050_0700 不本意な誕生日・非日常Ⅰ~ボールジャグリング百科~


 ギリギリまで隠し、そして、予想通りの展開になった。


「ギャーーーーッ!! 嫌であります!! 絶対に嫌であります!!」


 ハーバーランド内にあるショッピンセンターの一角で。

 女性陣が着せ替え人形にしようと、専門店に引きずりこもうとしたら、無気力さをかき消して野依崎のいざきしずく(仮名)が絶叫する。


「あぁ、もう! 暴れないの!」


 ジャージ小学生を、井澤いさわゆいが羽交い絞めにして、店に引きずりこもうとする。


「井澤さん……その、あまり……」


 それを止めようと、せめてもっと穏やかにと、佐古川さこがわあいはオロオロしている。


「これなんてどうだろうか……」


 月居つきおりあきらは既に店内で商品を物色し、凛々しい風貌からは予想できないチョイスで、フリフリ子供服を手に取っている。


 なんだかカオスだった。

 関わりたくないのか、それともまずは後輩たちに任せるつもりなのか。傍観するコゼット・ドゥ=シャロンジェが、ピンクブラウンの髪をいじりながら、ポツリと漏らす。


「あの子、やはり脱ぎたくないんでしょうか……」


 野依崎が常にジャージを着ているのに理由があり、それを察している言葉だった。

 格別の意味なくつつみ十路とおじが視線を向けると、どう解釈したか、コゼットが怪訝そうに問うてきた。


「気づかれていませんでした? あの子、いつもジャージの下に同じ服を着ていますけど」

「部長? 小学生女児の胸元覗きこむ男を、なんて呼ぶか知ってます?」

「それもそうですね……ごめんなさい」


 自分はロリコンではないという遠まわしな反論は、即座にコゼットは理解してくれた。だが。


「緑色の服を着てるのは、見たことありますけど」

「…………」


 『見てんじゃねーですのよ結局ロリコンかア゛ァン?』とでも言いたげな、コゼットの険悪な猜疑さいぎの視線は無視して、十路は考える。

 野依崎がジャージの下になにか着ているのは、彼女が頭を下げた時や、上から見下ろした時に、注目せずとも目に入る。あとついでに昨夜部室で彼女が入浴 していた際、その服があったのも見ている。

 だが『服を着ている』以上の感想は抱かなかったので、注意を払っていなかった。そして今もそれ以上は気にせず、四人を改めて眺める。

 樹里の友人たち三人と、コゼットの間に親交はないだろうが、互いに顔は知っている様子である。

 そして女性の服、それも子供服ともなれば、十路に理解できない。

 更には女性の買い物なら相場だろうが、長引く予想しかできない。

 というか十路が居ても、財布プロデューサー以上の仕事はない。


「部長。別行動していいですか?」


 だから押し付けることにした。とりあえずは一時的に。


「堤さんの提案ですから、キチンと責任を持って監督して頂きたいですが……なにか御用がございました?」

「ポートタワーの駐車場にバイク置いたままだから、取ってきたいんです。近くの美容院の予約入れてますから、もし時間かかるようなら、そっちもお願いしたいんですけど」

「それなら仕方ありませんね」


 携帯電話で店の情報を見せると、コゼットは一瞥いちべつして軽くうなずく。

 そして離れる、その前に。


「あと。俺にまでプリンセス・モードだと、ハッキリ言って気色悪いんですけど」

「クソ面倒でもわたくし知ってる連中いて地ィ出せっか……!」


 余計な言葉にほんのわずか地を覗かせて、小さなドス声で王女様が毒づいた。



 △▼△▼△▼△▼



「大人しくしてろよ」

【イタズラされない限りは了解です。たまにいるんですよね】

「……まぁ、その時は仕方ないか」


 港ひとつ分だが、最寄の駐車場に《バーゲスト》に移し終えて。

 十路は完全にひとりで、遊歩道として整備された、タイルの敷き詰められた岸壁を歩く。

 久しぶりのことだ。マンションは学院に近く、生活必需品や食料品も近くで手に入るため、学院数キロ圏から出ることもない。仮に出たとしても、部活の用事であれば、樹里と共に《バーゲスト》に乗って出る。

 だから完全にひとりになるのは、本当に久しぶりだった。


 違和感を覚えながら歩いていると、小さいながらも人垣に出くわした。その真ん中で、派手な衣装で着飾ったストリートパフォーマーが、コミカルな音楽に合わせて、ジャグリングを披露していた。

