060_0310 異変は既にⅡ ~物資~


 朝食を終えると、部員たちはそれぞれに動き始める。


 コゼットは、急造の爆発物保管庫にいた。

 《魔法》で土を固めて建てた、素っ気ない建築物の中には、近接防御火器システムCIWS用二〇ミリ口径M50シリーズの弾帯が巻かれた弾倉、電磁投射砲レールガンもちいると思われる弾体、爆薬や起爆システムが別になったミサイルや爆弾が、ところ狭しと詰め込まれている。そんなことはまず起こりえないが、一般人が見れば一斉爆発した時のことを考え、恐怖を覚える光景だろう。


(おっかしいですわね……?)


 昨日淡路島に運び込まれた弾薬は、市街地にいる査察団の到着を待ち、《ヘーゼルナッツ》に搬入する予定だ。だから彼女は事前にチェックしていたのだが、タブレット端末に記録されている情報と、実際に保管されていた物とが、一致しない。

 見張り要員からは、異常はなかったという報告を受けた。《ヘーゼルナッツ》の索敵系にも、それらしい怪しい動きは反応がなかった。

 しかし調べてみると、異常が起きていた。


(なんでコンテナが増えてんですわよ……?)


 盗難や紛失などで減っているのなら、大問題ではあるが、まだ納得はできる。

 なのになぜ、逆に昨日の搬入チェック時になかった荷物が、いつの間にか存在しているのか。

 保管庫にしていた建造物は、入り口を作っていない。中を確認できる穴は空けたが、大人の腕が入るほどだ。コンテナはもちろん人間も物理的に侵入不可能だ。壁が壊されて補修された様子もない。そもそもそんなことが行われていたら、見張りや艦の索敵系が反応しているだろう。


(外から運んでないっつーことは……)


 コゼットは脳内センサーを意識し、保管庫内の床を、装飾杖の石突で突いて回る。


(ここですわね……)


 すると差異を発見した。他よりも土が空気を含んで柔らかい場所がある。しかも電位は放射線量がわずかに違う。なにも知らなければ誤差として捉え、気にも留めないだろう。


(地面を流動化させて、わざわざ地中から運んできた……?)


 《魔法使いソーサラー》が地面を泳いで、地下からコンテナを運んだのではないかと疑った。それならば人の目に触れていないのは当然で、土と壁の遮蔽しゃへいで電磁波を感知していなくても不思議はない。


 とはいえ、実際にこの方法で運ばれたとしても、依然謎は残る。

 なぜ貴重な人員をわざわざ無人島に差し向けて、迂遠な手段を使って、荷物を追加しているのか。どこかの組織の裏工作だとしても、不自然すぎる。


 ケースの中身は見てはいないが、一応は『視て』チェックをしている。爆発物や生物兵器・化学兵器の痕跡は窺えなかった。

 それでも一応隔離して、《魔法》の手を使って開けると、梱包された物が大量に入っていた。そのひとつ、棒状の梱包を解くと、内部が施条ライフリングされた金属パイプが出てきた。


「これ……? フォーさん?」


 正体は予想できたが、コゼットでは大まかな推測しかできない。一緒に作業している野依崎に声をかけると、彼女は金属パイプだけでなく、別の梱包も解いてチェックし、詳細を結論づけた。


「タイプ・ハチキュー……十路リーダーの《魔法使いの杖アビスツール》の部品と考えるべきであります」


 《八九式小銃・特殊作戦要員型》は、本来の自衛隊制式装備を専用カスタマイズしているので、材質からして異なるものもあるが、共通部品も存在する。それらから推測したのだろう。

 先の戦闘で、彼の装備は、《魔法》に関わる重要部品こそ無傷だが、銃としての機能は全損してしまった。名目上、民間の組織である支援部内で、銃火器をほぼ新造することは色々と問題があるため、修理の目処は立っていない。

