035_0200 【短編】修学旅行に必要なものは?ⅩⅠ ~ロケットパンチ~


 今にも殺されそうだった少女が、流星のように光の尾を引き、暴風と共に消えた。常人の動体視力しか持たず、しかも襲いかかる突風に思わず一瞬目を閉じてしまった少年たちには、そうとしか認識できなかった。


 突然灯台を粉砕した異変に出鼻をくじかれたが、立ち直ろうとした男たちが数名、物理的にありえないジグザグの軌跡で吹き飛ぶ。格闘ゲームの空中コンボを早送り再生すれば、こんな具合になるだろうか。


「マッシー、はんちょー。あんがと。もうだいじょぶ」


 暴虐の塊が、少年たちの側にあるトーチカの上で停止する。唖然としたまま見上げれば、片方だけトンファーを握る、仮想のボディスーツをまとう少女がいる。

 嫌でも超人と化したと知れるその姿を一目見れば、少年たちが知る少女のものではないと知れる。


「あとは任せて隠れてて。とばっちりが行くかもしれんし」


 南十星は構わず公平少年の手から、もう片方のトンファーが挿さるベルトを受け取り、腰に巻く。


「Let the game begin!(さぁ、ゲームを始めよう)」


 そして信号弾が落下して暗くなった高台から見下ろし、立ち直り始めた男たちへ向けて、再びのセリフを吐く。

 使われた映画を知っていれば、戦慄しただろう。猟奇殺人鬼による残虐なゲームが繰り広げられる、サイコスリラー映画なのだから。だがここにいるのは、映画は吹き替えしか見ないか、字幕を目で追うだけでリスニングはサッパリな者ばかりだったらしい。

 砂塵と風を振りまき、爆音を立てて、少女が急接近してきても、誰もが反応を遅らせた。


「にははははははっ!」


 南十星がすると、男たちはワイヤーアクション顔負けに吹き飛ぶ。

 これで手加減しているとは誰も理解できない。彼女が《魔法》を併用して本気で殴れば、人体など四散する。せん音速機動を可能にする推進力を至近距離で浴びせれば、一次爆傷で人体は内側から破壊される。


 近距離でのせん音速機動は、常人の動体視力と運動神経と常識では対応できない。巻き起こる暴風でまぶたを開けることすら難しい。

 高速三次元機動する少女が方向転換する、輪郭を明確にした瞬間を狙って発砲しても、小柄な体躯はそこにはない。


「どう!? どう!? さっきと逆の立場! 狩られる気分はどう!?」


 実に楽しそうな挑発も、今の状況では冗談にならない。

 しかも一気には仕留めない。高速移動を繰り返してかく乱し、混乱で動きが止まった敵を一人ひとり打ち倒し、時間をかけてより一層の恐怖をあおる。

 まるで虎の人間狩り。ジャングルに潜んで密猟者の一団を待ち受け、油断したところを襲いかかり、喉笛を食いちぎる。


 短機関銃サブマシンガン散弾銃ショットガンの前には、さすがに無傷ではいられない。

 しかしまぐれ当たりの銃弾を撃ち込まれようと、彼女は止まらない。苦痛すら浮かべない。それどころか――


「笑ってる……?」


 少女が日頃浮かべている、無邪気さを体現する笑みではない。目を爛々らんらんと輝かせて、唇を歪ませ歯をむき出した狂笑だ。しかも己の血で身を染めていることで、悪鬼の様相を成している。


「あれが……?」


 これぞ《魔法使いソーサラー》。《魔法》という名の科学を使う、史上最強の生体万能戦略兵器。


「あれが……?」


 これぞ『邪術士ソーサラー』。科学という名を『魔法』を使う、条理を超えた破壊の具現者。


 そして、これぞ堤南十星。天真爛漫な女子中学生など、仮初かりそめの姿。幼さと愛くるしさで覆い隠し、無害なものと誤解させる毛皮でしかない。

 本性は、死ぬか目的を達するまで戦い続ける、狂気に染まった猛獣だ。


「うわぁ……失敗した」


 南十星とは違う少女の声により、没頭していた意識を取り戻し、少年たちは視線を蹂躙から引き剥がした。

 青白い光を発生させる棒に横座りして宙に浮く人影がいた。


「真下勝利くんと、三枝公平くんだよね?」


 彼女は棒から飛び降りるように、けれども手放さないまま、ふたりの側に着地した。


「支援部の先輩、ですよね?」

「うん。高等部の木次きすき樹里じゅり


 少なくとも南十星の兄よりは有名だ。体育祭での部活紹介で代表のように人前に出て、怪我人が出ると校内を駆け回っているので、子犬の雰囲気を持つ女子高生は、中等部でもそこそこ知れている。


