055_2010【短編】一動画配信者から見た総合生活支援部Ⅱ 「ぜってー怪しいだろ、これ!?」


 事の始まりは、五月……いや、数年前までさかのぼる。


 タカヤこと佐伯さえき孝也たかやと、ヨーダイこと井上いのうえ洋大ようだいは、大学時代には毎日のようにつるみ、馬鹿をやった仲だ。

 親友とも悪友とも呼べる。きっと世間でイメージされる『大学生』そのままの生活だろう。進学と共にデビューを果たした、はっちゃけ気味だったふたりのなにが馬が合ったのか、意気投合した。サークル活動や合コンに明け暮れ、単位のピンチや卒論にあえぎ、苦楽を共にした仲だ。

 卒業して社会人となった現在、それぞれ別の土地で生活をいとなんでいるが、機会があれば連絡を取り、酒を飲み交わす付き合いを続けている。


 あの日も同様に、職場の愚痴や共通の知人の現在を話しながら、深酒をした。

 更に、そのまま自動車を運転し、飲酒運転取締りの検問に遭遇してしまった。

 呼気検査すれば確実に掴まる。ゆえにタカヤは、車をUターンさせて逃げてしまった。

 検問手前でそんな怪しい車があれば、当然サイレンを鳴らしスピーカーで警告を吐きつつ、パトカーが追走した。


 ふたりとも完全にパニックになった。どうすればいいのかわからないまま、逃げ続けてしまった。アメリカでの空撮がスクープ映像として取り上げられるような、日本では珍しいカーチェイスへと発展した。


 そうして神戸市内まで逃走した挙句、逮捕された。地方版ニュースなので扱いは小さくとも、取り上げられる程度には大きな『事件』となった。


 幸いにして事故にはならなかったが、もしも、それも人身事故を起こしていれば、危険運転致死傷罪まで適応されていても不思議ない逃走劇だった。

 運転していたタカヤは一発で運転免許は失効し、三年以下の懲役または五〇万円以下の罰金が科せられる。飲酒運転を承知して同乗したヨーダイにも同様の罰則が科せられる。


 前科もなく深く反省していることで、罰金刑で済んだが、それでも罪の清算は重い代償となった。

 社会人となって間もない彼らにとって少なくない罰金はもちろんのことだが、最も重いのは社会的信用の損失だ。


「会社、辞めようかなぁ……」


 チューハイの缶を手にしたヨーダイは、その後悔を天井に吐き出した。返事を期待していないひとりごと、というよりも、ばくとした考えが漏れただけ。

 だが小さなテーブルに肘を突き、タブレットをいじっていたタカヤは反応した。


「まだ辞めてなかったのかよ」

「ひっでぇ……」


 ヨーダイにとっては、あの事件は、やはりタカヤのせいという思いが強い。客観的には酒気帯び運転を咎めなかった彼も同罪だが、友人が検問を回避しようとしなければ、現在はまた違っていたと責任転嫁してしまう。

 事件として報道され、警察に拘留されて会社を無断欠勤などしようものなら、社内評価も当然落ちる。道路交通法違反だけでは懲戒解雇処分にはならなかったが、上司にはコッテリ絞られ、同僚や先輩たちの目も冷たくなった。


 非常に会社に居づらい。

 熱意を持った就職活動をせず、手当たり次第にエントリーシートを送ってなんとか入社した会社だから、執着するような愛着はない。

 とはいえ生活や今後への不安から、退職は二の足を踏んでしまう。まだそこまで切羽詰っていない。


「タカヤこそ、職場でどうなんだよ? 親方に相当ドヤされたとか言ってただろ?」


 そんな愚痴というか文句というかを吐き出すために、連絡を受けたヨーダイは、わざわざここ京都の、タカヤのアパートを訪れたというのに。もちろん公共交通機関を使って。


「あぁ。だから辞めた」

「へ?」


 だがタカヤは、悩みや不満を共有することはできないと、再びタブレットに視線を落としたまま、あっけらかんと軽く拒否する。


「おいおい。どうする気だよ?」


 六畳一間の室内に物は少ない。建物自体も老朽化激しい文化住宅だ。首都圏と比べれば、家賃は知れているだろう。部屋から見える彼の生活ぶりは質素なものだ。

 とはいえ収入源を失えば、生活できなくなるのは確実だ。


 他人事なれど友人のことだ。不安に思ったヨーダイに、視線を上げたタカヤは胸を張った。


「オレは、動画配信に生きる」

「…………」


 いや、ダメだろそれ。

 そんな言葉が出かかったが、ヨーダイは飲み込んだ。


 動画配信の広告収入で生計を立てる生き方が、ダメだなどと言うつもりは毛頭ない。

 だがこの土壇場で、唯一の手段と信じて一発逆転を狙うのは、ギャンブルで借金返済しようとするような危うさしか感じない。


「ていうか、もうチャンネル開設してる」

「…………」


 あ。コイツもうダメだ。

 そんな言葉が出かかったが、ヨーダイは飲み込んだ。

 タカヤがタブレットでその画面を見せてくる様から、なにを言ってももう遅いと思った。


「でもチャンネル登録数、なかなか増えねぇんだよ……」


 そんなものだ。なんのバックボーンも持たないまま、一般市民に対して己の顔を売ろうとしたところで、見向きもされない。

 選挙演説を見てみればいい。党の名を掲げ、熱心にマニュフェストを語ろうと、新人候補の街頭演説に足を止めて聞き入る人は果たして何人いるだろうか。

 地方のショッピングモールや各地のライブハウスで、聞いたことのない芸能人がイベントを開くことなど珍しくはない。彼らはそうやって地道に活動をしている。ちなみに昨今では第一線での活躍に疲れた、ファンとの交流を楽しみたいなどの理由で自ら転向する者、ローカルタレントやローカルアイドルといった最初から地域限定の芸能人も存在するので、ドサ回りの定義はかなり変化しているが、それはさておき。


