050_2040 巨兵ⅩⅠ~最強人種~


――むかぁしむかし、兵士となった男がいました。

――彼は勇敢で、鉄弾が雨のように飛び交う中、いつも先陣を切って戦いました。



《三次元空間把握戦術多機能レーダー.dtc 解凍展開》

《ベクトル解析弾道予測ソフト.dtc 解凍展開》

《擬似先進波観測センサー.dtc 解凍展開》


 《魔法使いの杖アビスツール》と接続すれば起動する、近距離・精密・汎用型の脳内センサーだけでは能力が不十分だ。何事も向き不向きはあるのだから、戦闘用の情報収集術式プログラムを立ち上げる。

 戦闘には、攻撃力・防御力よりも、情報収集能力が大事となる。いくら一撃で撃破する攻撃も、当たらなければ意味もない。それが許される状況ならば、強固な装甲で受け止めるより、いかなる攻撃でも回避してしまえばいい。

 これらの術式プログラムが、《騎士ナイト》と呼ばれていた彼を保障したと言っても過言ではない。

 とはいえ、常には実行しておけない。平均的な処理能力しか持っていない十路の脳では、負担が大きいため、要所要所で切り替えながら使っている。

 なのに全ての術式プログラムを、常時起動してしまえている。

 生体コンピュータの演算能力が増している。



――しかし戦争が終わると、軍隊をクビになってしまったのです。

――『どこなりと好きなところに行くがいい』と上官に告げられました。

――仕方なく兵士は、唯一の持ち物である鉄砲を肩に担ぎ、旅に出ました。



《磁気浮上システム.dtc 解凍展開》


 足元に電磁力を帯びさせる。本来ならば地面にも《魔法回路EC-Circuit》を形成させ、リニアモーターカーのような高速移動や、反発力で超跳躍するための術式プログラムだが。

 今は足元のみに付与して貼りつき、十路の体重を支えさせ、ほぼ垂直となった壁を低い姿勢で駆け上がる。


 しかし《棺桶エクスデス》にたどり着く前に、《死霊》が形成される。近づく十路を切り裂こうと、粒子の剣や槍を構えて襲いかかってくる。


《不定形システム・ウェポン機能移行――銃》

《ドラゴンブレス弾.dtc 解凍展開》


 だから左腕を変形させて、内部に収めた弾薬を、近距離から発砲する。

 《魔法》を用いても、元がほとんど鉛の被覆鋼フルメタルジャケット弾では、実在する同名散弾銃実包とは比較にならない小さな効果だ。

 しかし発射直後に弾丸が微細粒子と化し、着火すると、瞬間的な火炎放射となって《死霊》を巻き込んだ。


 艦体を傷つけることなく、十路は小規模な粉塵爆発で《死霊》を次々粉砕しながら駆ける。

 完全に小銃の先端部となった左手は、気にしない。驚愕するのは後でもいい。彼自身、異様だと思う切り替えが、戦闘スイッチの入った今ならできる。



――行き着いたのは荒れ地です。

――そこここに木が生えてる他は、なにもありません。

――兵士は悲嘆に暮れて木のそばに腰を下ろし、自分の運命を嘆きました。

――金はない。

――平和になったら、用なしってことか。

――となると、戦争以外になにもできない俺は、飢え死にするしかない。



《不定形システム・ウェポン機能移行――剣》


 あと一歩、成年男性よりも大きな《棺桶》に触れる位置まで近づいたところで、再度腕が変化する。固体を扱っているはずなのに、流体化しているかのような、滑らかで素早い変形だった。


《高周波カッター.dtc 解凍展開》

《熱電変換素子.dtc 解凍展開》


 貫手のイメージで肘を引き、手だけでなく腕の骨格から刃となった左腕を突き出すと、触れた《棺桶エクスデス》の装甲が凄まじい火花を上げた。

 しかし切っ先がめり込んだら止み、代わりに赤熱化していく。振動で物体を切削するのではない。発生した熱で金属を溶かして、《魔法回路EC-Circuit》で高熱を電気に変えて防御しながら掘り進む。

 内部に収められたシステムを次々と破壊していくと、自爆モードに変化したと思われる電磁ノイズが一瞬立った。

 反物質電池の封印解放でなくとも、こんな至近距離で爆発されれば、十路はもちろん《ヘーゼルナッツ》も無事ではすまない。



――不意に物音を聞きつけ、兵士はあたりを見回しました。

――いつの間にか、風変わりな男が立っていました。

――緑の上着を着て、落ち着き払ってまっすぐ兵士を見つめています。

――足には、おぞましいひずめがついていました。



 だが彼は慌てない。慌てる必要性がない。間に合うと理解してしまっている。


《不定形システム・ウェポン機能移行――高出力発振器》

《許されざる礼儀.dtc――許可申請要項――問題なし》


 飛行戦艦に突き刺さった《棺桶》を、レンズのような部品を作り上げる左腕に突き刺したまま、持ち上げて引き抜く。幾分抵抗があったが、思っていた以上にあっけなく抜くことができた。

