050_1820 巨兵Ⅲ~キャメロンの海戦11 不沈戦艦を叩け~
空に浮かぶ巨影から。海に浮かぶ巨影から。装備された砲が火を噴いた。
刹那、二艦の中間地点で爆発が起こる。可潜戦艦が発射した榴弾の信管が誤作動したのではない。離れて観戦する者が、なにが起きたか見えたとしても、とても信じられないだろう。
飛行戦艦は『砲撃』ではなく『狙撃』した。敵砲弾の弾道を計算し、電磁力で高速射出した弾体を、空中で激突させた。
当然ながら連射はできない。二門を発射すれば、次弾装填しながら発射位置に前進するまで撃てない。155mm
しかし真っ向からの撃ち合いだけで留まるはずはない。
砲を発射した時には、《トントンマクート》は投射装置を駆動させ、弾体を海にばら撒いていた。すると爆発的に濁った煙が発生される。つい先ほど神戸市内でも使われた『パンドラの煙幕』は、可潜戦艦にも搭載されていた。
そのカーボンファイバーの煙は、《ヘーゼルナッツ》から放たれた、《魔法》による高出力自由電子レーザーを減衰させる。艦まで届こうと、装甲が耐えられる出力に弱められていた。
同時に、
しかし低空の飛行戦艦にまでは届かない。きっと残りの全てだろう、『パンドラの煙幕』を投射しただけではない。空を浮かぶために煙幕に隠れるまで、海上の艦よりも時間が必要となる。
だから爆弾を投下した。普通ならば海上とはいえ、自滅を
使用したのはGBU-39
一連の攻防が終わると、周囲は濃い煙幕に包まれる。可視光線、不可視光線、電波、いかなる手段でも見通せない。
しかし二隻の艦は戦いの手を止めはしない。相手が無傷だと確信できるのに、止められるはずはない。
《ヘーゼルナッツ》は外部に露出させたキャニスターから、《トントンマクート》は
双方から放たれた煙幕は、中間地点で混ざり始めている。不可視の雲に、双方から発射されたミサイルたちは突入する。
中でそれらは驚きの攻防を繰り広げる。ケーブルを通じて《魔法》を与えられ、その形を変えた。飛行戦艦から飛び立ったのは、
すれ違いざまに、ある骸骨は手刀で首を
そうやって半数以上が減ったが、一合以上は構うことなく、兵たちはすれ違う。
そして煙幕を突破した直後には、乙女と骸骨は再びミサイルへと姿を変える。ケーブルを切り離して、目標に突入するために。
だからそれぞれの艦が稼動する。ファランクス
直線的な攻防を避けるように、大きく迂回して、
カーボンファイバーは火事と見まがうほどに盛大に噴出している。ミサイルの爆発で煙も発生している。熱で海水も蒸発している。明かりの少ない夜の海でも明確にわかるほど、空気は濁っている。
その中に《ヘーゼルナッツ》は突っ込んで、敵艦との距離を詰める。空中静止も可能だが、航空機の翼同様、形状によって揚力を得ているために、基本的には動き続けることが前提の艦だからだ。
それに
センサーは利かない。《魔法》は使えない。だから搭載火器による純然たる火力勝負だ。相手が見えていない状況下だが、空を飛ぶなら下を、海を行くなら上を、攻撃するのは得意なのだから、やたらめったら撃っても命中するはず。普通ならば。
砲声が、銃声が、爆発音が、途切れることがない。遠雷などとはほど遠い、花火工場の火災事故でもまだ小さい。
遮蔽物にされていた沖ノ島の島々は、巻き添えで原型がわからないほどに破壊されていく。無人島であるため、人的被疑は問題ないが、これらの島々は修験道の修行場でもある聖地だ。なのでその音は、神々の怒りにも匹敵するのかもしれない。
鳴り止んだ頃には、交錯した二艦は再び白煙から姿を現す。さすがに無傷とは言えないが、どちらもまだ正常に稼動している。しかも艦体が《魔法》の光を
加えて一度仕切り直す気か、飛行戦艦は高度を上げてそのまま南下し、可潜戦艦は島を大きく回り込む航路を取り始める。
『次元が違う』という言葉を使うのもおこがましいが、そう称するしかないだろう。現代軍事の常識を凌駕というより、逸脱した戦闘だった。しかもこれは実質、少年少女たった二人の仕業なのだ。機械の自動化が進んでいるとしても、複数の搭載兵器をほぼ同時に、なおかつ無人航空機まで操るという、理解できる人間でも信じられない戦争だろう。
戦局はほぼ互角と言える。空と海、全く異なるフィールドで活動する戦闘艦であっても、使っている基本戦術は同じだった。
△▼△▼△▼△▼
「は、は、ははははは!!」
少年は哄笑する。
「Wonderful! bastard 《Queen》!(想像以上だよ! 出来損ないの《女王》!)」
常に比較の対象であった最新鋭兵器に、自分が劣っていない安堵に。
己が上回ることができるという、根拠のない自信に。
虐殺し、脱走し、彼女を追って日本までやってきたことが、無駄ではなかった確信に。
「Thank you! "fixer"! I think so, I'm excellence ! (ありがとう、『フィクサー』! やっぱりボクのほうが強い!)
