050_0930 不本意な誕生日・非日常Ⅷ~妖精の女王~


「You're full of shit...! (どこまで腐ってる!)」


 行動を変えるより前に、激怒した野依崎が動いた。見下ろす光景が、たった数秒の躊躇ちゅうちょで激変したことに、後悔するように顔を歪める。

 彼女は宙で開いた右手で天に伸ばし、《魔法回路EC-Circuit》を展開する。


「《PIXY》! Scramble! (《ピクシィ》来い!)」


 水面波のように大規模に広がった一瞬後、《バーゲスト》と繋がったセンサーに、新たに複数反応が現れる。それらは神戸市の異なる場所で一斉に出現し、一直線にこちらに急行してくる。近づくごとに、それは強いエネルギーをびた、小型の飛行物体だと察知できる。

 そして蹂躙じゅうりんした。視覚で捉えたのは、飛来してきた紫色の光が、複雑な機動を行い通過しただけ。しかし直撃した《死霊》は、小爆発を起こして形を大きく失わせる。粒子群を突っ切る際に高いエネルギーに接触させることで、本来条件が整わないと発生しない粉塵爆発を無理矢理発生させた。


 それだけに留まらない。更に飛行物体は不思議な機動を行う。四つばかりが集合して空中停止し、リング状の《魔法回路EC-Circuit》で連結される。その輪に別の機体が後方から次々と飛び込み、一気に超音速にまで加速し、地面に半ばめり込んだ《棺桶》に激突した。

 コイルガンとして電磁加速された体当たりは、二撃まではぐらつきながらも耐えた。しかし三基目の激突は、蓋中央の発信部に正確に破壊した。四基目以降は電磁加速することなく接近し、蓋と本体の隙間に突っ込み、わずかな空間を無理矢理押し広げて侵入する。同時に突入しなかったものは、取り囲むように地面に突き立ち、《魔法回路EC-Circuit》を接続する。

 内部を物理的に荒らされ、《棺桶》は演算を停止させて、《マナ》の制御という耐 《魔法》防御力が失われる。すれば容易に崩壊して穴が空き、破壊した物たちが飛び出る。その後になぜか《棺桶》は凍りつき、黒檀のような表面に霜が張る。

 直後に《棺桶》は爆発する。やはり爆薬が搭載されていたことに、反射的に十路は顔をかばったが、必要なかった。内部で爆薬を凍結させたのだろう、爆発規模は想像よりも小さい。更には別の《魔法》が実行され、地面が火山のように隆起し、衝撃波の大部分を強制的に上へいなした。


「んな……!?」


 あっという間の出来事だった。中継器となっていた《棺桶》が破壊され、立ち直ろうとした《死霊》たちが、あっけなく輝きを失って消滅した。十路が覚悟を決めようとしたのが、馬鹿らしいほどに。

 

 《棺桶》の破片がひとしきり落ちてから、野依崎は浮遊を停止し、少し離れて着地する。破壊を行った物体は、《魔法回路EC-Circuit》をまとうまま、彼女の周囲で待機する。

 それは手のひら三つ分ほどの大きさ。青白い《魔法》の光の下は、滑らかで複雑な形状を持ち、低視認性ロービジ塗装のグレーに塗られている。

 そして機首を下にし、四枚の翼を見せ付け、直立している。

 だから十路は理解できた。一度だけ見た、かつて彼を援護してくれた物体は、戦闘機ではない。諸般の事情で近い形状になったが、異なる意図で造形されたと。

 妖精を意匠化させた物体なのだと。


「こっちも冗談でしょう……? 九基同時接続どころか、もっと多いって……しかもクラスタリングで《魔法》……?」


 《死霊》に続くまたしてものコゼットの畏怖いふは、今度は問うまでもなく十路にも理解できた。

 《魔法使いの杖アビスツール》は一人にひとつ。人間は複数のことを同時に考えられないから、多数持っても大して有利にはならない。そして並列思考ができたとしても、大きな意味を持たない。

 それが《魔法使いソーサラー》の基本原則だ。あくまで基本で、常に二基使う南十星なとせのような例外も存在し、十路も《魔法使いの杖アビスツール》と《使い魔ファミリア》を同時接続したこともある。

