055_2020【短編】一動画配信者から見た総合生活支援部Ⅲ 「つまり、いわゆるお礼参りに来られたのですね?」
混雑している坂道は、カオスな光景だった。
なにせ修交館学院は総合学校だ。登校時間には学生だけでなく学校職員まで含めて、子供から大人まで年齢バラバラの集団が一ヶ所を目指すことになる。しかも徒歩だけでなく、自転車や自動二輪車、自家用車や送迎バスと、交通手段まで混在している。
その人混みに、ヨーダイとタカヤは混じっていた。社会人とはいえまだ数年の新人、少し前まで現役大学生だったのだから、私服ならば見分けはつかない。
「ビクビクすんなよ。こういうのは堂々としてりゃ、意外とバレないって」
「そんなこと言われても……というか、俺まで巻き込むなよ」
タカヤはなんでもない顔でたしなめてくるが、ヨーダイは気が気ではない。バレことを危惧しているというより、やはり後ろめたさが先に立つ。
ついでに脇をすり抜けて駆け上がる、ランドセルを背負う児童たちの小ささに、ちょっとした危機感を覚える。その気がなくても体格差だけで、接触すれば吹っ飛ばしてしまうんじゃないかと思えてしまう。
「デっケェなぁ……」
「大学だったらこんなものじゃないか?」
「MARCHとかSMARTみたいな有名大学ならそうかもしれないけど、俺たちが行ってたFラン大学と比べるなよ……」
足を進めるたびに、木々を超える建物群が大きくなる。有名大学のキャンパスなら、学年や学部などで別のキャンパスに分かれていることもある。それを一ヶ所にまとめれば、これくらいの規模になるのだろうか。
建物の大きさや形はバラバラで整然とはしていないが、山の中を切り開かれた建物群は、マンモス団地やニュータウンを連想させる。
そうこうしているうちに、校門に到着した。
一般的な学校ならば門扉だけだろうが、この学校では車両用のゲートが設置されている。それも高速道路出入り口や駐車場で見るバーゲートではなく、人の侵入も阻む金属格子のフェンスゲートだ。
交通量も多く歩行者が多いため、今は開け放たれているが、自動車は一時停止し、運転手が警備員にカードを見せて入場している。
歩行者はノーチェックだった。だからタカヤとヨーダイも、そのまま校門を潜り抜けようとしたが。
「そこのふたり。ちょっとこっちに」
眼鏡をかけた年配の警備員に呼び止められた。
「敷地に黙って入っちゃいけないねぇ。学生さんじゃないでしょ?」
「え……?」
「これでわかるの」
どうやって見破られたかわらかず、うろたえるヨーダイに、年配警備員が眼鏡を示してみせる。
否、スマートグラスだった。カメラで捉えた映像を顔認証システムで照合し、学校関係者を判別している。部外者を視界内に捉えると、デバイスに
顔認証システム自体は昨今、あちこちで使われ始めているが、人混みの中で即座に判別できるものは、ようやく運用が始まったばかりの最新型だ。
そんなものが、地方の学校で使われている。
「それで、マスコミの人? 許可ある? 黙って入ってこられちゃ困るよ?」
もうひとり警備員が待機している、すぐ側にある小屋まで連れてこられた。部外者はここで入場手続きを行うのだろう。
正式な許可やアポなど取っていない。ヨーダイは『どうするんだよ?』の意を込めた視線をタカヤに送る。
タカヤもまた、『なんとかしてくれ。お前そういうの得意だろ?』の意で見返してくる。
このままだと不審者として警察を呼ばれてしまうかもしれない。
そんな危機感を抱きつつも譲り合いをしていると、行き交う児童生徒学生たちは段々減っていく。
学校にはチャイムが鳴るものと思う人が多いだろうが、昨今はノーチャイム制を取りいれる学校も増えている。修交館の場合は自主性や自己決定などといった教育方針ではなく、単純に同じ敷地に違うタイムスケジュールの教育課程が入っているのに鳴らすと混乱するからだ。
学生たちも慣れたもので、各自時間を確認し、授業開始まで余裕がないことを察して各々足を急がせる。
いつしか校門には、人通りがなくなった。来客を一時的に阻むゲートが下ろされる。
「あ゛ー! おっちゃん待ってー!」
