000_0320 複雑怪奇な部活動Ⅲ ~kadoya-SHINYA REPLICA「BATTLE SUIT I」~


 体育祭午後の部、最初のプログラムは、部活動紹介だった。

 三分以内に収まるパフォーマンスの披露だが、やはり文化系ではこういう場に向いていない。出演するのはほとんどは運動系の部活動だが、どちらとも判断しがたい総合生活支援部も披露するらしい。


「あのー……堤さん? その様子だと、なにも知らされてないんじゃないかと思うんですが……」


 入場門前でおずおずと、長い棒を樹里から差し出されて、十路とおじは初めて知った。


「なぁ? 俺、部外者なんだが? なんで当たり前みたいに組み入れられてるんだ?」

「や、つばめ先生に訊いてほしいです……」

「あと『総合生活支援』という言葉と関連があるか?」

「や、それもつばめ先生に訊いてほしいです……」


 またか。またあの理事長なのか。情報を隠して土壇場に明かす形にして、逃げられないようにするなよ。

 裏社会に属する立場で、人前でパフォーマンスするのも問題だと思ったのだが、十路は重いため息をついて、仕方なく棒を受け取った。これも任務の一部というのであれば仕方ない。


曖昧あいまいな言い方になっちゃいますけど、どこまで大丈夫でしょう?」


 彼女が披露するのは、打ち込みだ。六尺棒を渡したのとは逆の手には、少女の身長を超える《魔法使いの杖アビスツール》が握られていた。


「本気でやってみろ」

「ふぇ? いいんですか?」

「どのくらいの腕前か知らんけど、中途半端に加減されたほうが、やりにくい」


 赤かしの六尺棒を軽く振って具合を確かめて、実戦に近い稽古できるなら、丁度いいとも思い直した。

 技を披露しなければならないのならば、軍関係者ではない、民間の《魔法使いソーサラー》がどれほどのものか、見極めたくなった。


 十路は、銃剣術が使える。小銃の先端に銃剣を装着し、槍のように扱う戦術は、世界大戦以前は重要な白兵戦闘術だった。しかし銃の信頼性向上、装弾数増加、戦場のハイテク化などで廃れた。それでも完全撤廃されることはなく、いまだ突撃銃アサルトライフルには着剣装置が備えられ、彼ひとりに限定すれば、意外と使う機会がある。

 だから長い得物は不得意ではない。木銃はなくても、棒でも問題ない。


「《魔法》も見せなきゃならないんですけど、それも大丈夫ですか?」

「モノによる、としか言えない。話せるなら、術式プログラムを教えてくれ」

「医療系以外は、ほとんど電磁力学制御一辺倒なんですけど――」

「…………いや、訊いたの俺だけどな? 答えるか?」

「?」


 《魔法使いソーサラー》にとって、使える《魔法》の内容は、秘匿するべき情報だ。敵対した時、対策を取られてしまうから。

 なのに樹里は、あっさりと明かした。またしてもな危機感のなさに、十路は頭痛がしてきた。

 ともあれ、必要な情報なので、対処を行うことにした。


(《治癒術士ヒーラー》のクセして『雷使い』か……また珍しい)


 電磁力学制御の術式プログラムを持つ《魔法使いソーサラー》は珍しくないが、一辺倒は珍しい。

 そして厄介だった。


 乾いた木材は絶縁体だが、万が一ということもある。あるとなにかと便利なので入れている絶縁テープと、多くは罠に使うワイヤーを空間制御コンテナアイテムボックスから取り出し、十路は出番の待ち時間で棒に巻いていった。

 その間に、樹里の落ち着きがなくなっていることに気づいた。どうやら緊張しているらしい。


「人前に出ることは苦手か?」


 軽快な音楽に合わせて、サッカー部員たちがリフティングに挑戦しているのを後目しりめに、十路は手を動かしながら問うた。


「やー……そりゃそうですよ。人前に出ることなんてないですからね」


 普通の女子高生ならば、そんなものかと、十路はテープを引き千切った。全体に通し、先を垂らしているワイヤーが、鞭となる危険を考えたが、銃剣術ならばそう振り回すこともないからいいかと思い直した。


