050_1910 巨兵Ⅴ~垂直に挑む~
(冗談じゃない……!? どうしろってんだ!?)
破壊しなければならない対象は、三方向に存在する。横からやって来る
それらを一斉に対処しなければならない状況など、いくら
『理事長先生、やっぱり自衛隊はアテにならないんですか?』
『無理だと思ったほうがいい。初期情報がアメリカ軍から送られてきていないし、《ヘーゼルナッツ》を領空侵犯させるために、わたしが色々横槍入れたから、初動が遅れてるんだよね』
『仮に体制が整えられてても、迎撃できるか怪しいと思いますわ。大気圏突入でどれくらい減速するかわからねーですけど、弾道ミサイルよりも速いと思いますし』
『そのとおり』
『あたしたちが、全部なんとかしなきゃならないってこと? うわー、責任ジューダイ』
『うん。キミたちに頼るしかない……大人の都合を全部押し付けることになるけど、ここままじゃ神戸どころか近畿圏が全滅する』
どこにいるのか不明なナージャ・コゼット・南十星が、つばめと情報交換する声を聞いて、無理矢理動揺を押さえ込む。彼女たちも驚きはしているが、取り乱してはいない。
『兄貴、どうすればいい? あたしたち、なにをすればいい?』
『つっても、こちとらバッテリーがねーですからね。できることは限られてますわよ』
『あ。報告遅れましたけど、わたしたち、いま移動中です。バイクで大阪湾沿いにそちらへ向かっています』
彼女たちは、十路を信頼してくれている。
これまでの
今度も同じだと。いつもと同じことをすればいいと。どんなに絶望的な状況下でも、ひっくり返すことができると。
普通の学生生活を守ることができると。
(……ここで信頼に応えなきゃ、申し訳立たないよな)
十路は大きく息を吸い、心を落ち着かせて、さすがに不安げな眼差しを向けていた野依崎に、まず指示を与える。
「フォー。《
「相手は潜水中であるため、通常の通信は不可能。伝えることができても、自分たちの罠と考える可能性が高いでありますし、戦略兵器への対抗に共闘するとは思えないであります」
「構わない。方法は音とか光のモールスでもなんでもいい。《
幸いなのは、《死霊》との防衛戦は終了していること。最悪その最中で戦略兵器の対処を求められることも、戦闘前に考えられていたのだから。今も《
「部長たちは予定変更なし。援護の準備を進めてください」
『それで構いませんのね?』
「えぇ。準備が終わったら、連絡ください。それから理事長は、落下する兵器の情報を。新しいことがわかったり、事態が変わったら報告お願いします」
『りょーかい』
この場にいない別働の者たちにはそれだけ指示して、野依崎の作業が一段落するのを待ってから問う。とにかく今は、使える選択肢を拾い上げなければ。現状最大の攻撃力を持っているのは、十路が乗っている飛行戦艦なのだから。
とはいえ一挙に問題解決できるとは考えず、ひとまず現状ではもっとも対抗手段が限られる、上の問題について訊く。
「この艦、
「
「対潜兵器もないし、意外と搭載の仕方が中途半端だな……」
「普通は常に相手の上空を制しているのでありますから、地上や海上の攻撃は想定しても、上空への備えは当然薄くなるでありますよ。しかも《
「じゃぁ、《魔法》で真上の衛星兵器を攻撃できるか?」
「…………大きな問題が、ふたつ」
返事を少しだけ迷わせて、野依崎が手を振って仮想スクリーンを多重化させた。どれもつばめが送ってきた弾道軌跡がアニメーションしている。彼女が頭でシミュレーションしたのだろう、落下速度を何段階かに分けて、命中までの時間を逆算している。
「艦上部にも出力デバイスは存在するでありますが、戦闘用の高出力発揮型ではないであります。《
宇宙まで攻撃を届かせ、あれだけ巨大な目標を破壊しようと思えば、桁違いのエネルギーが必要となる。
(俺が外に出て、《バーゲスト》と《八九式》の出力を同期させて、間に合うか?