そこへふたつの人影が、猛烈な勢いで坂道を駆け上がってきた。
ひとりは、ワンサイドアップにまとめた栗色の髪を揺らす、小柄な少女だった。着ているのは中等部生が着るジャンパースカートのはずだが、その足元がおかしい。スカートがまくれているわけでもないのに、膝丈レギンスを
もうひとりは、光の加減で白銀にも見える長い髪をなびかせた、長身の女性だ。ピンクのカーディガンを着ているが、チェック柄の膝丈プリーツスカートは登校していた学生たちと同じもの。つまりは女子高生で、まだ『少女』と呼んでいいはずだが、日本人離れした容姿で子供扱いはしにくい。
なにより胸。下着で押さえられているはずだが、結構揺れている。
「おい、アイツら……」
タカヤが二の腕を叩いてくるが、言われずともヨーダイも理解している。
ふたりが目的とする総合生活支援部のメンバー――《
「だぁぁぁぁっ! ヤっベぇ! 完全に寝過ごした!」
「夜中に部活があったら遅出にしてくださいよー! なんで次の日フツーに授業なんですよー!」
「とにかく走る! まだ間に合う!」
「ゲート閉められちゃってますけどねー!」
ふたりともそれなりに美少女だが、『遅刻ちこくぅ~』などと食パンを咥えて、曲がり角で転校生にぶつかるような可愛げは、全く感じられない。
彼女たちは
「ナージャ姉!」
「はいはい」
外国人女子高生が先に出て、フェンスゲート前で足を止めて腰を落とす。学生鞄の取っ手を握ったまま低い位置で拳を作る。
女子中学生は、彼女に向けて跳ぶ。
「あぱかー!」
外国人女子高生はなんかマヌケな掛け声と共に、拳に女子中学生の足裏を乗せさせ、小柄な体を持ち上げた。それで車輌だけでなく人の侵入も阻むフェンスゲートを飛び越えさせようというのか。
「へい!」
否。女子中学生はフェンス枠のわずかな足場に着地した。体はまだ安定していないのに腰を落とし、手を下に差し伸べる。
「はい!」
アッパーカットの勢いそのまま振り上げた腕を伸ばし、ついでに体も膝も伸ばして跳ぶ、外国人女子高生の補助だった。
女子中学生が立ち上がりながら一気に引き上げると、ふたりして身長よりも高いフェンスに飛び乗り、飛び超え、飛び降りる。
彼女たちの身体能力も一般人比較で驚異的だが、打ち合わせなしだろうに息を合わせたコンビネーションも恐ろしい。
「おっちゃーん! はよー!」
「投げ渡しで失礼しまーす!」
彼女たちは警備小屋の前を駆け抜ける。その際に外国人女子高生は、カップケーキが入ったビニール袋を警備員に放る。
「オヤツありがとなー」
「今日も頑張りなー」
老年の警備員たちは、完全に孫娘を見守る笑顔で手を振る。
タカヤは、それを呆然と見送った。
ヨーダイは『アレだけでも撮ってたら、そこそこ数字稼げたんじゃね?』と言いたくなったが、口をつぐんだ。もう言っても遅いから。
「朝イチで部活とかマジか……夜も部活の予定だってのに……」
「や~、自然災害ですから、グチっても仕方ないですけど……」
タカヤが動かなかったのは、新たに聞こえてきた低いエンジン音と、男女のぼやきが原因かもしれない。
赤黒の大型オートバイに
ちなみに登校する子供から大人まで混じった人混みに混じり、それとなく会話を聞いていたからか、服装からふたりが高校生だとわかる。
「部活?」
ゲート前に一時停止したオートバイに、警備員の片割れが近づく。入出記録を取っているのか、車体に小型の機械を向けている。
その間の親しげな雑談に、リアシートの女子高生がヘルメットのままで応じる。
「そうなんですよー……結構大きな土砂崩れが起きたみたいで」
「さっき、ナトセちゃんとナージャちゃんが、
「や。昨日はそのお二人だけでして。そんなわけで今度は私たちが行ってきます」
ヨーダイは、女子高生の姿と声に、嫌な予感を覚えた。ヘルメットを被っているため、人相はハッキリとは確かめられないが。
以前、車のボンネットに飛び乗って、パンツ丸見せで恐怖のどん底に叩き込んでくれた、あの飛行稲妻女子高生ではなかろうか。
そしてタカヤはというと、赤黒オートバイと、それに乗る男子学生を見て、挙動不審になっている。具体的には目の焦点がぶれて、ガタガタと震えだした。なにか恐怖でも思い出したかのように。
