000_0310 複雑怪奇な部活動Ⅱ ~GALESPEED アルミニウム鍛造ホイール TYPE-C~


「さっきは時間がなかったから、簡単な説明しかしなかったけど、総合生活支援部について、もうちょっと詳しい話をしとこうか」


 新たな声に十路とおじが振り返ると、レディーススーツの上に載った童顔が、半開きのシャッターをくぐるところだった。


「ジュリちゃん、ビール」

「部室に置いてるわけないじゃないですか……」

「あと、渡した肉」

「あれは後にしましょう」


 部室にやってきたつばめは、樹里の隣のどっかり座る。樹里は呆れ顔で流して席を立ち、新たなコップに麦茶を注いだ。

 学院最高責任者が、なぜこんな場所に来るのか。彼女が民間 《魔法使いソーサラー》部隊の責任者でもあることは推測できるが、体育祭の今は理事長の仕事をしている時ではなかろうか。

 そんな疑問を込めて十路は怪訝な眼差しを送ったが、つばめは気づきもしていないような顔で説明した。


「《魔法使いソーサラー》の基本政策は、一般人との隔離じゃない?」

「まぁ、そうですね」


 先進国では幼少期の脳検査で、オルガノン症候群発症者――《魔法使いソーサラー》を発見し、国内数箇所にある専門の教育機関・育成校へ進学させることを義務化している。

 隔離とはいっても、完全に一般社会と隔絶されているわけではない。長期休暇には帰省が許されるが、普段は寮生活を行い、敷地を出るには手続きが必要なだけだ。軍事施設では当たり前の、厳しい学校でもありうる範囲で、刑務所レベルではない。

 ただ、『普通』とは言いがたい。顔を合わせるのは決まった人間のみに定められてしまい、世間話として語るような何気ない情報では、結果として隔絶されてしまうのは事実だ。

 要するに、世間ズレした人間が生まれやすい環境と言えるだろう。

 また積極的な交流が生まれるわけはないから、周囲も偏見の目で見てしまう。


「だからこその社会実験チーム。一般人が《魔法使いソーサラー》にどう接するか。《魔法使いソーサラー》が常人にどう接するか。社会学や心理学の観点から、どういう問題が起こるか調査してるわけ」


 そういった環境問題だけではなく、物質的に近い精神要素もまた、隔絶を生む理由となる。

 遺伝子上は、《魔法使いソーサラー》は人間だ。しかし《魔法》を使えない常人の立場からすると、自分と同等などとは扱えない。表面上は取り繕っても、感情は人間兵器を区別する。


「それに、理事長室へやで説明したでしょ。総合生活支援部の目的は、国家に管理されてない《魔法使いソーサラー》が、普通の学生生活を送ること。子供のほうが偏見が少ないから、一緒にして様子を見るには、学校って場所は最適なんだよ」

「排斥派が聞けば、喜びそうな内容ですね」


 常人が《魔法使いソーサラー》を区別の方法は、大きく三種類に分類される。

 一番多いのは忌避。実害をこうむらない限り、特別なにかするわけではないが、接しようとはしない。十路にしてみれば、ごく普通の感覚だ。

 次に多いのは、憧憬だろう。純粋な子供たちは、画面の中にしか存在しない超人たちと同一視する。

 そして、排斥。多くはただ様々な場で騒ぎ立てるだけだが、まれに関連施設への侵入を目論み、実行手段に訴えようとする人々がいる。

 特に報復など、軍事的な《魔法使いソーサラー》の攻撃を受けた過激派などは。


 だから十路は、この社会実験が危険なものだと断じた。唐突にミサイルが飛来し、爆弾が仕掛けられ、なにも知らない学生たちが巻き込まれるかもしれないと。


「あと、これは絶対条件として、有事には警察・消防・自衛隊に協力すること」

「……わかるんですけど、総スカンくらう危険が高いでしょう?」

「その辺の見極めも、社会実験の範囲かな? まぁ、基本的に向こうからの要請って形だから、個人感情はともかくとして、文句は出にくいと思うよ」


 《魔法》は既存の科学技術を超える、オーバーテクノロジーだ。

 だからこそ、その有用性が害になりうる。時間をかけた科学捜査での立証を、ナノ単位の判別も可能なセンサー能力で一瞥判断できる。火災現場での決死の救出も、《魔法》で消火しながらの片手間で行える。大規模災害が起こってしまっても、人命以外は短時間で元通りにできてしまえる。

 組織の役割を逸脱して、《魔法使いソーサラー》が絶大な能力を振るってしまえば、絶対に反感を買う。あるいは努力を否定されたように、無力感にさいなまれる隊員が絶対に出る。


