000_1110 魔犬、起動Ⅱ ~エラーコードNo.~


「…………ふぇ?」


 ちょうど治療が終わったのか、動きを止めて、少し間が空いたが。


「えぇぇぇぇっ!?」


 態度を変えない十路とおじの言葉を理解した樹里は、驚愕をリアクションした。

 彼女も膝を突いて、車輌の間から下を覗き込んだ。ミニスカートがまくれて、純白パンツを見せていたのにも気づかずに。記憶にあるパンツと柄も色も違うので、いつの間にか履き替えたらしい。


「あれ爆弾なんですか!?」

「他に考えられない。詳しくは支援部おまえンところの部長に聞いてくれ。俺もあの王女サマから聞いた話だ。まさかこの列車だったとはな……」

「部長!? なんで!? 今日東京に行ってるんじゃ!?」

「色々あった。それも後で本人に聞いてくれ」


 投げやりな返事し、移動しながら十路は考える。

 爆薬一〇トンという、冗談としか思えなかった言葉が、俄然真実味を帯びた。列車の底部だけの量ではないだろうが、コンテナにまで積載されている可能性もあった。

 まさか乗り込んだ列車に、爆弾が仕掛けられているとは思っていなかった。誘拐された樹里の運送手段であり、神戸貨物ターミナル駅で民間人・警官を襲撃した《魔法使いソーサラー》らしき男が乗っていたのだから。

 しかしこうなると、意味が変わってくる。


「なぁ? キャサリン・ワン。ゲーリー・ナシモト。お前らSセクションの連中は、黒幕に証拠隠滅で吹き飛ばされるぞ?」


 樹里を誘拐した目的は、十路にはわからない。樹里にもよく理解できないまま、ライダースーツの男を排除してしまった。

 主犯は樹里を除いて、あるいは樹里ごと、一連の事件を証拠隠滅してしまう気だったに違いない。

 起爆装置は動力に結びついて、車輪回転数から速度を計測していた。すでに走っている状況で、速度超過でスイッチが入るとは考えにくいから、減速ないし停車すれば起爆する設定だろう。


「はぁ? なに言ってんだい?」


 客車に足を踏み入れて眉を動かす『蟲毒』たちの反応から、十路は確信した。知っていたら、のん気に乗っているはずはない。


「木次……こりゃ予定変更しないとならないだろうな」


 障害物競走を終えて追いついた襲撃者たちを無視し、十路は立ち上がった樹里に振り向いた。


「えーと……このままだと、どうなるんでしょう?」

「列車が外部から停車させられたら、その途端にドカン。それがなかったとしても、こいつらが用意した国外脱出手段の最寄り駅で、洩れなく吹き飛ぶだろう。放置して撤退して問題ないか?」

「ややややや!? 問題大アリですよ!?」

「だろうな。でもアイツらに付き合うの、正直めんどい」

「や……まぁ、わからなくもないですけど……」

「下を覗き込めば、俺が言ってること、嘘かホントか一発でわかると思うんだが」

「やー、私たちが言っても、勘繰られるだけだと思います……」


 十路も樹里も爆弾の現物を見た。専門家ではない樹里は素直な性格である上に、巻き込まれた身分であるため、助けに来た十路の弁を疑う必要もない。

 事実確認が欠けた、十路たちよりは主犯を信用するに決まっている、敵対者のSセクションの関係者に、信用させるのは一筋縄ではいかない。一連のやりとりを最初から聞いている、作業服を着た工作員たちはまだしも、途中からの『ニンジャ』と『蟲毒』には特に。


「堤さんじゃ、解除できないんですか?」

「無理だ」


 センサーの種類からすれば、取り外そうとしたら即爆発する仕組みになっている。というより、走行する列車に取り付けられているのだから、振動でいつ爆発しても不思議なかった。爆発物処理では電池や爆薬を凍結させる場合が多いが、温度センサーがあることから、凍りつく前に起爆する可能性がある。十路や樹里では《魔法》を使っても、安全に解除することは不可能だった。


