050_0610 不本意な誕生日・日常Ⅶ~手抜きでサクッと イイ女ごはん~


「うーん……」


 今夜使わないなら食卓で使えばいいと、献立が曖昧あいまいなまま一般的な食材を購入し、樹里がスーパーから出たところで。


「……うん。ケーキは作るとしても、料理は簡略化しましょう」


 メモを見ながらうなっていたナージャが足を止めた。


「時間が足りませんか?」

「というより人手と設備ですね。支援部は料理する人多いですけど、今は二人だけ。パーティ用料理ってオーブン結構使いますし、部長さんとナトセさんの部屋にもあるかもしれませんが、入れませんから使えません。料理研究部員の時は気にしてませんでしたけど、転部したのに勝手に家庭科室使うのはどうかと思いますし」


 結論付けるように、ナージャが顔を上げ、紫色の視線を向ける。


「なので、バースデーパーティにはワイルドですけど、部室前でバーベキュープラス料理追加が現実的ですね」

「コンロありました?」

「古ーいのが部室のダンボールに入ってたはずです」

「なんでもありますね、あの部室……」

「いざとなれば、石とショッピングカートで充分ですよ」

「なんで金網じゃなくてカートなんですか……」


 何度かナージャと共に料理したこともあるので、腕は彼女の方が確かだと知っている。味は食べた者の好みも絡むが、レパートリーの豊富さや段取りの良さは絶対的なので、ひるがえらない。そんな彼女が言うのであれば、樹里に異論はなかった。


「となると、買い足さないとならない食材は……皮付きトウモロコシと生イカは外せませんね。やっぱり焚き火するなら、内臓ワタと麺つゆ使ったイカのホイル焼は必須です」

「あの、ナージャ先輩……たまにロシア人だってこと、忘れてません?」

「ほえ? ロシア人イカ大好きですよ? 醤油ソイソースは世界標準化してますし、出汁ダシ文化も広まりつつありますよ?」


 ロシア人留学生が不思議そうに言ったことは事実だが、本場では内臓や下足ゲソを食べない。彼の国でイカとは、胴体のみの加工済み食材を指す。


「あと炭ですね。安い燃料使うと、味まで悪くなりますし……サバイバル訓練で経験しましたからねー……あれは酷かったです……」

「…………ナージャ先輩も、そういう訓練受けてるんですか?」

「わたしも一応は元軍人ですよ? 扱いとしては、外交官や駐在武官みたいな機関員インテリジェンスオフィサーと違って、対外情報局SVR特殊部隊スペツナズ所属になってましたから、そういう訓練受けてます。都市部の活動が多かったですから、十路くんほど実践してませんけど」

「………………」

「あの、わたしが非合法諜報員イリーガルとしてヘボかったのは自覚してますし、自分で納得して組織を離れたんですから、気を遣ってリアクションに困るような目をするの、止めてもらえません……?」

「そう言われても……あ、その、炭を買うとなると、遠出になりますけど、どうします? 空間制御コンテナアイテムボックスがありますから、重さは気にしなくてもいいですけど」


 そんな風に、敏感な部分に触れないよう気をつけて、会話しながら歩き始めようとして。


「なにしてんの?」


 目前の道路を通過しようとした、オートバイと呼ぶには小さい二輪車が停車した。


和真かずまくん……待ってました!」

「へ?」


 十路とおじとナージャのクラスメイトであり、よく部室に遊びに来るために樹里とも面識がある、高遠たかとお和真かずままたがっていた。


「高遠先輩、バイク持ってたんですか?」

「バイクっていうか、原付だけどな。免許は夏休みに取って、中古車譲ってもらったんだ」


 学生服姿の和真は、スタンドを立てた原付に乗ったまま、ハーフヘルメットを脱ぐ。押さえられていた茶色い髪をかき上げると、見慣れたウルフヘアに落ち着く。


「今日、初めて和真くんをカッコイイと思いました……」

「え? そうか……?」


 和真はよくナージャに言い寄る。どこまで本気なのか、はたから樹里が見ていてもよくわからないが、とにかくよく言い寄る。加えて抱きつこうとしたり、なにかアクションがあるので、その都度地獄突きを叩き込まれて迎撃されている。

