《魔法使い》の電脳戦

055_1000 【短編】DIGITAL PIXY DIALY Ⅰ ~アニメで地域活性化は難しいらしいから次の時代はゲームで町おこし?~


 JR元町駅のすぐ近くにある元町高架下商店街、通称モトコー。

 全長は一キロ以上。元町駅から神戸駅にかけて七つのブロックに区切られて通称がついているが、地元ではまとめて『高架下』と呼ばれている。

 東側はカラフルなアクセサリーや雑貨、ファッション系の店が目立つ。中でも戦後直後の創業から流行に左右されないインポート物を扱うセレクトショップや、あらゆるデザイン・サイズのコンバースを取り揃えることで『聖地』と称される店など、こだわりの専門店が人気を博している。


 しかし西に向かうにつれてレトロな玩具やテレビゲームソフト、珍しいレコードや電化製品や家具、あらゆる種類の中古品やその部品を扱う店が増えてくる。照明も薄暗く、アンダーグラウンドな雰囲気がある。


 ただし流れているBGMは六甲おろし。やはり出だしの歌詞が印象深く、正式タイトルが『阪神タイガースの歌』であることはあまり知られていない。オウオウオウオウの勇ましさが、割と雰囲気を台無しにしている。


 幾分ゲッソリしたものの、つつみ十路とおじは装備を確かめると、闇市の風情が残る狭い商店街に慎重に足を進めた。

 いくらも行かないうちに異変は登場した。少し離れたシャッターを突き破り、見える位置へと出て来る。


 神戸ウエストンだった。

 ウェスタンハットを被るスカーフを首にかけた、ウエスト二四九センチのチャーミングな(?)、神戸市西区公式キャラクターだ。

 それはプロフィールどおり豚のクセして猪突猛進に体当たりしてくる。


 人がふたり並ぶのがやっとの狭い商店街で、そんな突進を仕掛けられた、逃げる場所はない。


 ならばと十路はボタンを押す。すると手の中に、円筒形の物体が出現する。

 使い慣れた手榴弾ではない。ソースを中心とする兵庫の食品メーカー・オリバーソースのヒット商品、どろソース。ウスターソースの熟成容器底部に自然沈降した沈殿物だ。主なものは香辛料であるため刺激が強く、普通のソースのように使うのではなく、調理の際に隠し味として使うことが多い。神戸のB級グルメそばめしは、このソースがあったから生まれたと言っても過言ではあるまい。多分。


 それを投げたが、ペイント弾のように飛び散るわけではない。

 神戸ウエストンくんは急ブレーキをかけて、ソースのボトルに飛びついただけだ。


 フガフガ鼻を鳴らす神戸ウエストンくんに、十路は足音もなく近づき、新たな武器を振りかぶる。

 時代劇でも、今なおCMでお馴染みななだの酒、『白鶴』とラベルが払えた一升瓶でブン殴る。

 一撃で割れてしまったので取り替える。次は『大関』、次は『日本盛』、『桜正宗』に『月桂冠』と、灘五郷を制覇した。


 しかし神戸ウエスタンくんは倒れない。一度しか使えないが絶大な威力を誇るはずの武器アイテム・灘の一升瓶シリーズでボコられまくって、怒り心頭で雄叫びを上げる。


 二頭身のデザインでウエスト二四九センチをキープしようと思えば、身長は十路よりも高い。はるか頭上から手にした『KOBE-WESTON 249号』の旗が振り下ろされ、成すすべなく打ち据えられた。


 たった一撃で視界が真っ赤に染まり、徐々に暗転した。そして血みどろの文字で『DEAD END』と表示される。


「クソゲーがぁぁぁぁっっ!! これ何回目だぁぁぁぁっ!?」


 十路は衝動的にコントローラを投げつけそうになった。

 だがこらえて手探りでテーブルにそっと置き、VRゴーグルを外すと、見慣れたガラクタだらけで、ふたりしかいないガレージハウスが目に入る。

 修交館学院・総合生活支援部の部室だ。十路が覚えているよりも日差しが傾いていることから、テストプレイにそれなりの時間が経っているらしい。


「モトコーステージの中ボスを突破できないのは、イベントフラグを回収していないからであります。生協コープさんではダメであります。まず文明堂薬局に行って双頭鹿の剥製を撫で、『ナイスショット、ナイスイン』と言いながら金蛇精を購入する必要があるであります」