 だが、ここまで数が多いとなると、ありえない。


 それだけでなく、外部出力装置としての使い方が独特すぎる。

 コゼットが漏らしたクラスタリングとは、分散処理システムの一種だ。複数のコンピュータを接続し、全体で一台のコンピュータであるかのように扱う。複数のモニターを並べることで、ひとつの巨大な画面として扱う、マルチモニターシステムのイメージが手っ取り早いだろうか。

 大きさから考えても、あの《魔法使いの杖アビスツール》の性能が低いことは、《付与術士エンチャンター》でなくとも一目瞭然いちもくりょうぜんだ。ナージャの装備も小型だが、機能が極端に制限された特化型だから実現できるサイズだ。だが野依崎がこれまで発動した、力学制御の異なる複数の《魔法》を見ても、標準的な汎用性を備えている。

 だから複数と機能を接続し、出力と負荷を分散して、標準的な《魔法使いの杖アビスツール》と同程度に性能を引き上げている。

 元々ひとまとめなら、『そういうもの』として扱えるから問題ない。だが複数個別に同時操作し、状況に合わせて機能的に合体・分離させるとなれば、難易度は格段に上がる。思考で操作できるとはいえ、人間がマニュアル操作できるものではない。

 これがどういうことか、わかりやすくたとえるのは難しい。《魔法使いソーサラー》の十路でも、どうすれば可能なのか想像もできない。

 チェスや将棋において、自分の手番に複数の駒を動かすような。あるいは駒を重ねて別の駒に変身させるような。それとも相手陣地で駒が分裂するような。戦場の常識を壊す《魔法使いソーサラー》の、更に上を行く非常識・非現実なやり方なのだから。


「一基足りない……?」

「あ……」


 野依崎のつぶやきに、コゼットが我に返り、空間制御コンテナアイテムボックスを操作した。アタッシェケースが割れて飛び出す機械の腕が、同じ物を取り出す。それはすぐに《魔法》の光を帯びて宙に浮き、野依崎の近くで制止する。

