050_1610 書き綴ろう、無価値にして無謀なる戦記をⅡ~ソード・ワールド2.0リプレイ from USA 2 姫騎士襲撃 ─プリンセスナイト─~
演劇部部長――ナレーション役が下がると、物陰に隠れていた演劇部員たちが二人、別方向から舞台に駆け寄る。実際には
兵士二人が舞台に上がると同時に、情景も変化する。吹き上げられた水の幕が、草木の緑に彩られる。ただLEDの色を変えたり、カラーフィルターを通した光で照らしたのではない。むしろ照明は一度消され、水をスクリーンにしてプロジェクターで鮮明な映像が映し出された。
ただの科学だ。超科学の産物ではない。こういう技術があることは、ネットやテレビで見知っている者もいるだろう。だが幻想的な空間演出に、初めて現物を目にした人々は息を呑んだ。
『おのれ……どこに隠れてやがる……!』
『森を焼き払おうとすれば、どこから現れて襲ってきやがる……そうやってもう何人仲間も……!』
人間の領域ではない、敵の領域に遠征してきた兵たちは、剣をへっぴり腰に構えて背中合わせになり、恐れを誤魔化すために、状況説明を語り合う。それは命の危険に対するものだけではなく、未知への恐怖を含んでいた。
『大体なんだ、あれは……!』
『矢を
『あれが、魔法か……?』
『いや、妖精どもが使う、精霊術ってヤツらしい。オレも見るのは初めてだが」
『あぁ……人間には見えない、妖精の力を借りて起こす奇跡、だったか?』
『街に攻め入った妖精どもは、あれで
兵士たちは、状況説明に交えて設定説明を会話する。
彼らが戦うのは、人のような身姿を持ちながら、人智を超えた者たち。数と道具と戦略戦術という人間の強みを発揮できない、獣とは異なる個の優秀。
それが、敵となった。だから報復を行うために、人の国は挙兵した。
しかし結果は散々だったのだと、人々は無意識に理解する。
不意に大音響が響き渡る。観客たちはもちろん、兵士たちも演技ではなく素で体を震わせた。なにせ脚本を見たのは今日、役者たちは簡単な通し稽古を一度したきり、演出などは文字で説明されただけで、今が初体験というぶっつけ本番なのだから。
咆哮は、ライオンやトラといった猛獣のものではない。ゾウやカバのような大型草食動物とも異なる。それらを合成させたような、なんとも
そして三〇階立ての神戸市役所を背景にする水のスクリーンに、巨大な影が映し出される。鋭い牙の並んだ顎を開き、喉奥で小さな種火が燃えさせ、
『『うわぁぁぁぁっ!!』』
竜の出現に、兵士たちは腰を抜かす。戦意を失った彼らに、獣と呼ぶにはあまりにも強大すぎる獣は、口を閉ざして喉を膨らませる。
再び大きく開いた時に、兵士たちは灼熱の炎に骨も残さず焼かれると、誰もが未来を思い浮かべる。
『impulsus! (衝撃!)』
だが、そうはならない。凛とした女性の声と同時に、竜はスクリーンごと粉砕された。ずぶ濡れになる量ではないが、突然降りかかった
『兵たちよ! 恐れるでない!』
そして彼女は現れる。凛とした威厳ある声とともに、今夜の主役の一人が、ようやくにして登場した。
光る幾何学模様の輪が水を押しとどめ、穴が開いたスクリーンを通過する。普通の人間ならば足が砕ける高さから、速度を減速させてゆったりとステージに降り立つ。
女性的で理想的な曲線を描く体を、紫色のドレスに包みこみ、その上から
そして彼女の手には、宗教的なものを連想する、
ばら撒かれたパンフレットの中には、彼女の写真も掲載されている。しかし説明そのものは簡素でしかなく、役の説明などは書かれていない。あくまで《
コゼット・ドゥ=シャロンジェ――《
役を一言で示すとするならば、悪か。独善的な、排他的な、攻撃的な、侵略軍事国家の
しかし単純に断ずることはできない。周辺国には恐れられ憎まれるが、国内では人々に富をもたらそうとする。自己にも他者にも厳しいがために、恐れながらも敬愛される。
ある男子高校生はこの役に『部長って王位継承権持ってましたよね? 即位したらこんな覇王になりそう』と感想を述べた直後、顔面パンチを食らった。あるオートバイは練習する彼女に『コゼットなら地を丸出しにするだけで役作りは充分じゃ?』と言った途端、蹴り倒された。向かい来るものには容赦はしないが、こちらから攻める気はない。しかも彼女の母国は立憲君主制で即位しても政治権限はないので、この役は不本意なのか。
『まずは
しかしスクリーンにアップ映像で投影される、カメラが捉える女王は、可憐な唇を動かし、気を抜くことはなく女王の役を全うする。
『
ドラゴンの映像はもう映っていない。つまり女王の一撃で粉砕され、敵はひとまず存在しないはず。
更に身分を考えれば、自分たちが守るべき存在のはず。しかし物理的にも社会的にも、遥かな強者からそう命じられれば、彼らは従うしかない。兵士たちも戸惑いを見せたが、やがて吹っ切るように
観客たちが、次になにが起こるのかと探すまでもなく、新たな登場があった。スポットライトが完全に舞台と違う場所を照らし、それはすぐさま移動をする。
