055_1060 【短編】DIGITAL PIXY DIALY Ⅶ ~ファイナルレスキュー承認! ターゲットをロック! 爆裂的に鎮圧せよ!~


「なぁ? さっき距離の概念はないとか言ってなかったか?」

「表示モードを変えてるであります。広域の探査では、GPSからの取得情報を現実の地図に重ね合わせるのが早いのであります」


 戦闘服姿の十路とおじと、大人化した野依崎は、仮想世界の中でも神戸の街を歩いていた。


「やはり悪意あるプログラムマルウェア……それもどうやら無差別の感染でありますね」


 ハッキングツールなのだろう。野依崎は現実でもたまに使っている、ネコミミヘッドホンディスプレイを装着して辺りを見回す。身につけているのが体にフィットした戦闘服で、そんなアクセサリーを身につけるとコスプレ感が増す。

 リンクしている十路にも、半透明化された街のあちこちに、変なものが見える。GPS情報と重ね合わせているなら、現実にも同じ場所になにがしか電子機器があるのだろう。

 半透明のその中に、なにやら黒くてモヤモヤしたものがある。ソースコードを定義づけて形あるものに見せている野依崎の《魔法》でも、そのコンピュータウイルスは定義できないのか。


「遠隔操作ボットにされているであります。しかしこの形はネットワークカメラや家庭用ルーターをターゲットにしていたはずでありますが……どう思うであります?」

「知らんわ」


 誰かが持ち歩いているのだろう。浮いて移動する半透明スマートフォンを、新たに出した古典的な虫メガネで見る野依崎の問いかけは、そう答えるしかない。十路にウイルス・プログラムなど区別つくわけない。


「通信設備が汚染されてるだけなのか、それとも……やはり直接調べてみないとわからないでありますね」

「お?」


 ひとりごとを呟いて考えをまとめ、虫メガネをどこかに消すと、なぜか野依崎は正面から抱きついてきた。


 身長が子供とは違う。最終的には顎を肩に乗せられたとはいえ、整った顔が無造作に近づいてきたのに、十路はたじろいだ。強化服の装甲で柔らかい感触はないが、胸板に押しつけられて膨らみが変形したのもわかった。

 何事かと思う間もなく、彼女の背中にあるランドセルユニットが変形し、光でできたはねが展開され、そのまま空を飛んだ。


「……なぁ? さっきと同じ質問をするが、距離の概念はないとか言ってなかったか?」

「ないでありますが?」


 仮想空間内は割り当てられているアドレスに行こうと思えば即座に移動できるなら、このような方法で移動する必要はないはず。野依崎の吐息で耳元をくすぐられなければならない理由はもっとないはず。


「だったらなんで抱きつく?」

「必要だから、と思っておけばいいであります。説明が面倒でありますし」


 ロケットでも考えられない急上昇なので、やはり距離の概念は存在しないのかもしれない。ついでに現実の物理法則は無意味なものと切り捨てられているのか、風圧や極低温は感じない。

 とはいえあっという間に神戸の街が遠ざかり、支えがない空間に放り出されれば、恐怖以外の何者でもない。仮想の宇宙空間で呼吸の必要はないとはいっても。


 現実にありえない速度で、やはり半透明の人工衛星に近づくと、野依崎は離れて虫メガネを向ける。しかしすぐさま離れると、観察対象が別の人工衛星に変化する。周囲が仮想の宇宙空間なので変化がわからないが、どうやら移動したらしい。