 それだけに留まらない。金属塊を腕一本で持ち上げたまま、十路は磁力反発も利用して、気嚢部の側面へと人外の速度で駆ける。

 広い場所に出た途端、雲の中から夜空に向けて、《魔法回路EC-Circuit》を形成する。腕の変形は根元部分だけだが、沿うように光る幾何学模様が全体を形成する。その形成速度は一瞬と呼んでもいいほどで、《八九式小銃》では不可能だった速度だ。

 十路のこれは、他の《魔法使いソーサラー》や、《ヘーゼルナッツ》に搭載されているものとは違い、常に全力稼動しかできない。なにせ名前が名前なのだから、加減のできない欠陥 《魔法》だ。ゆえに砲弾の大きさ次第では、人工の隕石落下を起こし、戦略攻撃も可能な高々出力術式プログラムとして、本来ならば責任者の許可申請が必要な区分になっている。支援部員にそんなものは関係ないが。

 電離加速する弦と床が構成するのは、電磁投射砲レールガンと呼ぶより、衛星軌道物資輸送設備マスドライバーと呼ぶべき仮想の弾弓スリングショット――《許されざるUnforgiven礼儀 courtesy》で、《棺桶エクスデス》を天空に発射した。



――その男は言うのです。

――お前のほしいものはわかってる。

――黄金をくれてやろう。

――お前が望むだけ手に入るぞ?

――だが、俺の言うことを守れたらの話だ。

――まずはお前が怖いもの知らずかどうか、見せてもらおうか?



 いくら発射され、地面に激突しても無事だった《棺桶エクスデス》でも、速度ゼロから第二宇宙速度以上の急加速には耐えられない。自爆するよりも、そして宇宙に飛び出すよりも前に、空気抵抗と空力加熱で破壊されるのはわかっている。

 衝撃波で吹き飛ばした雲の穴から、その結果を見届けることなく、十路はその場を離れる。《魔法回路EC-Circuit》の破壊だけでは相殺できなかった反動そのままに、パラシュートなしで、高高度からのスカイダイビングを敢行した。



――兵士は答えました。

――ずいぶんな言い草だな?

――怖いもの知らずだって証拠、いつだって見せてやるぜ?



 体を真っ直ぐにして頭から急降下する最中、システムが警告してくる。

 ミサイルが飛来してくる。下で荷電粒子砲らしき電磁エネルギーの高まりがある。


《電力不足》


 取り込んだ電力は、先ほどの一撃で枯渇している。予備バッテリーは持っていない。


《緊急措置――非接触電力伝送システム使用 仮想レクテナ展開》

《不定形システム・ウェポン機能移行――盾》


 それも問題はない。再び北西方向からマイクロ波ビームが照射されてきた。さすがに高速落下中では掌にピンポイント照射とはならないのか、腕が変形して広がり、形成された仮想の整流変換アンテナレクテナが電力に変えて蓄える。



――男は言いました。

――実に結構なことだ。

――じゃあ、後ろを向いてみろよ。

――兵士が振り返ると、大きな熊が襲いかかってくるところでした。

――兵士は鉄砲の狙いを定めると、熊の鼻面目がけて撃ちました。

――熊は倒れ、二度と動き出すことはありません。



《不定形システム・ウェポン機能移行――銃》

《徹甲榴弾.dtc 解凍展開》


 これは反則だ。《魔法》を使うのに必要な電力が、外部から送られてくれるのだから。複数の《魔法使いソーサラー》がいれば、電力の直接受け渡しは可能かもしれないが、利便性が格段に違う。

 しかも元の電力量がどうなっているか。反物質電池でなければ生み出せない大電力を、二度も送り込まれている。普通の発電所が生み出している電気とは、全く異なるものとしか思えない。

 もしも推測どおりであれば。

 《魔法》の発生源が、十路個人に力を貸しているのであれば。

 ミサイルに左手の銃口を向けて、銃弾を撃ち込んで爆破させながら、彼は心の片隅で戦慄する。



――風変わりな男が言いました。

――勇気に不足はないようだな。

――だが、お前を金持ちにするには、それだけじゃ駄目だ。

――もう一つ、守らなきゃならん条件がある。



 雲を突き抜けたところで、以前『校外実習』でやらされた高高度降下低高度開傘HALOを思い出しながら、体を開いて風を受け止める。

 夜の海が一杯に視界に入った。遠くには和歌山市・鳴門市、そして大阪市と神戸市の明かりが見える。最初の戦場から移動しているとはいえ、まだ紀伊水道の中で、太平洋までは出ていない。

