050_0910 不本意な誕生日・非日常Ⅵ~光機動飛翔兵器 武装妖精フェアリア~


 破裂音は一度では済まない。ショーウィンドウに叩き付けられた野依崎が、床に着地する前に再び衝撃に襲われる。流れ弾で分厚いガラスが粉砕され、小さな体に破片を降りかける。


「いきなりでありますね……」


 だが大したダメージには至っていない。上から襲い掛かった追撃を、《魔法回路EC-Circuit》がおおう手で掴み取った。


「しかも触手とは、気色の悪い……」


 野依崎はゆっくりと身を起こし、隠すことなく嫌悪を口にする。


 七海子ななみこと、その足元が変形していた。

 まずは彼女が立つ足元の、模造大理石が変形し、白煙を上げる銃口を複数作っていた。物質を変形させて、銃口と銃弾を作成し、大気成分の昇華か化学反応爆発で発射した。

 そちらはまだいい。仕組みが単純であるため、数多くの《魔法使いソーサラー》が使えるものだから。少女が《魔法使いソーサラー》であるなら、疑問は残るが異様ではない。

 問題は、野依崎が掴み取った、七海子の腕だ。一〇メートル近く距離が開いているにも関わらず、二人は接触している。

 七海子の右手は指を失い、細く長く伸び、むちと化しているために。野依崎のワンピースが弾けたのは、それが振るわれたからに相違ない。


「触手って、日本の文化なんでしょ?」

葛飾アーティスト北斎ホクサイも描いた、由緒正しいHENTAI文化でありますが、現実で喜ぶ奴はいないであります」


 明るい口調が変わらない七海子に、野依崎は力任せに肉鞭を手繰たぐる。《魔法》を使い、なんらかの力学制御で圧縮したのだろう。小さな手で握り潰しながら。

 千切れた触腕は七海子本体に引き戻され、守るように隙間ある蜷局とぐろを巻く。野依崎の手元に残った肉片は、断末魔のように一度震えた後、崩れて塵と化す。


「死体と称したのは、訂正するであります。どうやら人間のDNAとは、異なるようでありますね」


 接触した際に詳しく観測したか。手を振って残る塵を振り落とし、野依崎は立ち上がる。

 そして十路とおじの耳に、辛うじて届く小声でつぶやいた。


「『ヘミテオス』……?」


 ショッピングモールが凍りついている。唐突に始まった超常の戦闘を理解できず、誰もが棒立ちして少女二人を注目している。


「――!」


 最初に我を取り戻したのは、コゼットだった。いつの間にか取り出した装飾杖 《ヘルメス・トリスメギストス》を地面に突き、三次元物質形状制御クレイトロニクス術式プログラム《ピグミーおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Pygmy》を実行する。


「逃げなさい!」


 《魔法》の輝きが床を疾走し、遮蔽しゃへい物となる壁がいくつも立ちはだかる。更には七海子同様に足元を銃に変形させ、石つぶてで壁際の火災報知機を正確に射撃した。

 がなり立てる非常ベルに、ようやく空気が目覚めた。買い物客たちは無秩序な悲鳴を上げ、出口へと殺到する。


「三人とも、逃げろ。建物を出ても安心するな。できる限りここから離れろ」


 十路も背負った後輩たちに振り返る。


「一体なにが……」

「これが《魔法使いおれたち》の世界だ」


 驚愕と困惑か。超常の情報過多と常軌の情報不足により、本能的な恐怖が表に出たか。声と肩を細かく震わせるゆいに、端的な硬い声を返して、彼女たちを出口へと押しやる。


「部長。イクセスに連絡を」

「クソAIにはもう無線を飛ばましたわよ。こうなりゃ人目なんぞ気にしてられねーですから、自律行動でとっとと来やがれっつって」


 手早いコゼットの行動に頷いて感謝しながらも、こんな時に限って《使い魔ファミリア》と離れていることに、十路は唇を噛む。


「それよか、どうします?」

「どうしたもんか、俺が訊きたいです」


 存在そのものは広く周知されていても、《魔法使いソーサラー》は社会の暗部に生きる存在だ。なのにこんなにも白昼堂々、大胆に行動するとは、十路は考えていなかった。訊いてくるのだから、コゼットも同様だろう。

 この場は野依崎に任せて、一般市民の安全を保障するのが正しいのかもしれない。しかし戦略攻撃も可能な《魔法使いソーサラー》相手では、避難誘導程度では意味がない。それなら共に戦い、早々に敵を無力化するのが一番確実となる。

