055_1010 【短編】DIGITAL PIXY DIALY Ⅱ ~「ケータイ? 話せればいいんだよ」って人は2020年から3Gサービス終了予定ってお忘れなきよう~


 本日はボーダー柄のトップスにフレアスカート。日が沈めば冷たくなる秋風対策にGジャンを羽織るカジュアル大学生コーデ。

 見事な黄金色の髪を憂鬱そうにかき上げる支援部部長コゼット・ドゥ=シャロンジェは、部室に来るなり十路とおじの膝に座る野依崎を、青い目でジロッと見下ろす。


「ケータイ持ちやがれ」

「突然なんでありますか」


 『面倒くさいけど無視もどうかと思うので一応反応しました』的な野依崎の質問に、コゼットが更に苛立ちをつのらせたのが傍目にもわかった。


「さっき二号館の地下まで無駄足踏む破目になったからですわよ。これ、理事長からですわ。なんか知らねーですけど、貴女あなたが頼んだデータなんでしょう?」


 肩に通したトートバッグから取り出したCDケースの角を、ネコミミ帽に軽く落とす。

 今日は顧問がいる理事長室に行くからと、部室に来ない旨の連絡がコゼットからあったが、用事は終わったのか。そしてお遣いまで押しつけられたか。


「で。貴女に用事がある時に困るんですわよ。フォーさんがケータイ持ってやがらねーですから、所在すらわかんねーじゃねーですのよ」


 十路が顎をどけた頭にコゼットが手を伸ばし、つむじをグリグリ押す。


「部屋には内線電話が引かれているでありますよ?」

「貴女が部室ここにいて、わたくしたちが外に出てたら、連絡つかねーでしょうが。あと夜中は取り次ぎいねーですわよ」

「なら、無線で呼びかければ済む話であります」

「貴女が《魔法使いの杖アビスツール》と接続してなきゃ意味ねーでしょうが。それにそこまで緊急じゃねー用事が多いに決まってるでしょーが」


 二一世紀に生きる《魔法使いソーサラー》たちの部活動・総合生活支援部部員の必須アイテムは、三つある。


 筆頭はもちろん《魔法使いの杖アビスツール》――《魔法》を使うのに必須の、通称を裏切るブレイン・マシン・インターフェースデバイスだ。これがなければ《魔法使いソーサラー》といえど、普通の人間と変わらない。


 二番目は身分証明書だ。

 支援部員は有事の際、警察・消防・自衛隊に、民間緊急即応部隊として協力する。そのため警察庁・消防庁・防衛省から発行された業務委託証明と、簡易的に身分を証明する腕章が与えられている。


 そして三番目が、携帯電話だ。

 いつ何時なんどき緊急の呼び出しがあるかわからない。実際、授業中でも夜中でも、部活動の召集がかかったことは、幾度もある。なので連絡手段の所持が必須となる。


 けれども野依崎は持っていない。小学生の携帯電話所持率は三割程度と言われているため、彼女の年齢からすればまだ早いかもしれないが、支援部員ゆえの部長からのお小言だった。


「ここんところ外部の仕事やってんでしょう? だったらまぁ部屋かと思って二号館サーバーセンターの地下まで行ったものの、いねーですし……」

「自分、その地下で生活してるでありますから、ケータイ持ってても繋がらないでありますよ?」

「中継機も設置しやがれ」

「面倒であります」


 まぁ面倒だろう。外から線を引っ張って小型基地局フェトムセルを設置するのは。しかも野依崎が生活しているサーバーセンター地下は、核シェルターとしての機能も持つ。変な場所に線を通す穴を空けて気密や耐爆性に支障を来たすと大問題になる。


「ついでに堤さんも。あと木次きすきさんもですけど、いねーですからまぁいいとして。古っいガラケーだからメッセージアプリで直通できなくて、通信会社キャリアのメールに書き換えるの、面倒なんだっつーの」