「ということで、だ。話題になる企画を考えてるんだが」


 タカヤがテーブルに手を突き、身を乗り出してきた。

 ヨーダイは嫌な予感を覚えた。これまでの経験上、こうして彼が意気込む時には、ロクな結果がない。

 それでも聞かないわけにはいかない。なにせヨーダイが巻き込まれるのは、もう決まったようなものだ。これも過去の経験で、逃れられたことは一度としてない。


「コイツら取材しようと思うんだ」

「ぶふっ!?」


 タカヤが見せたタブレット画面に表示された映像を見て、ヨーダイはチューハイを噴いた。

 神戸に住む彼にとって、見慣れた映像だった。最近では地方版どころか、全国版のニュースや情報番組でも幾度となく目にする。

 神戸市民ならば恐怖よりも混乱を思い浮かべる、先日の事件――神戸防衛戦のダイジェスト的な映像だった。発光する『死霊』の軍隊たちを、様々な学生服に身を包んだ少女たちが、少年マンガ的な非常識な方法で打ち破っている。


「修交館の《魔法使い》だぁ!?」


 五月にヨーダイたちを現行犯逮捕した、人間兵器たちでもある。


「マジでアイツらはやめとけ! 関わるな!」


 子供たちに痛い目に遭わされれば、面子を重んじる者は恨むかもしれないが、一般市民がどうこうできる相手ではない。せいぜい今現在、その武力の大きさゆえに議論になっているように、SNSで騒ぎ立てるのが関の山だろう。

 神戸市民であるヨーダイにとっては、『恨む』という次元を超えた存在だ。掴まった原因はこちらにあるという自覚もあるため、理不尽な憎しみも覚えない。

 というか再度関わるなど、そちらのほうが恐怖だ。


「いやいやいや。これ見てくれよ」


 だがタカヤは関わる気マンマンだった。ヘラヘラした笑いでタブレットを見せてくる。

 先ほどの無料動画投稿サイトから変わり、掲示板の文面だった。スレッドタイトルは『【魔法使い】修交館学院 総合生活支援部 part812【ソーサラー】』とある。


――昨日初めてナマで見た! あれがウワサの王女サマかぁ! すげー美人!

――神戸市民いいなー

――プラチナブロンドの子って、地毛? 

――気にするのは髪じゃないだろ! おっぱいおっぱい!

――ロリっ娘こそ正義


 ざっと見た限り、書き込みのほとんどはこういった、無秩序なバカ騒ぎだ。支援部員、いや特定ひとり具体的には唯一の男子部員が見たら、『知らぬが仏って真実だよな……アイツらの見てくれに騙されてる』と遠い目でボヤきそうな。


――神戸在住は生で見れても他は見れねーよ 動画とか画像ないわけ?

――政府発表みたいな公式なものでない限り、うpした途端に誰か来るらしい おや誰か来たようだ…うわなにをするやめ

――冗談はさておいて、誰かが街中でこっそり撮影したようなのは、アップしてもガチでそっこー消される これが魔法?

――むしろ政府

――いや、無断で撮影してネットにあげるって、やっちゃいけないからな?


 しかも、既にこの段階で、支援部のヤバさが垣間見える。


「で? これが?」

「これ」


 タカヤの指が液晶をすべり、目的の書き込みまで下がる。


――急募:総合生活支援部 総合生活支援の情報 報酬あり 連絡先XXXX@XXXXXX.com


「いやいやいや。ちょっと待て」


 怪しすぎる。色んな意味で。


「こんな書き込み、真に受けるか?」

「本物みたいなんだよ。ほら、これが返信」

「…………」


 タカヤは既に連絡していたらしい。メーラーを起動させ、書き込みのフリーアドレスから送られてきた返信を見せてくる。

 ヨーダイは、友人の人生が不安になった。イタズラではなく返信があるから本物という思考回路が理解できない。会社名をかたるショートメッセージにも返信し、詐欺に遭う気がしてならない。


 ともあれ、ヨーダイは内容を確かめたが、感想は変わらない。


「ぜってー怪しいだろ、これ!?」


 呼びかけられているのは要するに、支援部員の買い取りだった。額はおおよその目安でしかなく、重要度や信憑性によって大幅に変動しているが、部員の姿を映しただけの画像・映像でも買い取る方針で、かなり節操がないというか手広い。

 ある日の夜、彼らはなにか学院で行うらしい。呼びかけを行った者が注目しているようで、高価買取をうたっている。


「自衛隊とか在日米軍の基地近くでも、撮影してないかパトロールとかしてるらしいだろ? 軍事機密になるようなことを盗撮してないかって。そういう情報を買おうとしてんじゃないか?」

「それ軍事機密だろ。だけど学校の部活だぜ? 犯罪になるわけないだろ」


 タカヤはあっけらかんと反論していますが、支援部の場合は軍事機密に属する情報です。そして一般市民だろうと撮影してそのデータを広めることは、肖像権侵害となる可能性があります。


「それに軍事施設じゃないんだから、潜り込んだところで大したことないって」


 タカヤはあっけらかんと反論していますが、建造物侵入の罪に問われる可能性があります。建物内部に入らなくても、敷地内立ち入りの目的が違法である場合は罪が成立します。


「別になにか撮って売り渡さなくても、俺のチャンネルの目玉になるって!」

「なら、ちゃんと取材許可取れよ。それで充分だろ」

「いやでも……売り渡すってのも捨てがたい」

「…………」


 典型的な『二兎思うものは一兎をも得ず』思考に陥っているタカヤに、ヨーダイは説得を諦めた。

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