050_0540 不本意な誕生日・日常Ⅴ~社会人の常識がよくわかる ビジネスマナー~


 その頃、東京では。


「ねぇ……宇宙航空研究開発機構JAXAの本社にも行かなきゃならないし、永田町の用事まだ終わってないから、こっちのことお願いって頼んだはずだけど?」

「仕方ねぇだろ……オレ一人じゃ止められンだかンよォ。てかヨォ? オレを東京まで引っ張って来ンのが間違いだろォが」

「なんだかんだ言っても、キミのネームバリューは大きいし、キミでないと無理な話なんだから」

「店どォしてくれンだョ……」

「ちゃんとユーアちゃんに話通してるでしょ? よっぽど長引かなければ、今日中には帰れるって」


 日本の中枢と呼べる新宿区、そこに建つとあるビルに、異様な二人組が入ってきた。


「前もって言ってたんだから、その格好、なんとかできなかったの?」


 女性はいい。ショートヘアに収まる顔はかなり童顔のため、大学生かとも思えるが、紺色のビジネススーツを着込んでいる。運動したり、よほど砕けた場でなければ、なにも言われることはない格好だ。

 問題は、一緒の男にあった。


「ネクタイか? やっぱ背広組ホワイトカラーっぽくネクタイ締めてねェから、警備員ガードに止められンのかョ?」

「本気で言ってるの? 大間違いではないけど、絶対ネクタイだけの問題じゃないよね」


 連れの女性が言う通り、そんな問題ではない。

 同年代と思える男が着ているのは、ダメージジーンズに、飾りボタンスタッズがこれでもかと付けられた黒いレザージャケット。しかも濃いサングラスシェードで目元を隠し、鼻と唇にはピアスを通している。更に覗いている腕には一面に、炎のようなトライバル刺青タトゥーが彫られている。体も同様らしく、一部は首筋から頬まで達している。

 どう見ても、堅気の仕事を行っているとは思えない。茶色の髪はツーブロックに刈られているが、プラスではなくマイナスしてモヒカンヘアにするか、更にマイナスしてスキンヘッドにしていれば、世紀末からやって来たと言われても納得できる。紐を肩にかけて持っている平型のケースが、ベースやギターのものなら、ロックミュージシャンと思えただろう。


「ヨォ、姉ェちゃん」

「はひっ!?」


 パンクな男に話しかけられた受付担当女性社員は、ビクリと体を震わせる。

 そして非難がましい視線を一瞬だけ、二人組の背後に立つ年配警備員に向けてしまう。不審者は入り口に立つ、かつて刑事で定年退職後再就職七年目の彼が止めるはずだ。だが老顔を困惑気味に少し歪めながらも止める様子がない。


「アー……オイ。誰に会えばいいんだ?」

「わたしもわかんないから、一番偉い人に会うのが手っ取り早いんじゃない?」

「『コン』のヤロウか?」

「いや、日本にいないはずだから、支社長でしょ」


 スーツの女性と話し、パンク男はサングラスシェードを取り、エメラルド色の瞳を見せる。


「ッてコトだ。一番エレェヤツに会わせてくれねェか」


 露出した瞳は、存外に人の良さを感じる。しかし初対面の印象は、外見で八割決まると言っても過言ではない。仮に草食動物だとしても、猛牛のような威圧を与える印象だ。

 立っても見上げなければならない長身に、凶悪な服装を着込んだ男に、凶暴そうに歪んだ彫りの深い顔を近づけられ、受付嬢は震える。


「お、おおおおお約束は……?」


 来客への対応として、とても褒められたものではない。しかし見るからに『危ない』来客に、最低限の応対はできたのだから、彼女を責めることはできないだろう。


「ねェ。だけど、急ぎの用件だ」


 流暢りゅうちょうであるが、ガラの悪さを形にした日本語を操る外国人。

 とても科学者というお固い、料理人という一般的な、そんな肩書きを持つ人種だとは、誰も思うはずない。 


「ゲイブルズ・ベトロニクス・アメリカ本社最高技術責任者CTO、リヒト・ゲイブルズが来たって伝えてくンな」

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