 知り合った最初の頃、ふたりは付き合っていると樹里は思った。空気は気安く遠慮もない。あと美男美女。かなり相当に非常に随分と頑張って好意的に解釈すれば、地獄突きもおふざけと見ることもできる。

 だが、やはり違うのだと改めて思う。ナージャに感極まったようにめられ、和真は所在なさげに首筋を撫でる。カップルならなにかの拍子に浮かべそうな、彼の照れくさそうな顔は、これまで見たことなかった。


「だからその原付を置いて、どっか行ってください」

「意味わかんねぇ!?」


 更に言えば、二人の会話は漫才に近い。だから『付き合ってない……だと……!?』『もうお前ら付き合っちゃえよ』にはならない。誰が見ても全く。


「買い物で遠出したかったところに、丁度良く和真くんが来たからです。そんなわけで原付それ貸してください」

「ナージャさん!? 俺と二人乗りって選択肢は!?」

「え? ヤですよ」

「真顔で即行否定!? なんで俺に優しくないの!?」

「優しさ以前に違反ですから。一種の原付は二人乗りできないって、テストに出ませんでした?」

「これ以上ない正当な理由! しかも日本の法律をロシア人にさとされた!」

支援部員わたしたち、ちょ~っと目立ってますから、違反したらすぐにお巡りさんに御用されちゃいますよー」


 単純に時間を節約したいのか。それとも話していてもらちが明かないと思ったか。ナージャはヘルメットを強奪し、手を振って原付から和真を降ろさせる。


「ところで、どうしてホンダのエイプなんですか? いい車だとは思いますけど、積載量なくて買い物に不向きなんですけど」

「ブン取って文句ですか!?」


 そしてスカートをたくし上げ、またがる。彼女が学生服で《バーゲスト》に乗る際はレギンスをはくので、部室にいつも置いているのだが、さすがに出先にまでは持って来ていない。ソックスを履いた白い足が膝上まで出てくる。


「じゃあ、とっとと買い物して来ますから。お昼まだですから、休憩してから再開ということで」


 樹里に言い置き、ナージャはアクセルを開く。


「パワーなーい! 出だし遅ーい!」

「や、それは仕方ないかと……」


 普段乗り回している《バーゲスト》は、エンジン車に負けないパワーと、電動バイクならではの即応性があるので、原付と比べるのは酷だろう。免許はなくとも《使い魔ファミリア乗りライダーである樹里は、不満の尾を曳くナージャを愛想笑いで見送った。


 そして気づく。いや今更気づくもなにもないのだが。


「……えーと?」


 ポツンと取り残された和真に。



 △▼△▼△▼△▼



 だから結局、和真と共に、学院への坂道を登ることになった。


「そういえば休みなのに、学校になにかご用が?」

「武道場の控え室の整理に呼び出された。前期終わると部活やめるヤツ多いし。樹里ちゃんたちはどしたの? なんか慌しそうだけど」

「や、今日、野依崎さんの誕生日なんです。だからそのお祝いしようってことで、準備してるところです」

「あれ? 雫ちゃん、どこか行ってるんじゃなかったっけ?」

「や、昨日帰って来ました」


 空間制御コンテナアイテムボックスに入れておけばいいのだが、なんとなく格好がつかないと、食材を入れたビニール袋を彼がぶらげて。


「……樹里ちゃん? ビミョーに俺を警戒してない?」

「や、そんなことは……ないですヨ?」


 あと並んではいるが、気持ち距離を開いて。図星を言い当てられて、樹里は思わず目を泳がせる。


 ナージャに迎撃されても、和真はめげない。彼はハンマーに打ち付けられる石のみごとく何度もトライする。

 そのついでのように、樹里にもそれらしい軟派な言葉をかけてくる。

 本気で言い寄っていないのはわかっている。彼は悪い人間でもないのはわかっている。だが樹里は、和真に苦手意識を持っていた。更には学年の違う部外者と二人きりになったことなどないので、居心地が悪い。


