050_0600 不本意な誕生日・日常Ⅵ~さすがといわせる神戸選抜グルメ~


「結局プレゼント、個々で選ぶことになったのか」

『個々と言いますか……私とナージャ先輩が料理担当。なっちゃんと部長がプレゼント担当という形に。直接選ぶわけじゃないですから、おふたりにお任せになりますけど』


 食事がひと段落した頃合に携帯電話が震えたので、十路とおじは席を外して樹里と話していた。本来レストランでの電話使用や、食事中の離席はマナー違反だろうが、食べ放題ビュッフェスタイルの店なのでさほど気に留めない。


『堤先輩のほうは、どうなんですか?』

野依崎アイツの目的は全然みたいだ。『死霊』関係も発見はなし」

『や、そっちもですけど、それではなくて』

「そっちはこれから。木次きすきのクラスメイトに偶然会って、協力してもらうことにしたが……まだ詳しく話してないんだ」

『私の?』

井澤いさわ月居つきおり佐古川さこがわ。いつも一緒の三人」

『あぁ~……そういえば昨日、試験の打ち上げで遊びに行くって話してましたね』

「こっちはそんな具合だ。なにかあれば連絡する」

『あ、プレゼント選び終わったら、部長がそちらに合流されるかもしれません。そんなことつぶやかれてましたから』

「わかった。まぁ、その時は連絡あるだろ」


 互いの進捗状況を簡単に交換し、通話を終える。ついでにチェックをすると、そのコゼットからメールが届いていた。

 現在位置と食事中であることを返事し、十路がテーブル席に戻ると、結だけがケーキを食べていた。


「他の連中は?」

「あそこです」


 結の指先を見ると、デザートが盛られた一角に、皿を持った大中小の三人娘がいた。身長的には大小中だが、胸の大きさ的には中小大で。

 それで十路は納得して姿勢を正し、飲みかけだったコーヒーを再び口にすると。 

 タイミングを見計らったようで、結がフォークを置いて、食事中ずっと浮かべる不安そうな面持ちを向けてくる。


「本当におごってもらっていいんですか……?」

「取り消しやしない。というか言い出したの、井澤だったろ?」

「オシャレなホテルでランチとか、ノリで言いましたけど、本気で連れて来られるとは思ってなくて……」

「言葉としては正確だけど、食べ放題だから外してるぞ。高級店でコース料理食べたければ、社会人になってからにしろ」


 五人で入ったのは、ハーバーランド近くのホテルにあるレストランだった。店内には家族連れなども多数いるが、夜は夜景を望んで酒と料理を楽しむ高級感がただよっている。ランチビュッフェなので、食事量と比較すれば価格は抑えられているが、学生の昼食として入るならば、かなり特別な場合だろう。

 奨学金の名目で支払われる、社会実験チームの参加報酬で多少温かい懐とはいえ、十路もおいそれと入る店ではない。内気そうな愛はもちろん、サッパリしていそうな晶も、物じしそうにない結でさえ、おそれる様子を見せていた。

 割引料金の野依崎おこさまだけは平然としていたが。むしろ一緒に入店する十路に勇気が必要だった。ドレスコートなどないにせよ、格好があんまりなので。


「お値段はまだしも、別の心配してるんですけど……わたしたちになに手伝わせる気ですか?」

「芋ジャージ娘の改造」


 先ほどの結とは逆に、今度は十路がデザートが置かれた一角を示す。

 三人が一緒なのは、別に仲がいいからではなかった。なぜか晶がちょっかいをかけて、野依崎の世話を焼く様子を見せているが、それを彼女が嫌がるため、愛がオドオドと止めようとしている。


「アイツの格好をなんとかしたいけど、大事おおごとになりそうな予感するから、奮発した。だから期待してるぞ」

「……なんとなく、わかります。だけど、どうしてわたしたちに? 支援部の人たちじゃダメだったんですか?」

「アイツ今日、誕生日なんだと。それでサプライズで祝おうってことで、俺が連れ出して、他の連中は準備してるんだ」

「そういうことですか」


 結は小さくうなずきながら、再びフォークを手に取った。

 しかし半欠けのザッハトルテに触れさせたところで、止まる。


「あの、先輩……話変わりますけど。最近樹里になにか、変わったことありませんか?」


 躊躇ちゅうちょする間を挟みながらも、真面目な顔で切り出してきた。きっと十路と偶然会った時から、問いたかった話なのだろう。


「夏休み明けから、なんだか余所余所しいっていうか……本当なら今日も遊びに行こうって誘ったのに、なんだか嫌なのか用事があるのか、よくわからない態度で断られて……」

「あー……そうだな」


 樹里の態度が変わった理由は、ひとつしか思いつかない。彼女のプライベートを全て知るわけないが、他に考えられない。

 彼女の異能が、十路以外の部員にも知られた件ではないか。友人たちにまで知られたわけではないが、周囲の反応を恐れるようになり、人付き合いそのものに蔭を差しているといったところと推測する。


