050_1620 書き綴ろう、無価値にして無謀なる戦記をⅢ~超高速仕事術~


 魔術師女王と妖精剣士は互角か。否、彼女たちはまだ本気を見せてはいないから、その判断はまだ早い。

 彼女たちは《魔法使いソーサラー》と呼ばれる超人類なのだから。魔術師女王は既に《魔法》を行使しているが、体内に《魔法回路EC-Circuit》を形成しているため、外からではわからない。

 だから時間を経て、絶句から徐々に立ち直った観客たちは、次に期待する。


『女王様!』


 しかし横槍が入った。

 三番目の登場人物は二人の中間地点に、深く膝を曲げて出現した。盛大な音が響く、ステージを支えるタイヤが軋む衝撃だった。

 観客の多くはその登場に驚いた。暗い中、しかも注意を払っていない状態では、瞬間移動でもしてきたような唐突さだったから。少ない人物は不審に思った。どこからか落下してきたことは推測できても、周囲には足場となるようなものがないのだから。

 まさか近くの建物から飛び降りたなど、想像できるはずもない。


『もぉ~、困るじゃないですか』


 声変わりを迎えていない『少年』の声をスピーカーから響かせ、ゆっくりと立ち上がるその人物は、かなり小柄だった。先ほどの兵士たちと同じ鎧兜を身につけ、一般兵を示しているが、同時に特殊な立場であるとも示している。両腰にたずさえている得物は剣ではなく、直角の握りがついた棒だった。国を示すものか、紋章が特徴的な前垂れスカートを身に着けている。


 つつみ南十星なとせ――《格闘家ストライカー》。


 妖精剣士の一文紹介同様、彼女の《魔法》を使った狂人的な戦術を示す《狂戦士ベルセルク》という通称は、やはりパンフレットに相応しくないと記載されていない。


『また勝手に戦い始めるのは、止めてください』

『うるさいのぅ……我が身を守る要などあろうはずなかろう』

『万が一ということもあります。そうでなくても女王様の勝手を許すと、大臣や将軍から私が怒られるのですからね?』


 掲載された写真のような、天真爛漫てんしんらんまんな少女の面影は、舞台の上には見られない。少年は小姓のような存在なのか、しかしそう捉えるには親しげな言葉を、魔術師女王に投げかける。

 ちなみにこの役が決定された際、誰もなにも感想を言わなかった。イメージにかけ離れていることもなく、また演劇は彼女が一番詳しいのだから、なにも言えない。


『ともかく、ここは私めにお任せを』


 元々中性的な雰囲気を放つ彼女が、完全に『少年』になり切っていれば、文句など出ようはずもない。


『ほう……お主がどの程度修練したか、拝見させてもらおうか』

『集まる兵の指示はどうするつもりですか?』

『そう時はかからぬであろう?』


 少年は剣士ではなく、パンフレットに記されたとおりに拳士だった。足を広げて腰を落とし、篭手こておおわれた拳を握り締め、妖精剣士に交戦の意思を見せる。

 同時にマイクを握り、観客に聞かせない声を投げかける。


「ナージャ姉。このまま戦ってもウケが悪い」


 少年拳士が転入前まで行っていたのは映画俳優で、すぐ側に観客が存在する舞台に立つのは初めてだが、場の空気を肌で理解した。


「だから派手にやろう」


 観客たちが期待しているのは、《魔法使い》の姿をこの目で見ること。だが、派手な殺陣たてではない。

 《魔法》を見たいがためにつどったのだ。電力温存のため、できるだけ演出に《魔法》は使わない方針だが、先ほどと同じことをしても熱は冷める。そう悟った彼女はアドリブを入れようと、腰に提げた二本のトンファーを軽く叩く。

 

「……見てる人がいますから、気をつけてくださいね」


 しばし間を空けたが反論することなく、妖精剣士はマイクから外した左手を、ドレスの中に忍ばせる。上からドレスとヴェールに身を包んだように、白い《魔法回路EC-Circuit》がおおい、更にその上から甲冑のように、夜より黒い《魔法回路EC-Circuit》が完全に覆う。


