055_1070 【短編】DIGITAL PIXY DIALY Ⅷ ~スマホと携帯電話って別扱いされてるけど日常生活だと一緒くただよね~


 神戸ウエストンくんが消滅すると、周囲の商店街も消滅した。


DディーDoSドス攻撃アタックで黙らせたでありますが、再起動させれば多分大丈夫だと思うであります。変なプログラムが起動する可能性あるでありますから、セーフモードで……スティックPCはいじったことないでありますか?」


 肩で支えた無線機で現実空間の部員に指示を出しながら、野依崎は宙に浮かぶ仮想のキーボードを軽快に叩く。


「なぁ……フォー? なんで俺に座る?」

「腰を据えた作業が必要だからであります」


 戦闘服で胡坐あぐらをかく十路とおじの上で。視界がいつもとは違い、細い首筋と赤い髪で完全に塞がれている。


 現実ではネコを膝に乗せるくらいの感覚だが、仮想空間で大人になった彼女を乗せるのは色々アウトだろう。抱きつかれた時と同様、強化服の装甲越しとはいえ、遠慮なしに女の体を押しつけてくるのだから。しかも股間に。


「自分の尻で勃起したでありますか?」

「お前のそういうところにピクリともんわ」


 アウトといっても客観的に見た体勢を挙げているだけで、ムラムラするとかそういうのではない。

 男とは、エロ大好き。対象が自分限定ならエロい女性も大好き。でも開けっぴろげでナチュラルにエロい女は引く。みだらさと貞淑さを同時に求める理不尽な生き物なのだ。


「アバターの見た目はコントロールできないでありますからね……」

「なんか不穏なことを言いだした」

ノゥ。物理法則に縛られていたら用を成さないビキニアーマーなどを着ていたら、十路リーダーでもクるのかと思った程度であります」

「やっぱ不穏だった」


 『ンなくだらんこと抜かしてないで早よ仕事しろ』の意を込めて、野依崎の背中に嘆息く。


「ん」


 するとなぜか彼女は手を止めて、胡坐あぐらの上で九〇度回転し、首に腕を回して密着してきた。十路が手を回して持ち上げれば、お姫様抱っこオッケーな体勢だ。


「自分に付き合うのは面倒でありますか?」


 喫茶店で問われたのと同じ質問と共に、意図なく吐息が顔に吹きかけられる。その際に食べていたパフェまで再現されているのか、ただの錯覚なのか。果物とチョコの甘い香りがした。


「ちょ、フォー……顔近い」


 野依崎が灰色の瞳で、至近距離から見上げてくる。眠そうな半開きではなく、焦点も合った瞳だ。

 普段の彼女にこういった、感情が宿っているのはわかるが内容は伝わらってこない、ある意味純真なで見られることはまれだがあった。

 その時は『なに言いたいんだ?』くらいにしか思わなかったが、子供のままの仕草を大人の顔でやられると、妙な力が働いている。背けることもできない。


「…………………………………………」

「…………………………………………」


 十路にとってはものすごく気まずい時間が過ぎる。


「ふぅん……なるほど」


 かと思いきや、野依崎はひとり勝手に納得して向きを変える。


(コイツ、やっぱワケわからん……)


 きっと察しの良さや空気の解読能力が、十路の何倍もある者だとしても、野依崎の心情をはかることは不可能だろう。

 空気読めない子のひがみではなく、純然たる事実として。


 不意に、とてつもなく場にそぐわない、トランペットと呼ぶよりラッパと呼ぶべきであろう、どこかマヌケな演奏が空気をぶった切る。


「この着メロ、フォーの趣味か?」

「先ほども言った気するでありますが、無意識下でデータ変換された仮想現実VRであるため、自分の意思でどうこうできるものではないであります」

「ちなみに現実の着メロは?」

「未設定でありますから、素っ気ない電子音が鳴るのでは?」


 ファ●コン世代ではないのに『●ァミコンウォーズが出ーたぞー』と頭の中でCMソングが再生される。いや、元ネタはアメリカ海兵隊の軍隊ミリタリー行進曲ケイデンスで、十路も野依崎も経歴的には元型のほうが馴染みあるのだが。


 音楽の発生源であるスマートフォンが、野依崎の手中に出現する。今日購入した機種が、仮想空間内でも再現されている。

 そういえば現実で、野依崎の強化服ハベトロットに現地徴収の電子機器を接続する中に、なぜかスマートフォンもあったのを思い出した。


「なぜ無線通信ではなく電話がかかってくるでありますか?」

「俺が知るか」

「誰にも番号を教えてないであります」

「それなら、面倒くさがって番号教えないのわかったから、お前がサイン書いてる横で割り当て番号を部員連中に連絡した」

「余計なことを……」

「なぜ電話ってブツが存在するか考えろ。連絡用なのに連絡先知らなければ意味ないだろ」


 脇から液晶画面を覗くと、ご丁寧に表示されているのはコゼットの電話番号だった。


「なんでありますか?」


 これまで電話を持っていなかった野依崎に、番号から相手の推測はできないと思うが、それでも彼女は面倒くさげにスマホを耳につける。耳元で何度も移動させ位置を探るあたり、いかにも慣れていない。

 というか、ちゃんと通話に出られるらしい。現実にはきっと電子機器に囲まれて微動だにしない野依崎の前で、スマホが音を鳴らしてるだけのはずだが。


 スマホを肩に挟むことはできず、片手が塞がることに不満そうな貌をしつつも、野依崎は通話しながら仮想のキーボードを叩く。

 野依崎の返事のみでは、通話内容はよくわからない。リンクしていてもコゼットの声は十路のみみには入ってこない。プライバシーは守られているのか。

 とはいえ野依崎はコゼットと話しながら、無線でデータのやり取りもしているのはわかる。彼女の周囲に次々と半透明のウインドウが出現しているのだから。


 野依崎の顔が、気難しそうに歪む。キーボードを叩く手を止めて、頭を抱える。

 傍目にはクールに見える、表情を変えず感情を見せない彼女が珍しい。無茶な依頼をしても飄々ひょうひょうとクリアしていた野依崎でも、今回の事件は難しい案件なのか。


 しばらく悩んだ末、通話を終えたスマホを虚空に消して、彼女は体を捻って振り返る。


「犯人が判明。部長ボスを確保に向かわせたであります」

「変なお茶目はヤメロ」


 クラスメイトから『お前の冗談は冗談に聞こえてない』と言われる十路が言うのもアレだが、とにかく言わずにはいられなかった。

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