「吹き飛ぶのがSセクションの関係者だけなら、見捨ててもいいけどな……だけどこのままじゃ、家でくつろいでる民間人を巻き込むだろう」


 《魔法》でインターネットに接続し、衛星写真を参照しても無駄だった。東海道本線は、神戸・大阪・京都・滋賀・名古屋と、都市圏を突っ切る。ほとんどの沿線沿いには住宅が存在する。

 もしも本当に一〇トンもの爆薬量があったならば、戦術核兵器と見まがう破壊力となる。山間部でもないのに、被害を許容できる場所があるか、素人考えでも疑わしかった。


「『部活』なら、どう行動するべきだ?」


 誰かの命か。なにかの被害か。全てを守り通すことは不可能で、選んで失わなければ解決できない。甘い綺麗事を抜かす子犬ワンコを試す意味でも、また純粋に事態のイニシアティブが支援部にあるとも考えて、十路は問うた。


「…………人命優先。一般の人たちはもちろん、この人たちも」


 考慮の時間を挟んだが、樹里はしっかりと返答した。

 これは十路には意外だった。普通、命が関わる取捨選択などできない。この状況を正確に理解した上で、全員の命を取るなら、どうしようもない極悪人か、筋金入りの馬鹿だろう。《魔法使いソーサラー》であろうと関係はない。

 そして彼女は、間違いなく後者バカだった。


子犬ワンコのお嬢さんは、お前らも助けたいらしいが、大人しく俺たちの指示に従うか?」


 『わんこ?』と自分を指差す樹里は無視し、十路は振り向きなおす。


 のん気に樹里と語り合っていたが、敵はそれに付き合って手出ししなかったわけではない。

 『蟲毒』は腕につけた電子機器を操作していた。

 先ほどまで彼女の背後に立っていた『ニンジャ』の姿がなかった。


「見えてんだっての」


 だから十路は、肩にかけた小銃を回転させて、銃床ストックを振り上げた。


「仲間の人まで巻き込む気ですか?」


 銃床ストックの一撃だけに留まらない。背後から突き出された、樹里の長杖が何気なく突き出された。


「っ!?」


 装備したデバイスで、透明化と呼べるレベルの光学迷彩をほどこし、壁と天井を蹴ってアクロバティックに襲いかかった『ニンジャ』を、カウンターアタックで叩き落した。人間としての目では捉えられなくても、《魔法使いソーサラー》のセンサー能力には、全く意味がなかった。


 次いで『蟲毒』が客車内に飛び退くと、樹里が吐いた電子ビームが貫通したコンテナの扉が、小爆発と共に外れ飛んだ。強硬突入口確保ブリーチングに使う指向性爆薬でも仕掛けてあったのか。

 すさまじい羽音と共に、飛び出してきた黄色と黒の雲霞が、客車内を満たしていく。数千単位になるであろう蜂の群れに巻き込まれ、作業着姿のSセクション工作員員が、恐怖の悲鳴を上げた。


「堤さん! 外に!」


 一足早く客車を飛び出した樹里に促されるまでもなく、十路もコンテナ天辺にかけた左手一本で、身長よりも高い障害を乗り越える。

 外に出てコンテナの上で身を低くすれば、軽い虫は風圧に耐えることなどできない。客車からあふれ出た蜂たちは、コンテナにぶつかり、風に乗って後方へと消えていく。

 虫の猛襲がひと段落してから、隣で同じように身を低くしていた樹里の肩を抱く。驚いたように彼女は体を震わせたが、コンテナ上では風で声が聞こえないから、耳元に口を近づけないと仕方がない。