 さすがに真実そのままを、明かすことはできない。言葉を選ぶために少し口ごもり、コーヒーを口に含む。

 こういう時に煙草でもあれば便利なのだろうかと、十路はふと思う。基地や駐屯地では娯楽が少なく、リラックスするための手段として、どこの国でも軍隊の喫煙率は高い。今いる店内は全席禁煙で、未成年なのでそもそも吸わないが、そんな大人たちに囲まれていたため、考えがぎった。


「まぁ……ちょっと、な? 俺は前から知ってたんだが、木次があまり知られたくないことを、他の部員が知ってしまってな。だから反応を怖がってるみたいなんだ」


 結局砂糖だけ入れた苦味を飲み下し、具体性を欠かせて真実を話すことにした。


「知られたくないことって……」

「当人は絶対に秘密にしておきたかった、かなり深い内容だ。知ったら多分、井澤も態度変えるだろう」

「そう言われても……」


 結が所在なさげに、オレンジジュースをストローでかき混ぜる。

 彼女にしてみれば、いい迷惑だろうし、困ることだろう。秘密がなんのなのか理解できない上に、自分の感知しないところで樹里あいてが勝手に引いてるのだから。


「全然わからないだろうけど、詳しいことを木次に聞こうとするなよ。今日俺が話したことも、聞かなかったことにして接しろ。それができないなら、木次との友達付き合いも考え直したほうがいい」


 心中はわかるが、十路にはアドバイスできない。ただの距離を、壁や亀裂にさせないために、忠告することしかできない。


「俺たち《魔法使い》は普通でいたくても、やっぱり普通じゃないんだ。ガキから脱け出せていない若造でも、触れられたくない過去を持ってる。友情とか親切とか信用とか、そんな綺麗事で誤魔化して、下世話な好奇心満たそうとするのは絶対に止めろ」


 怪訝な色を上目遣いに浮かべる後輩は、咥えていたストローを離して、リップグロスを塗った唇を動かす。


「…………堤先輩にも、そういう秘密、あるんですか?」


 十路の心に自嘲と呼ぶべき加虐が、わずかだけ生まれた。


「数え切れないほど人を殺した……って言ったら、信じるか?」

「またまた~。そんな人がこんな場所にいるはずないじゃないですか~」

「……………」


 無知からの信頼は止めて欲しい。いま飲んでる加糖ブラックコーヒーよりも苦い味がする。

 彼女はきっと、怪人めいた殺人鬼か、フィクションの凄腕暗殺者を連想したから、笑顔で十路の言を否定した。


 だが違うとは言い出せない。本当のことだと強調できない。

 だから苦笑と呼ばれる歪みで本心を飲み込む。

 戦場という、殺人が正当化される場で生きたことを、彼女が知るはずもない。

 見知った少女との食事という、少しだけ特別な普通の時間を、自分から壊せない。


「それにしても堤先輩って、樹里のこと大切に思ってるんですね」

「ぞんざいに扱ってるつもりないが、特別扱いしてるつもりもない」

「でも、さっきの忠告も、樹里が傷つかないようにって意味ですよね」

「自分がやられて嫌なことを止めただけだ」


 十路は拳で頬杖を突き、香り高く焦げ臭い息を気だるく吐く。


「ん」


 視界の隅に小さな陰が入り、デザートが盛られた皿が目の前に置かれた。そして右隣の椅子に軽い音を立てて着席し、野依崎が疲れを吐き出す。


「なんなのでありますか、アレは……こんなに食べられるはずないのに、次々と勝手に……」


 片付けるの手伝えという意味で、カットされたフルーツや小さなカップに入ったデザート類を、十路の前に置いたようだった。

 野依崎にアレ呼ばわりされた晶を見ると、やり過ぎの自覚があるのか、結の左隣に着席し目を泳がせていた。


「二番目の妹が、こんな感じの子でして……どうにも構いたくなると言いますか……」


 隣の『こんな感じの子』を、十路は見下ろす。

 プリンに半分顔を埋めたからそれしか見えない、ボサボサ頭のつむじを三秒ほど眺めてから、十路はもう一度晶に振り向く。


「お下がりは仕方ないだろうけど、身内ならもうちょっとマシな格好させるべきだと思う。女の子でお古しかも芋ジャージで我慢させてたら、そのうちグレるぞ?」

「いえ! そうではなく! 妹はいつもジャージ着てるわけではありません!」


 逆サイドの席に座り、愛が昼時のざわめきに消えそうな声で口添える。十路に対して話しかけるのはもっぱら結で、時折晶が口を挟む程度であったから、それだけで新鮮な気持ちになる。