 なのに《魔法》は万能ではない。オカルティックな奇跡である『魔法』とは違い、純然たる科学技術でしかない。

 命を救えなかった被害者の遺族からは、蘇生『魔法』が使えないことをなじられるだろう。


「《魔法》の使用に関しては? どういう基準で目的を判断して、出力どのくらいまで使えるんですか?」

「基本、自己責任。使う使わないも、どの規模の《魔法》を使うかも、全部部員のコたちに判断任せてる」

「……全部?」

「うん。管理側で制限してないよ? あ、これ、さすがに表に出回るとヤバイ話だから、オフレコね?」

「…………」


 十路は絶句した。それまでも正気とは思えない話を連続して聞かされたが、もう言葉が出せない。

 《魔法使いの杖アビスツール》は通常、厳重なセキュリティがかけられている。責任者が、訓練や任務に必要な時間と出力を絞って許可を出すことで、《魔法使いソーサラー》は《魔法》を使うことができる。

 十路は単独任務が多いため、いちいち現場で許可を求めていられない。だから独自判断の兵装使用自由ウェポンズフリーであることは珍しくない。

 だがつばめが説明した仕様では、過ぎるくらいに自由だ。部員が《魔法》を使って犯罪を起こすどころか、大量殺戮まで気分ひとつで行えてしまえる。そういう意味では核兵器保有国の大統領を上回る権限を持ってしまっているのだから、『表に出回るとヤバイ』どころではなかった。


「世界征服でもする気ですか……?」


 十路の年齢では他人ひとのことは言えないが、子供に与えていい力を超えている。つばめがなにを考えているのか理解できなかった。無責任とも言える穴だらけのシステムを作り上げた理由は、十路が推測する限り、世界征服くらいしかなかった。

 しかし当然つばめは、にこやかな、けれども値踏みするような視線を向けてきた。


「逆に訊くけど、キミは『魔王』や『英雄』になりたいの?」

「なれって言われてもお断りですね」


 『魔王』の例えは理解しやすい。恐怖政治を敷き、思うがままに人を縛る、独裁者になりたいのかと。

 しかし『英雄』は、少し異なる。普通、十路の拒否を、多くはただ目立ちたくないという意味で捉えるだろうが、彼はつばめの真意を正確に掴んでいた。


 『英雄』とは、普通の人々ではどうしようもできない危機に現れ、対処する者を想像するだろう。

 だが真の意味では違う。それだけでは足りない。

 人々が思い描く理想的な『英雄』は、混乱に対処すれば、表舞台を立ち去る。強大な敵と刺し違えるか、平和になった後に不帰の旅に出るか、とにかく現れてから消えるまでがワンセットだ。

 混乱時では必要な力も、平穏時には不要となる。その絶大な力がいつ自分たちに向けて振るわれるか、人々は畏れ、今度は排斥を望むようになる。

 だから人々は使い捨てにできる、都合のいい有力者を望む。それも自分たちが手を汚すことなく、用がなくなれば勝手に消えてしまう仕様で。

 神格化して語るのは望むところでも、同じ人間であり続けることは許さない。

 権力を望んでその立場に就いたなら、当人の自業自得だから知ったことではない。しかし十路は凡人で、使い捨てにされても許容できる聖人ではない。だから最初から『英雄』になりたいと望むことはない。


「だから、大丈夫なんだよ。支援部ウチ部員たちは、キミと同じように考えるコばかりだから」


 答えになっていない気もするが、要は部員たちを信頼していると、十路はつばめの返事を解釈した。部員は国家に管理されていないと聞いた時、素行不良や精神性といった問題を考えたが、単純にそんな問題ではないらしいとも。


「俺が出張るような面倒ごと、起こさないでくださいよ……」


 自身の環境とを考えて、安心などすることはとてもできない。だが『ある』以上はこの場で言っても仕方ないことだと割り切って、今回以外で関わらせるなと釘を刺し、締めくくった。これ以上首を突っ込むと、精神衛生に悪そうだから。


「トージくんもどう? 修交館ウチに転入して入部しない?」


 けれどもつばめが、湯気を上げるアルミホイルを開けながら、気軽な口調で蒸し返した。


「遠慮します」

「即答するほどダメな学校かな、ウチ」

「学校だけを見たら、まぁ……悪くはないんじゃないですか?」


 十路は小学生時分から、自衛隊機関である《魔法使いソーサラー》の育成校で生活していため、私立公立関係なく、標準的な学校がどういった場所か、理解していない。

 それでも部外者の目で見て、修交館学院は悪くない学校ではないかと思った。


 校舎はまだ新しい。棟数から考えて、設備は充実していそう。教育レベルについては、実際に授業風景を見てみなければ判断つかない。

 あとは体育祭の様子だろう。小・中・高合同のためか、春に行っているためか、体育会系のノリ全開な暑苦しさはない。かといって盛り下がっていたわけでもない。また春開催なので練習時間のないものあるだろうが、ある意味日本人的な集団演技マスゲーム要素もあまり見受けられない。

 そもそも妙なアレンジが入っていて、一般的な競技が少ない。『玉入れ』ではなく、長い棒の先にストッパーをつけた邪魔が入る『玉入れさせない』であったり。リレーで使うバトンが、子供ほどもある巨大なものだったり。いわゆるムカデ競争は交代せずに、なぜか走者を増殖させたり。

