050_0920 不本意な誕生日・非日常Ⅶ~死霊の王~


 十路とおじたちが建物を飛び出した瞬間、ガラスの破砕音、金属の軋み、そして悲鳴を聞いた。

 ショッピングモール南東に併設されているミニ遊園地、そこに建つ観覧車が傾ぎ、不自然にゴンドラを揺らしていた。


【フォーが交戦しているのですか?】


 さすがに緊急呼び出し以上の詳細は、コゼットから無線で聞いていなかった。建物を回りこんで海に出て、タイルで彩られた岸壁を走りながら、小さな驚きを漏らすイクセスが、ディスプレイに画像を表示させた。

 分解されたのか。観覧車の支柱中ほどに《魔法回路EC-Circuit》が巻きつき、大きく破損している。そして空を浮く野依崎が、ホイールに背中を預けて、肩と脇から青い噴射光をほとばしらせている。


「ゴンドラ拡大」


 指示と共に、映像の焦点が移動する。同時に十路は舌を打つ。

 事件現場と遊園地とは、若干じゃっかんながら距離をへだてている。しかも観覧車の性質上、この短時間では避難が間に合うはずない。園内にも数多くの来園者が存在し、ゴンドラにはまだ客が乗っている。

 ギネスに乗るような大観覧車ではない。しかしそれでも巨大な遊具を、映画のスーパーヒーローのように野依崎がたった一人で支えていた。

 そして動きを封じられた状態で、彼女は一方的な攻撃にさらされている。

 腕を変形させたものとは異なる。《魔法》の輝きを帯びているが、やはり長大なむちを叩きつけられる。更には固体空気の砲弾と思えるものにも襲われる。衝突インパクトの瞬間、《魔法回路EC-Circuit》が形成され、直撃を回避していたが、それでも衝撃に歯を食いしばり、露出した肌に切り傷を作っている。


「詳しい説明は後だ。とにかく空のアレが敵だ」

【敵性 《魔法使いソーサラー》確認。了解】


 その野依崎を離れて見下ろす位置に、顔に残虐性を浮かべた七海子が浮遊している。足場にするように《魔法回路EC-Circuit》を発生させているが、肉鞭となっていた腕は元に戻っている。

 少女相手に衆目ある場で戦闘を行った反応を想像し、顔をしかめながらも、十路は指示を新たに出す。


「堤十路の権限において許可する! 《使い魔ファミリア》《バーゲスト》の機能制限を解除せよ!」

【OK. ABIS-OS Ver.8.312 boot up.(許可受諾。絶対操作オペレーティングシステム・バージョン8.312 起動)】


 握り締めたハンドルバーと、足を置くステップから、手足に《魔法回路EC-Circuit》が形成される。十路のコンピュータ人工知能イクセスが接続されて、人機一体を成す。

 行く手にはショッピングモールから避難したが足を止め、遠巻きに《魔法使いソーサラー》たちの戦いを見守る人垣がある。だがブレーキはかけない。


「部長! 俺が引きつける間に救助を!」

『了解!』


 コゼットは持っていたアタッシェケースを持ち替えて、空けた片腕できつく腰に手を回してくる。


「イクセス! スタビライザー! 飛び越えろ!」

【OK. EC-program 《Kinetic stviraiser》 decompress.(了解。術式 《動力学安定装置》解凍)】


 《バーゲスト》は機体各所に、重力制御の《魔法回路EC-Circuit》を発生させ、偽装のエンジン音を一層高らかに響かせた。

 人垣の最後尾は、観覧車に奪われていた目を背後に向けて、突進してくるオートバイに慌てふためいた。しかし知ったことではないと、十路は前輪を浮かしてそのまま直進する。

 傍から見れば大惨事交通事故が起きた瞬間、大型オートバイが空を駆ける。Z軸プラス方向へ重力を発生させて、足場なく跳んだ。


「一番、機関砲! 二番、衝撃グレネード!」

【EC-Program 《Thermodynamics chain-gun》《Thermodynamics Grenade-discharger》 decompress.(術式 《熱力学機関砲》 《熱力学擲弾発射筒》解凍)】


 驚きと共にあおぐ人々を眼下に、新たな指示を与えると、仮想の武装が装備される。利き腕側に一本の銃身と六基の回転機関部が、逆手側には短砲身と機関部が、それぞれ形成された大気を吸気して砲弾を作成する。