「でも部活していると、そうも言っていられないみたいですけど……」


 そして総合生活支援部は、特段広告塔になっている様子もないことを、多少疑問にも思う。《魔法使いソーサラー》を全面的に出したいのか、隠したいのか、ひどく中途半端に思えた。

 ともかくあの食わせ者の理事長は、樹里を人前に出させることを決めている。


『――次は、総合生活支援部です』


 タクティカルグローブの具合を確かめ終わった時、サッカー部が退場し、出番がやって来た。



 △▼△▼△▼△▼



『部の名前は総合生活支援部。ごく普通の部活動で、ごく普通の学生が集い、ごく普通に活動しています。でも、ただひとつ違っていたのは、部員たちは《魔法使い》だったのです』


 他の部活動は、部員がどんな活動を行い、成績を収めたか紹介していたのだが、顧問つばめがどこかのナレーションをパクってきたような、なんら中身のない内容をしゃべっていた。

 

 そんな最中、グラウンドの中央で、十路と樹里は一礼して向き合う。

 途端、空気が変わったのが肌で感じた。


(これ、すごいな……)


 一般人とそれ以外が、簡単に区別ができそうだった。


 ごく普通の父兄は、秘密の多い《魔法使いソーサラー》に興味があろうと、クラブ名を知らない様子だったので、反応は鈍い。

 しかし総合生活支援部と、その部員の実態を掴もうとしている者たちは、『この時が来た』と言わんばかりに注目した。周囲に溶け込む隠匿性をかなぐり捨てたので、態度を見ただけで十路にはわかった。


『カメラ・ビデオ・携帯電話・スマートフォンなど、電子機器をお持ちの方は、電源をお切りください。強力な電磁波が発生しますので、撮影は故障の原因になります。尚、万が一故障しても、修交館学院は一切の責任を取らないことをご理解ください。また危険ですので、できる限り後ろにお下がりください』


 更に飛行機の機内アナウンスとは異なる注意が、つばめの口から放送されたことで、違いが明確化した。

 電磁気を知る人間なら、内容が嘘だとわかる。電源が入っていようといまいと、金属の容器にでも入れていない限り、強力な電磁パルスは容赦なく電子機器を破壊する。

 しかし一般人は戸惑いながらも、電子機器の電源を切った。壊れる可能性と、保障の否定を明言されたため、壊されてはたまったものではないと。

 対して諜報員と思われる役目を持つものは、疑念と躊躇で行動を迷わせ、撮影を続けようとした。一般人でも好奇心からカメラを向け続ける者もいたが、違うと顔色と風体でわかった。


「――堤さん」


 諜報活動は放置しておけばいいかと、声に十路は意識を周囲から目前に移す。

 樹里は体を半身にし、長杖の石突を地面に立てて、右手一本で支えている。剣では当然、突きを主眼に置く銃剣や槍でも見ることのできない構えを取っていた。

 顔は無理のない緊張で引き締まり、子犬ワンコオーラは鳴りを潜めていた。

 幼いながらも猟犬の気迫を発してた。


(へぇ……)


 応じて十路も半身になり、気負いなく中段に構え。


「行くぞ」


 スニーカーで地面を蹴った。

 間合いを詰めると、樹里は両手持ちにしながら、下から石突側を跳ね上げた。


(コイツ……!?)


 それを受けた瞬間、十路は驚愕しながら、跳ね上げるようにして長杖のベクトルを変えた。


 少女をあなどっていた。

 樹里が持つ長杖は、感触からしてほとんどが金属製だった。普通ならば女子高生の細腕で持てる重さではない。駅前で軽々と扱っていた上に、民間の《魔法使いソーサラー》と聞かされて、繊維F強化RプラスティックP製とでも思っていた。

 人体を細胞レベルで精通している《治癒術士ヒーラー》ならば、《魔法》で身体能力を強化することも比較的容易であることも、考慮しなければならなかった。

 この時はまだ樹里の異能を知らず、擬似とはいえ戦闘中でもあったため、疑う間もなかった。長杖が総金属製なら、駅前で《魔法》を使った様子もなく気軽に扱っていたことに、矛盾が生じているのに気づかなかった。