 競うよりも、イベントを楽しんでいる雰囲気に溢れていた。

 そういう雰囲気が作れるのだから、いい学校なのだと思った。あくまで客観的立場に立った意見であるが。


「借り物競争のUFOは、イラッとしましたけど」


 直接的な感想は大事なので強調しておいたが、だから十路が即答で遠慮したのは、学校に不満があるからではなかった。


「問題は、社会実験チームのほうです。さっきの話を聞いて、『はいそうですか』で決める《魔法使いヤツ》は、頭おかしいですよ。あと、俺は国家に所属してる《魔法使い》です。部員は管理されてない連中なんでしょう?」


 つばめが理解していないはずないだろうが、より重大な問題があるだろうとわざわざ指摘し、オマケの言葉もつけ加えて締めくくった。


「なによりも、俺は《魔法使いソーサラー》として、出来損ないです」


 言外に『トラブル臭全開だから巻き込もうとするな』と十路が冷淡に返し、麦茶を飲み干した。

 十路は愛国心や忠誠心など持っていない。積極的に敵対しようとは考えずとも、義妹のことがなければ、積極的に任務に当たりたいとは思わない。

 国のためを思ったから。誰かを守ることを望んだから。ただ就職に失敗したから。理由はそれぞれに異なるだろうが、自分の意思で希望した、ごく普通の自衛隊員たちとは違う。

 同じ役目を持った上官、違う正義を持った敵対者、超越者にならんとする狂信者。様々な形で彼がそれまで関わってきた、《魔法使いソーサラー》とも違う。

 個々の心理は知らないが、彼らは己に納得し、《魔法》という力を振るっていた。


 しかし十路の場合、任務を請け負わなければ義妹を守れず、全力で当たらなければ死ぬから、嫌々ながらやっているだけのこと。

 もしも可能ならば、彼は《魔法》などというふざけた力を捨てている。

 ゆえに『出来損ない』と自嘲する。


 視界の隅で、樹里が見てきたのがわかった。多分『出来損ない』という言葉の意味について、怪訝に思ったのでないかと推測した。


「つばめ先生……なんだか聞いてた話と違いますけど? 堤さんは新入部員じゃないんですか?」


 しかしそれを直接は訊かなかった。話が終わったと判断したか、それともつばめの勧誘を止めるためか。麦茶の入ったポット持ってきて、十路のコップに注ぎながら樹里が口を開いた。まるで今までの、そこはかとなく緊張感漂う会話は、耳に入っていなかったでも言う風に。

 話題を変える意図で疑問を口にしたのか、ただ素で訊いたのかは、わからないが。


「さぁーねー」


 ホタテのホイル焼きをつつきながら、つばめははぐらかした。彼女との付き合いが長くなれば、『そういう人間』で諦めてしまっているが、なぜここでハッキリ否定しないのか、十路は怪訝に思った。


「あー! なんだかおいしそうな事してるじゃないですかー!」

「しまったー! 学食で食うんじゃなかったー!」


 しかも新たな男女二人の声が届いたために、これ以上は話を続けられなくなってしまった。

 十路が振り返ると、ナージャ・クニッペルと高遠たかとお和真かずまがいた。昼食に行く前、二人も声をかけてくれたのだが、学食からガレージハウスに遊びに来たのか。


 二人は勝手知ったる様子で、麦茶のコップと箸を準備し、ナージャは十路の隣に、和真はOAチェアを引っ張って、鉄板の前に陣取る。


「来るな! わたしが用意した神戸牛がなくなる!」

「ひゃっほぅ、肉だ肉だー!」

「そんないいものあるなら、余計に帰るわけにはいかないですよー」


 つばめとも遠慮ない。十路の世話を彼らに頼むくらいだから、理事長・学生を越えた親交があるのは当然だろうが、それにしてもずいぶんと遠慮がない。

 昼食を食べたとは思わない速度で、鉄板の上を片付けていく二人に、十路も箸を取った。このままだと食い尽くされない危機感を抱いたために。


「ほえ? 昨日までなかったバイクがありますね?」


 山芋の鉄板焼き、野菜炒め、アスパラベーコンと、ひと通り確保して食べてから、ナージャが遅れて部室の変化に気づいた。


「堤くんのですか?」

「いや……」


 話を向けられた十路は、どう答えようか少しだけ迷った。

 白い機体は十路のものではないのだから、否定するのはなんら問題ない。ただ否定すれば『じゃぁなんだ』という話になる。《使い魔ファミリア》は秘匿ひとくするべきものだから、部外者の立場で迂闊うかつに答えるのも問題だろう。


「うんにゃ。支援部の備品。通称 《使い魔ファミリア》。しゃべって走る《魔法使いの杖アビスツール》だよ」


 そんな逡巡を無意味にして、つばめがあっさり明かしてしまった。


「変形合体するんスか?」

「へぇ~。最近のバイクってしゃべるんですね」


 そして二人も、あっけなく話を流した。モノ食いながら。麦茶で流し込みながら。


(いいのかよ、部外者にバラして……あと、あんな怪しい物体、たった一言で流すか?)


 一般人と《魔法使いソーサラー》の距離が近いのは、良いことなのか悪いことなのか。


 改めて修交館学院の特異性を認識しながら、部外者であった十路は手と箸を伸ばして、最後のバター風味ホタテを口に運んだ。

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