「ゲート開けるね」
【いえ。結構です】
警備員の言葉に、なんか、オートバイから声が聞こえた気がした。気がした。気がしただけだ。ヨーダイはかなり自分に言い聞かせる必要があるほどハッキリした幻聴だった。
そんな彼の戸惑いなど無視して、二人乗りのオートバイは、ゲートが閉じたままにも関わらず発進する。
そして跳んだ。ぶつかる前に、ジャンプ台もないのに軽々と跳び越した。向こう側に危なげなく着地し、そのまま坂道を駆け下りていったのを、タカヤとふたりして唖然として見送った。
なーんか見覚えあるような気がしなくもないような高校生たちが乗る、あんな非常識なオートバイ、支援部関係以外に考えることができないというのに。
「それで、お兄さんたち。どこの人? マスコミじゃないの?」
「「あ」」
改めてな警備員の問いに、フリーズから復帰した。
特にタカヤ。『やべぇ! さっきの撮っときゃよかった』みたいな顔を今更作る。
「やっぱり支援部?」
「ダメだよ。あそこは取材NGだから」
そんな心境に気付いていないというか、きっと類似案件が多くて流れ作業的になってるだけだろう。警備員たちで勝手に話を続ける。いや、ヨーダイたちの目的はその通りなのだが。
まぁそうだろう。これだけセキュリティがキッチリした学校ならば、部外者など簡単に入れるはずないだろう。
少なくとも真正面から、こうした事前アポなし取材など、当然のように断られる。
「い、いや、大丈夫なはずです! 直接交渉して話はついてますから!」
だがタカヤそれを実行しようとする。ヨーダイは『ウソまで持ち出すのはヤバイんじゃないかなー』と横でハラハラする。
実際、警備員たちがヨーダイたちを見る目は、非常に
「こっちはいいですから、フォーさんは授業に出なさいな」
「今日は休校であります」
逃げるべきか粘るべきか。対応に迷っていたら、ふたり分の声が聞こえてきた。
「自主休校でしょうが。とっとと教室行きなさい」
片割れの姿に、ヨーダイは
歳は彼と大差ないか、下だろう。金髪
忘れもしないというか忘れることができないその外国人女子大生は、ヨーダイを直接拘束した女だ。しかもあの時と同じように、ファンタジーRPGに出てきそうな豪奢な杖を突いている。
「面倒であります……」
もうひとりは、赤髪に
彼女も支援部員だ。奇妙な衣装を着て戦う姿が映像に残っているので、ヨーダイも知っている。
「今日は家庭科で裁縫などという、なんの役に立つのかわからないスキル修得を強要されるでありますし」
「学校の授業なんぞ、社会に出て役に立つ・立たねーつー観点じゃなしに、『知ってて害になりゃしねーから、とりあえず体験させとけ』くらいのモンですわよ。つーか、ボタンつけとか
「その時は新しい服を買うであります」
「成金扱いされっぞ」
きっと授業が始まっている時間だろうが、彼女たちは真っ直ぐに警備小屋へとやって来る。
その後を、なぜか中世風の
音を鳴らして接近してくる異様な鎧に、いつしかヨーダイたちへの
「どうしたの、コゼットちゃん?」
相手は王女サマでも、警備員はやはり対孫娘モードで話しかける。
その
「いつもながら申し訳ありませんが、不法侵入の現行犯逮捕を行いましたので、警察の引渡しまで身柄を預かっていただけませんか? わたくしが対応できれば一番なんですが、今日は抜けられない講義がありまして……」
「はいはい。一一〇番すればいいの?」
「いえ。担当の方にこちらから連絡いたしました」
「相手は? 仲間が引き取りに来たりしたらマズいから、聞いておきたいんだけど」
「いつもの大道さんですから、問題ないと思いますよ」
「あぁ、あの人ね」
「証拠品と身柄の受け渡しだけお願いいたします。手続き書類も作って署名しておきましたので、こちらも合わせてお渡し頂ければ」
「はいよ」
一般常識で考えると、不法侵入者の現行犯逮捕と引渡しが何度も行われてはいけない。一般人でも可能とはいえ、刑法二二〇条 (逮捕監禁罪)に引っかかりかねない行為なのだが、当たり前みたいに女子大生と警備員がやりとりしている。