「ウイルス感染は通信衛星を経由してるのか?」

「短時間では全部を調べたわけではないので、断言はできないでありますが……違うっぽいでありますね。となると……」


 人工衛星を何度か入れ替えて結論を出すと、宙を泳いだ野依崎は再び抱きついてはねを出す。

 大人の姿になっても変わらない、子供っぽい日向の匂いを感じたように思った時には、視界は地上へと再び帰還した。


 ただし、神戸市ではなかった。

 遠くになんか自由の女神像っぽいものが見える場所に出た。もちろん東京・お台場や青森県おいらせ町のレプリカではない。


「海外のサーバーか?」

イエス。経由している……わけでもないでありますね。無用心な」


 見える光景が切り替わると、また別の町並みに。中国・エストニア・スウェーデン・フィンランドといったIT先進国になっている。

 光速移動ができる電子の世界だから可能な世界旅行だ。


「やはりここを調べる必要があるでありますね」


 最終的には、周辺にはなにもないどこかだ。

 どうやらこの仮想空間内では、自然物は反映されないらしい。地図情報と重ね合わさっているならば、市街地から離れた施設だ。


「……なぁ? フォーと俺で違うものが見えてる、ってことあるか?」

「同じ認識をしているであります」


 しかし目の前にある建造物は、明らかに違う。


「携帯の基地局って、基本的にアンテナだけだよな?」

「電源設備もあるでありますが、床面積だけならプレハブ小屋程度であります」

「なんでこんな巨大化して見える?」


 正体不明・分類不可能ということか。モヤモヤした黒いものに覆われている。

 電子機器として認識できたものとは少し異なり、内部には暗くて確認不可能だが、別の光景が見える。非実体の門か作られているようにも見える。


「設備になにかが物理的に接続されている、と考えるべきでありますね」


 野依崎が手を振ると、通信機が出現した。


「SSDT, SSDT. This is Four. radio check over.(支援部各員。こちら野依崎。応答せよ)」


ハッキングツールというよりは、彼女の肉体が《魔法》の無線通信を行っているのを、仮想現実でも可視化されているというべきか。


「今からデータを送る場所に、誰か行って確認してほしいであります……ノゥ。確認のみ。なにかがあったとしても、自分が指示するまで手出し無用であります」


 現実への指示を与えると、野依崎は無線機を消し、躊躇せずに謎空間に足を踏み入れる。慌てて十路もその後に続いた。


元町商店街モトコーに見えるの、俺の気のせいか?」

「ソースコードを五感情報に変換しているのは《魔法》。そして《魔法》とはなにから生まれるものでありますか?」

「知識と経験」

「そういうことであります」


 どうやら野依崎のゲーム制作と、それをテストプレイした十路の経験で、こんな形で見えるらしい。十路がクソゲー呼ばわりした町おこしゲームを、もっとリアルに体験することになるとは。