信じた人物は、まるで『魔法使い』だと、確信を共にする愉悦に。
最高の楽しみを与えてくれることに、早計な喜びに打ち震える。
△▼△▼△▼△▼
「被弾箇所一五〇八……全て銃弾や破片のみ。レーザーも表層を焼いただけ。損傷は軽微」
《ヘーゼルナッツ》のコクピットで、《魔法》による走査結果を表示したスクリーンを眺めて、野依崎は冷静にひとりごとを呟く。
その横で
「この艦もお前も、とんでもないな……」
「なにがでありますか?」
「なにもかもだ……特に、攻撃を全部予測したのか?」
破壊力の大きい攻撃のみとはいえ、あの状況で防いだなど、事実であっても信じられない。空を浮かぶ技術の都合上、《ヘーゼルナッツ》は《トントンマクート》よりも遥かに大きいのだから。上に向かって砲撃し、
なのに野依崎は、致命的な攻撃だけとはいえ、全て迎撃した。爆風や砲撃でわずかに煙幕に穴を空けて周囲を観測し、少ない情報から正確に予測して。
自身も《
理解のつかない思考回路と能力に、恐怖心が沸き上がる。
「あの程度予測できないようでは、株で大損するであります。暴落の予兆なんて、ほんと些細でありますよ?」
「うん。平常運転でズレてるフォーに安心する」
あっけなく引くレベルだが。『それができれば苦労しない』と、多くのトレーダーを敵に回しそうなセリフを吐く辺りに、いつもと変わらない見方ができる。
決して『化け物』などとは、人造の《
「それで、これからどう戦う気だ?」
気を引き締めて、十路は問う。
先ほど行われた交錯しながらの砲撃・爆撃戦は、なかなかの賭けだったはずだ。被害はもちろんのこと、初撃で最大の攻撃とばかりに、搭載されている弾薬の大半を消費している。
それでも《トントンマクート》を撃沈することは叶わなかった。
「……面倒であります」
野依崎も眉間に
「不利か」
「四六か、三七くらいで。飛んでいる分、こちらは不利になるでありますし、それに――」
「相手が潜水していては、な」
「先ほどまでは、通常艦を少々上回る程度の戦術でありましたが……艦の特性を発揮されると、どういう戦術を取るか読めないであります」
振り返り、背後の様子を確かめると、黒い艦影は盛大に白い泡を発生されて、その身を海に沈めようとしていた。
飛行していれば、隠れる場所はない。なのに相手は、下に隠れることができる。敵艦も武装は制限されるが、こちらの攻撃手段は大量の海水に阻まれてしまう。
それにバッテリーの問題もある。相手はなにも消費せず海に浮かぶことができるが、こちらは宙に浮くだけで大量の電力を消費している。潜水することで、消費は五分五分程度になっているかもしれないが、長期戦になれば不利は否めない。
「
「普段は成層圏を飛行してるでありますよ? そんなもの搭載しているはずないであります」
「ってことは、この艦、対潜能力がないのか?」
「どうすれば潜水艦との交戦を想定するでありますか……いざとなれば高出力の《魔法》で、目標海域を蒸発させれば済む話でありますし」
「その手段、今ここで使うなよ……」
幸いなのは、索敵能力は多少なりとも上と思われること。水面で
だが上空から様子を眺めているだけでも、海の変化は察知しやすい。
一気に畳みかけようと勝負に出てくるか。それとも奇策を
「まぁ、相手の出方がわかれば、なんとでもなるであります」
つまり、モグラ叩きとなる。いつでも振り下ろせる攻撃を準備し、敵が顔を出すのを待つ。
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