 しかも目前の少女は、《魔法》で遠隔操作されている肉人形フレッシュゴーレムで、本物の《魔法使いソーサラー》はまた別に存在している。

 敵の正体がわからず、どう行動するかも予測できない。目の前に集中していたら、別方向から意表を突かれる可能性もあるため、周囲にも気を配らないとならない。


 ひとまず二人の対峙を見守りながら、十路は《バーゲスト》が到着するまでの武器代わりを探す。

 その際、床に落ちた、野依崎に買い与えた帽子が目に付いた。武器になるはずもないが、一応回収しておいた。


「お前……何者であります」

「あれ? まだ気づいてなかったの?」


 折り返していた両腕のインナーを引き伸ばし、肘部分で固定していた留め具を、改めて手首で留め直しながら、野依崎は問う。


「なぁんだ。『クィーン』って聞いてたより、頭悪くてダサいんだね」


 襟元に手を差し込み、首もきっちりと留めて、戦闘準備は完了したか。

 七海子の嘲笑にではなく、考慮していた正体に、野依崎は顔付きを更に鋭くする。


「やはりNo.735――『バロン・シミテール』」

「ピンポーン」


 直後、七海子と名乗った人外が、元右腕を目にも留まらぬ速度で横殴る。

 吹き抜けに高々と響く破裂音と共に、野依崎は斜め上空に飛ぶ。ワンピースが細切れになり、更には燃え上がった

 しかし吹き飛ばされたのではない。むちで発生する破裂音は、命中の証ではない。先端が音速突破する衝撃波だ。

 野依崎はみずから上空に逃げた。そして炎は彼女自身の仕業だった。腕輪と足環のように《魔法回路EC-Circuit》を形成させ、吹き抜けの中ほどに静止する。同時にワンピースが内側から弾け飛び、無傷を証明する。


 《魔法》の輝きか、それとも別の要素か。肉付きの薄い体にフィットした、染色された繊維を透かし、鮮やかなライトグリーンに淡く光る。

 装甲を兼ねているであろう部品が要所を覆い、装飾にも思える発信部が複数存在する。大電力と大気で電磁流体力学MHD推進を行う、背部の薄型ランドセルユニットが変形した部品が、青白いプラズマを噴出している。

 一番印象的なのは腰周りだろう。花びらのように分かれた部品がスカートとして、バレエの衣装チュチュのように広がっている。


「服型の《杖》……」

「えぇ。一般的なものとは大きく異なり、フォーさんの装備は装着型ウェアラブルデバイス。常時着用して、ジャージで隠してたんですわよ」


 思わず漏れたつぶやきに、コゼットから説明の続きを返されても、十路は驚かない。むしろ納得する。

 用心深い野依崎が、《魔法使いの杖アビスツール》を所有していないわけがなかった。


「システムに登録されていた名称は《ハベトロット》――スコットランドに伝わる、糸つむぎの妖精ですわ」


 異形の装束に身を包み、四枚の光翅はねを広げる少女の姿は、正に妖精。


「今ここでる気でありますか……」


 いまだ戦端は開かれていない。装備の上からつぶてと肉鞭で叩かれたはずだが、野依崎は反撃しない。

 いつも地下室に引きこもっているから、運動が得意とは思えない。咄嗟に考えた理由だが、十路は即座に思い直す。

 もちろん肉体的な強靭さは、戦闘行為と多いに関係がある。だが《魔法使いソーサラー》は、思考だけでも充分に戦える。ならば。


(交戦を避けようとしている……?)


 らしくないとも、らしいとも言えない。十路は野依崎と付き合いが深くない。これまでの戦闘行為ぶかつどうでも表立った参加はせず、こんな場面でどう行動するのか、思考回路を把握していない。


 迷いとも取れる野依崎のつぶやきに、七海子はいやらしく歯を見せる。


「そのためにわざわざ、日本語勉強してまで来たんだから」

「お前のワガママのために、何人の人生が狂うでありますかね……」

「へぇ? それを『クィーン』が言うんだ?」

「…………」


 十路には理解できない会話に、野依崎が唇を引き結ぶ。下から見上げていると、痛いところを突かれた反応に見えた。


「――ッ!」


 しかしすぐさま対応を変えた。プール内で壁を蹴るように、体の向きを変える。同時に四つに分かれていた光翅を集中させ、推進方法が変更された。電磁流体推進から、大気成分を冷却液化・急速加熱爆発させる、《魔法》による熱力学ジェット推進に切り替える。

 野依崎は宙を飛び、瞬時に間合いを詰める。七海子が腕をしならせ叩き付けたが、空中で避けて内懐に突入する。

 そして少女が少女を掴み上げて急上昇。屋根のガラス窓を突き破り、戦場を移動した。


「海側か」

「追いかけますわよ!」


 コゼットと共に、二人が消えた方角に駆け出す。

 幾らも行かないうちに、道を塞がれていない店の間から、偽装のエンジン音が高らかに響かせて、赤黒の車体が飛び出した。


【無人で不整地走トライアルは大変だってのに……!】

「たまには俺のありがたみも思い知れ!」


 十路は足を止めぬまま、《バーゲスト》のシートに飛び移る。コゼットも行儀悪く、リアシートに横座りで飛び乗る。

 アクセルバーを捻り、ショッピングセンターの外までの、短い距離を駆け抜ける。

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