 なんとなく足を止め、子供の後ろから演技に注目する。

 パフォーマーは、筒に板を乗せた上でボール三個をお手玉する、バランス芸ローラーボーラーと合わせて披露している。


 十路もジャグリングができ、初心者を卒業している。

 とはいえ、芸としてはつたない。ジャグリングはお手玉だけでなく、浮く杖デビルスティック中国独楽ディアブロ三組の箱シガーボックス皿回しスピニングプレートなどの演目、バランス芸も含まれる。バルーンアートやマジックなども行うパフォーマーもいる。


 パフォーマーが板から飛び降り大きく手を広げ、フィニッシュを決める。大歓声とは言えないながらも拍手が沸き起こる。

 演目に区切りがついたところで、十路は歩き出そうとしたのだが。


「そこの方。すみませんが、お手伝い頂けませんか?」


 パフォーマーにハッキリと目を合わせて、呼び止められてしまった。観客たちも一斉に十路に振り返る。

 ボールを手渡して欲しいと、パファーマーは人の背丈ほどもある一輪車を持ち上げて見せ、ジェスチャーで伝えてくる。


(なんでわざわざ俺……?)


 もっと背が高い観客もいるだろうに、わざわざ平均身長の自分に頼まなくても。

 そう思いつつも、注目された中で断るのも妙な気がする。仕方なく首筋を撫でながら、人波を割って前に出る。


 そして沸き上がった悪戯いたずら心のままに、受け取ったボールでお手玉してみる。ただ宙に浮かせて受け取る基本技カスケードだけでなく、投げ方を順繰りシャワーに変え、逆回転リバースカスケードに、更に交互投げジャグラーテニスに変えて、足を通して投げアンダーザレッグ、高く上げて一回転してキャッチする。

 お手伝いに呼び出されただけなはずの、目つき悪そうな兄ちゃんが、いきなりパフォーマンスし始めたのだ。観客たちはポカンとしていたが、やがてまばらな拍手が起こった。


「…………」


 すると、パフォーマーが表情を消して、一輪車を地面に置き、商売道具を詰めているだろう鞄を探る。ボーリングのピンに似たクラブ三本だけでなく、フットバッグという拳ほどのボールを出してきた。


(あ、ヤベ……)


 調子に乗った後悔をしても、もう遅い。心に点火してしまったらしいパフォーマーは、リフティングの要領で足でボールを蹴り上げながら、クラブでジャグリングする。さすがに片足なので全身を動かす派手な技は使えないが、それでもバランス感覚と並列作業の凄さは、見ているだけで伝わる。

 一際高くクラブを放り上げて、フットバッグも蹴り上げる。そして次々とクラブを受け取り、最後は小さなボールを首の後ろで止めてフィニッシュ。

 沸き起こる拍手に一礼し、『どうだ?』と言わんばかりのパフォーマーの視線に、十路は改めて後悔する。


(アホやるんじゃなかった……)


 しかし観客は十路に注目し、次はなにを見せるかという期待を送ってくる。

 こうなったら、さっさと終わらせて逃げるしかない。今この場で逃げることは考えていないので、派手めのパフォーマンスで〆るのが一番いい。

 バッグからクラブが覗いているので、ジェスチャーでそれを使おうと、無言で提案。パファーマーも頷いて応じ、手にしていたグラブを手渡して、彼自身も新たに三本を取り出す。

 それぞれにクラブをトス・ジャグリングし、タイミングを見計らい、同時にクラブを投げ渡す。


(投げるテンポ速ぇっ!?)


 投げ渡してくる間隔が徐々に詰まってくる上に、パフォーマーはかなり本気でクラブを放ってくる。致し方ないかもしれない。彼の稼ぎ場であるステージを荒してしまったのだから。

 だが、ここで負けるのはしゃくだったので、十路も必死に食らいつく。やたら回転がかかっていたり、放物線を描かず真正面から飛んできたりするが、受け止め投げ返す。真っ向勝負で取れない投擲とうてきではないのが幸いだった。それでも時に、アクロバティックに受け取る必要があったが。


 しかし耐えていれば、挑戦的な投擲は減っていく。

 ジャグリングは一人でも練習できるが、これはソロでは絶対に行えないパフォーマンスだ。二人の息が合わなければ不可能で、自分が突出した分、失敗に繋がるから、暴投を続けてなどいられない。