「りょーかい」


 少年拳士は手を舞台に突き、クラウチングスタートの姿勢を取り、体の痛覚が遮断されても感じる巨大術式プログラム実行の頭痛に顔をしかめる。装備を手にせずとも接触していることで、小柄な体が淡く光り、鎧の隙間から仮想の小型ジェットエンジンノズルが伸びる。

 

 次の瞬間、近くで見ていた者は、二人が消えたと錯覚した。遠くから見ていた者でも、あまりの速さに目で追いきれない。黒い姿は闇にまぎれて姿を捉えられないのは当然、青白い姿も光の軌跡を追うのが精一杯となる。

 それでも事態は把握できる。舞台から移動した彼女たちは、樹上で輪郭を明確にする。かと思えば建物の壁面に立つ。かと思えば観客のすぐ頭上で激突する。時間を停滞させた空間を足場にして。固体化させた空気成分の爆発を推進力にして。縦横無尽に駆け巡れば、音響システムを使うことなく、爆音と激音を四方八方から響かせる。それを追って観客たちは、バラバラの方向に首を巡らすことになる。

 これでも彼女たちにとっては遅い。少年拳士でも音速突破が可能、妖精剣士に至っては理論上亜光速まで加速できるのだから。

 だが観客たちにとっては、充分驚愕に値する。


『へぇ……妖精って、けったいな技使うばっかりじゃないんだ』

『人間も、わたしが思っていた以上にやりますね』


 再びランウェイに姿を現し、不敵な声を投げかけ合う二人に、しばし無言を挟んだ後、爆発的な歓声と拍手が沸き起こる。


『お゛ぉ……あの速さでもナイゾーハレツするんだ……』


 だから幸いにも、少年拳士の口から漏れたひとりごとは、かき消された。


小童こわっぱなれでは少々荷が重いようであるな』


 一時停止した劇は、拍手が止んだ頃合に、魔術師女王が進めていく。


『女王様。先ほど申し上げたとおりです。の妖精、なかなかのつわものですので、ここをお離れください』


 背後からの呼びかけに振り向かないまま、少年拳士は慇懃いんぎん無礼に答える。


『ならぬ。其奴そやつのせいで、無辜むこの民が何人も死んだのであるぞ。あだを討たねば』

『お気持ちは理解できますが、そういうのは私たちにお任せください』

『本音を言うてみぃ』

『人外相手に己の力がどこまで通用するか、確かめとう存じます』

『一度はなれに譲ったのだ。それで仕留められなければ、わらわの番であろう』


 二人とも言葉は事実であり本心なのだろうが、彼女たちの口元は凶悪に歪んでいる。この王にしてこの兵あり。双方とも猛獣の風情で獲物を取り合おうとしていた。


(ンで? ナトセさん、どーすんですわよ? 今のアドリブでハードル上げてません?)


 しかし内実は違い、魔術師女王は責任者としての言葉を放つ。《魔法使いの杖アビスツール》と接続したのを幸いに、脳内で音声データを作りあげて、無線で飛ばした。

 妖精剣士と少年拳士の仕合は、観客の度肝を抜いた。その意味では成功なのだが、同時に『次はもっとすごいものを見せる』という期待感を抱かせてしまった。

 殺陣たて程度ではこの空気を引っ張ることができない。次も《魔法》を使う派手な演出でなければ、ワンパターンな失敗と判断されてしまう。


(んー……)


 少年拳士は兜の隙間に指を突っ込んで、こめかみをかいて段取りを考え直す。彼女たちにとって劇の成功が目的ではなく、こだわる必要はないのだが、演劇に関わった者として手抜きを考えなかった。


(『照明』使お。使いどころ、動かしても大丈夫だと思う)


 無言裡に無線で声を飛ばしながら、少年拳士は構えを変えた。拳を開き、右手を上へ掲げて掌を見せる。左手は腰より低く掌を下に。空手の試合ではまず見ることのできない、天地の構えを取る。

 そして掲げた右手の《魔法回路E-Circuit》を活性化させる。かなり遠距離の交信だが、アマチュア無線でも可能なのだから、強力なアンテナを仮想再現するほどでもない。腕に添うように一基だけ形成されたマイクロ波ビームメーザー発信器で充分だ。


 きっと多くの観客は、少年拳士と妖精剣士が再度衝突すると予想した。しかし実態は異なった。

 昼間のように明るくなるという、誰もが予想だにしなかったであろう異変が起こった。

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