055_1020 【短編】DIGITAL PIXY DIALY Ⅲ ~ファ●ズギアとかフォン●レイバーとかガラケー型オモチャはあるけどスマホ型ってあんまりなくね?~


 そうして土曜日、半日授業が終わった後。

 十路とおじは後ろに小学生女児を乗せてオートバイを駆り、山間部の修交館学院周辺から神戸市中心の三宮まで出てきた。


「文句があるわけじゃないけど……なんでセンター街まで?」


 近場の携帯電話ショップでも充分なはずだが、野依崎の指示により遠出することになった。


「どうせ連れ出されるなら、ついでに用事を済ませたいだけであります」

「フォーが外出するような用事って珍しいな?」

「PCのパーツとアクセサリーであります。通販でもいいのでありますが、早く入手するに越したことはないでありますから」

「即日配達は頼まないのな」

「受け取りは学院職員でありますから、あんまり意味ないであります。自分の部屋まで持ってきてくれないでありますし」

「当たり前だ。トラップだらけの階段を下りて地下一〇階まで誰が運ぶ」


 市営駐車場にオートバイを停め、アーケード商店街を少し歩き、一画にある大型家電量販店に入る。


 店舗の混み具合はそこそこ。一般的には休日扱いされる土曜日の昼下がりならば、納得の客の入り様だろう。


「まずこっちだ」

「あぅ」


 野依崎はポテポテした足取りで上階――きっとPC用品売り場に行こうとしたが、十路が阻む。セーラーワンピースの小さな体を小脇に抱えて、一階の携帯電話コーナーに足を向ける。


「すみません。コイツ用のスマホを新規契約したいんですが」


 迎えた担当者の顔がちょっと引きつってるのは、やはりこんな登場した客はいなかったからだろうか。


 ともあれカウンター席に座り、話をする。


「ご希望の機種はお決まりですか?」

「『555Enter』で変身できるヤツを希望するであります」

「は……?」

「『507AC』で変形して手足が生えるヤツでも可」

「……?」


 特撮ファンではないらしい担当者には、野依崎の要望に『どっちもスマホじゃなくてガラケーじゃね?』などといったツッコミは不可能だった。


「……子供向けの格安スマホでいいです」


 どこまで本気かわからない彼女の意見は無視し、十路が全部決めることにした。


 しかし野依崎は手強い。口を挟んでスムーズに事を進ませない。


「実際に試すことが可能な実機、あるでありますか?」


 販売店の店頭にあるのは大抵、電源すら入らないダミー模型だが、ここでは実機で試すことができた。


 スマホを手にすると、灰色の瞳に《魔法回路EC-Circuit》が浮かぶ。野依崎が学生服の下に着込んでいる強化服型 《魔法使いの杖アビスツール》と機能接続をし、なにか術式プログラムを実行した。

 十路が止めるどころか、ヤバイと思う間もなかった。小さな破裂音と共にスマートフォンのボディが吹っ飛び、薄っすら白煙が立ち上った。


「不良品でありますね」


 担当者はポカンとしていたが、平坦なアルトボイスに我に返り、炎上前のスマホを手にバックヤードへと慌てて消えていった。


「フォー……!? なにやりやがった……!?」


 その隙に十路は小声で怒鳴る。


性能スコアを測るために機能接続して負荷テストベンチマークを起動させただけであります。あの程度で情報端末を名乗ろうなど、軟弱にも程があるであります」


 DNAコンピュータの超演算能力により、ナチュラルにサイバーテロが発生していた。いくら訴訟大国アメリカのごとく、スマートフォンの取扱説明書に『オルガノン症候群発症者のお客様は、ブレイン・マシン・インターフェースツールを用いて直接機能接続しないでください』などと記載されていないとしても、それはない。


「《魔法使いおれたち》のあたまを基準にするな……!」

「オーバークロックで火を吹くようでは、不良品なのは変わりない事実――あうち!?」


 『常識で考えろ』と言いたいが、求めてはならない。なにせ野依崎に欠落しているもので、考えること自体が不可能だから。ゼロはなにを掛けてもゼロなのだ。

 なのでゲンコツで物理的に『二度とするな』と教えておいた。


 とりあえず、真相は言えない。弁償を求められても困るし、方法を問われたら支援部の建前的に困る。先日盛大に顔出しして戦闘ぶかつを行ったが、幸いにも十路たちが《魔法使いソーサラー》だとバレている様子はない。

 頭を下げる担当者に後ろめたさを感じるが、このまま黙って店舗側の不備ということにした。不良品だったと譲らない野依崎がなにか交渉の気配を見せたが、追加のゲンコツで黙らせて過度な要求もしないでおく。


 しかし彼女はまだ手強かった。


「料金プランですが……」

「法人契約の追加回線扱いになりますが、この場合――」

「多分、通話だけでなく、パケット通信が増えることになると思うであります。ビジネスにも使うことになるので」


 渡された書類を取り出し、契約の話に入ろうとしたが、野依崎が口を挟んできた。

 マトモな忠告なので十路は真面目に耳を貸したが、担当者は小学生の口から出た言葉に『ビジネス?』と懐疑的な様子だった。


「そんなに変わるか?」

「正直、自分も嫌なのでありますが……」


 この少女は時折部活動として、システムエンジニアもどきの仕事をやっている。学院内だけでなく、学外からの依頼も押し付けられている。


「自分がケータイを持っているとわかると、データの受け渡しが面倒になるのと思うのであります……相手のパソコンから直に取得したり送りつけれるのが一番早いのに」

「「…………」」


 それは不正行為だ。ハッキングだ。

 十路だけでなく、担当者もそれは理解できたらしい。

 だが、何事もなかったように次の話に移る。


「ペアレンタルコントロールは……」

「不要です」

「教育上好ましくない情報など、既に日常的に接しているであります」

「「…………」」


 冷たい視線が飛び交った。十路は野依崎に『誤解を招く言い方するんじゃねぇ。というかアングラな話はナシだ』的な意をこめて。担当者は十路に向けて『ちゃんと管理しろよ。兄貴かなにか知らねーけど、この様子なら保護者やってんだろうが』的な意をこめて。


「コイツがエロサイト見てるとか、そういう意味ではないです」


 向けられる視線の意味を正確に理解した十路は、真顔で冷静に訂正する。


「どちらかというとグロ方面であります。日常的に報道される事件・事故でも、生の情報はドン引きモノでありますよ。よくある接触事故が原因の列車遅延も、現場写真は血がブシャーであります」


 向けられる視線の意味を理解してるか怪しい野依崎は、無表情で付け加える。

 なぜ子供がそんな情報を手に入れられるのか。担当者は疑問に思った様子があったが、聞かれることはなかった。触れてはならないなにかを感じたか。


(コイツのこーゆーところヤだ……)


 とにかく十路はうんざりしながら、携帯電話の契約を代行した。

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