「連中は俺が食い止める。木次は関係各所に連絡しながら、最後尾に走れ」

「あの人たちの戦い方なら、私のほうが向いてると思うんですけど」

「俺……連中に負けると思われてるのか?」


 指示への反論に、十路は憮然とした声を返すと、否定のしようがない事実が突きつけられた。


「やー、だって……虫にたかられて倒れてましたし……」

「…………」


 ぐぅの音も出なかった。樹里が誘拐された際、なすすべなく無力化されたのだから、十路が弱いという先入観を持たれても、致し方ないだろう。

 暴走した樹里おまえを抑えたのは誰だと思っているのか。あんまり呼ばれたくないがこれでも《騎士ナイト》なんて呼ばれてるあざな持ちなんだが。そんな思いが十路の心にふつふつと沸いたが、我慢して別の言葉を口にした。


「俺も一応 《魔法使い》なんだが? 今度はフルで装備が使えるのに、なんで俺が負けるって思うんだ?」


 樹里は若干申し訳なさそうに、しかし本音を返した。


「やー、だって……そういう『今までは全力じゃなかった』的なセリフ……テレビとか映画じゃ、負ける人が言うことですし……」

「…………」


 明らかに力量差のある敵キャラには、ストーリー・ハンディキャップが課せられるのが、エンターテイメントの基本だろう。主人公を一方的虐殺という展開にせず、ある程度は拮抗させないとドラマとしてえない。だから死亡フラグなセリフを吐かせることになってしまう。

 というか敵役サイド扱いなのか。まぁフィクション内での自衛隊なんてそんなものかもしれないが。刑事ドラマでは警察以外の組織は、どうしても悪役っぽくされる。政府以外の陰謀が絡むと、どうしても日本国内で武力を持つ自衛隊がそんな役どころになってしまう。でなければ宇宙からの侵略者には蹂躙され、怪獣には踏み潰される役にされる。


 とにかく、それ以上は墓穴を掘りたくなかったので、十路は端的に目的と、その手段だけを伝えることにした。


「……逃げ出すだけならともかく、お前に《使い魔》を起動してもらわないと、どうにもできない。キーを抜いて口にくわえてDNA採取。ハンドル握ってひねろ」

「ふぇ?」


 『バイク無免許の私がマスター? ってゆーか、どうやってバイクで電車に乗り込んだんですか?』とでも言いたげな顔をしたが、もう無視をした。緊張感が削がれる、余計な言葉は口にしなかった。


 代わりに、小銃を長杖に軽く打ちつけた。この頃はまだ支援部で使っている無線周波数帯を知らなかったため、通信方法を直接脳に送りつけた。


 そして、コンテナを蹴って前進した。

 やはり夕方の交戦で、体調は万全ではなかった。苦労してコンテナをよじ登った風の『ニンジャ』は、なんとか突き出される銃剣バヨネットを、なんとか体術と直刀をもって逸らすが、対抗しきれていない。


「ぐ……!」


 危うげな足取りでもって大きく跳び退き、『ニンジャ』は客車の屋根に逃れた。

 距離を開いたつもりだろう。実際に物理的な距離は開いた。

 だが十路も後ろに跳んで更に距離を開いて、逆に得意の間合いに入れる。

 すなわち、銃撃距離。

 一見すれば無造作に見える、しかしその実は《魔法使いソーサラー》の能力による精密射撃。剣戟による銃身バレルの歪みを加味して、『ニンジャ』の足元ギリギリに着弾させる。もちろん客車内にいる人間の位置も加味して、誤射は起こさない。


「なんちゃって忍者。動きにキレが足りないぞ」


 下がる『ニンジャ』を銃撃で追いかけながら、届くはずのはない声をかける。

 殺すつもりはない。それが樹里のオーダーだ。諦めるか、早く爆弾を確認しろと思いつつも相手を牽制するだけだ。コンテナよりも背が高い客車の上で、送電線に接触しないかな、それで感電死しても事故だよな、と少しだけ期待したが、無駄そうだった。

 収められた弾丸が切れたので、リリースパドルを押して弾倉マガジンを外す。それを見た『ニンジャ』が前に出ようとしたが、空中に四基の《魔法回路EC-Circuit》を形成させ、固体窒素の弾丸で牽制する。