光の柱に照らし出された人物は、インラインスケートで公園に踏み込んできた。事前に土の地面は踏み固められているため、氷上の如く滑らかに滑走する。それどころか踏み切り、
手足を広げて長身を魅せ、緩やかなループを描いて流すような近づくと、観客たちは
不安定な足元にも関わらず、一回転して手の力で飛び乗り、彼女は舞台へと本格的に立つ。
草色の膝丈ドレスの上から、女王同様に簡素な甲冑を身につけている。ただしその腰には、鞘に入った剣を帯びている。
夜の照明では白銀に輝いているようにも見える、
『お初にお目にかかります。人間の女王』
クニッペル・ナジェージダ・プラトーノヴナ――《
白兵戦では片刃剣と居合を使う『侍』だが、素手でも戦える『
《
『
そして劇上での彼女を、魔術師女王が説明する。
『本来
『あらら。森の同胞たちからは人間かぶれとはよく言われますけど、人間からはそのように呼ばれていたのですか』
白金の髪、紫の瞳、不健康なまでに白い肌。ただ外国人というだけではありえない、現実離れした色彩を持つ彼女が妖精とは、相応しい役どころだった。ある女子中学生からは『なんか違くね? エルフとかって大抵ひんぬーじゃん。ぼいんぼいんなのはダークなので』と言われ、続けてある男子高校生からは『妖精ってかなり幅広い意味だろ? ヘタれたサッキュバスとか、そっちじゃないか?』と言われ、しばらくガレージハウスの隅で三角座りしていたが。
そんな舞台裏は、観客たちがこれまでもこれからも知ることはない。普段以上に威厳ある魔術師女王が、あまり普段と変わらない緩さを見せる妖精剣士に語りかける。
『兵たちを
『
そして装飾杖を構えて近づき、普段の彼女たちとは違う冷酷を吐く。
『死ね』
知っている者ならば鋭く突き出される石突きは、ある青年の銃剣術を想起する。かと思えば
対し妖精剣士は腰の剣を抜く。一般販売されている模造剣などではなく、刃入れがされてないだけの鉄剣だ。本来これも銃刀法に触れるが、今回は特例ということで警察のお目こぼしを受けている。
槍となって襲い来る石突きを、火花が散して
押される力を力を利用して距離を開き、妖精剣士はヘッドセットのマイクを握る。
「部長さん、本気すぎますって……!」
小声は慌てさせていても、セリフ以外の声をスピーカーに乗せないよう、気をつける余裕はあるらしい。
「ごめんなさい……! でも、手加減できないんですわ……!」
魔術師女王も同様にマイクを握り、
荒事が多い部活動なので、多少は鍛えてはいるものの、インドア派で体を使うことが苦手な彼女は、ここまでの近接戦闘技術を持ってはいない。なのに妖精剣士を
身体制御
自分の肉体であっても思い通りに動かないことは、タンスの角に小指をぶつけた際にでも思い知るはず。だから3DCGアニメーションやロボットの動作プログラムのように、肉体を完全に生体コンピュータの操り人形にして動かす。負荷に耐えられる範囲ならば、誰かの動作を一〇〇パーセント再現することも簡単にできる。
ただ問題なのは、手本となった動作だ。参考にした二人は、素人目には実戦さながらの激しい訓練を行い、それ以外は本当の実戦と、致傷する気満々の動きしか見せない。そのため彼女も危険な
「仕方ないですねぇ……防御、大丈夫ですか?」
「えぇ。でも、フェイントは勘弁してくださいな。対処できませんもの」
しかし妖精剣士は、その二人と渡り合える技量を持っている。
今は足元に不安があるため、ため息で緩んだ顔を再び引き締め、模造剣を握り締めて。
『はあっ!』
今度は妖精剣士から踏み込んで、剣を片手で振るう。長さは彼女が普段使う得物より短いながらも重いはず。しかし違いを感じさせない柔剣が発揮される。刃のない剣でも触れればきっと肌を斬り裂く、惨劇が容易に想像できる苛烈な攻めだった。
『くっ……!』
魔術師女王の口から、無意識の
しかし関係ない。感情とは裏腹に、《魔法》は防御どころか合間合間に攻撃を織り交ぜる。
刃のない剣が幾度も銀の三日月を描き、《魔法》の輝きを宿す装飾杖が複雑な光の軌跡を残す。撃音を響かせ、タイミングを合わせて二人は飛びのき、冷や汗を流しながらも憎まれ口を叩く。
『理術の禁に触れた者は、武術までも扱わねばならないのですか? それとも人の身で
『フッフッフ……妖精。
『あらら。それは失礼しました。森の同胞よりは、人間という存在を存じておりますが、さすがにそこまで詳しくは存じ上げておりませんもので』
まだ開幕序盤だというのに、観客たちは絶句した。人垣で直接見ることができずとも、水のスクリーンに映された映像であっても、目と口で輪を作っていた。
もう演技ではなかった。時代劇や中世ファンタジー映画などでも、ここまでの
魔術師女王が手加減できないから、妖精剣士が手加減するという考えはなかった。彼女も本気になり、本物の殺し合いを見せる危険な演技を選択した成果は、間違いなくあった。
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