「十路ほどの信頼があるとは思ってないけど……地味に傷つくんだけど」


 聞かせる目的ではないだろう、和真のぼやきに、樹里は考える。

 家族を除けば、十路が一番近しい異性であることは、彼女自身も認めるところ。

 だが同時に、疑問も覚える。だから問う。


「私、堤先輩を信頼してますか……?」

「そう見えるけど。というか、そんな風に訊いてくること自体が意外」

「やー……なんて言ったらいいか、わからないですけど……信頼って言葉がしっくり来ないというか……」


 信頼しているかと考えれば、していると言える。昨夜、部屋の鍵をなくして、十路の部屋に泊まったのを考えてみても。深夜で他に選択肢がなかったからだが、異性の部屋に泊まるなど、彼を信頼していなければありえない。

 だが、堤十路に抱いている複雑な感情。

 それを端的に表すならば、不安だ。


「……今からさ、余計なこと言うな?」

「ふぇ?」

「十路ってさ、結構嫌なヤツだよな」

「……?」


 繋がりが見えない唐突な和真の言葉に、どういう意味かと樹里は少し考えて。


「部の男女比がかたよってるのは、堤先輩がよく言ってるように、ただの偶然だと思うんですけど……」

「いや、そういうのじゃなくてさ? それもあるけど。そうじゃなくてさ?」


 あるのか。やはり支援部が十路のハーレム状態に思うことあったのか。和真は常にねたんでいるが。

 ならば半笑いで受け流そうとしたが、存外に和真は真面目な顔を作って続ける。


「アイツさ、『恋愛に興味ない』とか言ってたんだよな」


 その話は時折耳にする。漏れ聞いただけなので、その言葉の前後や、話が出た具体的な状況を樹里は知らない。ただなんとなく、普段の怠惰たいだな彼を見れば納得できる。


「半分は本当だろうけど、半分は嘘じゃないかって、俺は思ってる」


 しかし彼がかつて好きだった女性の話は、本人から聞いたころがある。

 今はもう亡くなったらしいので、面倒と言って恋愛を避けるのは、それが原因ではないかと、樹里は漠然ばくぜんと考えている。


「周りであんな好き好きオーラ出されて、気づかねぇってことないだろ? 俺が見てもわかるのに」


 どこまで深い感情かは不明だが、樹里も察している。というより察しないと異様と呼んでいい鈍感だろう。

 南十星は思春期の兄妹関係からすれば、かなりベタついている。知らずに見ればただのブラコンだが、樹里は彼女の感情が家族に対するものではなく、異性のものだと知っている。

 コゼットは、《魔法》への理解度と年齢と部活の出席率からすれば当然ではあるが、参謀というか副部長というか、十路をそういう扱いに置いている。だから部室ではよく二人で、他に部員はあまり割り込めない話をしている場面が多い。ついでに言うと、そういう時、なんとなくコゼットの顔が近い気がする。

 ナージャは元々肉体的接触をしたり、かなり気安い雰囲気を作っていたが、入部を境に距離を詰めている。十路の弁当を作ったり、マンションでも部屋を行き来しているらしい。

 小さくない好意を、彼女たちは十路に向けている。


「堤先輩が本当に気づいていないってことは……?」

「それはないでしょ? 十路って、結構空気に敏感だと思うよ?」

「まぁ……」


 それもなんとなく察している。

 十路が空気を読まないのは事実だが、どこまで本当で、どこまでが演技なのか、わからない。雰囲気を壊し、怒らせるようなことを言うが、読んだ挙句、わざと言ってるとしか思えないタイミングもある。


「だからさ、余計なことだとわかってるけど、言うな?」


 もったいぶるほど念押しをして、言葉が言葉だけに、和真は真剣に伝える。


「アイツ、優しさを勘違いしちゃいけないタイプの典型例だ。期待していない信頼には首を突っ込んでくるのに、その気になったらさっさと離れる。だから気づかずズブズブになるのは、気をつけた方がいいと思う。もちろん覚悟してるなら別だけど」


 彼女たちが十路に、好意を向けるだけの理由はある。

 国家に管理されない《魔法使いソーサラー》である原因で起こった騒動。ひとまずであれ決着をつけたのは、彼の働きによるところが大きい。

 高度に政治的・軍事的な問題であるはずのそれに関わるなど、一般人の考えではない。なのに十路は、主力となって関わった。超法規的準軍事的組織・総合生活支援部という下地があってのことだが、法の隙間をすり抜け、民間人に混じって生活する環境を破壊することなく、先送りであってもトラブルを解決した。