 なぜ持っているのかと、野依崎は疑問を浮かべてコゼットを見たが、問わずに計一六基の《魔法使いの杖アビスツール》を従えて、敵を見上げる。


「お前……くだらない事のために、民間人を巻き込むのでありますか」


 収まらぬ怒りを、『《妖精》使い』は低く漏らす。


「ボクにとっては、『くだらない事』じゃない」


 『《死霊》使い』は無邪気な残虐性を消し、憎悪に見える感情を返す。

 直後唐突に、人形めいた動きで視線を大きく動かした。敵であるはずの野依崎が見ているにも関わらず、全く別の北部山側を見る。

 その理由は、十路のセンサーも捉えた。実際に感知した物体よりも先に、異変が接近したが。


『タ~~~~――』


 頭上通過後に遅れてきた聞こえた、間延びしているが周波数が狂った声で理解できた。

 時間を停滞させた空間を足場に、黒い人影が空中を駆けて突進した。《ダスペーヒ》発動中は、通常の感知方法ではセンサーに映らないため、先じた彼女は察知できなかった。


『――ッチッ!!』


 駆け寄ったナージャは、七海子に腕を突き出した。殴ろうとしたのではなく、《魔法使いの杖アビスツール》を押し付けようとしたのは、意図はともかく十路にも理解できた。

 だがそれより一瞬早く、燕尾服の少女はみずかちりと化した。


『捕獲失敗! 来ますよ!』


 白煙から新たに《死霊》が飛び出して、粒子状の剣を振るう。それに構うことなくナージャは、海上から陸上へと更に逃げる。

 代わりに《死霊》たちの相手は、時間差を置いて飛来してきた少女二人が行う。


「《雷火》実行!」


 樹里は目標を定めない至近距離からの雷を鞭として振るい、高圧電流で形状維持に誤作動させる。


「どーっせーい!」


 南十星は突きと共に爆発を起こして吹き飛ばし、紫電をまとう蹴りで機能阻害を起こす。

 二人も空中を蹴って後ずさり、十路の前に着地して、戦列に参加する。しくも総合生活支援部員が、ハーバーランドに集結した。


「電話がなんだか不穏そうだったので、急いで来ましたけど――って、大丈夫ですか!?」


 樹里が遅れて、十路の傷に気づいた。


「そこまで深い傷じゃないから、治療は後でいい」

「なんで結までここに……」


 オートバイに腹這いで乗せられている友人に、疑問の視線を投げかけたが、答えを求めたものではない。彼女はすぐさま視線を上に向けて、説明を求める。

 彼女の視線の先には、《妖精》を従える、普段と違う姿の野依崎がある。


「一体なにが起こってるんですか?」

「俺もよくわかってないが、どうやらフォーの『ワケあり』な事情らしい」


 国家に管理されない《魔法使いソーサラー》たちの部活動に、参加するに相応しい過去。それが追ってきたゆえに始まった、人為的大災害。

 支援部員たちの宿命が、また開始されただけのこと。

 だから白煙を見据え、樹里は警戒して身構える。南十星とナージャは最初から、目を離していない。


『邪魔が入ったから、今日はここまでかな』


 屋外なのになかなか拡散しないが、ようやく白煙が薄まった頃合に、スピーカーを通した七海子の声が響く。

 《死霊》の姿はない。代わりに奇妙な物体が宙に浮いていた。十路たちは初めてだが、学院にいた樹里たちは見た、骨格の形状をした短杖だった。それを通じてどこからか声が届けられる。


『だけど、クギ刺しておかないとね』


 誰かが死ぬのも構わない。世間体も秘匿ひとく性も関係ない。少女は最初からそうだった。野依崎だけが目的で、他はどうでもいいという態度だった。

 支援部員が集合して尚、明らかに一人に向けられた言葉に、野依崎が警戒したまま問い返す。


「クギ……?」

『また『クィーン』が逃げたら、全部壊す』

「ウクライナの二の舞をする気でありますか……!」


 応えず短杖は沈黙する。代わりに頭蓋ずがい眼窩がんかが赤く点滅する。


「またか!」


 推測しての行動よりも、経験に順じた方が早いに決まっている。なにが起こるか察知した南十星は、足元で爆発を起こして飛び出した。


「ナージャ姉!」


 そして浮かぶ短杖を掴み、眼下へと投げ下ろす。


「はい!」


 待ち構えていたナージャは受け取りざまに、自身の《魔法使いの杖アビスツール》を接触させる。時間を停滞した空間をおりにして閉じ込めた。


「ナージャ、自爆か?」

「えぇ。学校でも同じことが。核兵器クラスの爆発を起されました」


 十路はセンサーに改めて注意するが、短杖を遠隔操作していたであろう電波は感じない。

 七海子と名乗っていた少女の姿もない。人間ではないのであれば、白煙の元となった物を、短杖を介して操作し、少女のように振舞わせていたのだろう。

 いくら専用装備を用意したとはいえ、痕跡が察知できない距離からの遠隔操作など、聞いたこともない。《魔法》は、既存兵器の常識を超える遠距離攻撃が可能だが、実際に《マナ》を操作できるのは、せいぜい有視界範囲というのが定説だ。

 ともあれ終わったかと、十路は思ったのだが。


「Bullshit! (ふざけるな!)」


 だが野依崎は激怒し、両手を突き出した。右手は上に、左手は前に。応じて《妖精》たちの八基は上空へと散らばる。残りの八基は列を成して海へ突っ込む。

 十路は理解した。野依崎は、どこかにいるはずの《魔法使いソーサラー》を探るため、広域探査を行っているのだと。空では三六〇度、電波と光学的探知を。水中ではきっと機能を連結させて、磁気と音で。

 部員たちが見守る中、野依崎はまぶたを閉じて意識している。しかしいくらも経たずに見開いた。


「Got it!!(そこかぁ!!)」


 腕を戻すと、散った《妖精》たちもまた帰還してくる。

 そして両手を海へ突き出すと、一六基全ての《妖精》たちが連結して稼動する。更には野依崎のハベトロットとも《魔法回路EC-Circuit》を連結させる。

 前方に巨大な仮想の砲身が形成された。その中ほどから背部に四本の突起が、着地している今は格納された、野依崎の新たなはねのように伸びる。


「あれって……」


 樹里が問われるまでもなく、十路も《魔法回路EC-Circuit》の機能について考えた。野依崎は自主的に説明する性格ではないので、自分で推測しないとならない。

 形成されている砲身は、きっとレーザー発信器。背後に伸びたのは、重イオン粒子加速器コライダー。十路も使える《魔法》だが、形状が異なるため、推測にしばし時間が必要だった。


