035_0190 【短編】修学旅行に必要なものは?Ⅹ ~絶対操作を行うための脳と機械のインターフェースシステムツール~


「へいへいへーいっ!」


 銃はなかなかあたる代物ではない。正しい姿勢で構える訓練しなければ、弾は明後日の方向に飛ぶ。正しく構えて照準を合わせても、発射反動で銃身は跳ね上がることを知らなければ、やはり外れる。


「かもーん!」


 動く標的に命中させるのは。もっと困難になる。拳銃弾の飛翔速度は、数字で聞く印象よりも意外と遅い。そこそこの距離でも、発射から着弾までタイムラグを感じてしまう。相手の未来位置を予測して撃つ訓練が必要になる。


「こっちだよーん!」


 遮蔽物があれば身を潜めて体を隠す。逃げるにしても、直線移動は危険。ジグザグ移動やスピードの緩急、いわばフェイントを織り交ぜて、一〇メートル以上離れれば生存率はかなり上がる。


「あーらよっとぃ!」


 そんなことを知識で知っていても、射線を逃げ続けるなど正気ではない。銃など無縁の一般人は、発射閃光と発砲音で、身を固くし動けなくなってしまう。だからなにかの事件の折、無差別乱射以外で銃を向けられたら、一般人が取る最善の行動は『相手の要求に従う』となる。


 だがつつみ南十星なとせという少女は、『一般人』のカテゴリーに入っていない。火災消火訓練施設の建物群をアスレチックのように使い、ヤクザたちが取引した銃による、無秩序な弾雨を避け続ける。


 それ以上のことはできない。惹きつけるだけが精一杯だ。いくら南十星でも、格闘距離まで近づこうとすれば、危険なことくらい理解している。


(早くしてよ……! さすがにこれキツイって……!)


 歯噛みしながら、踊り続けるしかない。



 △▼△▼△▼△▼



三枝さえぐさ……! 堤がヤバいって……!」

「だが、発砲され続けてるということは、堤君が無事ということでもある……!」


 人間狩りの様相を呈してきた島中心部から離れ、少年たちは外周部の闇にまぎれ、銃撃を不安に思いながらも小走りに駆ける。


「海の上とはいえ、これだけ派手に発砲していれば、通りかかった船が気づきそうなものだが……」

「だから放っておくとでも言うのかよ?」

「そうは言わない。せめて、発砲してるのがここだって知らせないと……」

「堤の兄貴にかぁ?」

「それは無理だろうが、誰かが警察に通報さえしてくれれば……」


 そうこうしているうちに、彼らが上陸した海岸に辿り着いた。港湾設備としてのていを成していない、瓦礫でできた斜面だが。


「ボートがある……あれを奪えば――」

「シッ……! 誰か来る」


 話し声の接近に、少年たちはやりすごすため、崩壊した廃墟に身を隠す。


近嵐ちからしさん、どうしてそんな急ぐんですか?」


 少年たちは全員ひっくるめて『ヤクザだ』としか認識できないが、取引のために武器をこの島に運んできた一団だった。彼らは少年たちに気づくことなく、ボートの用意を始める。作業は下っ端たちに任せ、リーダー格たちは暇つぶしのように口を動かす。


「《魔法使い》って、《杖》がなければただの人間と変わりないんでしょう? その小娘、それらしいもの持っていないそうじゃないですか。百鬼会の連中に恩を売れるチャンスじゃないですか?」

「馬鹿野郎! 《魔法使い》の恐ろしさを知らないから、そんなこと言えるんだ!」


 《魔法使いソーサラー》は人間兵器だ。実体を正確に知らず、しかも夏の事件でその強大な力だけを垣間見れば、恐れるのは当たり前だ。


「お前ら、本物の兵隊相手に勝つ自信あるか?」


 だが近嵐と呼ばれた男が危惧していたのは、別のことだった。


「オレたちが警察ポリりゃ、連中はまなこになって追っかけてくる。けど言ってみりゃ、刑務所ムショにブチこまれるだけだぜ? 同じようにかたき討ちだって、けどオレたちをりに来る兵隊を、どうにかできるか?」


 真実は違う。厳密に『兵士』と呼べる部員は、ひとりしか存在しないから、『隊』ではない。

 だが彼ら彼女らは、守るためならば力を振るうことをいとわない、超過激派組織であることは事実だ。


「あの小娘には、やっぱり《魔法使い》の兄貴がいるんだよ……それも傭兵やってて、世界中で何百人も殺した本物の殺人兵器だって、もっぱらの噂だ」


 やはり真実は違う。彼は傭兵ではなく陸上自衛隊の特殊作戦要員だ。情報が漏れても全ては明らかにならないよう、身分を変えて任務を行っていたから、裏社会に漏れる話は自然そういう形になる。


