025_1060 【短編】 彼女は何者たるかⅦ~丁寧ヤンキー王女として~


 やや早めの時間ではあるが、話し合いの場を旅館内の料亭に移して、昼食と相成った。

 ランチメニューであるからかコース形式ではないが、京風懐石料理を前にして、仕切り直しの口火を切ってから、コゼットは箸を取る。


 まずは椀物。蓋を回し開けて数秒待ってから外す、露切りの所作を忘れない。コゼットは上品な出汁の香りを楽しんでから、具を箸で押さえてから澄まし汁を一口頂き、手毬てまりかたどった生麩なまふを口に運ぶ。


 続いて湯引きのはも。淡白な味なので、口に入れただけでは、乗せた梅肉に負けている。だが骨切りされた身の独特な食感、噛んだ時の弾力と、その際に滲み出る旨味は、夏の風物詩として相応しい。


 王女として恥ずかしくないテーブルマナーは元から持っている。日本で生活して一年以上も経つので、和食にも慣れ箸も使える。そして支援部の責任者である彼女は、顧問だけでは足りない『営業』や『広報』の仕事も、たまに回されることがある。

 食事のマナーや行儀作法の根本は『見苦しくないように』という理由であって、そこは和洋変わらない。明確に異なる部分さえ把握しておけば、和食であろうとコゼットは、並の日本人以上に美しく食べてみせることができる。


(お高ぇーお味。ンなメシ、自腹じゃぜってー食えねーですわね)


 本性は忙しい時に茶漬けや卵かけご飯をかっこんでせて鼻から米粒を飛ばす女だったとしても。


 余裕を持って食べているのは、コゼットくらいだ。他の男たちは四苦八苦し、正直に言って見苦しい。


 日本人が洋食の店で割り箸を要求するように、和食の店でも外国人にフォークやスプーンを出せば済むという問題ではない。洋食は皿が基本で、和食は底の深い椀を多用する。そして日本人なら味噌汁で当たり前にやる『器を持ち上げて直接口をつける』という食べ方は、海外ではタブーとされている。

 ユネスコ無形文化遺産に登録されて、SUSHI・SUKIYAKI・TEMPURAは世界標準語となっているが、そもそも和食は外国人にとってハードルが高い。


 和食を紹介する際、代名詞のように扱われる懐石料理は、尚更だ。

 味は全体的に薄味。たんぱく質は比較的含まれているが、豆や魚介で脂質が異なる。見た目が華やかでも、ガッツリしたステーキが出てくるコース料理と比べると、ボリューム不足とされる。ついでに献立に刺身が入ることが多いが、諸外国では魚肉の生食はまだまだ忌避されることも多い。

 日本人でもそうそう食べる機会はなく、外国人に対しては『カルフォルニアロールつまんだ程度でI like Japanese foodとか言ってんじゃねぇぞ』と主張している料理だ。


(こりゃやっぱ、全部意図的にセッティングされてる、って考えるべきでしょうね)


 旅館に降り立った時と、茶請けに手を出した時に浮かんだ疑問に納得できる。

 茶碗蒸しに木匙を差し入れながら、離れた卓で食事しているマダム・イヴォンヌに、それとなく目をやる。

 さすがにコゼットほど洗練されていないが、箸で料理を口に運んでいる。手元に気をやれば口数が減るというのに、付き添い同士で話をする余裕まで見せている。


(王女サマらしい対応を、っつーことかぁ? やりにくぅ……)


 遠まわしに釘を刺されている、ということだろう。


「You guys didn't have a chance to eat Japanese food?(皆様のお立場なら、日本食に慣れているかと思いきや、そうでもないようですね)」


 そちらはそちらのこととして、苦戦している男たちに声をかけると、彼らはようやく『見合い相手』に気づいて顔を上げた。浮かべる表情は、苦笑を浮かべたり、憮然としていたりと様々だ。


 政治や経済に携わる立場である者は、作り笑いで初めて本格的な日本食を食べ、自分には合わないことをアピールしたので、遠まわしに『ケチつけんじゃねぇ』と言っておく。


「Oh...I like Japanese food because I am studying abroad in Japan.(そうですか。わたくしは日本に留学しているくらいですから、和食は気に入っているのですけどね)」


 コゼットは和食は気に入っている。それは事実だ。かきこんでもすすっても下品に食べても問題なく、レトルトやインスタント化もされて手軽に食べられる丼ものや麺類などが理由で、普通の外国人とはいささか異なるが。


 普通の外国人たちはというと、『理解できない』と苦笑を浮かべて首を振る。


(あ゛ーハイハイ。左様でございますか。欧米の名門有名大学とかじゃなくて、極東のワケわからん学校に留学してるから、わたくしも軽く見られてるっつー解釈すっぞコラ?)


