060_0600 疑惑の彼女たちⅣ ~陰鬱~


 夜、長久手ながくてつばめと、アサミを名乗る少女は、《ヘーゼルナッツ》に入らなかった。さすがにふもとに戻っていたのか、支援部員たちが焚き火を囲む朝食の席に、高機動車HMVを乗りつけてきた。


「この子は、ジュリちゃんに預ける」


 助手席に乗せていた、自力では乗り降りできない少女を下ろして、つばめは部員たちに指示を出した。

 一晩悩んだ末、なのかはわからない。司令官役を行う時の、さしたる表情も浮かべていない顔だったから。


「どうして私に?」


 名指しされた木次きすき樹里じゅりは、キョトン顔でマグカップを宙に止めている。


「どうすればいいかわかんなくて、他に方法を思いつかなかった」


 昨夜同様、つばめらしくない顔と無決断だった。どこまで演技かわからない、弱った顔でショートヘアをかき乱す。


「これさ? 本当なら、ジュリちゃんっていうより、ユーアちゃんの問題なんだよね」

「お姉ちゃん、ですか?」


 『なぜここでその名前が?』と、樹里のどんぐりまなこが見開かれる。


昨夜ゆうべのうちに、神戸に帰ってくるよう連絡は入れたけど、すぐってわけにもいかない。だからキミに任せるのが一番のスジだと思った」

「そんなこと言われても……」


 神戸防衛戦からずっと不在にしている姉の事情を、なにも知らないまま押し付けられる樹里にとっては、困惑と迷惑でしかない。言葉は濁しているが、眉がそう言っていた。


 つばめは肩をすくめて見せる。責任ある立場の大人の発言ではないと、一応の自覚はあるらしい。


「トージくん。ちょっと」


 だがつばめは、それ以上は樹里に押しつけてしまい、指で十路を焚き火から離れた場所に導く。


「正直、ギャンブルなんだよ、これ……」


 《ヘーゼルナッツ》の陰から出る場所、他の部員たちから充分に離れてから、つばめが弱音らしきため息をこぼす。

 らしくない。半年程度の付き合いだが、十路でもそう思ってしまう。

 今までの彼女はこういう場面では、憎たらしいまでにふてぶてしいか、策略立てて飄々ひょうひょうとしていた。


「どのくらいの?」


 それほどあの少女の件は、予想を裏切る大事おおごとなのか。

 アサミも《ヘミテオス》というからには、それなりの大事なのは予想できるが、つばめが弱音を吐き出すほどなのか、実感を持てない。


「想定できる結果は四つ。大したことはなにも起こらないか……ご飯あげておけば、そうなりそうな気はするんだけど」


 つばめが口を動かしながら視線を移したので、十路も同じく首を巡らせる。

 アサミは扱いあぐねいているようだが、ひとまず食事をさせることにしたのか。樹里は少女を火の側に誘い、皿とフォークを持たせているところだった。

 

「そうでなければ、ジュリちゃんかあの子、どっちかが消滅するか、ここら一帯ごとどっちも吹っ飛ぶ」

「は……?」


 唐突な言葉だ。百歩譲って『死ぬ』ならまだわかるが、『消滅』とまで来れば、言葉の綾や裏まで考えてしまい、素直に受け止められない。


「だから、なにかあったら、キミが頼りなの」

「…………なんで俺が?」


 少し考えて、否定の言葉を吐いておく。

 起こりうる『なにか』は、《ヘミテオス》に関連することだろうと推測したから。つばめがどこまで知っているかは予想できないため、わざとボカした。


「なにか起きた時、対応できるのは、キミだと思うから。性格とか状況判断とか実行力とかもだけど、なによりキミも《ヘミテオスおなじ》だから」


 だが彼女は、手持ちの情報を明かしてしまった。

 視界の隅で、樹里がハッとした顔を向けていた。動物じみた聴覚で、十路たちの会話を聞いている。

 既に知っている野依崎以外の、他の部員たちは怪訝そうな顔を向けていた。《魔法使いの杖アビスツール》と接続して、センサーを駆使している。


「やっぱり、知ってるんですね……」

「黙っててゴメン。五月、キミたちになにが起こったか、知ってる」


 驚きはない。納得しかなかった。

 ただし、なにもなしで看過はできない。具体的な言葉はなかったとはいえ、知られたくなかった部員たちに、異常が起こったことを教えてしまったのだから。


「説明してもらえるんですよね?」


 全てを。

 特に、つばめは何者なのか。

 十路が《ヘミテオス》として体を作りかえられた時、どことも知れぬ場所での、つばめの姿を見た。

 あれが死に瀕した幻覚でないとすれば、彼女は《ヘミテオス》になんらかの形で関わっている。


「淡路島滞在が、何事もなく片付いたら……かな」


 今は語るつもりはない。

 その返答に、十路は軽く頷く。本音を言えば『とっとと全部話せ』と言いたいが、これまでの策略家な彼女を思えば、それ以上を今に求めても無駄だと思ったから。

 それに、彼女はこれまで、語らずめることはあっても、言葉をたがえることはなかった。そういう意味では、信頼はしていないが、信用はしている。


「なにか起これば、火力不足になると思います」


 神戸市内以上になにが起こるかわからない淡路島上陸中、部員たちは収納せず、常に装備を持ち歩いている。十路も刃物類だけだが、装備BDUベルトを巻いて武装している。

 銃撃や爆弾程度の有事ならば、《バーゲスト》に乗りさえすれば済むが、《ヘミテオス》を警戒するなら、十路とて更なる用心をする。


「コゼットちゃんから話聞いてない? 《ナッツ》の補給品に、キミの《八九式》の部品がまぎれてたらしいよ」

「は……?」

「ちなみに、わたしは知らない。証拠はないけど、アサミあのコを送り込んできた連中の仕業だと思ってる」

「なんのために……?」

「多分、試してるんだろうね……わたしを」


 つばめが唇を噛む。完全に出し抜かれている苛立ちをかみ殺している。

 相手が誰なのか気になるところだが、ここで教えてもらえないなら、どうでもいいと、十路は別の質問をする。


「結局、俺はどうすれば? 木次を守ればいいんですか?」

「ちょっと違う、かな……? 最終的にはキミの判断に任せることになるだろうけど……」


 部員たちが聞き耳立てているのを、つばめもわかっているのか。


「もし、ぶつかることになって、《ズューセブライ》が生き残ったら……その前にジュリちゃんを――」


 最後の言葉だけは、音を発することなく、唇の動きだけで伝えられた。



――殺して。



「……命令ですか?」

「個人的なお願いのつもりだけど……そのほうがいいなら、言い換える」

「いえ……別にいいです」


 戯言として流せない、樹里当人からも頼まれたことでもある。

 殺人鬼シリアルキラーではないから、敵であろうと気分のいい行為ではなく、当人から頼まれれば尚のこと胸糞悪い話ではあるが。


 ため息を吐き出すために仰いだ空は、ほとんどが灰色だった。

 今日は曇天だった。

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