「そして出て来るのも神戸ウエストン……」

不正侵入検知・防御IDS/IPSプログラムでありますね。向こうから見れば、自分たちは不正アクセスでありますし」


 暗く狭い商店街の中から、二頭身のコミカルだが巨大な豚がノシノシと現れる。ただし完全なゲームだった時とは違い、五感が感じられる今、迫力は段違いに思える。


 神戸ウエストンくんは鼻息荒く、ウエスタンブーツが履けない短足で地面をかく。闘牛士を前にした猛牛を思わせる。


「あれ攻撃してくるのか?」

「みたいでありますね」

「今の状態でダメージ食らったら、俺たちどうなるんだ?」

「体験するのが手っ取り早いでありますが?」

「嫌に決まってるだろ。ヤな予感しかしないし」

「ならば早急に、力づくで突破するであります」


 言うなり野依崎の手元に、アメリカ陸軍の制式装備、M4小型ライフル銃アサルトカービンが出現した。


 肩付けに構えると、神戸ウエストンくんの巨体各所にターゲットが表示された。

 野依崎はそこに銃弾を浴びせていく。その様は側で見ていると、ゲームセンターにある専用筐体でプレイするガンシューティングにも思えなくもない。

 プログラムの脆弱性にハッキングツールで攻撃を加えると、ガラスの破砕音と共に仮想の的が破壊される。

 しかし再び、別の場所にターゲットが出現する。しかも連射の勢いに負けじと、神戸ウエストンくんはジリジリと間合いを詰めてきた。


「妙に強固なシステムでありますね……?」


 銃をM240汎用機関銃に切り替え、弾切れのない連射を加えながら、野依崎が眉を寄せる。


 十路では戦況の把握すらできないが、ここで傍観しているのはマズいのは、なんとなくわかった。


「俺にも得物をくれ。さっきから頭の中で色々やってるけど、それらしい物がないんだが」

十路リーダーに自分と同じツールを使わせるのは、少々不安なのであります」


 仮想現実でそれらしく見えているが、行われているのはプログラムが飛び交うサイバー戦だ。現実の戦術は役に立たない。


「これで我慢するであります」

「え?」


 連射を継続しながら野依崎が言うなり、突然視界が暗くなった。フルフェイスヘルメットを被ったように、視界は利くが頭部がスッポリなにかに覆われた。いや頭部だけでない。全身をあちこち触れば、服の上から一枚服を着込んだ状態になっている。


「今の十路リーダー、自分の認識ではこんな感じであります」


 頭部H装着MディスプレイDのように、目前に映像が映し出される。どうやら野依崎が見た視点に相当する映像らしい。

 全身オレンジ色の、特撮ヒーロー以外に見ることができない姿が映し出されていた。消防隊員が身につける救助服に、プロテクターやハーネスをつけたらこんな感じだろう。胸には鳥とGの文字を意匠化したエンブレムが輝いている。


「……をい。なんだこれ?」

「ハッキングツールでありますが?」

「機能じゃなくて、なんで見たこともない特撮ヒーローになってるんだ?」


 十路が体を動かしたとおりに映像のヒーローも動く。変身してしまっていることに疑いはなかった。


「知らないのでありますか? 未来特救ゴッドイーグル。神戸市消防局特別高度救助隊・通称スーパーイーグルこうべと共に、防災・減災の啓蒙けいもう活動を行うローカルヒーローであります」

「知らねーよ!?」

「同じ兵庫のローカルヒーローでも、ブラスター・ジョーや光速機動スカイアンがよかったでありますか?」

「やっぱり知らねーよ!?」


 十路にその気は全くないが、知名度を上げようと日々奮闘していらっしゃる関係者に大変失礼な言葉で切り捨ててしまった。


 ともあれ、彼も戦えるようになったらしい。


「力任せに行くんだろ! 右半分任せる!」

「了解」


 野依崎は絶え間ない銃撃を加えながら移動し、壁にピッタリ体をつける。そうして射線が空けられた空間を十路は走り、神戸ウエストンくんに接近戦を仕掛ける。


 気分はモグラ叩きか、専用筐体の音ゲーか。無機物を生物のようにして操る《ゴーレム》相手に肉弾戦を仕掛けた時が近いか。表示されるターゲットに拳や蹴りを次々と叩き込む。そのすぐ隣では、野依崎が銃撃で破壊し続けている。


 いつまでこれを続けるのか。そんな考えが脳裏にぎった時、急に手ごたえがなくなった。

 神戸ウエストンくんは光の粒子となり消えてしまった。その際開いているのか閉じているのか不明だったまぶたが開かれ、つぶらな瞳が印象的だった。


 呼吸不要なはずだが、十路は無意識に大きく息を吐く。

 そして特撮ヒーローらしい篭手グローブに包まれた、己の手をバイザー越しに見つめる。


「……なぁ? フォー?」


 神戸ウエストンくんの退場があまりにもあっけなかったので、不意にこれでよかったのかと思ってしまった。


「消防隊がモチーフの特撮ヒーローなのに、敵を氷漬けにして世界最硬の●産車で突撃しなくていいのか?」

「それは知ってるのでありますね」


 イメージトレーニングの材料にアニメや映画を見る支援部員として、それなりのメジャーどころであれば一応知っている。


「その前番組のレスキュー戦隊は、送風機ブロアーで竜巻吹っ飛ばしたり、ショベルカーでケーブル食い千切ったり、ダンプで敵兵器を噛み砕いたりと、やりたい放題だったでありますよ? 氷漬け突貫はこだわりポイントではないのでは?」


 知っているだけで、野依崎ほど詳しくはない。

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