000_1120 魔犬、起動Ⅲ ~イグニッション~


「え、と……? 私がマスターじゃなければ、なにか問題でした?」

「他に考えられなかった……部長の王女サマも試して、違った」

「え!? じゃぁ、この《使い魔》は誰のなんですか!?」

「わからない……他に部員こうほはいないのか?」

「や、いないです……」


 遅れて事態の深刻さを理解した樹里に答えつつ、十路とおじは迷走する思考を収めるために考えた。


「……あの理事長がマスター、ってこと、考えられるか?」

「や、考えにくいですよ……つばめ先生が《魔法使い》って話も知らないですし、《魔法》を使うところも、《魔法使いの杖アビスツール》も見たことないですし、そもそも現場に出ませんから」

「だろうな……」


 一日直接見知った範囲でしか知らない組織事情を、一応で訊いてみた選択肢も除外されてしまうと、完全に見当もつかなくなった。

 ならば《使い魔ファミリア》の使用は、切り捨てるしかない。


「木次。空を飛べるか?」

「重力制御と電磁加速でなら……」

「じゃあ、先に列車を下りてくれ。フリングの連中を叩き落すから、治療と逮捕な」

「……その時点でツッコミたいですけど、爆弾と列車そのものはどうする気ですか?」

「川に差し掛かったら、橋を粉砕して列車を突き落とす」

「ふぇ? じゃぁ、堤さんだけ列車に残るってことですか?」

「そうなるな。まぁ、ギリギリで飛び下りるけど」

「や、爆発に巻き込まれちゃうんじゃ……」


 それが一番確実な策だった。危険は理解していたが、幾度もこういう目に遭ってきた十路は、なんとか別案を出そうとしていた樹里ほどの危機感は持てなかった。


「《使い魔》のシステムが起動すれば、なんとかなるんですか?」

「かも、程度だな。電磁投射で列車をすっ飛ばす手段も考えた。大気圏外とまではいかずとも、海まで発射できれば、安全に排除できる。だけど移動中の、しかもこんな長い、下手すりゃ一〇〇〇トンクラスの重量物となると……」

「私が協力しても、ちょっと……《使い魔》の出力を合わせたら、なんとかなるでしょうけど……でも、失敗して、列車が住宅地の真ん中にでも落ちたら……」

「出力が充分としても、発射即爆発する可能性もあるから、賭けになる。それ以外はもう手札がないから、《使い魔》になにか策がないか、期待したんだがな……」



 △▼△▼△▼△▼



『つばめ。ここまでよ。あの爆弾列車は、私がなんとかして、樹里ちゃん助けだすわ』

「まぁまぁまぁ、もうちょっとだけ待ちなよ」


 苛立ちを押さえた無線からの声には、それだけしか応じない。ふたりの足掻きを遠くから見つめる悪魔が、笑みを深める。


「さぁ、どうする、トージくん? これでもキミに期待してるんだから、応えてよ」



 △▼△▼△▼△▼



「あの、堤さん……? なんだかすごい大きい虫が、こっちに向かって来てるんですけど……」


 樹里がおずおずと危機感を発した。

 巨大化した虫たちは、風圧に負けて吹き飛ばさないよう、踏ん張っている。その進軍は遅いが、コンテナや台車を足がかりにして、着実に最後尾のふたりへと近づいていた。


 しかし十路は反応しない。小銃をスリングで肩にかけて、倒れている白い大型オートバイの側に膝を突き、動かなかった。


(なんでこんな目に遭ってんだ?)


 本格起動しない《使い魔ファミリア》に、未練がましくこだわっているのではなく、その日一日のことを思い出していた。


(最初から変じゃないか……)


 説明もなく任務として、始発新幹線に乗って神戸にやって来たら、無免許でオートバイを運転してきた女子高生から、顔面へのヒップアタックを食らった。


(普通の学校に来て、《魔法使い》の部活動なんてものに関わって……)


 なかなか見ない大総合学校ではあるが、内訳は十路が想像する、『普通の学校』だった。和気藹々あいあいとした体育祭の様子は、民間人なら親しんでいるであろう、日常の光景だった。

 そこに異物のように、《魔法使いソーサラー》の部活動なるものが存在していた。


(平和ボケした子犬ワンコの護衛が任務だとか言われて……)


 可愛いとはいっても、せいぜい十人並み。日本全国のどこにでもいそうな女子高生にしか見えない、《魔法使いソーサラー》としては他人事ながら危機感を覚える、あまりにも『普通』すぎる彼女。


(誘拐を阻止できなかった)


