050_0620 不本意な誕生日・日常Ⅷ~海上自衛隊の極旨カレー・レシピのひみつ~


 そして、東京では。


「……でぁ。なにが起こってんの?」


 長久手ながくてつばめが行儀悪く、しゃべりながらカレーライスを食べていた。


「私たちも把握できず、困っているところだ……」


 中年の域を超え、老年に達したと言ってもいいだろう男性を、前にして。


 昼時の食堂だった。午後の業務に備えて食事を腹に収めるため、利用客が数多く訪れて混雑している。

 しかしふたりが座る一角だけは、不自然に席が空いている。気付いた利用客はトレイを持ったまま直立不動し、困ったように同僚たちと顔を見合わせ、そそくさと混雑している側に席を陣取る。そして普段以上の早飯をして、早々に立ち去っていく。

 ふたりは敵でも味方でもない空気で、対等の立場で話している。その異様な雰囲気に、近づくのを避けている。


 口の中のものを飲み下し、飾り気ないコップの水で洗い流し、つばめは再度話を続ける。


「『トントンマクート』について、そっちにはちゃんと連絡あったんじゃないの?」

「色々と説明あったが、重大な危機、という注意喚起のみと思ってもらおう」

「じゃあ、顧問団プレジデンツキャビネット含めて、アメリカ軍が暴走してるって解釈していいの?」

「…………」


 男性は黙って首を振る。否定よりも困惑の振り方だった。


「まぁ、不完全でも政府首脳直通電話ホットラインで情報提供してきたってことは、それはないか……ごく一部の暴走って結論づけていいか。ちゃんと管理しとけっての」

アメリカむこうでも泡を食っている様子だ……」

「『バロン』の情報が伝わって来てないのも、それ?」

「好意的に解釈すれば、だがな。今朝、君から連絡を受けて、総理が直接大統領に連絡したらしい……だが、かんばしくない。話の様子では、なぜ日本われわれが知っているのか、といった風情だったそうだが」

「ふぅん……隠したいのか。そりゃそうだろうね」


 いつしか止まっていた手を、遅いながらも再度動かしつつ、つばめは懸念を伝える。ただし口に米と香辛料を運ばず、所在なさげにかき混ぜる。


「神戸でなにが起こるかわからないけど、問題起こるのは確定として。その時にアメリカむこうがどう動くかがねぇ……」

「なにか掴んでいるのか?」

「いんや。それがわからないから、リヒトくんと一緒に東京に来たんだけど」

「ゲイブルズ博士も……? どういうことだ?」

「フェニックス計画って知ってる? 宇宙開発で」

「いや。文科省や経産省の管轄かんかつだ。私ではさほど明るくない」

「そっか。調べればすぐに出てくるはずだから、詳しくはWebでってことで。検索したら、大阪湾の整備計画が真っ先に出るけど、違うから」

「その計画がどうかしたのか?」

「展開が怪しすぎる。だからリヒトくんが直接調査してる」

「彼は《魔法》の専門家だろう? 宇宙開発は専門外ではないのか?」

「そうなんだけど……今回はリヒトくんも無関係ってわけでもないし、本人もそう思ってるみたい」

「……?」


 部下たちの前や答弁でも、テレビカメラの前でも使わない素の顔で、男は怪訝を浮かべる。


「もしわたしの考え通りだったら、かなり洒落にならないことになるかも。今のところ非常宣言出そうにも根拠ないし、出せるようになった時には手遅れになる」

「…………」


 つばめが深刻な顔を浮かべていても、男は詳しくは問い返さない。支援部員たちと同様、彼女に訊いても明かさないと思ってるのか。

 それとも訊くべきではないと、分をわきまえているのか。


「その時は、こっち主導で協力してもらうよ? 普通の国家権力でどうこうなる問題じゃないし」

「あぁ……そのための社会実験チームだ」

「あと、お宅のところで独自に人員動かすの勝手だけど、邪魔だけは厳禁。前例があるし、わたしたちを敵扱いするのは勝手だけど、今回は内輪揉めしてる場合じゃない」

「君のところにいる、二重国籍の少女の件か……わたしに責任があると言われたら、なにも言い逃れできないがな……ともかく、今回の件は承知した」

「ついでに言っておくけど、これをネタに日米安保とか、環太平洋T戦略的経済P連携協定P問題解決しようとか、そういうのはアテにしないでよ。今の段階じゃ皮算用とらタヌだから」

「つまり、事態が君の予想通りになれば、そう言って総理を動かせと」

「なんのことにゃー? そんなこと言ってないしー? 言うつもりもないしー?」


 つばめは無邪気で邪悪な笑顔を浮かべる。


「だってわたしが直に言うつもりだし」


 不遜な言葉に、娘ほど、下手すれば孫ほどにも見える歳の女性相手に、男は特に反論しない。

 相変わらずだった。


「ところでさ。お土産で売ってるGEKIカレー昭和レトロ味って、なにがレトロなの?」

「それを私に聞かれても困るのだが……それ以前に、大事な話をここでされるのも困るのだが……」

「え? だってお昼だし。お腹すいたし。部屋にカレーの匂い染みつけてもいいなら、そっちで話したけど」

「機密保持というものがあってな……」

「大丈夫だいじょうぶ。そのうち小学生から大学生まで知ることになる情報なんだし。大した機密じゃないって」

「君の言う子供たちは、例の《魔法使いソーサラー》だろう……一緒にしないでくれ」


 陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地、防衛省本庁舎厚生棟に存在する共済組合直営食堂にて、防衛大臣を前にしても、つばめは普段と変わらないフリーダムさを発揮していた。

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