 とにかく得物の重さが違う。まともに打ち合えば棒がへし折られ、勢い余って骨を砕かれる。

 一合で認識を改めた十路は、攻めた。樹里のペースを許したら、半殺しにされる未来しか予想できなかったため、旋回した長杖が再び襲い来る前に。

 払うと払われた。突くと避けられた。本気で当てるつもりで攻めて攻めて攻め続けるが、硬い樫の棒と金属の音が鈍い音を立てて何度も交錯し、肉体に触れることはない。

 十路が思っていた以上に樹里はやる。長杖の重さと遠心力を利用するため、中国の棍術かと思う、ちゃんとした武術・戦術の心得がある。

 しかも、それだけでは済まない。彼女は《魔法使いソーサラー》なのだから。


「《雷陣》実行!」


 空間に幾何学模様が描かれる。レーザーと電波で《マナ》に命令とエネルギーが与えられた。長杖の、コネクタのような柄頭を覆うように、仮想の機器が形作られた。

 《魔法》だった。駅前では十路の鼻に行使されたので、彼女が実行するのを初めて見た。仮想形成された電極から火花が奔っていることから、機能はスタンガンと推測する。


 汗に濡れたランニングシャツ程度では守りにならない。触れれば感電させられる。

 そう判断した十路は、踏み込みながら柄を強引に打ち払って、樹里の顔面に後ろ回し蹴りを放つ。少女相手にやることではないが、彼は良い意味でも悪い意味でも男女平等だ。

 敵であれば、女子供でも容赦はしない。そしてその時の樹里を、間違いなく『敵』だと見なしていた。

 しかし彼女はかなり接近していたにも関わらず、肘で靴裏を受け止めて、勢いのまま跳び退すさる。反応速度がやはりただの女子高生ではなかった。


「《雷撃》――」


 そして《魔法使いソーサラー》の本領を発揮した。

 空間に幾何学模様が描かれる。仮想のインパクト電流発生器が形成され、仮想のレーザー発信器が形成される。

 銃把グリップのない小銃といった《魔法回路EC-Circuit》が、二〇基形成された。

 エレクトロレーザーやパラライズガンなどと呼ばれる、通常科学では再現できていない、非殺傷指向性エネルギー兵器だと十路は認識する。同時に。


(早い……! しかも多い……!)


 当人の能力だけでなく、相応の装備が与えられていることに、驚きを覚えた。《魔法》の多重実行にかかった時間から推測するに、《魔法使いの杖アビスツール》の通信速度と、樹里が持つ生体コンピュータ演算能力は、平均以上だ。


「実行!」


 《魔法》は脳内で処理するのだから、口頭命令は意味がない。周知させているのか十路が思う、樹里の言葉と共に、紫電が放たれた。

 だが射線上に十路はいない。光速で飛んでくるものを避けられるはずはない。だから放たれるよりも前に、斜め前に駆け出し、電流の矢が通る射線をかわした。

 そのまま一気に間合いを詰めて、棒の先端を突きこもうとしたが。


「《雷火》実行!」


 新たな樹里の言葉に、対応せざるをえなくなる。

 掲げた長杖の先端から、放電の触手がいくつも伸びて暴れまわった。


術式プログラムを変えた……?)


 これもまた、十路にしてみれば、驚くべき行動だった。同じ《魔法》を連射すると思っていたのだから。

 銃で制圧できず、相手の接近を許し、刃物でやられてしまう。素人考えでは少々信じられないかもしれないが、暴漢や麻薬中毒者の制圧で、実際に警察官の身に起こりうる事案だ。

 心構えができていない者ならば、手にした銃を乱射する。接近戦では不利となる得物を捨てて身構えるなど、頭でわかっていてもできない。

 樹里も同様の反応すると思っていたが、彼女は適切な手段に変える判断能力を持っていた。


 とはいえ、十路は対抗手段を仕込んでいる。

 棒を突き出しながら近づくと、樹里を取り巻く持続した落雷が、その先端に落ちた。全体に通して絶縁テープで巻いているワイヤーは、地面に垂れるほどの長さがある。アースとなって電流は導かれて地面に流れた。

