050_1900 巨兵Ⅳ~日本人が知らないホワイトハウスの内戦~

 

『――みんな、聞いてる!?』


 とそこへ、息の荒い女性の声がスピーカーから流れてきた。いつも掴みどころのない策略家の顔を見せる彼女には珍しいが、今作戦は意気込みや意味が違う様子なので、無線を聞く誰もが触れない。


『宇宙からの戦略攻撃がそこに来る!』


 長久手ながくてつばめからの報告に、十路とおじは無意識に唇を噛んでしまう。

 やはり彼女では無理があったかと。


木次きすきは迎撃に失敗しましたか」

『うぅん。じゅりちゃんは絶賛対応中』

「は?」


 落胆に似た諦観ていかんの気持ちで確認を取ったものの、失敗したわけではないという返答に頭がついていけない。つばめの言葉に相槌を入れつつ、新たな展開トラブルを対処するため、脳細胞を働かせて理解に務める。

 

『宇宙から三機の極超音速滑空体HGVが飛んできて、二機までは破壊を確認してる。連絡がつかないけど、残る一機は今、ジュリちゃんが太平洋上を追いかけてると思う』

「じゃぁ、別口の攻撃が来るってことですか?」

『今度は発射衛星そのものが落下してきてる、って考えたらいいかな? 極超音速滑空体HGVによる攻撃は失敗と判断して次策プランBに移ったのか、これも当初案に含まれてるのかまでは、よくわかんないけど』

「証拠隠滅も兼ねて、ですかね……」


 施設から脱走した二人の《ムーンチャイルド》と、強奪された二隻の《ギガース》、決して表沙汰にはできない秘密兵器が、ひとつところに揃っている。

 責任者たちにしてみれば、この上ないチャンスだろう。しかも極超音速滑空体HGVを発射した攻撃衛星まで処分できる。自分たちが作り出し、制御不能になった最強の兵器を処分するには、最上とも言える方法とタイミングだ。


(……そういや理事長、今どこにいるんだ?)


 宇宙空間や地球規模の出来事を、かなり具体的に語っているから、宇宙航空研究開発機構JAXAにでもいるのだろうか。行政関係との打ち合わせで、東京まで行くかもしれないと、昨夜話していたのは記憶はあるが。

 ふと疑問が十路の脳裏に思い浮かんだが、口にはしない。今はそんなことを聞いている場合ではない。


「理事長。落下する速度と大きさは?」

『速度は約秒速一〇キロ、ただし、まだ加速中。大きさは二〇メートルクラス』


 問いにつばめが答えた頃合に、画像データが送信されたらしい。野依崎が口を挟まず手を動かし、新たにスクリーンを三枚作成した。うち二枚は、衛星の落下予測だった。地球を横から見た弾道と、地図上での予想経路が記されている。

 線が行き着く先は台風の予想進路のように、未確定を示して近畿圏全域を示している。だが今十路たちにいる場所が目標であることは、疑う余地がない。

 弾道は、ほぼ垂直落下だ。実際には自公転している地球に落ちるのに、垂直落下はありえないが、地球上からそう見える線を描いている。


「これ……本当に人工衛星ですか?」


 三枚目の画像を見て、十路は顔と声を歪ませる。

 どういう手段で撮影されたものか、落下してくる物体を写した粗い画像だった。


「まず、落下物は複数あるんですか?」

『さすがに全部本物ってことはないと思いたいけど……ただのハリボテなのか、もっと重いものなのかは、まだなんとも言えない』


 戦略ミサイルでは、迎撃を困難にさせるため、金属箔のバルーンダミーを放出する。それと同等のものなら、大気圏再突入時に燃えてしまうから、放置しても問題ない。

 だがもしも、中身が詰まっているとしたら。例えば隕石や、廃棄衛星を接合し、見た目に相応しい重量を持っているとしたら。


 更に問題は、落下物の大きさと形状だった。


「次。落ちてくるの、大陸間弾道ミサイルICBM『そのもの』としか思えないんですけど?」


 実用化された大陸間弾道ミサイルICBMは、どれをとっても巨大だ。なにしろ大気圏外まで飛び出して、五〇〇〇キロ以上もの超遠距離攻撃をしようというのだから、当然そうなる。

 しかし実際に攻撃する再突入体RVは、せいぜい人間ほどの大きさしかない。ミサイル全体はほとんどが燃料タンクで、上昇途中で切り離していく。


 なのに不鮮明な画像は、人工物としか思えない棒状の物体を映し出している。『細長い隕石』でも『人工衛星』でもなく『棒』だった。

 眉唾とされている宇宙兵器『神の杖』でも、射出体は六メートルと言われている。二〇メートルともなれば、商業用の小型ロケットや、大型ロケットのブースターに匹敵する巨大さだ。


『いや……下手すると、それより悪いかもしれない』


 つばめの言葉どおり、建物ほどもある射出体だとすれば。ロケットで運べるはずがない物体が落ちてくるとすれば。金属塊ハリボテではなく機能を持っているとすれば。


『細かい説明は省くけど、あれは衛星軌道上まで《マナ》とデバイスを打ち上げて、《魔法》で建造されたとしか考えられないんだよ。中身が既存の科学で作れるものって保障がない』