(ガッツだけは認めるけど……現状を理解しろよ)


 その間にクリップで一体化した弾倉マガジンを差込み、槓桿チャージングレバーを引く。

 《魔法使いソーサラー》の相手は、《魔法使いソーサラー》にしか務まらないというのが、次世代軍事学の常識だというのに。それならば早く爆弾を確認して、大人しくしておけと言いたい。

 言っても聞く耳を持ちはしないだろうから、こうして牽制で時間稼ぎしているが、いざとなれば半殺しにして、樹里に治療させるという手段もある。人命優先をオーダーしたのは彼女だから、まさか拒否はしないだろう。


「?」


 不自然な振動を、不意に足元から感知した。列車の振動とは全く異なる、小さく連続した破裂と、土砂を感知するような動体反応だった。

 詳細はわからずとも異変と認識した十路は、身体能力だけでなく電磁力反発も利用して、後ろの車輌まで後退する。


 直後に立っていたコンテナの扉が、またしても小爆発と共に吹き飛んだ。


(……今日はビックリ生命体のオンパレードかよ)


 閉じ込められ、這い出てきたものを見て、十路は顔を引きつらせた。普通の人間ならば、まず間違いなく生理的嫌悪感を示すだろうが、常識外の経験を持つ彼はその程度の反応で済んだ。

 人間のももくらいに太い、身長は人の身丈を超えるのではなかろうかという巨大なムカデが、毒を滴らせる顎を鳴らす。子供ほどもあるカミキリムシの腹から滴った体液は、触れたコンテナの表面に煙を上げさせている。掌サイズのアリは、牙だけでなく上げた尻から針と蟻酸を振りまいている。


 サイボーグ虫HI-MEMSの開発には、バイオテクノロジーが必須であろう。そもそも十路が倒れた毒も、生物毒にしては効果が早すぎるため、自然発生の毒物ではないと考えられた。

 それらの産物に違いあるまい、古代生物図鑑に載っていそうな巨大昆虫たちだった。『蟲毒』の操作によって、種類が違うのに争うことはなく、虫たちは足場に沿って十路たちの側に移動してくる。


(まぁ、樹里さっきと比べりゃ可愛いもんか……)


 無造作に《魔法》を付与した弾丸を発砲する。《鹿撃弾バックショット》での散弾で、『小型の巨大な虫』という矛盾したものをまとめて撃ち、頭部をもたげたムカデは《ワイヤー実包ボーローシェル》で胴体を切断し、《ドラゴンブレス弾》で瞬間的な火炎放射を作って焼く。

 甲殻が銃弾を弾くということもない。暴走した樹里と比べれば、『非常識さ』が『常識内』だった。

 ただ数は厄介だった。どんな風にコンテナに詰めていたのか不思議な量の虫たちは、仲間の死骸を残り超えて、暴風の中を近づいてくる。


 爆弾のことがあるため、あまり派手なことはできない。どう対処するのがベストかと、引金トリガーを引きながら考えていたところに。


『堤さん! やっぱりダメです!』


 早速教えた周波数を使って、樹里が音声データを無線で飛ばしてきた。

 十路は《磁気浮上システム》を足元に実行し、ワイヤーアクションのように最後尾車輌まで一気に、後ろ向きのまま低く跳ぶ。


「…………ウソだろ?」


 着地し、確認し、絶句した。

 事態の深刻さを理解していない顔で、樹里がハンドルを握っている、コンテナの上に倒れたままの、白い大型オートバイ。

 ディスプレイには、またしても『ERROR』の文字が表示していた。

 その日、三度目の表示だった。十路が試した時、コゼットが試した時、そして樹里が試した、その時。

 樹里のDNAでも、《バーゲスト》のシステムは起動しなかった。


「木次でダメなら……じゃあ、この《使い魔》のマスターは……誰なんだよ?」

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