変わらぬつばめの返答を受けて、三人は視線を交わしてから、もう一度つばめに顔を向ける。今度は軽蔑が宿った半眼で。


「うっわぁ……育児放棄どころか、親子関係すら否定って。わかってましたけど、この人、最低ですね」

「こういう女になりたくねーと常日頃思ってましたけど、心底見下げますわ」

理事長プレジデントがゲスいのは今更でありますが、今回は看過できないでありますよ」


 普段から大して高くもないつばめの株が、底辺まで暴落した。


「いつもみたいに冗談半分じゃない!? ガチのニュアンスで責められてる!?」


 普段から大して高くもない株なのは、つばめ当人も自覚あるらしい。


「だってわたしたち三人、親の愛情を知らない子ですから」

「がふっ……!? ティタノボア級のヤブヘビだった……!」


 ティタノボアとは、五八〇〇万年前に絶滅した古代ヘビだ。化石からの推測では、体長約一五メートル、体重一トン以上、史上最大と言われている。

 やぶつついてそんな怪獣が出てきたら、死ぬしかないだろう。家族から冷遇されたコゼットとナージャ、精子・卵子提供者以上の肉親が存在しない野依崎の前に、余計な発言をしたつばめは崩れ落ちるしかない。単に焚き火の前に座ったとも言う。


「どう説明したもんかな……? これホント、どう言えばいいのか、わかんない」


 そして本当に困った風情で、ひとりごとをこぼす。常に部員たちと敵をハメてきた、策略家として振舞っていた彼女のそんな顔は、初めて見た。


「えぇとね……この子のことは知ってるけど、初対面。で、わたしはこの子の母親ではないけど、無関係でもないからそう言い切るのも違うっていう、すっごく複雑な話」

「うん。結局なんなん?」

「いや、だから……」


 南十星のバッサリ感満載なうながしに、つばめは再び言葉をさまよわせる。やはり部員たちが知る顧問の態度ではない。

 一緒にさまよう彼女の視線が、焚き火の側に戻ってきた十路の、その後ろで止まる。


「もしかして樹里ちゃん、このコ調べた?」

「えぇ、まぁ……」

「あっちゃぁ……」


 長杖を持つ樹里の返事に、つばめが盛大に顔をしかめる。腹の位置から見上げるアサミに構わず、頭を抱えた。

 ということは、樹里とアサミの遺伝子が同じであることを、彼女は知っている。調べて樹里が知ったことを察した以外に考えられない。


 部員とアサミが見守っていると、こめかみを叩きながら考えをまとめ、つばめは毅然とした顔に作り変えて言い放つ。


「このコのことは、教えられない。樹里ちゃんが支援部に入部してる、『ワケあり』な理由に結びつくから」


 取り付く島もないほどの、完全な説明拒否だった。


「じゅりちゃんの?」


 南十星が確認の疑問を口にする。遺伝子の一致を知らなければ、不思議に思って当然だろう。やはり知らないコゼットとナージャも、同様の疑問を視線に乗せて放つ。


 それにつばめは応じない。樹里当人が、恐れをにじませて問うたから。


「その子、やっぱり、私となにか関係があるんですか……?」

「大アリだよ。だけどまだ、キミにも話せない」

「知ってるなら教えてください……!」


 恐れが苛立ちと怒りに変わった。


「私は、なんなんですか……!?」


 『Who am I』ではない。『なにWhat is me』だ。

 人ならざる能力と、人ならざる身と、人の形を持つ。

 けれども記憶を持たず、己を知らない。

 そんな彼女の、普段は決して出さない、いつわりならざる本心が、あふれ出た。


「木次。せ」


 止めるべきではない。十路も知らなければならないことで、そもそも止める資格もないと理解している。みずからの存在意義を知らない、出来損ないの超人たる彼女にとっては、叫ばなければならない重要なことだとも推察できる。


 けれども、止めなければならない。怪訝げな顔で振り向く樹里に、十路は己の目を指差して教える。


「あ……」


 樹里の瞳が、赤が混じった琥珀こはく色になっていた。しかし自覚させると、炎の照り返しの中で色が落ち着く。

 乱れた精神状態に引きずられて、《千匹皮》が起動しかかっていた。あの異形と化して見境なくなる暴走を、この場で披露させるわけにはいかない。


「なとせも」


 部員同士の交戦も、させるわけにはいかない。十路の前に出てトンファーを構えた南十星にも、制止をかける。彼女は以前、暴走した樹里と曲がりなりにも交戦した経験があるからか、予兆に即座に動いた。

 しかし彼女は、樹里を軽く睨みつけたまま、動かない。


 たきぎぜる音が、大きく聞こえる。他の部員は見守っているのか、それとも単に動くことができないだけなのか、場に緊張が満ちる。


「……結局その子、どうしますの?」


 コゼットが一時停止した時間を動かした。金髪を一房指に巻きながらの、憂鬱そうげな、いつも態度で。

 部長らしく場を収めるため、わざとそういうていでいると知れる。


「ひとまず今夜のところは、わたしが預かる。なんでこんな場所にいるのか、それも調べないといけないし」


 つばめも深刻さを理解しているのか、口調はともかく態度は殊勝に、真面目に対応策を伝えてくる。

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