000_0410 そこは悪魔の掌Ⅱ ~初心者が知らないバイクの裏ワザ~


「堤さん! なにが起こったんですか!?」


 校舎の間を足早に抜けていると、腕を引っ張っている樹里が、非難の声を上げた。

 人気ひとけはない。学生と父兄が集まっているグラウンドから遠ざかっており、校門や駐車場からの動線とは違うため、当然だろう。


 携帯電話のカメラ機能を使い、建物の角から顔出すことなく周囲を確かめてから、十路は質問に答える前に、事態を教えた。


「教えるなって長久手理事長から言われてるが、俺の独断で教えとく。フリングホルニって物流会社の非合法部門が、お前を狙ってる。もう学校の中に入り込んでる」

「え?」

「俺はお前を守るために、陸自から派遣された。どういうやり取りがあったのか知らんが」


 体験入学・入部については疑いを持っていた様子だったため、十路がいること自体には、納得の光が樹里の瞳に浮かんだ。


「だから移動する。襲撃者の中に、かなりハデなことやってる有名人が混じってる。人にまぎれるには丁度いいかもしれんが、グラウンドにいたらなにが起こるかわからんし、対応もできない」

「そうですね……巻き込まないために、普通の方たちからは離れたほうがいいでしょう」


 予想よりも冷静な同意が返ってきた。それなりに肝は据わっていると、樹里の評価をまた訂正した。



 △▼△▼△▼△▼



 襲撃者のうち、十路が感知しなかった二人は、台車を押して、一一号館――特殊教室棟を歩いていた。

 台車に積み上げられているのは、さまざまなサイズの『Hring』のロゴが入ったダンボール箱だ。伝票まで貼られているが、中身は配送品ではない。

 武器と爆薬だった。建物の屋上に陣取り、目標拉致の援護が行うのが、彼らの役目だった。合わせて爆薬を仕掛けることで、場合によっては陽動・証拠隠滅も考慮されている。

 それを滞りなく行うために、物流会社の作業服に身を包んでいる。

 場合によっては念入りな準備や強攻策が必要であっても、人に見咎められても、怪しまれることなく物を運ぶことができる。

 フリングホルニ・Sセクションはそうやって、非合法な活動を行っていた。


 だが、今回は阻止された。レディーススーツを着ていなければ学生かと迷う女性が、彼らの前に立ち塞がったから。


「この校舎に部外者に入られるの、困るんだけどなぁ。『関係者以外立ち入り禁止』の張り紙、見なかった?」


 理科室から出てきたつばめが、童顔に冷淡な笑みを浮かべると、男二人の片割れは、笑みを浮かべて口を開こうとした。

 資材搬入。あるいは逆に搬出。そういった言い訳を。


「あー、いいよいいよ」


 距離を隔てたままのつばめは、先じてやる気なさげに手を振り、内容のわかりきった弁明を発せさせなかった。


「誤魔化しは時間の無駄だから。フリング・Sセクションの社員さん?」


 彼女は背後に回した腕を振り、三段伸縮の警棒を展開させて、言葉だけでなく態度でも敵愾心をあらわにした。


 男たちはそれで態度を変えた。

 幸いにも相手はひとり。目撃者はない。車の中にはこういう時のために、折りたたみ式のコンテナもある。死体を秘密裏に始末することは可能だと。

 だから彼らは作業服の内側から、ナイフとサイレンサーを装着した拳銃を手にした。


「理事長せんせーい。どこですかー?」

「手伝えって、なにやるんスかー?」


 だが突如、剣呑とした場に、のん気な男女の声が放り込まれた。

 ランニングシャツにハーフパンツ姿のナージャ・クニッペルと高遠たかとお和真かずまは、対峙する廊下の中間地点に出現してしまった。


「ヘイ、カズマくん。パス」

「へ?」


 つばめから投げ渡された警棒を、思わず受け取ってしまったものの、和真は頭上に疑問符を浮かべていた。


 襲撃者たちは、学生たちを人質にするか、それともひと思いに殺そうとしたか。理由はなんであれ、とにかく害そうと動いた。

 しかし彼らの狙いは、結局わからなかった。


「ほえ?」


 ナージャが間の抜けた声を発した直後、襲撃者たちは揃って吹き飛んだ。仰け反った首を中心にして、縦に回転して後頭部から床に落ち、悶絶した。静止状態でその一撃を食らっていたら、首から上が天井に突き刺さったかもしれない。そんな空想を浮かべる勢いだった。


「思わず殴り飛ばしちゃいましたけど……どなたですか?」


 腰を落としたナージャは、顎を突き上げた掌底をゆっくりと戻す。体格がいいとはいえ、彼女の場合はあくまで女性的な意味でしかない。それでも男の体を浮かせた一撃に、正体を知らなければ驚愕の目を向けるだろう。

 訓練で染み付いた彼女の軍隊格闘術システマは、ラリアットよりも一点集中なカウンターアタックとして襲いかかった。


「宅配業者の制服着てるけど、カタギじゃないっぽいし……もしかして俺たち、このために呼ばれた?」


 渡された警棒は、一応は使った。和真は肉薄する距離から、剣ではなく杖のように柄をぶつけた。相手の体格が勝っていたため、結果真下から顎を突き上げて、発射することになった。


「肉」


 どこに用意していたのか。手錠を悠然と近づいて、倒れた男にかけながら、つばめは学生たちにこやかに、けれども迫力を込めて恨みをこぼした。


「お昼、わたしが楽しみにしていたステーキ肉……ふたりでほとんど食べちゃったよね? だからちょっと働いてもらった」

「ちょ!? たかが肉で学生に暴漢の相手させるの、ヒドくないッスか!?」

「たかがとか言うなー! 最高級A5ランクの神戸牛だったんだぞー! ご家庭のフライパンで焼くにはもったいないから、鉄板焼きするために買ったんだぞー!」

「理事長でしょ? 給料いいんでしょ?」

「わたしの稼ぎでもあれは痛いよ!? 接待しごとならまだしも、プライベートで食べられないよ! 一〇〇グラム一万円近いんだよ!?」

「マジ!? スゲーいい肉とは思ったけど!」


 肉がグラム何円だろうと、引き換えで学生に武装した不審者の相手をさせるのは、普通ではない。教育者でなく経営者であろうと、立場ある大人がやれば非難は免れない。


「わたしたちが勝てると、理事長先生は思ってたんですね……」


 それでも押し付けたということは、生半可な男よりも強いと、確信あってのことではないか。ナージャは正体がバレているのではないかと、冷たい汗をかいていた。


 彼女の心中は察することなく、手早く拘束を終えたつばめはヘッドセットを取り出し、装着することなくマイクに語りかけた。


「フォーちゃん。ふたり片付けた。残りはどこにいる?」

『通常のレーダーでは反応がないであります。索敵範囲外に出たとは思えないでありますが』

「ふぅん?」


 スピーカーから聞こえてきた野依崎のアルトボイスに、つばめは唇に親指を当てて少し考えてから、推測に舌を打った。


「『ルール違反』してるかな……? だとしたら、厄介だな……」

『それはなんとも。あと、普段より民間人が多いため、判断材料にしていいか不明でありますが、飛び交っている電波周波数帯域が普段よりもかなり広いであります』

「軍用周波数帯域?」

『未確認であります』

「ふぅん……」


 少女の報告につばめは、童顔に似合わない息をついた。


「結局、カレに任せるしかないかな……?」

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