「月居さんの妹さん、なんとなくネコっぽい子なんです……」


 隣の『ネコっぽい子』を、十路はまたも見下ろす。

 自由気まま。いつも眠そう。人に構われると素っ気ない。掴みどころがない。今は外して首にかけているが、ネコミミディスプレイ着用。

 それを確かめて、十路はもう一度愛に振り向く。


「その子、引きこもってハッキングアヤしいことしてないだろうな?」

「意味がわかりません……!」


 愛のか細い声が普通レベルになった。

 樹里自身もそうであるが、彼女の後輩たちは十路に対して、全員ツッコミだった。


「堤先輩って、怖そうな人なのかと思いきや、結構面白い人ですよね……」

「俺に言わせりゃ、井澤たちの方が面白い人種だけどな」

「わたしたちが? どこがです?」

「普通は《魔法使いおれたち》に関わろうなんてしないもんだ」


 二言三言しか言葉を交わしたことのない後輩たちと話しながら、デザートを腹に収めていると、人影が近づいてきた。

 四人席のテーブル二つをくっつけて座っているため、五人では空きがある。


「失礼します」


 その空いている十路の左隣に、近づいた人物が腰かける。


「え……? あの……」


 席を間違えていないかと、結は言おうとしたのだろう。

 人数が増える予定などなく、髪をピンクに染めた人物が座れば、戸惑うのは当然だ。野依崎は赤毛、結は地毛なのか水泳で色が抜けたか栗色だが、オシャレと称して髪色まで自由にはしにくい学生集団に、若いとはいえ大人が入り込めば。


「フォーさんを連れてホテルランチだなんて、妙な気がいたしましたけど……こういうことでしたか」


 だがその人物は構わず、アタッシェケースを足元に置いて、悠然とくつろぐ体勢を作る。


「他にも可愛らしいお嬢さん……それも、確か木次さんのご友人ではありませんでしたか? 部室でもマンションでも女性に囲まれている状態なのに、あまり接点のない方々とランチなんて、どういう状況でしょうか?」

「どういう状況と訊かれても、流れで? としか言えないですけど」


 普段の憂鬱ゆううつそうなドス声とは異なり、ワンオクターブ高い丸みある美声なのだが、トゲを含んでいる。そんなこと言われても困るので、十路はいい加減に流す。

 こんなに早く合流してくるとは思っていなかった。

 

「え? えぇ!?」


 女性がサングラスを取ると、後輩三人がそれぞれ驚きを漏らした。学内でも有名人であり、肩書きは一般人とは異なる人物だが、それだけが理由の反応ではない。

 二次元キャラには存在しても、三次元では痛々しい色のはずなのに、ブラウンがかったピンクにすることで、不思議と違和感ない髪色に見せている。服装も普段と大差なくワンピースにトップスを重ねた姿だが、波打つ髪は真っ直ぐ流した上に色を変えているので、黄金の髪が与える印象が全く異なる。


「変装までしますか」

「昨今身の回りが騒がしくなりましたので、街に出る時は変装しています。今回は少々気合を入れて、ヘアカラーとチョークを使ってみました」

「……部長のそんなガッツリしたプリンセス・モード、久しぶりに見ますよ。どうせ変装するなら、地丸出しでもよかったんじゃ?」

「ふふっ。なんのことですか?」


 頬杖を突いたまま十路が半眼を向けると、コゼットは完璧な王女の仕草で、クスクスと笑みをこぼす。


「ピンク髪キャラは、腹黒か淫乱か悪魔が相場でありますが、部長ボスはそちらにクラスチェンジでありますか?」

「ふ、ふふっ……ふ……一ヶ月ぶりの第一声が、それ……」


 野依崎に無造作な毒舌を投げつけられても、目元口元をひくつかせながら、辛うじて王女の笑みを持ちこたえさせた。

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