060_0600 疑惑の彼女たちⅣ ~陰鬱~
夜、
「この子は、ジュリちゃんに預ける」
助手席に乗せていた、自力では乗り降りできない少女を下ろして、つばめは部員たちに指示を出した。
一晩悩んだ末、なのかはわからない。司令官役を行う時の、さしたる表情も浮かべていない顔だったから。
「どうして私に?」
名指しされた
「どうすればいいかわかんなくて、他に方法を思いつかなかった」
昨夜同様、つばめらしくない顔と無決断だった。どこまで演技かわからない、弱った顔でショートヘアをかき乱す。
「これさ? 本当なら、ジュリちゃんっていうより、ユーアちゃんの問題なんだよね」
「お姉ちゃん、ですか?」
『なぜここでその名前が?』と、樹里のどんぐり
「
「そんなこと言われても……」
神戸防衛戦からずっと不在にしている姉の事情を、なにも知らないまま押し付けられる樹里にとっては、困惑と迷惑でしかない。言葉は濁しているが、眉がそう言っていた。
つばめは肩をすくめて見せる。責任ある立場の大人の発言ではないと、一応の自覚はあるらしい。
「トージくん。ちょっと」
だがつばめは、それ以上は樹里に押しつけてしまい、指で十路を焚き火から離れた場所に導く。
「正直、ギャンブルなんだよ、これ……」
《ヘーゼルナッツ》の陰から出る場所、他の部員たちから充分に離れてから、つばめが弱音らしきため息をこぼす。
らしくない。半年程度の付き合いだが、十路でもそう思ってしまう。
今までの彼女はこういう場面では、憎たらしいまでにふてぶてしいか、策略立てて
「どのくらいの?」
それほどあの少女の件は、予想を裏切る
アサミも《ヘミテオス》というからには、それなりの大事なのは予想できるが、つばめが弱音を吐き出すほどなのか、実感を持てない。
「想定できる結果は四つ。大したことはなにも起こらないか……ご飯あげておけば、そうなりそうな気はするんだけど」
つばめが口を動かしながら視線を移したので、十路も同じく首を巡らせる。
アサミは扱いあぐねいているようだが、ひとまず食事をさせることにしたのか。樹里は少女を火の側に誘い、皿とフォークを持たせているところだった。
「そうでなければ、ジュリちゃんかあの子、どっちかが消滅するか、ここら一帯ごとどっちも吹っ飛ぶ」
「は……?」
唐突な言葉だ。百歩譲って『死ぬ』ならまだわかるが、『消滅』とまで来れば、言葉の綾や裏まで考えてしまい、素直に受け止められない。
「だから、なにかあったら、キミが頼りなの」
「…………なんで俺が?」
少し考えて、否定の言葉を吐いておく。
起こりうる『なにか』は、《ヘミテオス》に関連することだろうと推測したから。つばめがどこまで知っているかは予想できないため、わざとボカした。
「なにか起きた時、対応できるのは、キミだと思うから。性格とか状況判断とか実行力とかもだけど、なによりキミも《
だが彼女は、手持ちの情報を明かしてしまった。
視界の隅で、樹里がハッとした顔を向けていた。動物じみた聴覚で、十路たちの会話を聞いている。
既に知っている野依崎以外の、他の部員たちは怪訝そうな顔を向けていた。《
「やっぱり、知ってるんですね……」
「黙っててゴメン。五月、キミたちになにが起こったか、知ってる」
驚きはない。納得しかなかった。
ただし、なにもなしで看過はできない。具体的な言葉はなかったとはいえ、知られたくなかった部員たちに、異常が起こったことを教えてしまったのだから。
「説明してもらえるんですよね?」
全てを。
特に、つばめは何者なのか。
十路が《ヘミテオス》として体を作りかえられた時、どことも知れぬ場所での、つばめの姿を見た。
あれが死に瀕した幻覚でないとすれば、彼女は《ヘミテオス》になんらかの形で関わっている。
「淡路島滞在が、何事もなく片付いたら……かな」
今は語るつもりはない。
その返答に、十路は軽く頷く。本音を言えば『とっとと全部話せ』と言いたいが、これまでの策略家な彼女を思えば、それ以上を今に求めても無駄だと思ったから。
それに、彼女はこれまで、語らず
「なにか起これば、火力不足になると思います」
神戸市内以上になにが起こるかわからない淡路島上陸中、部員たちは収納せず、常に装備を持ち歩いている。十路も刃物類だけだが、
銃撃や爆弾程度の有事ならば、《バーゲスト》に乗りさえすれば済むが、《ヘミテオス》を警戒するなら、十路とて更なる用心をする。
「コゼットちゃんから話聞いてない? 《ナッツ》の補給品に、キミの《八九式》の部品が
「は……?」
「ちなみに、わたしは知らない。証拠はないけど、
「なんのために……?」
「多分、試してるんだろうね……わたしを」
つばめが唇を噛む。完全に出し抜かれている苛立ちをかみ殺している。
相手が誰なのか気になるところだが、ここで教えてもらえないなら、どうでもいいと、十路は別の質問をする。
「結局、俺はどうすれば? 木次を守ればいいんですか?」
「ちょっと違う、かな……? 最終的にはキミの判断に任せることになるだろうけど……」
部員たちが聞き耳立てているのを、つばめもわかっているのか。
「もし、ぶつかることになって、《ズューセブライ》が生き残ったら……その前にジュリちゃんを――」
最後の言葉だけは、音を発することなく、唇の動きだけで伝えられた。
――殺して。
「……命令ですか?」
「個人的なお願いのつもりだけど……そのほうがいいなら、言い換える」
「いえ……別にいいです」
戯言として流せない、樹里当人からも頼まれたことでもある。
ため息を吐き出すために仰いだ空は、ほとんどが灰色だった。
今日は曇天だった。
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