「誰かケガしてる?」

「堤が撃たれて……」

「や。なっちゃん以外で。あの、《魔法》使えば自分の怪我は治せるから」

「だったら――」


 《治癒術士ヒーラー》からの問いに、公平少年と勝利少年は視線と手で示した。


「そこらに……」

「いっぱい……」

「や~、だよね~……死んでないって思いたい」


 少年たちは暗さでハッキリ見えずとも、暗視ができる樹里には見えている。顔が変形している者と、四肢が変なところで折れ曲がっている者とが、半々くらいだ。うめき声を上げている者はまだ安心できるが、なにも言わずピクリとも動かない者もいるのが不安を誘う。

 逮捕するべき犯罪者たちとはいえ、無残に転がった死屍累累な有様に、樹里は顔を軽く引きつらせた。同情心はないが、同情したくなると言わんばかりに。


「なっちゃーん、やりすぎちゃダメだよー」


 言っても遅いと理解している、あまりやる気が感じられない樹里の制止に、南十星は地面を削りながら着地して動きを止めた。


「なしてじゅりちゃんまで東京いんの?」

「やー、それ話すと長くなるんだけど……とにかく、もういいから。後は私が引き継ぐから」

あとひとりラスイチだから、ついでにやっとく」


 頭たる百鬼なきりだけが立っていた。

 数分前まで猟師に追われる子ウサギだった少女は、今や凶悪な虎と化して全てをひっくり返した。彼は悄然としたように、部下たちが倒れる場を見回してから、南十星を見る。


「これが《魔法使い》って連中か……」

「てか、なして脱いでんだよ」


 彼はなぜか上半身裸になっていた。服で締め上げられた隆々たる筋肉を解き放ち、きっと背には全面に描かれているだろう、刺青の一部を肩や腕から見せていた。


「舎弟どもの手前も、人間兵器なんて呼ばれてる意地もある。コソコソ逃げるわけにいかないからな……」

「ふーん。だからあたしとタイマン張ろうっての?」


 百鬼は手を広げ、歩みを進めた。


 それに反応するかのように、不意に小銃の銃身のような幾何学模様EC-Circuitが、少年たちの頭上に空中に描かれた。考えるだけで仮想の未来兵器を創造する《魔法》は、常人には誰の仕業かもわからない。

 実行される前に、振り向かないまま南十星が口を出し、それが樹里の仕業だと言外に説明する。


「じゅりちゃん、横取り禁止。コイツはあたしがやるってったっしょ」

「……わかった」


 つまらなさそうな低い声に、樹里は言われたままに《魔法》をキャンセルし、長杖を下ろした。

 南十星が更に豹変している。今までのふざけた態度が鳴りを潜め、虎が毛皮を逆立てているような、本気の怒気を発している。


「騙し討ちに気づいてるんだ……」


 呟く先輩に、少年たちは驚きの視線を向けたが、なんの憂いもてらいもない南十星の背中にすぐさま向け直す。


「マクレーン刑事に謝れ」

「は?」

「背中にガムテープで拳銃てっぽー貼りつけてムボービアピール、油断したところでズドンってコンタンっしょ? わかるんだっての」


 それは有名アクション映画シリーズ第一作のクライマックス、手持ちの銃弾は残りわずかで、しかも妻を人質に取られた絶体絶命の主人公が、テロリストを確実に仕留めるために使った奇策だ。

 しかし《魔法使いソーサラー》たらしめる生体コンピュータとセンサー能力は、この程度のたくらみなど容易に阻止する。


「チンピラのブンザイで名作映画パクるな!! 偉大なるジョン・マクレーン刑事にアタマ丸めてドゲザしろ!!」


「ややややや!?」

((怒るポイントそこ!?))


 南十星の激怒は、観客たちの心をひとつにした。きっと対戦者も同じことを思ったに違いあるまい。あとそのシリーズ一作目の時、最高にタフで最悪に不運なヒーローは、まだフサフサだったので、頭を丸めるとリスペクトにならないかもしれない。


「くっ」


 顔を歪めた百鬼は形振なりふり構わず、一矢報いようと背中の銃を握り、南十星に向けた。

 しかし苦し紛れの銃撃は、無造作に振られたトンファーで、あらぬ方向に弾き飛ばされる。


「あとさぁ? 言ったけどさぁ――」


 南十星は相手の弾切れを待ち、熱力学推進プロトコルをトンファーを握ったままの右腕に宿す。

 百鬼は拳銃を捨てて、突進して距離を詰めてきた。


「人間兵器なんて呼ばれるなら――」


 だが少女の足は動かない。距離を詰められるより遙か前に拳を突き出す。

 肘部分で切り離され、白い蒸気を噴きながら発射された右腕は、地面スレスレを飛行し、目標直前で急角度の弧を描いて天空に向かう。


ロケットパンチこれくらいやってからにしてよ?」


 顎を正確に打ち砕いたアッパーカットは、大きな輪を描いて戻ってくる。仰け反って空中浮遊した百鬼が地面に倒れるよりも早く、南十星は左手で右腕を受け止め、再接続した。

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