 そして重力制御を徐々に元に戻し、サスペンションを派手に縮めて着地し、後輪を滑らせターンしながら停止する。振り落とされるようにコゼットは、恐れることなくシートから飛び降りた。


 十路は分離した発射桿ハンドルバーを空中に向け、光の兵器を従えさせる。網膜投影される情報に従って、ブレーキレバーとクラッチレバーを引く。

 子供相手だろうが容赦はしない。『氷』とはいえ、超音速で発射すれば人体程度は容易に貫く弾丸を、機関砲チェーンガンで連射する。七海子が反応して迎撃するところに、《魔法回路EC-Circuit》に包まれた氷砲弾グレネードを射出。近接信管式で起動し空中で爆発する。

 距離があるため大したものではないが、腹に響く爆音と衝撃波が、地上にも届く。急激な温度変化でもやが発生し、七海子を包み隠した。


 その隙に、回転受身を取ったコゼットが、膝を突いたまま《魔法》を大規模に使う。


「《金枝篇/The Golden Bough》!」


 社会人類学者ジェームズ・フレイザーが記した研究書のタイトルと共に、まずは《魔法》の光がはしった遊園地が隆起し、コンクリートが樹木と化して生えた。金枝ヤドリギのように観覧車の鉄骨に絡みながら、見る間に成長して全体で支える。野依崎の力だけで支えきれず、徐々に傾いでいた崩壊は停止した。


「乱暴なのは勘弁願いますわ!」


 続けざまに命令が次々と与えられ、《ガルガンチュワ物語/La vie tres horrifique du grand Gargantua》による土塊つちくれの腕が伸びる。木にる果実をもぎ取るように、ゴンドラを掴み取って地上に降ろす。乗っている人間が負傷するほどではないにせよ、無防備な時間を短縮するため、フリーフォール程度の急降下で着地させた。

 すぐには反応はなかった。しかし地上に降ろされた理解が及ぶと、ゴンドラに乗っていた人々は悲鳴を上げ、外に飛び出す。着地衝撃に変形したか、扉が開かないゴンドラもあったが、職員や近場にいた男たちが窓を割り、無理矢理扉をこじ開けて、避難が進んでいく。


「あークソ……変装したまんまじゃ、なんか調子出ねーですわね」


 そちらに意識を半分残しつつ、小さく毒づいたコゼットは、髪を青白く光らせ、一瞬で見慣れた金髪に戻した。ピンクブラウンの染料が剥ぎ取られ、如何いかなる手段かストレートヘアが癖を持つ。


「気合入ってますね」

「ガチでる気みてーですもの」


 問う十路も、答えるコゼットも、言葉を発しなかったイクセスも、理解している。センサーが反応を捉えている。いまだ白煙が晴れていない中に、七海子の反応があるのは勿論だが。


「ですね!」


 十路は発射桿ハンドルバーを掲げて、仮想の機関砲チェーンガン榴弾発射筒グレネードランチャーを。コゼットは立ち上がりながら装飾杖を地面に突き、周囲を変形させた高射砲を作り。

 ほぼ真上から、高速でセンサー領域内に突入してきた物体を、迎撃する。

 攻撃命中を確認したが、固体空気成分と石程度の砲弾では、破壊できなかった。なにかは勢いをほとんど殺すことなく、レンガタイルを破壊して、少し離れた場所に地面に突き刺さる。

 それだけ。ゆえに不気味な静けさが訪れる。悲鳴や避難の呼びかけは聞こえるが、異変は終わったのではないかという素人考えで、少なくない一般市民が足を止めて注目する。

 十路が油断なく発射桿ハンドルバーを構えた先の物体は、ミサイルではない。熱・大きさ・巡航速度が異なったので、彼は最初から除外して考えていた。だが、ほとんど変形せずに着弾した物体は、完全に予想の埒外らちがいだった。


「棺桶……?」


 アジア圏の直方体ではない。西洋で使われる、いびつな六角形のものだった。ただひとつ、ふた中央の宝玉らしきものを除いて飾りは存在せず、黒檀のようにも見える反射を放っている。