「夏に神戸で起こった事件も、妹を助けるために、その兄貴が起こしたって話もある」


 とはいえ、違うのは決定的でも、些細な事柄でしかない。その青年が行った過去も、事件の真相も、全て真実。

 もしも無力な《魔法使い》狩りに参加すれば、報復で彼らの身になにが起こるか、正確に予想できる。


「大体、こんな派手にパンパン鳴らしてて、誰も気づかれねぇワケねぇ。こういう時にはとっとと逃げるに限る」


 それ以上の会話はなかった。男たちは無言で小型ボートに乗り込み、海へと逃げた。


「「…………」」


 エンジン音が完全に遠ざかってから、少年たちは物陰から出てくる。上陸した人員は少なくなく、しかもふたつの組織がいたのだから、ボートはまだ残っている。


「堤君のお兄さんが……?」

「どうでもいいことだろ。兄貴がそんな恐ろしい奴だからって、堤までそうだとでも言いたいのか?」


 公平少年の疑問を冷たく切り捨て、勝利少年は残るボートに近づく。

  

「それに、もし本当なら、堤が『兄貴が助けに来る』って言ってるのも、そういう意味だろ。なら、俺たちがやるのは、堤が言ってたとおり、その兄貴に知らせることだ」

「……真下君の、その割り切りのよさが、少し羨ましいよ」



 △▼△▼△▼△▼



『あのー、先輩……? ここ神戸じゃないから、いつも以上に無茶できませんよ……?』

【神戸での出来事を列挙すれば、超高層建築物に登るくらい、まだ無茶ではないと言い訳できますね……私が引っかかっているのは、今朝のナトセと同類という点です】

「言うな……あの愚妹と同じ発想ってのが、我ながら情けないんだから……」


 東京スカイツリー四五〇メートル地点の展望回廊、その屋根の上に彼らはいた。エレベーターを使うことなく、外壁を《魔法》で登ってだ。登る様を見られて騒ぎになっている様子はないが、目撃者がゼロだとは思えない。ただの見間違いで終わるか、未確認生命体UMAに数えられるか、世間からの反応が怖くてヘルメットを脱げない。


「目で異変を確認するくらいしか、やることないんだよ……」


 十路とおじは《バーゲスト》にまたがり機能接続したまま、西側を見ている。


『《魔法使い》なんて呼ばれていても、こういう時、本当に無力ですね……』


 樹里は立てた長杖に体を預けるようにして、東側を見ている。ちなみに顔も肌の色も、木次きすき樹里のものに戻している。


【警察の捜査で、ヨットハーバーで船に乗り換えたことまでは判明したもの、海に出た後は行方不明。このような状況下では、私たちが無闇に動くよりも、組織立ったマンパワーに頼るのが確実ではありますが】


 補足のようなイクセスの言葉に、十路は膝に乗せた空間制御コンテナアイテムボックスを苛立たしく指で叩く。



 △▼△▼△▼△▼



「よっしゃぁ! 俺がってやる!」

「ヘタクソが言ってろ! オレが仕留めてやらぁ!」


 島周辺の見張りに就いていた者たちも合流し、取引で手に入れた銃を受け取り、最高にして最低の娯楽に参加してきたので、追っ手の数が増えていく。

 取り囲まれる前に逃げようと、南十星も追い立てられる。消防訓練設備の遮蔽物がない場所に出ざるをえない。


「がっ――!」


 慌てて転がると、近くを舐めるように弾痕が走った。拳銃とは連射速度が全く違う、短機関銃サブマシンガンの発砲だ。

 避けたつもりだが、右足が突然利かなくなり、勢いそのままに雑草が薄く茂る斜面を転げ落ちる。

 土の味を舐めながら見ると、スカートから露出した脹脛ふくらはぎに弾痕が穿うがたれていた。


 ダメージが大きいと直後は痺れ以外に感じない。骨や神経までは撃ち抜かれていないと信じたいが、とにかくこれまで同様の機動性はもう発揮できない。

 南十星は足を引きずりながら、灯台設備のための太陽電池群を抜ける。


「がはっ!」


 だが、後ろからの衝撃に吹き飛ばされ、重力で地面に引きずり倒される。

 南十星が着ているジャンパースカートは、防弾繊維で出来ているとはいえ、防弾装備としては不完全な代物だ。使われているのは通常のアラミド繊維よりも遥かに強靭な極薄炭素原子シートグラフェンだが、内側のポケットにセラミックトラウマプレートと衝撃吸収材トラウマパッドを入れないと、効果的なボディーアーマーとはならない。体内への侵入は防御したが、鉄骨をフルスイングで叩きつけられたような着弾衝撃がもろに肉体を破壊した。