 混乱するより前に、背筋が凍る。



 △▼△▼△▼△▼



「ハッ。フェニックス計画プロジェクトってェのは、《魔法》の超遠距離起動実験かよォ。XEANEジーンのヤロウ、ご丁寧に人工衛星の再利用計画に擬装して……ゲイブルズ・ベトロニクスのお膝元で、やってくれやがったなァ」


 日本国内での情報収集を考えれば、思いのほか簡単に知りたかった情報を聞くことができ、リヒト・ゲイブルズは顔を凶悪に歪めて、忌々いまいましさをこぼす。自分に関わりがある会社のライバルというだけでなく、嫌悪を超えた敵意を表している。


 ブリーフィングルームにいた人々に、特段の反応はない。後ろめたさから視線を逸らしている者、開き直りとも取れるふてぶてしさを発揮している者もいるが、一番多いのは疑問顔を浮かべている者たちだ。それで彼は、自分が呟いたのが、彼らが理解できないであろう日本語であり、すっかり愛妻の国に染まっていることに遅れて気づいた。


「Uh...What's made? (で? なにを作りやがった?)」


 リヒトは科学者の顔で、大統領と軍事顧問、各軍司令官たちを順に視線をやって詰め寄る。

 《魔法》の発動可能距離は、常人が考えるよりも遥かに短い。効果を手元で作り出して発射する場合は、数百キロもの有効射程を持つものもあるため、誤解を与える。

 しかし地上から指令を発信し、遥か彼方の衛星軌道で効果を作り出すことは、理屈としては可能だ。野依崎の《ピクシィ》も、《男爵バロン》の《死霊》も、《魔法使いソーサラー》の常識から外れた遠隔操作を行えるのだから。

 デバイスと《マナ》と電力源を送り込み、大出力かつ既存が確立できるならば、技術的には地上から宇宙で《魔法》は実行できる。


 フィクションの中では、宇宙兵器は当然のように出現するが、現実には存在できないし、してはならない。

 だが。通信・気象・観測衛星を、廃棄されたゴミデブリを、即座に兵器に作り変えることができるなら。技術を隠匿いんとくできるならば。

 敵の通信網を破壊すると同時に、攻撃までもが行える。人工衛星を元に戻すことができる状態なら、証拠隠滅もできる。修復が不可能でも、『隕石』『事故』と擬装することもできる。攻撃方法も、光学兵器をピンポイントで照射する小規模のものから、国そのものを壊滅させる大規模破壊まで選択ができる。

 《魔法》という名の科学で、国が握る世界の軍事的優先は、揺らぐことはない。


 廃棄された人工衛星を再利用するフェニックス計画の大筋は、正しく公表されている。

 ただし使われるのは作業用ロボットではない。壊れた人工衛星を元どおりにできるだけでなく、そちらが本題であろう、修理に留まらない補足事項が加わるが。


 その計画のために、わかっているだけでも、ロケット五基が打ち上げられている。単純に考えて、三機の極超音速滑空体HGVと、《魔法》実行に必要なデバイスを差し引けば、一基分、搭載物ペイロードが余る。

 当初衛星は『大砲』として極超音速滑空体HGVを放出したが、今は三次元物体操作クレイトロニクスで姿を変え、『砲弾』として落下している。

 その残り一基分の搭載物ペイロードが、『砲弾』の中に入っているとしたら。あるいは荷物は特製のバルーンダミーで、中身は《魔法》で作られている超科学の弾頭だとしたら。仮定だけでも選択肢が広いため、リヒトは軽い調子ながら、真剣に詰め寄るが。


「……I don't Know.(わからない)」

「Ralley? No way, did you leave all fellows? (オイオイオイ? まさか、連中にお任せかよォ?)」


 言葉と語調どおりに呆れて、大仰に首を振る。

 《魔法》とは結局個人のシステムであるため、ありえてしまうのであるが、やはり国の中枢が振り回されてるとなると。


(やっぱなァ……《魔法》ッつーのは、今の人類に過ぎたモンだなァ。想定どォりだけどよォ)


 『初源の《魔法使いソーサラー》』と呼ばれた研究者は、舌打ちしたくなる。


「No problem. Because this plan will fail.(ま、いいけどナ。どうせこの計画は失敗するだろォしよォ)」


 だが次の瞬間には、歯を見せて笑みを浮かべる。肉食獣のものと見まがう禍々しい、しかし信頼という名の優しさを持つ草食獣の笑みだった。


「Over there with my "daughter", my "masterpiece", and... (あそこにいるのは、俺の『娘』と『最高傑作』――)」


 『娘』を『最高傑作』には含めなかった。それくらいの倫理は、彼も持っていた。


「Lilith's children.(それと、『悪魔』が集めたガキどもだゼ?)」

 

 そして計画を阻止する者の中に、彼が愛する義妹が含まれているが、この場で病気シスコンを発症させない常識もあるらしい。

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