050_0810 不本意な誕生日・非日常Ⅳ~こどものなかに見えるもの~


「『ヘミテオス』って、話に聞いた通りなんだね」

「――!?」


 間違いなく樹里に向けた言葉を放った直後。

 少年が爆発した。とはいえ、自爆と呼ぶのは正確ではない。タンクに穴が開いたような猛烈な勢いで、少年から煙幕が噴出したように見える。害するほどの衝撃はなかったが、見る間に視界が白濁し、自分の手すらも見えなくなる。

 だから前方から機械動作音が発生し、後方から一瞬強い電磁波が発生する。南十星なとせとナージャが《魔法使いの杖アビスツール》を取り出して、戦闘準備を整えた。


「樹里ちゃん!」


 遠ざかった和真かずまが、部室に置いた空間制御コンテナアイテムボックスを投げる姿が、脳裏に描かれる。

 それを振り向かないまま、手を横に突き出して取っ手を掴み取る。


「ありがとうございます!」


 樹里は装備がなくても戦えるが、あるほうが便利なのは間違いない。すぐさま操作して、取り出した長杖を起動しながら構える。


「お二人とも、情報共有してください」


 現状いる部員では、ナージャが最も実戦経験豊富だ。異常事態にも慌てていない指示に、同士討ちを避けるために、簡易データ・リンクを三人で結ぶ。


「これ、なにが取り囲んでんのさ?」


 すれば明確にわかる。南十星が薄く緊張を乗せて言う通り、異様な反応が複数発生し、三人を取り囲んで円を作っている。

 煙幕で可視光線はもちろん、赤外線視覚も紫外線受信も役に立たない。電磁波感知では、《魔法》の継続発生だろう、一見無秩序にも思える反応が乱雑に感じる。

 なにか異様な音を補足する。小雨のようなごく小さな音が集合していることで、何かが動いているのがわかる。それどころか徐々に高まり、《魔法使いソーサラー》ならば聞き取れるが、常人ならば感知できない超音波域まで達した。ただし、その音波での反響定位エコーロケーションでは、明確な像を結ぶことが出来ない。

 『敵』は確かに存在している。それは感知している。しかし曖昧あいまい模糊もことして『視え』ない。


 白煙がほとんど動くことなく、淡く青白い『棒』が突き出されてきた。

 速いことは速い。しかし前もって見えていれば、常人でも避けられる速度だ。視界を遮られているとはいえ、ミリ秒単位の高速機動を経験し、超高速の再現SF兵器も避ける必要がある《魔法使いソーサラー》ならば、遅いと言える。

 樹里は慌てずに、長杖の柄で『棒』を打ち払おうとした。


「え?」


 手ごたえは全くなかった。《魔法》の維持であろうエネルギーは感知したが、それだけ。しかもさほど強烈なものでもない。

 なのに『棒』は肋骨の隙間から、肉体を貫いた。熱を感じたが、エネルギーによる攻撃ではない。尖った物体が突入して、肺に穴を空けた。


「――かはっ……!?」


 一拍後、異物感に体が反応し、喀血かっけつした。

 なにが起こったのかわからず、樹里の脳が混乱する。しかし生体コンピュータは冷徹する。

 次々と『棒』が突き出されたが、《雷撃》を複数実行して迎撃をする。一瞬で粉砕されて、更に電流通過で煙幕に小さな穴が開く。そこから淡い光で構成された骸骨が見えて、再び覆い隠された。


「なにこれ……? 剣を防いだはずなのに、斬られた……?」


 南十星もどうやら同じ経験をしたらしい。トンファーを振り回した風斬り音の後、驚きを漏らす。リンクで送られる損傷は軽微、それも起動中の《魔法》により、即座に自己修復されたので心配はない。

 樹里も傷口を再生させ、肺胞内の血液を除去し、鉄の味をかすれ声と一緒に吐き出す。


「これが、『死霊』だよ……!」

「騒動の原因ですか。お初にお目にかかりますけど、厄介そうですね……」


 送られてくるデータでは、ナージャに被害はない。だが《黒の剣チョールヌィ・メェーチ》を起動している。時間を停止させることで、この世で最も鋭い刃を形成する《魔法》だが。


「実体がなければ斬れませんし」


 無意味であると試したらしい。


「これ、《魔法》ですよね? ここまでリアルにお化けなんて、ちょーっと困りましたね」

「強行突破ってのも考えるんだけどなぁ……」

「なにか問題が?」

「コンキョないけど、なんか首切りワイヤー状態になる予感。ナージャ姉なら問題ないだろうけど、あたしじゃバラバラにされる」


 ナージャと南十星が緊張感なく話しているが、楽観できない事態だ。

 こちらからは触れることができなかった。なのに向こうからは触れて、傷つけてきた。《魔法》を知る彼女らとて、こんな現象は知らない。

 しかしオカルトではない。真相は理解できずとも、誰かの演算が介入した技だと、センサーが示している。だからナージャも南十星も混乱することなく、獣の牙を覗かせて様子をうかがっている。

 しかし能力が近接白兵戦に傾向している二人は、すぐには打つ手が思いつかない様子だった。


「防御を! 一気に吹き飛ばします!」


 だから樹里が意を決する。指示を出しながら自身も、攻性防御術式プログラム《雷陣》を実行し、体の外側に電気の通り道を作る。


「《雷霆らいてい》――!」


 長杖を天へ掲げる。どこまで広がっているのか不明だが、白煙に通信を阻害されないないよう、発信部を突き出す。

 《マナ》との接続は成功した。電力を与えて、仮想の指向性エネルギー兵器を作成する。


「実行!」


 それを真下――自分たちに向けて、発射した。

 非致傷攻撃の《雷撃》とは比較にならない。通常兵器としても研究開発されているレーザーL誘起IプラズマPチャネルCは、自然落雷もかくやという破壊力を持つ。

 電流は人体よりも通過しやすい、《雷陣》の《魔法回路EC-Circuit》を通電した。至近距離を高エネルギープラズマが通過したため、輻射熱で肌が焼けたが、《治癒術士ヒーラー》ならばどうというレベルではない。