「いいえ……」


 コゼットがささやきで否定する通り、本当にただの棺桶であるはずがない。そうならば迎撃破壊が成功し、着地の衝撃で自壊している。


「そいつは《魔法使いの杖アビスツール》であります!」


 野依崎の叫びを証明するように、棺桶が稼働した。シリンダー音を鳴らし、わずかな隙間が作られる。

 そして猛烈な勢いで、黒い粒子を噴出した。任務で世界各地を見た十路ならば、熱帯で見たコウモリの群れや蚊柱を連想する。ガスの噴霧とは異なりとどこおることなく、流砂のような微音を轟かせ、意思を持って広く周囲に満ちる。

 それだけでは終わらない。棺桶から《魔法回路EC-Circuit》が発生し、金属粒子が蛍のように《魔法》の光を帯び、複数個所に集まって形状を作る。輪郭りんかく曖昧あいまいな、隙間がある激細の人型に、同じく発光する『剣』を握っている。

 これまで度々の目撃証言で、神戸に騒がせていた存在だ。まだ場を離れなかった人々は、怪異の出現に驚きを漏らす。


【『死霊』……】

「やっぱり《魔法》による現象か……」


 イクセスも十路も、直接確認は初めてだが、昨夜遭遇している。更には先ほど樹里の警告もあったため、動揺はない。代わりに、これまでの情報とは決定的に異なる事態に、緊張感を高める。

 今度は一体どころではない。目ではすぐさま数えられない、センサー反応では五二もの『死霊』が出現したために。


「ウソでしょう……?」


 コゼットは顔を引きらせている。昨夜出現した『死霊』の映像は、彼女も見ているはずだろうが、直接の確認で正体を理解できたらしい。

 センサーの反応では、先ほど散布された数億の粒子を、《魔法回路EC-Circuit》が内包している。十路には事実以上のこと、効果が理解できない。


「部長。あれ、なんですか?」

群知能SIシステム制御による、粒子状の《ゴーレム》ですわ……しかもこれだけの数を同時操作だなんて……」


 説明を受けても、十路には彼女の戦慄が理解できない。優秀な《ゴーレム》使いでもあるコゼットでも、これだけの数を操作している場面は見たことがないため、操作数に畏怖しているのかと思ったが、それだけではない様に感じる。


「すごいことなんですか?」

「なんかの映画で出てきた、液体金属ロボットよか厄介ですわ。半分気体なんですもの」

「似たような術式プログラム、部長も持ってませんでした?」

「複雑さが段違いですわよ。しかもどんな処理してんのか、この数……わたくしが同じ術式プログラム持ってたとしても、二、三体がせいぜいと思いますわ」

「そりゃまた……」


 コゼットが抱く脅威が、ようやく十路にも理解できた。

 生半可な手段では、破壊不可能なのだ。粒子密度を変えることで、固体状にも流体状にもなる。それを操作できるということは、物理的接触は完全に相手の任意となる。こちらからは触れないが、向こうから接触でき、害することができる。

 強烈なエネルギーを与えれば、一時的に行動を阻止できるかもしれないが、すぐに修正も可能。本格的に破壊しようと思えば、攻撃手段はおのずと限定され、被害も拡大する。

 金属粒子を散布したのは、きっと操作を効率的にするためで、そこら辺にある物質でも不可能な理由はない。ならば製作や操作は、通常の《ゴーレム》よりも自由になる。襲われる側からすれば、撃退も逃走も難しい、ホラー映画の怪物じみた存在になる。

 しかもそれが集団で存在する。効率的に処理していようと、敵 《魔法使いソーサラー》の生体コンピュータ演算能力は、平均を遥かに上回っているのは確実だ。

 更には持続型の《魔法》を広範囲で展開されると、空間中の《マナ》が相手に支配され続けているわけだから、《魔法》実行に制限を受ける可能性が考えられる。今は開けた場所なので問題にはなりにくいが、場合によっては他の《魔法》が使えなくなる。


 目前の《死霊》集団は、死霊魔術師ネクロマンサーを倒さない限り、決して止められない不死の兵たち。複雑な作業を要求され、莫大な電力を消費し続け、その割に効果は地味。無意味と考えてしまいそうだが、デメリットを上回るメリットを持つ、非常に高性能な《魔法》なのだと。


(イクセス。《棺桶あれ》を破壊できると思うか?)