「手間かけさせやがて……」


 血を吹きながら、首だけで南十星が振り返ると、散弾銃ショットガンを持った男が近づいているところだった。もう仕留めたと思ったか走るのを止め、ゆったりと歩み寄ってくる。

 他の発砲も止み、次々と闇の中に浮かび上がる人影が近づいてくる。


(ヤっベ……結局これ、市ヶ谷と戦った時と同じパターンじゃん)



 △▼△▼△▼△▼



 ボートには信号紅炎――発炎筒と、火箭かせん――信号弾が二本ずつあった。ヤクザの持ち物なのに、小型船舶の法定備品がちゃんと積載していた。


「これで誰かが気付いてくれればいいが……」

「おい、三枝さえぐさ……! 堤が……!」


 救難信号を握り締める公平少年に、勝利少年が背を叩く。

 高台に当たる場所で、太陽電池の陰になるが、灯台の光に一瞬照らされてたまたま見えた。多数の男たちが足を緩めた余裕の足取りで、太陽電池を支えにして懸命に立ち上がろうとする少女に近づこうとしていた。

 南十星は傷つき、とどめを刺されようとしていた。


「貸せ!」

「あ!」


 勝利少年の手から火箭を奪い取り、公平少年は駆け出す。

 小さな島なのだから、隠密性を考えなければ、あっという間にたどり着く。島の中心たるトーチカ近くで足を止め、公平少年は向けた火箭のひもを引く。するとまばゆい光を放つ炎の塊がふたつ発射されて、地面を跳ねる。集団の真ん中に打ち込まれて、銃を持った男たちは慌てふためいた。


 更にもう一発、遅れて追いついた公平少年が、今度は信号紅炎が点して投げた。炎と共に発生する白煙が立ちこめて、視界を塞ぐ。


「隠れて……!」


 痰が絡んだような声による、南十星の叫びの直後、煙の中で銃声が轟く。どこに銃口を向けているのか、まったくわからない。

 慌ててふたりはトーチカの影に隠れた。


「ついでだ!」


 こうなれば悠長にボートを奪うことは、もうできない。

 彼女が信じたように、一刻も早い救援到着を望む以外にない。


 公平少年は最後の火箭を空に向け、信号弾を撃った。



 △▼△▼△▼△▼



「あの光、発炎筒か?」

【でも、船ではなさそうですね。あそこは第二海堡です】


 十路とイクセスが、海上の光に気付いた。

 スカイツリーから第二海堡までの直線距離は約四五キロ。普通なら建物や地形で見通せないが、高いタワーからなら確認できた。救難信号となる火工品の輝きは、蛍光灯やLEDライトの明かりと間違えることはない。


「点滅した光はなんだ?」

【なんでしょう? 懐中電灯にすれば強烈すぎて一瞬で、なにかの信号と考えるにも規則性はなさそうでしたが】


 《魔法》で視界を望遠させると、発射閃光マズルフラッシュも確認できた。しかしさすがに銃声は減衰して届かない。それが銃の発砲だとは理解できない。


【周辺航行船舶から海上保安庁へ通報があったそうです】


 決定的なのは、やはり市民からの情報だった。


【第二海堡で発砲事件とおぼしき光と音があったとのこと】


 確定情報ではない。だが水上警察や海上保安庁の確認を待っていられない。即座に十路は叫ぶ。


「木次! 砲撃用意! 電磁投射砲コイルガン! 目標第二海堡ど真ん中! イクセスが必要なデータを送れ!」

「ふぇ!? え、えぇとえとえと……なに撃ち込むんですか!?」


 矢継ぎ早の指示にプチパニックになったが、樹里は必要最低限の質問だけはできた。


「コイツに決まってるだろ!」

「ふぁ!?」


 対し十路は、南十星の空間制御コンテナアイテムボックスを放り投げた。樹里は咄嗟に長杖先端のコネクタで受け、跳ね上げ、リフティングしてしまう。


「急げ! なとせが撃たれてる! すぐ装備を送れ!」

【データ送信します。発射態勢に注意してください】


 十路の急かしとイクセスからのデータ送信で、樹里の顔が引き締まる。ただの女子高生が、幼いながらも猟犬の気配を発する戦士と化す。

 長杖を一閃し、アタッシェケースを強く跳ね上げる。


「《疾雷》――」


 再び落ちてくるまでの間に《魔法回路EC-Circuit》が描かれる。空間に大きな輪から小さな輪へと、順次電磁加速しながら弾道安定させるよう形成される。パーカーにストレッチパンツと、リアシートとはいえオートバイに乗る格好でほぼ隠れているが、皮膚を通して体内から《魔法》の光が溢れる。