「それで? 捕まえた人、どこに?」
「こちらです」
鎧の面頬を上げると、人相の悪い男の
だが外国人女子大生は無視し、無情の手つきで面頬を再び下ろす。
鎧はガシャガシャ音を立てて、警備小屋脇の邪魔にならない位置で直立不動する。
「内側から抵抗しますわね……」
女子大生のひとりごとに、それでヨーダイはようやく鎧が《魔法》の産物で、頭の中で操作しているのだと理解した。
パワーアシスト機器を電気的に動かすことで、装着者を無理矢理動かしているのだから、必死になって抵抗するだろう。
その様を、肩に垂れる金髪を一房、指に巻き巻きして見ていた外国人女子大生は、警備員ふたりに振り返った。
「
「勘弁してよ~? 現役から何年経ってると思ってるの?」
「定年退職したジジイには無理だって」
「でしたら拘束を強化するしかありませんか……搬送と収容が大変なことになりそうですけど」
女子大生が拳で己の唇を叩き、宙を睨んでいると、ずっと黙っていた国籍不明の小学生女児が口を挟んだ。
「反抗心を折るだけなら、簡単でありますが。《ゴーレム》のコントロールに介入するでありますよ」
小さな手に《魔法》の光を宿し、鎧にポテポテ近づいて触れた。
「ピラミッドのポーズ」
鎧が開脚して上体を倒す。単純な立位体前屈ではなく、頭を地面につけるように。
金属音に混じり、内部から破滅的な音が聞こえた気がした。
「
Y字バランスどころか、上げた脚を抱いて胴に密着させる。
金属音に混じり、内部から破滅的な音が聞こえた気がした。股関節から先ほどよりもっとヤバげなのが。
「
完全には横にならず右手右足で体を支え、脚を大きく開いた左足爪先を左手で掴んで上体をねじる。
金属音に混じり、内部から破滅的な音が聞こえた気がした。心だけでなく、全身の骨が物理的に折れたのではないかと思うようなヤツが。
「これでまだ逃走を諦めていないなら、大したものであります」
「「…………」」
姿勢を正して心なしグッタリ直立する鎧ではなく、達人級ヨガを無理矢理行わせたであろう無情な小学生女児に、この場の全員は視線を向けた。
ヨーダイもドン引きした。中の不法侵入者がどうなったのか、恐ろしくて考えたくない。
「……まぁ。そういうことで、お願いします」
「あ、あぁ、わかったよ」
女子大生と警備員も、それ以上は触れなかった。
「……あ。それから」
思い出したように、もうひとりの警備員が、ヨーダイたちに視線を向けた。
ヤバさを感じても遅かった。さっきの間に逃げればよかったと思っても、もう今更だ。
「このふたり、支援部の取材に来たって言ってるけど、OK出てるの?」
「いいえ? 存じません。さすがにその手のことは、理事長も勝手に請け負うとは思えないのですけど……」
外国人女子大生が金の柳眉を寄せて、ヨーダイに注目する。
「お
やった側は忘れていても、やられた側はハッキリと覚えているもの。第三者視点では理不尽かもしれずとも、石の槍に取り囲まれて降伏勧告されたヨーダイは、軽くイラッとした。
国籍不明小学生女児は、タカヤとヨーダイを等分で注目する。灰色の瞳に青白い人工光を浮かべて。ちょっとコワい。
「タカヤ・サエキ。ヨーダイ・イノウエ。以前の部活動で逮捕した者たちでありますね」
バレてる。名乗っていないのに。
タカヤが顔一杯に『どうする?』と訴えているが、ヨーダイにもどうしていいかわからない。
というか、それどころではなくなる。
「つまり、いわゆるお礼参りに来られたのですね?」
外国人女子大生が一層晴れやかな笑顔を浮かべた。美人も美人、美人er(比較級)どころか美人est(最上級)にそんな表情を向けられたら、多くの男はどうにかなるだろう。
だが装飾杖を地面に突き立てる背後に『ほー。いい度胸だ。
「罪状は……なんだ。交通違反でありますか。まぁ、世間が自分を中心に回ってると勘違いしている
ぬぼーっとした無表情のままだが、小学生女児が目を細める。相変わらず全身から
「ち、違う……!」
さすがに報復など考えていない。少なくともヨーダイは。
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