出力だけならともかく、一撃で当てられるなんて考えられない距離だしな……それに中身がわからないのが恐ろしすぎる。上空で爆散して、日本全土に被害が拡散したら、目も当てられないぞ……)
十路なりに吟味しても、やはり野依崎の結論同様、迎撃不可能と言わざるをえない。この艦で駄目ならば、落下してくる戦略兵器は、どうやっても対処できないというのに。
「……あとひとつ、なにが問題だ?」
問題がふたつあるということは、マイナスを更にマイナスする、より悪いことと思うのが自然だろう。
だから十路はついでで聞いただけだ。仮に対処方針を思いついたとしても、実現のハードルが上がるとどうしようもないから。
「落下物の数か? それとも弾頭が不明なことか?」
「
しかし野依崎はピクシーカットを揺らして首を振り、言い切った前言を撤回する返事をする。
「数値だけを見れば、落下している兵器を迎撃可能な攻撃手段は、存在するのであります。単発の巨大核弾頭だろうと、途中で分裂する質量兵器だろうと、安全域で破壊できるであります」
「ちょっと待て? さっきと言ってることが違うぞ?」
「艦上部のデバイスでは出力不足でありますが、他部位に装備されているものならば出力は充分であります。ただし射角はゼロ。真正面水平にしか使えないであります」
追加説明で納得する。攻撃手段がある意味も、それが使えない理由も。
しかし十路は、希望を灯し、念を入れて確認する。
「問題は方向だけなんだな? 時間も問題ないんだな?」
「
確実ではないという慎重な返答を受けて、十路は結論と指示を出した。
「艦を直立させろ」
正面にしか撃てない大砲ならば、土台ごと上に向ければいい。
「マンガの原子力潜水艦ではあるまいし、そんな飛行姿勢にならないであります」
「《魔法》を併用すれば、《
「それでも機体限界に挑むことになるでありますし、他はどうするでありますか?
野依崎が苦言するとおり、上への対処がなんとか
「横は木次に任せる」
十路も当然それを含めて考えたが、対処法は思いつかなかった。追っているだろう樹里を信じ、駄目なら手の空いている者が迎撃するという、場当たりの対応をするしかない。
そして《トントンマクート》は。第三者が攻撃してくるこの事態に、《
「あとは俺が守る」
「…………」
野依崎がじっと目を見つめてくる。感情の読めない、《
十路は目を
部活への参加は消極的で、『面倒であります』が口癖で、誰が相手でも態度が素っ気なく素直ではない。人付き合いには一線を置き、誰とも触れ合おうとせず、退部の意向表明もあっさりしたものだった。
彼女は誰も信用しない。考えを変える柔軟性を持たない。
だが考えを改めれば、決断は早かった。
「Full speed ahead! Up angle 90!(機関一杯! 上げ舵九〇度!)」
野依崎は仮想のスイッチ類を操作して、スロットルレバーを限界まで倒す。推進機関の唸りが大きく響き、慣性で微速前進中だった艦の風景が、高速で流れ始める。
「上昇しながら右九〇度
そして二本のジョイスティックを思い切り引き、彼女は希望として口にした。
「リーダー。自分とこの艦を、守ってほしいであります」
「了解!」
勢いをつけるために戦域を離脱しながら加速し、艦は少しずつ傾斜していく。時間はかかるだろうが、モタモタしていたら艦は垂直になり、振り落とされる。
十路はリンクを切断し、仮想現実映像から通常の視覚を取り戻し、操縦室を飛び出す。廊下をまた駆けながら、背負っていた大剣の擬装を剥ぎ取り、《八九式自動小銃・特殊作戦要員型》を剥き出しにする。
【ちょっとトージ! この傾斜、私単体じゃ耐え切れなくなりそうなんですけど!】
「今から関係なくなるから安心しろ!」
【まさか、外に出て迎撃する気ですか!?】
「他に方法がない!」
【あぁ、もう……! また無謀な作戦に付き合わされるんですね……!】
貨物室に飛び込んで、斜めになる艦に慌てるオートバイの
(木次……頼むぞ)
連絡がつかない少女にいま一度信頼を寄せて、装備を身につけ《
「堤十路の権限において許可する! 《
【OK. ABIS-OS Ver.8.312 boot up.(許可受諾。絶対操作オペレーティングシステム・バージョン8.312 起動)】
開口されるドロップゲートから飛び出した。
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