 そこへこの部品が、送りつけられたように存在している。


「……なぜこんな物があるのか、どう思います?」


 《魔法》に携わる備品を管理している《付与術士エンチャンター》たるコゼットだが、完全に違法の銃火器である十路の装備は、基本的にたずさわっていない。そちらは元軍事関係者である野依崎にほとんど委ねているので、質問を振ってみたのだが。


「知らないであります……」


 彼女は普段から低いテンションをより低くして、選んだ資材を持って出ていった。いつも以上に素っ気なく、推測すら放棄している。


(アイスの件、相当尾を引いてますわね……)


 野依崎の好物なのは知っているが、そこまでだとは思ってもいなかった。これは後でフォローの必要があると思いつつ、ひとまず放置する。


(なぜ、堤さんの装備の部品が送りつけられたのか……)


 コゼットが真っ先に考えついたのは、日本ないしアメリカ政府の策略だった。

 《ヘーゼルナッツ》は、アメリカ軍の兵器だ。本来ならば存在すら、公式発表する予定は、軍上層部には存在しなかっただろう。

 そこで野依崎が勝手に人前で使い、戦乱の神戸を救った立役者になった。

 こうなればアメリカ軍は、イメージアップのために、先の戦闘での《ヘーゼルナッツ》運用を、『アメリカ政府による緊急派遣』という形に。淡路島での支援部員たちによる修理は、『アメリカ軍の要請による緊急の特殊技能者派遣』という形にしようとしている。

 詳しくつつくと様々な問題が起こるので、秘密兵器が奪われたという事実を、おおやけにしたいはずはない。


 とにかくこうなった以上、艦そのものについては、ある程度の情報流出をアメリカは容認しなければならない。

 だから艦の武装やスペックについては、誰かに目に触れられても問題はない。日本の学生が扱うことについては大いに問題があるだろうが、それはアメリカ軍の問題であって、支援部員たちに直接的な被害はない。要請されたものだと批難を突っぱねることができる。


 ただそこに、日本の法律で生活しているはずの学生が、銃火器を所持していると知られると、話が変わってくる。

 十路と、あと樹里は、非合法に火器を所有している。査察でなにを調べられるかわからないため、淡路島上陸に際し、空間制御コンテナアイテムボックスから抜き出している。

 だがそこに、アメリカ軍の装備とは異なるため言い訳がきかない、銃の部品が送りつけられた。

 アメリカ政府が自分たちを守るために、支援部にスキャンダルを起こすような、情報戦を仕掛けてきたようにも感じてしまう。あるいは日本側が大国大事に支援部を売ったかとも。あるいはそう疑心暗鬼になるように仕向ける裏の裏まで。


(……ひとまず隠しておくしかねーですわね)


 情報不足の今、真相は考えただけでは無駄なので放棄し、コゼットは結論を出した。


(出所が知れないですから、ありがたく頂戴するには、躊躇ちゅうちょしますし……実は理事長が動いたってことも考えられますけど)


 即刻廃棄、ということは考えなかった。誰かのたくらみかもしれない補給だが、物理的な戦力だけを考えると、これがあるのはかなりの強みになる。

 衆人の目や社会のしがらみは、支援部員にとっては色々うっとうしいものだが、同時に身を守る盾でもある。民間人に混じって生活する《魔法使いソーサラー》が危険だろうと、建前上では日本で生活している学生だ。問答無用で排除しようとすれば、批難の対象になるから、どんな敵対組織だろうとおいそれと手は出せない。

 しかし今は神戸市ではなく、淡路島にいる。日本であっても日本ではないような無人島だ。世間の目はないのだから、なにが起こるか予測はつかない。自衛手段は多いに越したことはない。


(信用筋によるものでなくて、淡路島上陸中に何事もなければ投棄。その時は修理は別途予算と計画ってところですわね)


 部品は揃っているので、有事の際には、即刻修理できる。

 様々な観点から考えて、そう結論づけた。もちろん十路にも相談が必要なことだが、緊急の必要性はない。無線は傍受される危険もあるので、ひとまず独自判断で行動し、夜に顔を合わせてで協議することにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る