【相手がどう対応するかが不明ですが、破壊自体は充分可能でしょう】


 十路は口には出さず、機能接続しているイクセスと思考で打ち合わせしておく。

 最良は《魔法使いソーサラー》本人を叩くことだが、どこからこの《魔法》を放っているのか、《死霊》の反応がノイズとなって判然としない。

 ならば《死霊》の維持を中継しているだろう、《棺桶》の破壊を目論もくろむ。ただし大量の爆薬を抱え、下手に破壊すれば一帯が焼け野原になる可能性もあるため、実行は様子を見てから。

 《魔法使いソーサラー》だけなら少々強引な手段も使えるが、一般人がまだ完全避難していない今はできない。多少距離をへだてれば、最早対岸の火事だと無意識に考える危機感のなさに、十路は内心で舌打ちする。

 そして彼が危惧したように、高みの見物など許されない。


「そっかぁ」


 ようやく拡散したかすみから、少女が姿を現す。下から攻撃した十路たちには目もくれず、油断なく宙を浮く野依崎に、熱意の冷めた顔を向ける。

 七海子は変化していた。

 身の丈近い杖を握り、山高帽を乗せて燕尾服を着ているように見える。しかし肩や袖口、肘や膝には、装甲を兼ねていると思われる部品が存在する。野依崎の装束ハベトロットとの共通点を見出せる、異形の正装だった。

 とはいえ、会った時の格好はTシャツにスカートだったのだから、野依崎のように隠せるはずはない。あれは本物の《魔法使いの杖アビスツール》ではなく、触腕にした肉体変異の応用ではないかと十路は見る。


「『クィーン』はこうでもしないと、戦う気ないってこと?」


 言うなり、七海子が杖を一振りする。

 静止していた戦場が動き始めた。《死霊》たちが一斉に、音無く滑るように移動する。

 しかし十路もコゼットも無視して脇をすり抜け、遠巻きに見ていた一般人たちへと向かう。


「そっちですの!?」


 無駄だと理解しているだろうが、進撃を止めようとコゼットが《魔法》を実行する。地面を操作し壁を作っても、《死霊》は勢いを止めぬままに避け、槍を作って直接攻撃してもすり抜ける。

 だからすぐさま苦痛と驚愕の悲鳴が、そこかしこで上がる。《死霊》の剣が、逃げ惑う一般人の背を斬り裂き、腰を割り、脚を貫く。

 負傷で転倒した人々に構うことなく、《死霊》たちは別の人々に襲い掛かる。無造作におぼろな骸骨が剣を振るうと、なたで切り開かれるやぶのように、次々と倒れ伏していく。意図した致傷か不明だが、油断ならない重傷には違いなくとも、数分で生死を分ける致命傷でないのが、せめてもの幸いだった。

 

「風力砲! 威力調整任せる!」

【EC-program 《Aerodynamics riotgun》 decompress.(術式 《空力学暴徒鎮圧銃》解凍)】


 独自判断で機体をターンしたイクセスに指示を出し、十路は発射桿ハンドルバーを構える。《死霊》相手に有用な攻撃手段と今の距離では、一般人を巻き添えにしてしまうため、至近距離から衝撃波で吹き飛ばす以外にない。

 作られていく阿鼻叫喚に《バーゲスト》で追いすがり、十路は《Aerodynamics riotgun(空力学暴徒鎮圧銃)》を放ち、《死霊》に大穴を空けながら抜く。肋骨部分を消し飛ばすと、さすがに制御に支障を来たすのか動きを止めるが、すぐに元の形状に戻る。


「《魔女に与える鉄槌/Malleus maleficarum》!」


 コゼットも駆け寄りながら、新たな術式プログラムを実行する。

 ただの物質ならば、到底女性の細腕で持てるはずない。柄を伸ばし、打撃部内で黒い粒子が渦巻く、《魔法回路EC-Circuit》で構成された巨大なハンマーを《死霊》に振り降ろす。

 すると《死霊》を粉砕した。傍目には無関係な一般人ごと叩き潰したかに見えたが、影響は選別して光る骸骨のみにしか与えない。

 粒子密度を操作することで、見た目通り叩き潰すハンマーにも、巻き込んだ物体を切り刻む粉砕機ミルにもなる。先ほど十路が挙げた《魔法》――群知能SI応用半実体インパクトクラッシャー術式プログラムだ。

 同じ粒子群でも、非現実なほど巨大なハンマーと骨格標本をぶつければ、操作している粒子量と接触面積が違いすぎる。すなわち干渉は相殺そうさいではなく一方的になり、《死霊》を構成する粒子を吹き散らし、四散させた。こうなれば再度術式プログラムを実行して、《死霊》を新たに作るしかない。局所的な衝撃波で粒子を押しのけるよりも、長い時間を稼げる。