「レーザー圧縮中性粒子ビーム……!」

「つまり荷電粒子砲ですか!?」


 SF作品ではお馴染みであるが、再現は相当に難しいとされる。しかし超最先端科学技術の使い手 《魔法使いソーサラー》ならば可能な、最強の部類に入る高々出力攻撃だ。

 相当に乱暴な言い方をすれば、荷電粒子砲とは、放水を超圧縮・超加速したものだ。蛇口にホースを繋いだ程度ではなんとも思わずとも、圧力と速度を高めれば、高圧洗浄機や消防車に匹敵する。金属を切断する工業用機械ならば、もっと高い圧力と速度が必要になる。それを更に高めていけば、完全に兵器になる。

 実際は当然ながら、発射するのは水ではない。電荷を付加させた粒子であれば、なんだっていいが、普通は重金属の粒子を使う。今回は大量散布されたのだから、《死霊》の元になっていたものを使っているに違いない。

 亜光速にまで加速された粒子が直撃すれば、原子核が破壊されて消滅するのだから、どんなに分厚く頑丈な装甲であっても防げない。更には大気の摩擦熱でプラズマ化し、莫大な熱量を生む。発射する粒子量次第では、戦略兵器クラスにもなる破壊が行われる。


「部長! 耐熱耐衝撃防御!」

「だぁぁチクショウ!」


 十路の指示どおり、コゼットが悪態をつきながら、大規模に《魔法》を行使する。野依崎の射線を除いて、岸壁が坂状に隆起する。壁を作って受け止めるのではなく、被害をらす形へと。

 その根元に部員全員が身を寄せる。


井澤いさわ! 頭上げるな!」

「ふぁ!? また!?」


 十路もわざと《バーゲスト》を転倒させながら、結を車体から引きずり降ろし、スライディングで遮蔽しゃへい物に飛び込む。


「《C.mcpq》 Firing.(《荷電粒子線照射装置》発射)」


 退避を待っていたか、直後、野依崎が無慈悲に脳内で引金トリガーを引いた。

 レーザー兵器が実用化されつつある現代でも尚、荷電粒子砲がフィクションの領域を出ない理由は、いくつか存在する。そのひとつが収束性と直進性だ。ホースの口を押さえたところで、放水を完全に直進させることはできない。同様に粒子ビームも、大気衝突や地磁気や重力で直進しない。

 アニメなどでは同一の描写がされるが、粒子線兵器は光学レーザー兵器とは根本的に違う。どこへ飛ぶか予測できない兵器など、危険すぎて使えない。

 その問題を打破し、現実化できる原理はただひとつ。それが中性粒子ビームと呼ばれる。プラスの電荷を付加させた粒子と、マイナスの電荷を付加させた粒子を混ぜ、電気的に中和してから、光の圧力で圧縮して発射する。


 発射直後に衝撃波が周囲を襲う。結の体を抱きかかえ、薄い背中に顔を押し付けるように伏せているが、発射桿ハンドルバーを握ったままで《バーゲスト》と接続している十路には、壁の向こうが理解できる。

 野依崎は、粒子の中性をわざと崩して発射した。地球の大きさに合わせて弧を描かせ、わずか四キロ先の水平線を超えて、見えない攻撃目標に届かせたはず。

 そして大爆発が発生した。音の遅さを実感する間を置いて、強力な衝撃波が頭上を駆け抜ける。離れた場所からはガラスが破砕された音が響き、沿岸地域の被害をしらせてくる。


 充分な時間を置き、今度こそ終わったと判断し、十路は物陰から首を伸ばす。

 野依崎は海底火山噴火のようなキノコ雲に目をやったまま、海に突き出していた手をゆっくりと下ろす。《魔法回路EC-Circuit》が消滅すると、バッテリー切れを起こしたか、《妖精》たちは落下して地面を跳ね返る。


