050_0800 不本意な誕生日・非日常Ⅲ~いつかバウムクーヘンのできる日まで~


高遠たかとお先輩、ナージャ先輩……これ、なにか違うと思うのは、私の気のせいでしょうか?」


 眉間にしわを作り、子犬を思わせる人懐こい顔を歪め、木次きすき樹里じゅりは問う。


「そう? いいと思うけど?」


 額に浮かぶ汗を拭いつつ、イイ笑顔で高遠たかとお和真かずまが返す。


「思いつきですけど、よく考えてみたら、誕生日にピッタリだと思うんですよ」


 日本人には作れない、無邪気でコケティッシュな笑みを浮かべて、買い物から戻ったナージャ・クニッペルも返す。


「や。スポンジ代わりにバウムクーヘンっていうのは、まぁいいです。ナージャ先輩が言うように、年輪っぽくて誕生日ケーキらしいって理屈も、理解できます」

「じゃあ、なにを問題にしてるんですか?」

「部室にある備品ガラクタで、本格的に手作りしようっていう発想です……」

「だって、専用の道具なんてありませんし、部屋じゃ焼けないじゃないですか」

「や、そうですけど……」


 学院にいる三人は、支援部部室前に石を組んでかまどを作り、買ってきた炭で火を起こして、バウムクーへーンを焼いていた。付け加えるなら、樹里が針金を曲げた泡だて器と、パラボラアンテナの残骸で練った生地を、ナージャが古いコップに接着剤で棒を貼り付けたお玉で塗りつけ、和真が切り出した竹の芯を回転させて、だが。


「樹里ちゃんだって、昼飯作るのに似たようなことしてたじゃない」

「や、それもそうですけど……」


 和真が言う通り、昼食を作った際にも同様に備品ガラクタを食器にしたが。汚れは徹底的に洗い落とし、プラズマ殺菌までしたが。

 なにか違うと樹里は思ってしまう。誕生日パーティの準備に、なぜ身近なものをなんでも利用する、サバイバルな風情がただようのか。


「あ。和真くん。炭の中に手を突っ込んでください。魔女裁判並みにガッツリと」

「ナージャさん!? リンゴとイモをひっくり返せってだけですよね!? 言い方に悪意を感じますよ!?」


 しかも炭火の隅で、アルミホイルに包まれた塊を埋めて、おやつに焼き芋と焼リンゴを作っている。学校で火をおこすこともどうかと思うのに、やりたい放題だった。


「どのくらいまで育てましょうかねー。それなりの大きさが必要なんでけど」


 バウムクーヘンの生地を垂らしながら、ナージャが誰ともなしに問うてくる。

 生地を塗って焼いてまた塗っての繰り返しを、既に五回行っている。固めに作った生地が層になっているはずだが、いわゆるマンガ肉のような状態にはまだ遠い。

普通に売られているものと比べても薄いのに、ケーキの土台にするなら、もっと厚くする必要があるのは誰でもわかる。


「五年生の誕生日だから……一一層にするとか」


 和真のなんの捻りもない返事に、素朴な疑問を覚えたナージャと樹里は、顔を見合わせる。


「……いま気づきましたけど、フォーさん、一一歳になるんですか?」

「や、どうなんでしょう……? 誕生日が今日とは聞きましたけど、何歳かまでは……?」


 正体不明で年齢不詳、更につばめはそこまで言っていなかった。

 詐称の問題がなくても、日本では春入学だが、世界的には秋だ。だから普通、小学五年生は満一〇歳と一一歳しかいないが、留学生の多い修交館学院では差が広がる場合がある。


「ロウソク用意してませんよね……どうしましょう」


 結局ケーキは手作りすることになったのだから、何本用意すればいいのか不明なのかも、樹里は改めて気づいた。


「ま、いざとなれば備品ガラクタに入ってた、お土産っぽい和ロウソク使いますか。あれ確か二〇もんめで、三時間くらい火がつヤツのはずですけど」

「…………」


 樹里は口をつぐむ。このフリーダムでロシア人なのか疑いたくなる先輩にも、リサイクルショップ並みになってきた部室にも、もう突っ込まない。


「?」


 その代わり、というわけではないが、気づく。

 脳内センサーで反応を察知していた物体が、真っ直ぐ部室に近づいてくることに。


 しばらく様子をうかがっていると、坂道を登る、小さな人影が見えた。

 Tシャツにハーフパンツに野球帽。いかにも小学生男子といった格好をしている。ただし活動的な格好の割に、剥き出しの手足は日焼けしていない。

 誰が見ても美少年と称するだろう。髪の短さから少年と表現するが、それを変えれば容易に少女にも少年にもなれる、幼さ由来の愛くるしさを発している。

 南十星なとせも同様の、中性的な整った顔立ちをしているが、それとは異なる。彼女の場合はハーフであるため、特有の神秘性のようなものが絡んでいる。だが少年の場合は、アジア人にしか見えない。


 少年の違和感そのものには、樹里はすぐに気づいた。


(なにこの匂い……?)