「ンなモンわかるか!? 五月まで静岡県民だぞ!?」

「それを言ったらコレ作った自分は、アメリカ・メリーランド州生まれであります」


 神戸ローカルネタでプレイを否定するのは、背中を向けてパソコンをいじる少女だ。十路がつけていたVRゴーグルは、そのパソコンからケーブルが伸びている。

 キーボードを叩いてなにかテキストを書いたと思いきや、すぐに終えて椅子ごと振り返る。


 赤い短髪はフェルト製のネコミミ帽でかなり隠れているが、軽くそばかすが浮いた土器色の肌は隠せない。国籍不明の顔に、眠そうで無気力感満載の無表情が浮かんでいる、その少女。

 修交館学院初等部五年生、野依崎のいざきしずく


「今更だけど、なんだこのゲーム? グラフィックは無駄にスゴいけど、中身はバカゲーのたぐいだろ?」

「部活であります。今回は外部の依頼で、地域おこしの一環として作られたゲームであります」


 彼女は《魔法使いソーサラー》たちの部活動・総合生活支援部で、情報やコンピュータシステムを専門的に扱っている。

 学内からの依頼は、どこかの教諭の部屋にパソコンを設置するのに安上がりに仕上げたり、同好会の同人ゲーム制作に携わる程度だが、外部から依頼されるかなり専門的なプログラミングもこなす。

 

 なにせ彼女は普段、なにかと機密が多い支援部の情報管理を担っている。探偵やジャーナリスト、工作員など、情報を得ようとするやからと人知れず防諜戦を行い、有事の際には非合法な手段で電子戦や情報戦を行う。

 興味本位のハッカースクリプトキディなど裸足で逃げ出す、コンピュータシステムのスペシャリストだ。いや、本当に逃げ出すことはないが、彼女が管轄する範囲内に手を伸ばしたハッカーを返り討ちにして、二度と手を出せない状況におとしいれているのは事実だ。世界トップクラスのハッカーであることは間違いない。


「地域おこしの一環で、神戸の名産品を凶器にして、神戸のゆるキャラをボコるゲームはどうかと思う」

「画像素材とプログラムの作成は自分でありますが、イベントスクリプトを作ったのは自分ではないであります。依頼主であるプロデューサーの裁量であります」

「誰だ……マトモなゲーム制作会社の人間じゃないだろ」

「ちなみに、神戸新聞の『いまいち萌えない娘』の呪いにより、トチ狂った神戸の各地ゆるキャラを、神戸愛によって正気に戻すストーリーであります。ボコるのは許されるのでは?」

「郷土愛って物理攻撃なのか……」


 しかし見た目どおりの子供でもある。備品のタブレット端末を手に取ると、ソファに座る十路にポテポテ近づき膝に上がる。見た目よりも重いが、それでも充分軽い体重がかかる。


「それにしても、なんでゲームのテストプレイに俺を使う?」

「一番の理由は、他の部員メンバーは忙しくて不在だからでありますが……十路リーダーならFPSタイプのゲームでも慣れてると思っただけでありますが? 陸上自衛隊ジャパンアーミーでこういう訓練をしていたのではないでありますか?」

部隊戦闘射撃訓練ゲームシミュレーターセンターのことか? その手のゲームとはかなり違うぞ?」


 彼女は偽ブランドジャージの下に、《魔法使いの杖アビスツール》を兼ねた強化服を常時着ている。その装甲が押しつけられて地味に痛いので、脇に手を入れて小さな体を持ち上げて、座り方を変えて痛くない位置に再び下す。

 少し背筋を伸ばす要があり、彼女が背中を預けて少し丸まってるから可能なことだが、小さな頭に顎を乗せてしまえる。すれば少し埃っぽい帽子の匂いと共に、日向の匂いが鼻に届く。なぜか地下室で生活し、陽に当たっていないのに、この少女は落ち着くいい匂いがする。


「で。思わず投げ出したけど、テストプレイはあれでいいのか?」

「とりあえず頼まれた最低限の仕事は終わってるでありますからね……できる限りの協力はするでありますが、マスターアップまでデバッグに付き合う気はないであります。パラメータ調整や販売戦略なども」

「売れる気しないんだが……」

「自分たちが考えることではないであります」


 まるで縁側で猫を膝に乗せているような――いや、ある意味ではそのままか。人に懐かない野良猫の気質を持つ少女が、最近は甘えるように体をこすりつけてくる。こうやって膝の上で抱きとめていると、毛皮をモフってるように、なんとなく心地よい気分になる。

 それだけのことであって、別にロリコンに覚醒したわけではない。


「今日はこっちにいましたのね……妙な勘働かせんじゃなかったですわ……」


 普段ならば銀鈴の声だが、今は憂鬱さとドスが混じった女性のひとりごとが、そんな時間を終わらせる。

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