 とばっちりが来た。

 今どきパコパコするガラパゴス携帯など、見かけることもまれだろう。高校生のスマホ普及率は、九〇パーセントを超える。将来的な廃止を公式発表している通信会社もある。

 しかし利用者全体では、まだ五人にひとりくらいはガラケーで、通信会社では決して無視できない人数がいる。


「スマホに換えなきゃいけない必要性を感じないんですけど。電話できるし。メール送れるし。撮影できるし」


 その層がガラケーを使い続ける一番の理由は、十路のように『不満がない』だ。連絡手段としか見ていない人間にとっては、スマホの性能と利便性を説いても意味がない。

 昨今はSNSやチャットアプリの出現で、メール機能すら不要になりつつあるというのに、彼にはまだ時代の波は訪れていない。


「しかも高いじゃないですか」


 格安SIM機も登場しているが、ソフトウェアの継続的なアップデートで、製品寿命は決して長いものではないのではない。定期的な買い替えを考慮して比較すれば、まだまだスマートフォンは高い商品と言える。


「あとSNSやる気ないですし」


 世間の異端である《魔法使いソーサラー》である上、性格として個人情報を広げる気などない。その手のアプリなど情報伝達の手段でしかなく、振り回されるような生活はご免で、強要してくるような人間関係など結ぶ気はない。


「なによりポケットに入れて交戦ぶかつしたら、画面割れそうで怖いです」


 いくら頑丈であろうと、銃弾や《魔法》の前になんの意味もないが、やはり二つ折りで内側に保護されるのと比べると、前面ガラス張りむき出しは頼りなく思えてしまう。

 部室にいない前衛担当の部員たちは、もっと激しい動きをするのに普通にスマートフォンを所持しているが、あのふたりはいろいろ特殊なため参考にならない。


「せめてガラホにしろって言いたいですけど、堤さんは連絡すりゃ捕まるから、まだいいとして――」


 野依崎は話は既に終わったような態度で十路の膝から降りて、なにやら顧問に頼んでいたらしいCD-ROMをパソコンに挿入している。コゼットはそちらに向き直る。


「とにかくフォーさんは、ケータイなんとかしやがれ」

「面倒であります」


 キーボードを叩く手を止めた野依崎は、少しだけ振り返り、薄くソバカスが浮いた国籍不肖の顔を歪めた。


 その決まり文句が出てきたら、呆れ半分諦め半分で流すのがコゼットの常だが、今日は違った。


「堤さん。週末にでもお願いしますわ」

「は?」


 彼女は普段持ち歩いているトートバッグから、クリアファイルに挟んだ書類の束を取り出し、なぜか十路に突き出してくる。


 書類のトップには『委任状』とあり、支援部の顧問である長久手ながくてつばめの名前が記されている。

 この用意の良さは『ついで』ではなく、もしやコゼットが理事長室に行っていた用事なのか。


「俺がフォーをショップに連れて行って、契約してこいと?」

「えぇ。わたくしが行けりゃぁいいんでしょうけど、今週は用事ありますから」


 未成年者が法的拘束力を持つ契約締結には、保護者の同意が必須になる。

 ちゃんとした保護者がいるか成人ならともかく、《魔法使いソーサラー》という境遇のせいで、部員たちには家族関係に問題ある場合がある。

 例えば十路など、両親は既に死別している。修交館学院に転入する前は、超法規的に無視されていた部分もあるが、普通の高校生として生活する際には、契約も見直しが必要だった。

 保護者のいない部員に契約が必要な場合、顧問が法定代理人となるか、法人契約の一部として処理される。今回のような場合は後者だ。


「プリペイド式でも持たせたほうが早いんじゃ?」

「このの場合、放置される未来しか思い浮かばねーですから、却下ですわ」

「……確かに」


 コゼットと十路ふたりして、パソコンをいじる野依崎の背中を見て、ため息を吐く。

 これだけ所持を面倒くさがっているのだから、モノだけ渡しても使わないことは間違いない。

 ショップに足を運び、自分で機体を選ばせれば、彼女が携帯電話を所持するようになるとは限らないが、少なくともまだ望みは持てる。

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