000_0400 そこは悪魔の掌Ⅰ ~YUPITERU バイク専用ドライブレコーダー「BDR-S1」~
これもまた、
樹里が空を見上げた理由は、気のせいではない。他の総合生活支援部員もまた、動いていたのだから。
ただしこの頃の彼女は、ヒキコモリと認知されていたので、二号館地下から出る発想は誰もなかっただろうが。
「
『ごくろーさん』
グラウンドを見下ろす校舎の屋上に、エビ茶色のジャージに身を包んだ少女――
見もせず軽く手を掲げると、空色の物体が小さな手に収まる。すると色が剥げ落ち、
彼女は遠隔操作型 《
それで電波をビーム状に照射して、校内に入り込んでいる各国の諜報員が持つ撮影機材を電気的に破壊した。
「どうしてこんな
完全撮影禁止、それでも撮影しようというのなら破壊するのならば、まぁわかる。強い電磁波を撒き散らせば、それで済む。
なのに司令官たる
『情報流出を完全にシャットアウトしたくないの。支援部も本格稼動させなきゃならないし、口切りにするには体育祭は丁度いいからね』
きっと策略家の笑みを浮かべているだろう。つばめは無線越しに含みを持たせた回答を行った。
総合生活支援部は、この一ヶ月前に結成された、新しい組織だ。もちろん設立までの紆余曲折ははるか以前から存在していたが、部活動として設立されたのは、四月から。
《
『情報の出回りも今日から活発になるだろうし、フォーちゃん、よろしくね』
「面倒であります……」
だから彼女たちが想定したとおり、実際ネット上に出回る情報が激増した。《
矛盾している。基本的に情報は、隠すか明かすかの二択だ。情報担当として部に
なのに総合生活支援部に関しては、奇妙な形で明かすことが計画されていた。
「個人情報は削除するよう、巡回プログラムを仕込んだでありますが……」
部員の名前などは隠す方針だが、部や活動そのものは隠す気がない。それはまぁいい。工場でも一般見学できる部分と、関係者以外立ち入り禁止と区分けしているように、部分的に情報統制している例はいくらでもある。
問題は、諜報員の情報収集活動を完全阻止し、一般人からの情報は統制しながらも開放していることだ。流出経路を一元管理したい、とも取れるが、情報というのはどこでどのように洩れるかわかったものではない。蛇口を絞るように狙って流すならば、苦労する価値があるとは思えない。
ともかく野依崎は、つばめに言われた事をやるしかない。
この頃は名目上だけで、まだ完全な部員とは呼べる段階ではなかったが、恩恵は受けている。ならば与えられた仕事はこなすのは当然のこと。
そんなことを野依崎は考えていたが、与えられた、もうひとつの仕事に反応があった。
今日は学校を取り巻くように設置している《ピクシィ》が、偵察用
《魔法》で近くの無線LANルーターから校内ネットワークに意識を侵入させて、監視カメラ映像を取得すると、意匠化された『HRING』の文字が描かれた、箱型トラックが敷地に入ってくるところだった。
運送会社の車ならば、学校に入っても、街中を走っていても、誰も不審に思わない。
しかし先じて正体を知っていれば、単なる目印でしかない。
「
『実行チームの人員、調べてくれたんだよね?』
「
『じゃぁ、朝に渡したメールアドレスに、その資料を送ってあげて』
「了解であります」
△▼△▼△▼△▼
(ゲ……厄介な連中が出てきたな)
突然送られてきたメールを見て、十路は顔を盛大にしかめた。
借り物の、しかもプリペイド式の携帯電話に、知らない宛先から届いたのだから、警戒するべきかもしれない。しかし同時に借り物だから、ウィルスが仕込まれていてもいいかと思い直し、遠慮せずにメールを開いた。
そして添付された画像を見て、この反応だった。
十路が記憶する機密情報と一致する顔と情報が、ふたつあった。
(『ニンジャ』と『
この場合の就職とは、半分は正規の意味で、もう半分は異なる。後ろ暗い個人や、表沙汰にできない目的のために、子飼いになったという意味だ。
線が細く、神経質そうな印象の、国籍も年齢も判断つきにくい男。
もうひとりの女の顔立ちは、アジア系のものだが、日本人には違和感を覚える。特に鋭い目つきは、大陸出身を連想する。
アジア圏の裏社会では、そこそこ有名な二人組だった。十路が直接相対したことはなく、謎の多いが、殺し屋として一時あだ名が噂されていた。
《
駐車場に停めたトラックから、作業服を着た四人が荷物を降ろしている写真もある。一緒に写っている建物の一部に見覚えがあり、日付と時間まで記載されているため、どういう意図で送られてきた情報か、すぐに理解できた。
それを証明するように、手にした携帯電話の表示が切り替わり、『つばめちゃん(絶賛カレシ募集ちう)』の文字と共に震えた。
どう考えても緊急事態であるため、十路は素直に電話に応じた。
「はい」
『
「確認しました……画像だけでなく、どうやって手に入れたかわからない情報まで提供してもらいましたけど。これ多分、自衛隊でも掴んでませんよ。かなりの事情通がいるみたいですね」
『ふふ~ん』
学校の皮を被った民間人の情報収集能力を、深く問いたい気持ちもあったが、余計な話はしている暇はない。得意げなつばめの話はそれ以上聞かず、十路は用件のみを端的に切り出した。
危険な人員が送り込まれてきたのだから、単に荷物搬入のみでやって来たはずはない。
「どう対処するべきですか?」
その確認は、念を入れたもの。体育祭中で、一般人の目が普段にも増して多い。グラウンドに集中していると言えるが、不用意に射殺でもしようものなら大騒ぎになるだろう。場所と機会は選ばなければならず、十路ではその判断がつかなかった。
『対処はいいから。キミはジュリちゃんを守って。
しかしつばめからは、驚くべき指示が出てきた。総合生活支援部の《
なのに、樹里の護衛を優先させた。
(絶対守らなきゃならない、それだけの理由があるのか……?)
それとも。
「そっちで対処できるんですか?」
『うん。アテはある。だから』
「了解。なにかあれば連絡ください」
つばめがなにをする気かはわからずとも、方法があるならそれでいい。
十路は携帯電話をポケットに収め、少しだけ考えて。
ずっと視界に収めていた樹里の背中に近づいて、軽く叩いた。
「木次」
ほとんど使ってもいない『さん』付けは、薄い緊張で吹き飛んだ。
「ふぇ? どうしました?」
「来い」
「え、ちょ――」
怪訝そうにしながらも、樹里の腕を軽く掴んで、十路は引っ張る。彼女は尻に敷いていたアタッシェケースを慌てて掴んで、小走りについて来た。
二の腕は、少女らしい柔らかな感触だった。金属の長杖を振るう超人的な腕力は、欠片も感じない。
だから保護欲を発揮した――なんてことはない。任務遂行のためでしかない。
なにが起こるかわからない現状、
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