 棒はそのまま片手突きで、樹里の喉元に伸びた。

 しかし電流の鞭は一本ではない。


「いづっ!?」


 接近したために十路の体にも落雷した。見た目派手でも電流アンペア値は抑えられていたため、冬場のドアノブで感じるような瞬間的な痛みが走っただけで済んだが、それでも反射的に肩を押さえて跳び下がった。


「大丈夫ですか?」

「あぁ……」


 それで終わった。樹里は《魔法》をキャンセルし、構えを解いて一礼した。


「やっぱり堤さん、強いですねぇ……」


 やはり《魔法》を実際に見たせいで観客が驚いたか、遅れて鳴り始めた拍手の中、大きく息を吐いて樹里は破顔した。

 雷に打たれるよりも、喉を突くほうが早かった。スポーツ的に考えると、勝ちとなるだろう。

 ただし十路自身は、負けだと思った。本物の刃物で喉に致命傷を与えても、《治癒術士ヒーラー》ならば即座に治療する可能性がある。それで自然雷レベルの電流を与えられていたら、感電死している。

 もっとも、十路も《魔法使いの杖アビスツール》を持っていたら、最初から接近戦など選択しないから、実際のところ勝敗は予測つかない。


 ともかく樹里の強さが、予想を上回るものだった。軍事訓練を受けたとは思えないが、戦闘技術だけは自己流で身につくレベルではない。誰かに鍛えられたと見る。


 だからこそ、十路は危ぶんだ。

 武術と武道の違いは、精神の鍛錬だとよく言われる。戦闘技術の修業を通じて、人間性の完成を目指すのが『道』であると。

 そして樹里が持つものは、あくまで技術でしかない。精神性は戦士のものからほど遠い。

 力を持った者が時折おちいる、思い上がりは心配しなかった。そんな慢心はこの少女からは欠片も感じなかった。


 問題は、戦闘を想定した時の、相手の反応だ。

 無力ならば力を持とうとするのは、ごく自然だろう。しかし下手に戦うすべを持つと、それはそれで危険となる。

 戦うすべがないなら、それを持つ者に、大人しく守られているべきだというのが、十路の考え方だ。武器を持っただけの素人ならば、戦うべきではない。

 樹里は人を害する術と、救う術、両方を持っている。殺し壊す術しか持たない十路とは条件が異なるが、戦場での原理は変わらずに適応される。

 もちろん一度彼女の戦いぶりを見ただけで断言はできなかったが、《魔法使いソーサラー》としての未熟さを感じ取り、十路は危機感を抱いた。


「?」


 不意に樹里が空を見上げた。野生動物が異変に気づいたような態度だった。


「どうした?」

「や、なにか感じたんですけど……気のせいですかね……?」


 十路も空を見上げてみたが、よく晴れた五月の青空と浮かぶ雲、あとは鳥くらいしか見えない。

 長杖を持つ樹里の右手には、腕輪のように《魔法回路EC-Circuit》が形成されている。体内を通り、大脳の入出力コンポーネント野と接続を作っている。

 既存技術とは比較にならない精度のセンサーが、なにか捉えたのかもしれないが、十路にはわからなかった。彼女の異能を知らない状況で、当人が否定した以上、流すしかなかった。


「なら、偉そうにさっきの戦術を寸評させてもらう。言いたいことは色々あるが、最大の問題は、射出型の放電術式プログラムだ」

「《雷撃》ですか?」


 それならばと、退場門をくぐったところで、言わなければならない指摘をした。先ほどの位置関係では十路の背後となっていた、『大丈夫?』『救急車呼べ』などという声が聞こえる人だかりを、実際に指差して。


「射線を考えろ。流れ弾が観客に直撃したぞ」

「うわぁぁぁぁっ!?」


 気づいていなかったらしい。樹里はフォローするべく、誤射した被害者の元へ形相を変えてダッシュした。

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