000_0460 そこは悪魔の掌Ⅶ ~ライダーブレイク~


 オートバイが追いすがる前に、台車を押す二人組プラスワンinコンテナは、自動で扉を開いた部屋に急いで入る。

 彼らはエレベーターを待っていた。


「ふんっ!」


 ナージャがブレーキをかけながら、再度前輪を持ち上げて、閉じる扉に割り込もうとした。

 しかし一歩遅く、いや制動が一歩分早く、閉じた扉に前輪をぶつけるに終わった。


(上……?)


 ナージャの体にしがみついて、投げ出されかけたのに耐えて、階数表示を見上げた十路は、不審を覚えた。

 追跡者たちを振り切るため、二階までならまだわかる。だがエレベーターの現在位置を示す表示は止まらない。あまり上階に行ってしまうと、台車を押す彼らにとって、利点はならないはず。

 どこかに隠れるつもりなら、まだ理解できる。しかし部外者である彼らが、敵地とも言えるこの場所で、そんな選択をするだろうか。

 他に考えられることといったら――


「屋上か……!」

「はい?」


 かすれた声に、下がって前輪を接地したナージャが、怪訝そうに紫の視線を向けてきた。


「ヤツら、空輸手段を持ってる……!」


 襲撃者たちは逃げ場を失っているのではなく、目的地に向かっている。十路は結論として出した。


「じゃぁ――」


 強烈な横Gに振り回される。ナージャが信地旋回と合わせたアクセルターンで、その場で車体をUターンさせた。とても《使い魔ファミリア》を初めて操っているとは思えない。


「急がないと!」


 そして少しだけ行き過ぎていた階段ホールに突入し、タイヤの空気圧を調整し、マシンパワーに物を言わせて屋上を目指した。



 △▼△▼△▼△▼



 エレベータの停止によるベクトルを感じて、扉が開いたと同時に、鋭敏な樹里の聴覚は、急接近してくるエンジン音を捉えた。先ほどまで聞こえていた、オートバイの二気筒エンジン音ではない。


(……ヘリ?)


 扉を開ける――というより、破壊した音の後、一気に大きく聞こえてきた。台車で段差を無理矢理乗り越えたのであろう、乱暴な震動と共に、ターボシャフトエンジンの轟音が急接近してきた。


(もしかして私、空輸される?)


 内側から見た限りでも、コンテナはさほど頑丈そうなものではなかった。ちゃんと貨物として積載されるならばともかく、吊り下げなどされたら非常に不安だ。

 コンテナが空中分解したところで、多分樹里なら死にはしないが。

 ともあれ、厄介なことになったとは、少しだけ考えた。


(うーん……無事だってこと、知らせたほうがいいのかな……?)


 樹里自身のことではなく、追っ手のことを気にかけて。

 魔法を使うにはエネルギーを消費する。ゲームの『魔法使い』ですら、その法則に縛られる。莫大な電力を生む《魔法使いの杖アビスツール》を持っていない今、《魔法》を使うには、彼女の体に蓄えられたカロリーを使うしかない。反物質電池とは比較にならないわずかなエネルギー保有量なので、使いどころを見誤るわけにはいかない。


(《雷閃》――)


 十数秒ほど考えた末、電子ビームの照射を準備した。

 金属溶接にも使われる技術だが、真空環境下でなければビームはすぐに減衰してしてしまう。しかしメッセージを残す程度なら、その程度で充分だと。



 △▼△▼△▼△▼



 学園を舞台にしたフィクション作品は、かなりの頻度で学校の屋上が立ち入り自由になっている。

 しかし現実には校舎の屋上は、安全管理の面から、ほとんど立ち入り禁止となっている。修交館学院の場合も例外ではない。

 だから屋上に出る扉は施錠されているはずだったが、オートバイで突き破るまでもなく、既に錠を破壊されていた。


 だが、時遅かった。ナージャが運転するオートバイが飛び出したのは、ベル412EP汎用ヘリコプターから垂れ下がるワイヤーに、コンテナが玉掛けされ、作業着姿の二人がそれに足をかけて乗り、離陸する瞬間だった。

 直線状に捨てられた台車を跳ね飛ばしたが、ターンしながら停車した頭上を、ヘリは悠々と高度を上げていった。


「……っ!」


 十路は歯噛みした。

 空間制御コンテナアイテムボックス内にある銃で撃墜することも考えたが、学校上空でヘリを墜落させれば人的被害が無視できず、なにより樹里の命を危ぶんだ。この時の十路は《ヘミテオス》などというものを知らなかったので。

 結果、少女の身柄を奪い去った者たちを、見送ることしかできなかった。


「どうやら木次さん、わざと誘拐されたみたいですね」


 声に視線を動かすと、ナージャがオートバイに跨ったまま、真逆の方角を見ていた。

 彼女の視線をたどると、文字が刻まれていた。


 ――大丈夫。

 

 習字で書けば怒られそうな直線構成だったが、間違うことなくそう読める漢字が床面に焼き付いていた。まだ薄い煙が立っていたため、つい先ほどエネルギーを照射したもので、いつ書かれたかわからない落書きとは勘違いしようがない。


「なんだ、それ……」


 任務失敗にも、樹里の身柄に対しても、相当な危機感を抱いていた。

 しかし誘拐された当人は、こんなメッセージを残せるくらい、余裕がある。


「ちょっと!? 十路くん!?」


 腹立たしさを覚えたと同時に愕然とし、十路は毒への抵抗を放棄してしまい、意識を手放してしまった。

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