「クソ……!」


 非公式特殊隊員として、常識離れした経験を数々積んだ十路でも、全く経験がない異常事態にほぞを噛む。

 敵を無力化できない。

 いくら《魔法》を使おうと、その場しのぎにもならない攻撃とわかっている。しかし他に手段がない。十路は防衛線を作ろうと、衝撃波で乱射し、人々が逃げる時間を稼ぐ。散々避難勧告を行っていたのにと再度舌打ちするが、今更だ。


「きゃっ!?」


 無秩序な混乱の中、少女の悲鳴がハッキリと聞こえた。転倒したその姿には見覚えがあった。はぐれたか、幸いにも彼女一人だけだった。

 殺されていないことを幸いに、倒れた人々をそのまま放置している。なのに見知った人物というだけで、十路は贔屓ひいきする。


「射撃管制替われ!」


 倒れた背に剣を振り下ろそうとした《死霊》に一撃お見舞いし、イクセスに自律行動の指示を出して、十路は右手を空ける。

 体重移動で進路を示し、カーブを描いてギリギリまで近づき、転倒寸前まで車体を倒して。


「ふんっ……!」

「ふぁ!?」


 気合を入れて、ベルトを掴み上げた。

 いくら少女とはいえ、不自然な姿勢から腕の力だけで持ち上げるには重い。だがバランサーで車体が起き上がるモーメント、イクセスが気を利かせて地面へ発射した衝撃波反動と合わせて、なんとか彼女をタンク部分に引き上げた。


伊澤いさわ! なんでもっと早くに逃げなかった!」


 走りながら再度発射桿ハンドルバーを握り、腹いに乗せた後輩三人組の一人に、苛立ちをぶつける。


「そんなこと言われても……!」


 混乱と恐怖に顔を歪める後輩に、一瞬怒鳴ったことを後悔したが、それ以上は気にしていられない。

 結を乗せているせいか、今まで無視していた考えを改めたか、複数の《死霊》が二人と一台に殺到してきた。

 衝撃波だけでは迎撃できない。走りながらなので実際には異なるが、相対距離に変化ない。映画で銃撃を受けるゾンビのように、一瞬以上は動きを止めることなく、《死霊》は距離を詰めてくる。


「くそっ!」


 十路は覚悟を決めて、結におおかぶさる。

 直後にTシャツ一枚の背中で、一直線に痛覚が悲鳴を上げた。

 さらに一拍遅れて、姿勢を変えながらも前に向けていた視界が、粒子に埋め尽くされた。以前、砂漠での任務で遭遇した砂嵐を思い起こす一瞬の後、周囲の《死霊》が消え去った。


【危ないですねぇ!? 私まで研磨されましたよ!?】

「うっさい黙れクソAI! それくらい我慢しやがれ!」


 部外者の結がいても構わず、オートバイが声を荒げ、王女が丁寧ヤンキー語で怒鳴り返す。コゼットが十路たちを巻き込むように《魔法》のハンマーで援護し、取り付いていた《死霊》だけを破壊した。


【トージ、大丈夫ですか? あのタイミングでは食らったのでは?】

「『痛い』で済んでる……放置できる傷じゃないけどな……」


 遅れて傷の具合をイクセスに問われ、身を起こして自分で確かめる。背中を直接確認できないが、感覚では動きを阻害するほどではない。粗い粒子が瞬間的にのこぎりと化したか、鋭い刃物で斬られたよりも酷い、肉がえぐられた痛みだ。

 顔をしかめつつも傷は無視する。いま可能な事は、市民の避難時間を稼ぐのみ。冷静に判断しつつ十路は改めて気を引き締め、移動しながら衝撃波を乱射する。《死霊》を維持する《魔法》の有効距離は推測できないが、エネルギー放射攻撃ではないのだから、町中では限界があるはずだと見込む。

 《棺桶》を破壊できれば事態は変わるはずだが、衝撃波を乱射するのに手一杯だ。一般人を一時的に見捨てて、《Quantum-electrodynamics THEL(量子電磁力学レーザー砲)》の照射を考えた。しかし破壊に充分な出力まで高まる時間と、完了までに出る被害を天秤にかけると迷う。

 十路とコゼットだけで、いつ終わるか不明なまま、この場の買い物客全員を守るなど、土台無理な話なのに。

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