「……逃がしたでありますか」


 そして忌々いまいましそうに漏らす。攻撃前のように広域探査したわけではないのに、確信ある言い方だった。


 不気味な静寂が訪れる。いつしか部員全員と結も、野依崎に注目していた。

 《魔法使いソーサラー》たちの沈黙は、驚きの感情によるもの。これまで積極的に部活動に参加せず、《魔法》の行使を見せたことがない彼女が、巨大な破壊を放った。それを目の当たりにして、純粋な驚きを浮かべている。

 一般人の結が発しているのは、恐怖を含んだ沈黙だった。兵器としての《魔法使いソーサラー》を初めて目にした時の、よくある反応だ。

 どちらにせよ、まずいと十路は思った。あくまで直感によるもので、理由は全くわからなかったが。

 この空気は、容易に踏み抜いてしまう薄氷だと感じた。


「木次、負傷者の治療を。数が多いから優先度選別トリアージ

「ふぇ? あ、はい!」


 だから仕事を与え、余計なことを考えさせず、正当な理由でこの場から離れさせる。


「ナトセさんとクニッペルさん、大阪湾内で船の被害が出てるかもしれませんから、ひとっ走りしてくださいな。海上保安庁と連携して、可能なら救助も」

「あいよっ」


 同じことを考えたか、コゼットも指示を被せた。

 その際ナージャは、《魔法》で保管したままだった骨杖をコゼットに渡す。


「はいこれ、自爆した《魔法使いの杖アビスツール》です。まだアツアツで、中で放射性廃棄物になってると思いますけど」

「アホかぁ!? 無造作に渡そうとすんじゃねーですわよ!?」


 コゼットはしばし対処を考えた様子を見せたが、南十星が取った方法と同じと知るはずもなく、《魔法》で石の腕を作って一時的に閉じ込めた。


(こっちはこれでまぁいいとしても……)


 寝かせた《バーゲスト》を引き起こし、十路の視線は、いまだ呆けている結に向く。


「伊澤。月居つきおり佐古川さこがわは?」

「…………え?」


 カチューシャで押さえたショートボブを揺らし、にぶい反応で振り返った。


「今からここは警察・消防・マスコミ大集合で、騒動になる。はぐれたなら合流したほうがいいし、俺たちと一緒にいると面倒なことになる」

「わかりました……」


 衝撃的なことが続いたためか、精神的にも足元も覚束おぼつかない様子だが、時間が経てば正気に戻るだろう。

 倒れた怪我人を見渡す限り、あきらや愛は直接の被害者になった様子はない。連絡がつけば、彼女たちが結をなんとかするだろう。少なくとも衝撃を与えた元凶が一緒ではないほうがいい。


「部長――」


 今回の件は相当に危険だ。

 コゼットの時とも、南十星の時とも、ナージャの時とも――樹里の時とも、違う。単に身柄と命だけが絡む問題ではない。

 そう予感するから十路は、コゼットにも場を離れる口実を作ろうとしたのだが。


「ハイハイ。警察と消防が来るまでに、訊かなきゃならねーことあるでしょう……ウチの部じゃご法度はっとですけど、そうも言ってられねーみてーですし」

「聞かないほうがいいと思いますけどね?」

「保護者ヅラすんな。子供扱いすんな。ナメられてるみたいでムカつきますわ」


 当の本人が、織り交ぜた正当性と責任感を、美貌を歪めて拒絶した。まず十路が聞いてから判断する、フィルタリングを行おうとしたことも、感づかれている。

 こうなれば彼女は絶対に退かない。それに異常事態の経験量はともかく、実年齢では彼女が大人なのだから、そう言われれば反論できない。

 十路は怠惰たいだなため息を漏らして、気分を改めて、ランドセルユニットを負う背中に呼びかける。


「フォー」


 今回の戦闘は、謎が多すぎ、異様すぎる。

 犯罪は通常、人目のある場所で堂々と起こるものではない。衆目を集めることを目的とするテロ行為も存在するが、社会の暗部に生きる《魔法使いソーサラー》の領域とは異なる。