 バウムクーヘンの香ばしいさでかき消されそうだが、少年の全身から食べ物のような匂いが、普通ならば人体からは感じない濃度で嗅いだ気がする。

 それだけならば、まだいい。服や体に食べ物を落としたならば、納得できる事態だ。


「こんにちはー」


 ボーイソプラノの声を聞くと、理由不明の違和感は、更に濃いものになる。

 目には見えない警告色。保護色で周囲に溶け込むのではなく、有毒生物が毒々しさを放っていると思えてしまう。


「おやや。和真くんが好きそうな男のコですよ」

「俺ホモじゃねぇよ!? 女の子がいいよ!」

「女の子でもあれほどのレベルは、なかなかいないですよ? ほら、こうして指で隠してみると……」

「…………」

「冗談で言ってみたのに、この人本気でやってますよ……」


 ナージャと和真は、少女に違和感を持っている様子はない。目の前で指で長さを測るように重ねているのは、きっと少年の胸部と陰部を隠して見ているからだろう。

 常人とは異なる感覚で警戒してしまうので、その能天気さは、樹里には羨ましくも思えてしまう。


「ねぇ、おねーさん。ここ、《魔法使いソーサラー》のクラブだよね? ボクと同じくらいの女の子が、ここに居るって聞いたんだけど」

「女の子……?」


 距離をへだてて立ち止まった少年に、それとなく樹里は焚き火の側から立ち上がり、見下ろしてゆっくりと口を開く。


「……それを知って、どうするの?」


 樹里の中で、用心が鎌首をもたげる。なぜこんなに過度に反応してしまうのか、彼女自身、戸惑いながらも。聴覚と嗅覚だけでなく、第六感覚センサーを働かせて研ぎ澄ます。

 《魔法》を使って見れば、一目瞭然かもしれないが、《魔法回路EC-Circuit》が形成されてしまう。《魔法使いの杖アビスツール》なしで《魔法》を使うのは、相手の正体が不明な以上できない。


「んー。ボクが知ってる女の子か、確かめたいから」

「あなたの名前は……?」

「ボクは、アダシノナミゴ。『化』ける『野』原に、サンズイのナミにさとる化野あだしの浪悟なみご


 総合生活支援部を知らない学生は、修交館学院にはきっとしない。敷地もそこそこ広いため、部室の場所が知らない者は、いるかもしれない。

 だが、そんな質問をしてくるということは、きっと少年は修交館学院の学生ではない。学院全員の顔を記憶してなどいないが、見覚えがないというだけではない。

 少年が言う『女の子』とは、野依崎のことに他ならないだろう。

 そして、いくら野依崎が部活で表舞台に立っていないとはいえ、悪い意味で目立つ少女だ。同じ初等部校舎にいて、全く知らないとは考えにくい。


「和真くん。バウムクーヘン持って、下がっててください」

「へ?」


 ナージャも遅れて、樹里の緊張を理解したか、背後で立ち上がった。

 しかも、また反応が近づいてくると、脳内センサーが伝えてくる。


「たっだいまー」


 コゼットと共にプレゼント選びに行ったつつみ南十星なとせが、一人で戻ってきた。朝見た学生服姿のままだが、私用で外出した区切りなのか、お下げを下ろしてキャスケット帽を被っている。


「とりあえずさー、ぶちょーチョイスで色々買ってきたから。あとさー、ぶちょーは兄貴んトコに行っちった」


 張り詰め始めた空気など気づかないていで、南十星は舌足らずな言葉を放り込み、背負っていた空間制御コンテナアイテムボックスを肩から外す。


「んで。この子なにモンさ?」


 そして立ち止まり、少年を見下ろす。南十星もかなり小柄だが、視線はやはり下げなければならない。

 悪癖と呼ぶと当人に失礼だろうが、十路の思考回路がうつったかと頭の隅で考える。少年がどうリアクションするかと、樹里はわざと見当違いの言葉を発した。


「……なっちゃんを探して、ここに来たみたい」

「あたし?」


 顔を上げて、南十星が自分の顔を指さして、もう一度少年の顔を覗き見る。

 少年はというと、特に変化はない。というか、変化がなさ過ぎる。南十星に樹里の方をずっと見て、大人を魅了する笑みを浮かべて続けている。

 探し人が違うとも否定しない。なんだか作り物めいた、変化のなさだった。


 そこまで考えて、樹里は違和感の原因が、ようやく理解できた。

 慌てて周囲に知覚範囲を広げると、ノイズと思っていた中に、指向性のエネルギーを発見した。


「ふぅん……」


 少年の顔を眺める南十星は目を細め、胡乱うろんな息を鼻から漏らす。

 かと思いきや、彼女は正拳を繰り出した。肩を入れた容赦のない突きで、時間的にも速度的にも、誰も制止できない早業だった。


「キミさぁ? フツーじゃないね?」


 柔らかそうな少年の前髪が、拳風で揺れるに留まった。男と比べれば小さくやわいとはいえ、鍛えられた南十星の拳は、顔面に叩きつける寸前で止められた。

 少年は、全く動かなかった。なにが起こったかわからず、棒立ちになったのではない。害意に対して表情も変えず、目もつぶらなかったのは、異常と言っていい。


「《魔法》なしでわかるんだ?」


 ようやく少年が視線の先を変えて、拳越しに南十星を見返した。口元を三日月に変えて、子供が浮かべる種ではない笑みを作り。


「いんや。ただの勘。さすがに断言はできなかった」

「勘で殴る?」

「だから寸止めしたけど、思っきしブン殴ってよかったかも」


 理不尽な暴力だ。常軌を逸脱した確認方法だと、誰もが口をそろえるだろう。

 だが南十星は、己の直感に全幅の信頼を置いている。十路も一目置いている節がある。

 今この場では、それが正解だと、樹里も確信できる。


「なっちゃん……離れて」


 ゆっくりと真実を、端的に告げる。

 異常があるのではない。否、異常はある。だが、プラスアルファの要素を探していたから、すぐには理解できなかった。

 あって当然の、なければならないものが無い、マイナスの要素を感じていたのだと。

 距離が近ければ、もっと早くに感知していただろう。と情報交換できれば、もっと早く、明確に異常を発見できただろう。


「その子、生き物かもしれないけど……人間じゃない」


 正解だとでも言うように、少年は更に口角を上げた。

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