 普通の生活を守るために。そんな生活は『魔法使い』でもないと叶えられない《魔法使い》である彼女たちにとって、いわば十路は白馬の王子と同義であっても不思議ない。彼は彼の都合で戦ったに過ぎず、少なくとも当人はそういうポーズを取っている。だがしがらみとらわれた彼女たちにすれば、彼に救われたことになるのだろう。

 傍目にはちょっと優しくされて惚れてしまう、ちょろイン反応かもしれない。だが事態の過激さと複雑さを考えると、無理ないと思ってしまう。


 ただし、彼は応じていない。十路のプライベートを全て知っているわけではないが、垣間見る限りそんな様子はない。

 まぁ、十路の性格といつもの仏頂面を考えれば、デレデレするような顔は想像どころか創造の分野になる。つまり全くイメージできない。

 他の女性部員たちも、そんな彼の性格を把握しているためか、現状以上に距離を詰めることを躊躇ちゅうちょしているように思う。


 そして自分の場合はと、樹里は考える。決定的な事件が起こっていないのを含めて。


「私は……堤先輩が好きなんですか?」

「それを俺に訊かれても。というか、樹里ちゃんがそんな状態だと思ったから、余計なこと言ったんだけど」


 十路に甘えているとは思う。なにかと頼りにしているのも自覚ある。

 だからこそ、言い知れぬ不安が起こる。

 彼が樹里をどう思ってるか。本心をあまり見せない十路に、どう思われているか。それを考えると、薄氷の上に立っているような感覚になる。

 ただし、それは思春期特有の自意識過剰こいごころではない。

 心がしなびる申し訳なさと間違うはずはない。


 その結論は出すことなく小さく吐息し、樹里は隣を見上げる。このところ隣を歩く男と背丈がほぼ変わらない。少し樹里の側から足並みを合わせないとならない。日頃完全に三枚目キャラの、二枚目の先輩を。


「高遠先輩って、たまには真面目なこと言うんですね……」

「樹里ちゃん!? そんな関心されたらガチでヘコむよ!?」


 そうこうしているうちに学院に着き、改めて樹里は思ってしまう。

 空間圧縮コンテナアイテムボックスがあるのだから、荷物持ちは不要だったのだが、と。

 部室に着いてから言っても仕方ないが。


「そういえば高遠先輩。お昼ごはんは?」

「休みだけど学食やってるはずだから、今から食いに行こうかと。樹里ちゃんはどうするの?」

「や、部屋に帰って食べようと思ってましたけど……」


 買い物に行ったナージャは、和真の原付をかっぱらっていったから、マンションではなく学院に戻るだろう。作業は休憩後再開ということだが、部室で彼女の帰りを待つつもりだった。すれ違うかもしれないが、それなら仕方ないかといった程度の気持ちで。

 朝食から時間も過ぎているので、腹は空いている。休日も営業しているだろう、学食に行ってもいいのだが、なんとなく気分ではない。


「うーん……」


 空間制御コンテナアイテムボックスから荷物を取り出し、和真がテーブルに置いたビニール袋の中身、更には部室にあるものを合わせて、樹里は考える。

 パーティ用の料理を作るための買い物だが、多少は使っても問題なかろう。

 そう判断すると、ビニール袋から食材を取り出し、あとは追加収納パニアケースに戻してしまう。


 続いて棚に置いてあるダンボールのひとつを降ろして、はた気付く。

 一挙一動を注目してる和真に。


「……えーと? 高遠先輩? 学食行かないんですか?」

「逆に訊くけど、樹里ちゃんは行かないの?」

「や、私はここでなにか作って食べて、ナージャ先輩を待とうかと」


 そう言って樹里は背中を向けて、箱の中身をあさる。

 視線を感じる。気のせいではなく、異能の脳内センサーで感知する和真は、じっと樹里の背中を見つめて動かない。


「…………」

「…………」


 しかも圧力が徐々に高まる。科学的に気圧や空間電位が変化したわけではないが、和真の発する熱量が微妙に増えた気がする。生き物なのだから、測定タイミングによる誤差範囲内かもしれない。しかし意識すれば熱視線と共に延髄えんずいの呼吸中枢が活発化し、肺伸展ヘーリング受容器ブロイウェル反射回数が増大し、呼息の二酸化炭素量が上昇しているような気がしなくもない。感情の説明としては適切ではないが、肉体はわずかな興奮状態を示していると思われる。