 落下してきたアタッシェケースが、空中で望みどおりの体勢になる一瞬に合わせ、長杖を接触させる。飛行途中でケースが変な回転をしないよう、既存スーパーコンピュータを越えた演算能力が尽くされた正確な力を、ケースの横面から全身で込める。すれば金属で作られた長杖の柄が軋み、目に見えるほど大きくたわむ。《魔法》で筋力強化された人外の発射衝撃が足から伝わり、最新の免震機能を備えた巨大なタワーがかすかに揺らぐ。


「――実行!」


 アタッシェケースが《魔法回路EC-Circuit》のトンネルに飛び込むと、更に加速する。強引に空気を割って夜の海へと飛び立った。



 △▼△▼△▼△▼



 空間制御コンテナアイテムボックスは頑丈に作られている。拳銃弾程度ならビクともせず、盾にしても充分耐える強度を持つ。

 しかし砲弾にされれば、さすがにその限りではなかった。


 灯台が一瞬で砕け散ったと思えば、目に見える空間の歪みとして、強烈な重力波が広がる。アタッシェケースの大きさに圧縮されていた、運輸コンテナほどの空間に戻る際、空気も一緒に動くため、白煙を吹き散らす衝撃波としても広がる。火薬爆発とは異質で比較にならないが、部品や壊れた外装が周囲に飛び散ることもあって、殺傷能力はちょっとした爆弾程度はあった。

 トーチカの影に隠れていた少年たちと、半分倒れかけている南十星は無事だったが、男たちは大なり小なり、悲鳴と共に吹き飛ばされた。


 中に格納していたものも一緒に飛び散った。圧縮空間内部と外部では条件が違うのか、放り投げられた程度でしかない。


「あたしの装備を……!」


 ベルトのホルスターに挿入されたままの、一対の旋棍トンファーも。


 どこに飛んでいったか、南十星にはわからなかった。のん気にしていたらヤクザたちが立ち直ってしまうとわかるが、体がいうことを聞かない。探すことができない。


「堤君っ!」


 声に顔を上げると、空に撃ち上げられた信号弾の光を受けて、高台で振りかぶる勝利少年がいた。彼は投擲には向かない物体を、力一杯投げた。


 あの事件の映像を見ているクラスメイトならば、南十星の《魔法使いの杖アビスツール》の形状を知っている。それがもし偶然近くに転がってくれば、対応してくれても不思議はない。二本一組だが、ベルトごとではきっと届かなかった。片割れだけを投げてくれたのがよかった。


「ふんっ……!」


 激痛を無視し、南十星は体と腕を伸ばし、トンファーの中ほどを掴み取る。《比翼》と脳機能接続が行われ、生体認証が完了すると、本格的に駆動する。

 

 彼女が唯一持つ術式プログラム読込ロードされ、肉体に《魔法》が装填ロードされる。

 体表面にオーバーレイ・ネットワーク構築。形状が大きく外れるジャンパースカートを除いて、服を巻き込んでその上に、筋肉と直接接続された、エネルギーの皮膚と神経が張り巡らされる。

 全身の細胞が一斉に目覚めたかのような、危険薬物よりも危険な覚醒アッパー状態におちいる。同時に異常活動に大脳の自己防衛本能が頭痛による警告を鳴らす。


「――にひっ」


 自動戦闘継続プロトコル起動。細胞単位の移植が行われ、破壊された肉体が急速に修復される。流れ出た血液を補填するため人間の限界を超えて造血する。

 熱力学推進プロトコル起動。旋風を作りながら吸気し、体各所の皮膚を凍りつかせながら、空気成分を冷却・液化させる。

 接触型重力制御プロトコル。接触通電プロトコル。接触分子分解プロトコル。延長三次元物質操作クレイトロニクスプロトコル他。戦闘用の機能は全てオーバーレイ形式により、いつでも起動できる状態に簡易的に展開される。


「あーにき、さんきゅ」


 トンファーを正しく構えると、《狂戦士ベルセルク》が始動する。

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