 少女の形をしたモノを、『No.735 バロン・シミテール』と呼んだ。そして彼女は『クィーン』と呼ばれ、普段は『フォー』と呼ばれている。

 直接相対した相手は、《魔法》で操作された《ゴーレム》で、人間ではなかった。


 十路としてはお断りしたいが、深入りしないとならない。巻き込まれたトラブルを切り抜けるために、敵と事態を知らないとならない。


「お前は、何者だ?」


 だから暗黙の了解を破り、間違いなく深く関わる前提事項をまず問う。


「JCS Genetic engineering strategic arms conception――《Moon child》 project prototype No.44 (アメリカ統合参謀本部 遺伝子工学戦略兵器構想 《ムーンチャイルド》計画 試作実験体No.44)」


 小さな背中が応えたのは、後悔。

 平坦な声に込められたのは、諦観ていかん


 振り返らないままだが、意外にも素直に少女は自己紹介する。

 偶然で生まれでた者ではなく、意図して人の手で作り出された物。


暗号名 コードネーム妖精の女王クィーン・マブ》」


 正真正銘の人間兵器と。



 △▼△▼△▼△▼



「続報が入ったよ」

恐喝カツアゲしたンだろォ?」


 東京では、別行動していた男女が合流し、情報交換を行った。

 まずは女が集めた情報から。


「一ヶ月近く前に、フォート・ディリックで酷いことになったらしいよ」

「どんくれェヒデェ?」

「実際見たら、当分トマトと肉が食べられなくなるんじゃない?」

「全員屠殺とさつかよ……ガキ一人抑えきれなかった――いや、押さえ込もうとしやがった、と言うべきか」

「多分そんなところ。よくこれまで情報を隠せたと思うよ。漏れてたらもっと早くに行動できたのに」

「あっちのガキはよく知らねぇが、俺が知ってる頃から、悪い話しか聞かなかったしなァ」

「それで、その『あっちのガキ』と支援部員ウチのコたちが、神戸で交戦したみたい」

「なにィィッ? ジュリは!? ジュリは無事なのかァ!?」

「当人から連絡あったから、大丈夫だと思うけど……もうひとりの子は気にならないの?」

「アイツもかァ? 直接交戦とは珍しいな……?」

「というか、支援部員ウチのコたち全員で撃退したっぽいよ」

「五人も《魔法使いソーサラー》引っ張り出したか……」

「五人……? あ、そか」

「ア? なんだ?」

「いや、なんでもない。うん。なんでもない」


 続いて男が集めた情報も。


「それで、リヒトくんのほうは?」

「どーもハッキリしねェ。やっぱ支社長なンぞシメ上げても、ェしたこと知らねェな」

「ふぅん……」

「ただ、フェニックス計画プロジェクトで打ち上げたロケット、やっぱ隠蔽いんぺいしてやがンな。話が食い違ンだョ」

「作業用ロボットと資材運搬をワンサカねぇ……?」

「つーかツバメ、テメェが警戒してやがンのは、ファルコンか?」

「まぁ、そんな感じ。そんな馬鹿なって思いたいけど」

「アメリカ軍も今回の件で、ケツに火ィ付いたもんな……だから《ムーンチャイルド》は止めとけッつったのによォ」

「今更だよ」


 そして今後を話し合う。


「で、どうする気だァ? オレはほとンど収穫なかったけどよォ」

「確証がないから動きにくいんだけど、手遅れにならないよう、やれるだけのことはやっておかないと……」


 女は考え、男に策を伝えた。


「リヒトくん。神戸に帰る予定を変更して、名古屋で途中下車してくれない?」

「ハァ?」



 △▼△▼△▼△▼



「Fu...Dangerous. I had no idea come to attack here.(危ないなぁ……まさか、こっちに攻撃してくるなんて)」


 ディスプレイの淡い光が照らす暗い室内で、苦笑じみたわらい声が発せられた。

 彼は衝撃でガラスボードに散らばったスナック菓子を寄せ集め、その一枚をタッチデバイスを装着した手で口に運ぶ。


 そしていま一度、わらう。


「Now...Let's Killing.(さぁ、ろうよ!)」

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