 淡路島に立つ巨大建造物――《塔》の陰も。神戸市にいれば毎日見る物体で、反対側から見ても特に感慨はないが、改めて考えるとおそれるべき物体だ。

 《魔法》が世に出現した三〇年前、あれは一夜にして世界に現れたと言われている。それからあらゆる国や機関が調査を行ったが、《マナ》を放出しているという以外、《塔》についてはなにもわかっていない。外壁が全く傷つけることができないため、中がどうなっているのか誰も知らない。

 あれは人智の及ぶものではない。世界がそう判断して放置する方向で、《魔法》という力のみを利用しようとしている。炎や宗教や経済や原子力がそうだったように、メリットのみを求めてデメリットを忘れ、扱いきれない大きい力を扱う、人類の悪い癖がまた発揮されている。

 ならば今だけは、十路も考えずに利用する。後で後悔することになるのはわかっていても。



――お前は向こう七年の間、風呂に入っちゃいけない。

――ひげも手入れしちゃいけない。

――髪を整えるのも駄目だ。

――爪を切ってもいけない。

――お祈りも一切唱えちゃいけない。

――お前には上着とマントをやる。

――七年、お前はそれを着続けるんだ。

――その間に死んだら、お前の魂は俺の物。

――もし生き続けられたら、お前は一生金持ちってわけだ。



 散発的に飛んでくる銃弾を、左腕の装甲を叩きつけて弾き飛ばし、ほぼ真下に存在する《魔法》の輝きから、仮想の砲身を正確に観測する。


《不定形システム・ウェポン機能移行――高出力発振器》

《思い上がった勇気.dtc――許可申請要項――問題なし》


 左腕を向けて、巨大な矢印にも見える輝きを生み出す。

 レーザー発信機は弓床ティラーとして。重金属イオン加速器コライダーは両翼のボウとして。野依崎が使ったもののように、曲射ができる精密操作性は持たないが、問題はない。

 クロスボウのような形状の、弓砲バリスタを超える大きさの、仮想の荷電粒子砲――《思いpre上がったtentious勇気 courage》を実行する。



――男は自分の緑の上着を、兵士に渡して言いました。

――この上着を着てポケットに手を突っ込んでみな。

――中にゃいつだって金貨がいっぱいだ。



 《トントンマクート》が発射した。

 同時に十路も発射した。

 二筋のレーザー圧縮中性粒子ビームは、空中で衝突する。


 真っ向から撃ち込んでビームを激突させたら、アニメのように中間地点で大爆発が起こるのかもしれない。しかし上空の《ヘーゼルナッツ》を狙って放たれたのだから、落下途中の十路とは、射線がずれている。

 だから完全弾性衝突という現象が起こり、粒子はビリヤードのように弾き飛ばされる。

 下から発射されたビームは、大はずれの夜空に向かった。上から発射されたビームは、大はずれの海に落ちた。

 そして水と激突して、大爆発が起きた。



――男は熊から毛皮を剥ぎ取って、兵士に渡して言いました。

――こいつが、お前のマントであり、寝床だ。

――ほかの寝床で横になるんじゃないぞ。



《不定形システム・ウェポン機能移行――盾》


 数百メートル落下したはずだが、発射反動と爆発のあおりで、十路の体は再び上空に打ち上げられる。左腕が変形して広がり、衝撃波を受ける面積が増えると再び雲の高さまで上昇する。


 センサーの反応から《ヘーゼルナッツ》がいるのはわかるが、やや離れている。空を飛べない十路では、再び落下して海面に叩きつけられることになる。

 運動エネルギーがゼロになった最高地点で、どうしたものかと十路がチラリと考えた時、砲弾とは段違いの遅さでなにかが発射され、弧を描いて飛んでくる。

 捕鯨砲のような、ワイヤーつきの銛だった。超重量の飛行戦艦には、自重を支えるための着陸脚スキッドがない。だから着陸時であってもわずかに浮き、それで固定するのだろう。

 飛んできた野依崎の機転を左手で掴むと、ワイヤーが巻き取られ、体は軽々と引っ張られた。


《磁気浮上システム.dtc 解凍展開》


 再び《ヘーゼルナッツ》の艦底に降り立ち、十路は大きなため息を吐く。諦めと納得と困惑とが入り混じった、怠惰たいだなものを。


「……俺、人間辞めちまってるよ」


 浮遊機関を停止した飛行戦艦は、随分と降下しているとはいえ、酸素濃度はまだ薄く気温は低い。なのに《魔法》で生命維持していない。しかも先ほどの荷電粒子砲で、許容量を大幅に超える放射線被爆もしている。

 なのに体に異常がないのが、異常だった。



――そう言い残して、男は消え去りました。

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