 そしてジャグリングにも様々な技があるが、野球での球種のように、素人の観客では凄さは伝わりにくい。しかし二人で行う技は、誰が見てもすぐに伝わる。その反応の変化は、ステージに立っていても理解できる。

 息を合わせてクラブを投げ交わし、音楽と共にフィニッシュを決めて、拍手の中、パフォーマーと一緒に観客に一礼し。


 十路は全力ダッシュで逃げた。



 △▼△▼△▼△▼



 人気の少ない波止場までやって来て、十路はようやく足を止めた。


(なに目立ってんだ俺……)


 反省しながら右手を眺め、握り、開く。


 スマートフォンで動画を撮っている観客もいたので、確実に身元が知られることになるだろう。支援部が有名になっても、見るからに美女・美少女の部員たちと違い、十路は比較的埋もれていたが、あそこまで目立っては無理がある。

 つまり黒歴史が増えた。周囲はどう見るか知らないが、彼的にはそんな気分だった。普通の生活を送る上では邪魔となる、特殊隊員時代の過去が知られる危険性もあるが、そちらは大丈夫だろう。防衛省の機密である情報が、易々やすやすと暴かれるとは思えない。


 そう判断して落ち着くと、先ほどの時間を思い出し、気まずい感情が湧き起こる。

 羞恥ではない。湿気を含んで尚、涼しい海風に似た感傷だった。


(人前でやるのも、久しぶりだったな……しかもパス・ジャグリングなんて、育成校時代以来か……)


 十路のジャグリングは、人に見せるための芸ではない。油断を誘い、攻撃手段を瞬時に切り替え、両手で武器を扱うための戦術だ。基本技なら何分間でも続けていられるが、実戦で行うのは一瞬でしかない。

 しかし芸として披露したこともあった。それも一度二度ではない。『校外実習』という名の海外任務でおもむいた、難民キャンプの子供たち相手に。


 医療従事者などは比較的容易に受け入れられるが、常に銃を持って警戒する警備兵は、どうしても威圧感を与える。しかも難民たちは、銃を持った兵士たちから逃れたというのにだ。中には女性にちょっかいをかけたり、性交渉を迫る不届き者もいるため、難民からは恐れられる存在になりやすい。

 だから『彼女』は、難民たちとコミュニケーションを取るために、ジャグリングを披露していた。重さが異なる物では中々大変だが、その場にある酒瓶やペットボトル、石でもできるので、どこでも披露できるために。

 実際、お手玉していれば、子供たちが興味を示して近づいてくるので、話もしやすくなった。

 ただ、それに十路も付き合わされたのは、いま考えても辟易へきえきする。警備兵としての役目をこなすことが大事であり、難民たちとの交流は小事だと考えていたのもあるが。


(あの人、受け狙いでナイフとか松明たいまつまで使ったからな……俺、よく無事だったな……)


 子供たちを喜ばすためだけに、多大な身の危険があった。

 だから十路も必死で練習しなければならなかった。拒否という選択肢は、上官命令という名の理不尽により存在しなかった。


 性別すら異なるのに、パフォーマー相手のパス・ジャグリングは、苦味をともなう思い出を発掘させた。ひとつ思えば連鎖的に、姉のような、恋人のような、師でもあった上官の姿が、次々と思い出してしまう。


「…………いかんな」


 過去の記憶は時間を経れば、美しいものばかりになってしまう。嫌というほど現実を思い知る二一世紀の《魔法使いソーサラー》は、感傷に浸ってなどいられない。

 それも『彼女』から授けられた言葉だった。

 海に自戒を吐き出して、十路はきびすを返す。


 すると嫌でも目に入る。行く手を塞ぐように立つ、小さな人影が存在した。


「お兄さん。さっきの、すごかったね」


 歳の頃は野依崎と大差ないだろう。顔の作りも背丈もまだ幼い少女だった。

 まだショートヘアで区分できる黒髪を、小さめのツーサイドアップに。ブランドロゴ入りのプリントTシャツに、花柄のスカートに皮サンダル。全体的に薄いパステルカラーの衣装は、男女差が明確化し始める微妙な年頃の、女の子らしさを強調している。


「………?」


 その通りにしか映らない。一度きつくまぶたを閉じてみても、愛らしい少女にしか見えない。幻覚ではないと断言できるなら、当然のことだろうが。

 十路は、言い知れない違和感を抱いた。

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