 物流会社フリングホルニの非合法武器密輸部門・Sセクションに狙われているとわかっていながら、少女の誘拐を阻止できず、十路は倒れた。


(そしたら今度は任務が奪還に変わって、《魔法使い》の王女サマと勘違いでなし崩しに交戦……)


 言葉だけ見れば、なんというファンタジーな人物なのか。実情は丁寧ヤンキーアレだが。

 思い出してため息をつきながら、ハンドルとコンテナを繋ぐ金具を外し、ロープも取る。


(列車に乗り込んだら、木次はビックリ生命体になってて……)


 あれはあまり思い出したくはない。裏社会に関わる十路でも、『ヤバい』とわかる光景と経験だった。それ以上は考えないよう己を誤魔化すように、体をその下に入れるように力を込めて、大型オートバイを引き起こす。


(なんなんだよ、今回の任務は……! 意味不明の任務なんて、これまでもあったけど、質が違うぞ……!)


 引き抜いた、鍵の形をしたカートリッジに、苛立ちを視線にしてぶつける。

 複雑な事情が絡み合い、意味不明な任務であったとしても、明確な方向性は存在した。 


(あの理事長、なに考えてやがる……! 俺をあの部活に入れさせるために、木次コイツを関わらせるために、なんでここまで俺をハメた……!)


 だからおのずと、正解を導き出すことができる。


「木次!」

「ふぇ? もがっ!?」


 振り向いたところに、樹里の口にもう一度カートリッジを突っ込んで、頬の粘膜をこそぎ取るように動かして抜く。彼女が起動を試した直後だから、不要かもしれないが、念を入れてDNAを採取した。


「あの、堤さん……間接キスになってしまうんですが……」


 注意喚起か批難かわからない樹里の言葉を気にもせず、十路もカートリッジを口に含んで、同じようにDNAを採取した。


「ハンドルを握れ!」


 十路は左ハンドルバーを握り、ふたりのDNAが混じったカートリッジを、シリンダーに挿す。


「え……? まさか……?」


 半信半疑の風情ながら、樹里も手を伸ばし、右ハンドルへ乗せた。


「ダメで元々だ!」


 言葉どおりの諦観と、裏腹な期待を込めて、十路はキーシリンダーを捻った。

 十路と樹里の脳と簡易的に接続し、《魔法回路EC-Circuit》が形成される。仮想のDNA解析装置が作成され、カートリッジに採取したサンプルを、現存の機材では不可能な速度でチェックする。


――Parity check...OK.(同一性チェック、完了)


 数秒の後、ディスプレイに表示されたのは、『ERROR』ではなかった。


――Administrator_1 "Jyuri Kisuki" agreement.(管理者その一『木次樹里』合致)

――Administrator_2 "Tohji Tsutsumi" agreement.(管理者その二『堤十路』合致)

――Main system boot up.(メインシステム起動開始)


マスターが……私と堤さんの、ふたり……!?」

「自分でやっといてなんだが、マジか……」


 単独二度のチェックでは無効、ふたりを同時に行うことで通過など、悪意がある。

 しかも普通、こんな設定にしない。まさかふたりが揃っていなければ機能が使えない、ということはないだろうが、それでも共用という形にはまずしない。

 《使い魔ファミリア》も《魔法使いの杖アビスツール》同様、特定個人の専用機なのだから。国家所属と民間所属、異なる立場のふたりでとなれば、ありえるはずがない。


 しかし現実に、機体は歓喜するように、擬装されたスピーカーを咆哮させた。四ストローク水冷デスモドロミック四バルブL型二気筒エンジン音で、荒々しい産声を上げた。

 次いで電位変色性塗料に電流が与えられ、純白だったその身も変わる。

 夜のように。影のように。ボディが黒に染まる。

 血のように。炎のように。要所は赤でいろどられる。

 死の前触れとして鎖を引きずりながら、角と鉤爪と赤い目を持つ黒犬の姿で現れる、イングランドの伝承に存在する不吉の象徴。機体につけられたその名に相応しいカラーリングへと変化した。

 タンク部分に炎を意匠化した文字が形成されると、《魔法回路EC-Circuit》は消滅する。


【Advanced Tactics Infantry Fighting Vehicle 《Bargest》 Unify & Communication System Software Ver.20XX-0001-"Sheriruth" boot completion.(特殊作戦対応軽装輪装甲戦闘車両 《バーゲスト》統括およびコミュニケーションシステム Ver.20XX-0001 《セグメント・ルキフグス》起動完了)】


 視覚情報だけでなく、聴覚刺激としても、目覚めた『彼女』は自己紹介を行った。

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