 しかし着弾衝撃に、白煙と一緒に樹里の体も吹き飛んだ。六回転ほどして勢いを殺し、即座に身を起こして状況を把握する。 

 着弾点には小さなクレーターが空き、四方八方に広がる樹状リヒテンベルク図形が地面に刻まれている。

 その側に、影が立体化したような、人型の完全な漆黒が立っていた。


「わぉ。木次さんも、なかなか無茶しますね」


 時空間を停滞させた絶対防御 《ダスペーニ》が解除されると、南十星を抱えたナージャが出現する。南十星の《魔法》は防御に不向きなので、一緒に守ったのだろう。

 離れた場所には、突発的な戦闘をうかがっている様子の、和真の存在を感知する。白煙は吹き散り、中に存在したはずの『死霊』も消滅している。

 少年の姿もない。その代わり、彼が立っていた場所に、棒が突き刺さっていた。

 長さは一メートルもない。人工造形物とわかる質感だが、人間の頭蓋骨と脊髄せきずいを、そのまま短杖にしたようなデザインだった。


「《魔法使いの杖アビスツール》……?」


 眼窩がんかは空洞ではなく、《魔法使い》の装備が共通して持つ、発信部と思える宝玉のようなものがはめ込まれている。

 使用者は存在していないのに、それが赤く点滅し、《魔法回路EC-Circuit》を形成している。しかも点滅間隔は、時間ごとに短くなっていく。


「なんか、自爆モードっぽくね?」

「同感です」


 南十星に答えるなり、ナージャが駆けた。手にした携帯通信機器 《Пペー-シャスチ》を、象牙色の頭蓋へと叩きつける。

 すると漆黒に染まった。《ダスペーヒ》はナージャ当人への影響だが、それと同種の《魔法》で骨短杖を覆った。

 完全に内部と遮断されたため、振動も電磁波も粒子も観測できない。内部の様子を知ることはできない。

 だからしばらく後、ナージャが《魔法使いの杖アビスツール》のアンテナを引っ張り出し、《魔法》実行中の空間に突っ込んだ。停滞した時空間にわずか穴を空けて、そこから内部を観測できるらしい。

 すると、ナージャがなんでもなさそうな口調で報告した。


「中で核爆発が起きたっぽいですね」

「…………」


 樹里は絶句する。そんなものが放り込まれたのも驚きだが、その被害を完全に防いだナージャの《魔法》も規格外だ。


「困りましたね。このままずっと《魔法》維持ってわけにもいかないですけど、解除した途端、放射性廃棄物ヤバそうなのが大量散布なんですけど」

「このご時勢、ちょっちマズそーだね」

「どうしたらいいと思います?」

「とりあえず埋めとく?」

「土壌汚染で、雨降ったら大変なことになりそうですけど」

「じゃ、石にしとくか」


 南十星が地面に手を突き、体を覆う《魔法回路EC-Circuit》を延長させて、土の巨腕を作る。下から隔離された短杖を、握り潰さんばかりに覆う。

 そして半流動化して動いていた土が、圧縮されて密度を高めた。巨腕が二周り小さくなり、石のオブジェと化す。これで故意に破壊されない限り、中身が露出することはないだろう。


「後始末は部長さんに頼むしかないですね。それに《付与術士エンチャンター》なら、《魔法使いの杖アビスツール》の残骸から、色々と調べられるでしょうし」


 樹里の感覚センサーでも、周囲に異常は見られない。戦闘は終わりだと、ナージャが携帯通信機器の電源を落として、スカートのポケットに収める。


「あたしたち、どっかの誰かに遊ばれたらしいね」


 南十星もならい、トンファーをベルトのホルスターに収めて、投げ捨てた空間制御コンテナアイテムボックスへ格納する。


「遊ばれたって……本気で殺すつもりだったとしか思えないよ?」

「ホンキで殺す気なら、『死霊』を相手してる最中に爆発してんじゃない?」

「…………」


 確かに南十星の言う通りだと、樹里は眉間にしわを作ってしまう。

 支援部員はいつどこで、命や身柄を狙われても不思議ないとはいえ、襲撃してくる相手には理由があるはず。しかし、こんな中途半端な襲撃では、よくわからない。


「ナージャ……本当に《魔法使い》なんだな」

「ほえ? 和真くんの前で《魔法》使ったの、初めてでしたっけ?」

「あぁ。子供の頃の検査じゃ引っかからなくて、最近になって《魔法使い》だってわかったって割に、なんかやけに慣れてないか?」

「あー。支援部に入部した経緯、そういう設定にしてましたっけ?」

「設定って……」


 避難していた和真が戻ってきて、ナージャと会話する。戻ってきた日常に、勝利も敗北も実感ないが、ひとまず撃退した。樹里の華奢な肩から力が抜ける。


 しかし気を引き締めて、携帯電話を取り出す。

 少年は、野依崎を探している風だった。ならば彼女と一緒にいるはずの十路たちにも、手が伸びる可能性がある。

 電磁破壊されていないことを祈りながら、樹里はボタンを押した。

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