 和真が嫌いなわけではない。だが、異性に対するがっつきを感じるため苦手なのだ。素っ気ない十路ならば、彼女から確認しただろうが、彼相手では腰が引けるというか気が引けるのだが。

 樹里は無言のプレッシャーに負けて、振り返った。

 『待て』されてお預け食らっている犬のような、女の子の手作り料理への期待に輝かせる和真の瞳があった。


 なので樹里は仕方なく、手早く二人分の料理を作った。


「手抜きな上に、熱い料理ばっかりになりましたけど」

「いやいや、上等でしょ」


 昼食のメインは、温めたレトルトカレーを食パンに挟んだホットトースト。目玉焼きとチーズ入りの二種類を用意した。付け合せにミックスベジタブルとツナ缶を鍋で煮込んだだけのスープと、レトルトのシチューとジャガイモを使ったポテトグラタンという献立だった。


「ちゃんとした食器だったら、完璧だったけど」

「や、ごもっともですけど、無理です……ここ部室なんですから」


 部室には調理器具などティーポット以外常備されていないので、牛乳パックにアルミホイルで内張りしたものを鍋と耐熱皿に、原形不明の鉄板をフライパン代わりにした。更にはトーストが乗っているのは未使用の画材パレットで、カップ代わりは理科の実験で使うビーカーだ。部室に放置されている備品ゴミを煮沸洗浄し、それとなく自前の《魔法》による低温度プラズマで殺菌消毒まで行って、食器として利用していた。


「ん。うまい」


 料理を一口ずつ食べた感想を、和真は端的に述べる。思春期の男ならば、もっと濃い味が好みかもしれない。しかしマズいものを早く片付けようと急ぐ風もなく、続けざまに手を動かしているので、完全な世辞ではないだろう。

 あまり心配はしていなかったが、『普通に美味い』レベルの反応に安心し、樹里も食べ始める。


「ほとんど出来合いの味ですけど」

「レトルトなんて部室にあったんだ?」

「たまに部活で呼び出されて、お昼食べられないことがあるから、常備してあるんです」

「目玉焼き、レンジで作ってなかった? 卵って爆発するんじゃ?」

「や。爪楊枝とか竹串で黄身に穴を空けておけば、大丈夫です」


 厚焼きにしようかとも思ったが、半熟目玉焼きで正解だった。トーストの端はカレーそのままだが、真ん中付近は黄身で味の変化が楽しめる。レトルトカレーそのままでは水分多めなので、加熱したジャガイモを潰して混ぜて、固めのフィリングにしたので、はみ出しにくくできたのも良。


「手抜きって言いながら、ここまで作れるのはすごいよ。樹里ちゃんはいい嫁になれる」


 部室には飲み物用の砂糖しかないが、レトルトのシチューを料理したのだから、調味料を使う必要もない。加えて乗せて焼いたチーズの焦げが香ばしい。

 即席グラタンのイモを飲み込んで、笑顔で和真は褒めるのだが。


「はぁ。ありがとうございます」


 コンソメ顆粒かりゅうを入れたほどではなくとも、ツナ缶もそれなりに味がある。野菜と合わせて煮込むだけで料理になっている。

 ビーカーの目盛り五ミリリットル分スープを減らし、気のない返事で樹里は軽く流す。


「…………」

「…………」


 そして沈黙が訪れる。

 高さがない応接セットのテーブルなので、ソファに座ったままでは食事しづらい。体を倒して食事を胃に収めていく。

 三角形に切ったホットトースト一切れを食べ終えた頃、唐突に和真が吼える。十路ならば気にせずマイペースに食べ続けるだろうが、彼は違うのだと改めて樹里は認識した。


「やっぱり樹里ちゃん俺のこと嫌い!? 一緒にメシ食うとマズくなるとか思ってる!?」

「や!? そういう意味の沈黙じゃないですよ!?」

「だったらもっとリアクションください! 嫁とかめたら顔真っ赤にして狼狽うろたえるじゃない!」

「ややややや! 何回も言われれば慣れますよ!?」


 和真が嫌いなわけではない。苦手なだけだ。二人っきりの状況に居心地が悪いだけだ。

 樹里は心の中で、今日何度目かの言い訳をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る