 悪意ある曲解ではあるが、同時に構わないとも思う。色眼鏡でしか判断できず、相互理解する気が見られないなど、見合い相手の減点ポイントとして充分だろう。


 軍事に携わる者たちは、日頃の訓練でも経験しない食事とは大きく違うことに苦笑を浮かべた。


(士官学校卒ともなれば、お坊ちゃまですわねぇ……いや、十路アレと比べちゃいけねーでしょうけど)


 豊富すぎる実戦経験を持つ現場一辺倒の、一番身近な軍事関係者と比べれば、誰でも『お坊ちゃま』になるだろう。直接のサバイバル経験は知らずとも、身近な物で作り出した武器で軍隊とも渡り合うのを見ていれば、おおよそ知れる。

 そんな特殊例を差し引いても、『ぬるい』と感じてしまう。コゼットは、ハンバーガーをフォークとナイフで切り分ける繊細な人間ではない。むしろ骨付き肉を手づかみで豪快にかぶりつくタイプだ。衛生面の問題がないなら、少々ハードル高い日本の食文化でも、酒のさかなとして食う。


(塩辛食えるか? 踊り食いできるか? 虫食えるか? マヨネーズねーと野菜食えねーとかヌルいこと言ってんじゃねーぞ?)


 無人島に放り込んだら、果たしてどうなるのか。さすがに長期はともかく短期間なら、コゼットでも生き延びる知識と技術はある。だがこの男たちは訓練を実践できるのだろうかと思ってしまう。


(ま、住む世界が違う人間ですわね……わかりきってましたけど)



 △▼△▼△▼△▼



 料理を食べ終えたが、まだ見合いは終われない。昼食前にマンー・ツー・マンで話したのはひとりだけであったのもある。

 場所をロビーに移動して、他の男たちが話が聞こえないほど離れたのを確かめてから、コゼットは舌鋒鋭く問うた。


「Per favore fatemi sapere Se ti sei sposato, cosa mi darai?(お聞かせくださいませ。仮に結婚したとして、貴方はわたくしになにを与えてくださりますか?)」


 本音など知りたい相手ではない。自己アピールを延々聞かされるのは時間の無駄。後がつかえているから、とっとと済ませるに限る。


 完璧な笑顔で醸し出す気迫にやや怯んだようだが、やがて愛想笑いと共に返ってきた答えは、つまりは金。不自由ない生活を約束してくれるそうだ。


(くっだらねぇ~。わたくしが金で買える女とでも思ってんのかアァン?)


 鼻で笑いたくなる。いや実際、わずかに鼻息と冷笑が漏れたので、咳払いで取り繕う。

 人並の生活費以上は、コゼットは望んでいない。もし必要となるなら、研究開発費といった目的と手段のための金だろう。

 仕事の報酬としてなら喜んで受け取るが、女としての価値を換算されるなど、たまったものではない。そういう意味では彼女は潔癖で、青臭い。気高いと呼ぶより、若い。

 恋愛感情があれば、損得勘定抜きで語れるのだろうが、目の前にいるのはそういう相手ではない。法的な契約として捉えて返事する。


「Ho un reddito personale e sono soddisfatto della mia vita, quindi "la vita senza incompetenza" non puo essere un merito?

(個人的な収入がありますし、今の生活に満足していますので、『不自由ない生活』は、わたくしのメリットには成りえないのですが?)」


 支援部員に支払われる奨学金きゅうりょうの他にも、コゼットには収入がある。現状は大金になるものではないが、《付与術士エンチャンター》としての活動の中で、いくつか実用的な特許技術を取得している。大学生として考えると、かなり裕福な懐事情だろう。


「Inoltre, finche non mi laureero, sono sicuro che sono in Giappone, e non tornero a mia madrepatria come principessa.(それに、卒業するまでは日本にいるのは確実ですし、王女として国に戻ることもないでしょう)」


 将来については、どうとでも取れる答えを、まずはジャブとして放つ。

 『将来的に結婚する相手が決まっている』と捉えるなら、なぜ見合いしているのかと問題になるだろうが、それはそれ。コゼットが望んだイベントではないのだから、セッティングした者に丸投げすればいい。

 『外国を拠点に活動する予定』と捉えるなら、それはそれ。相手がどういう興味や譲歩を出そうと、未来を摺り合わせることは不可能だろうから。

 『先々王女でなくなるし、国に戻るつもりもない』という真相には、きっと辿り着かないまま、話を終えられる。


「Vuoi ancora sposarmi?(それでもわたくしを伴侶に求めますか?)」



 △▼△▼△▼△▼



 どこまでが王女のやり方として許容されるかわからず、手探りだからなのだが、彼女の本性を知って見れば、ネコが獲物をもてあそんでいるようにも思えるかもしれない。

 相手にしてみれば、『テメェなんぞがわたくしに釣り合うと思ってんのか? 冗談は顔だけにしやがれ』と言われているに等しい。


(いやまぁ、そーなるってわかってましたけどね?)


 圧迫面接の様相を呈した時間は、相手の顰蹙ひんしゅくを買うことにより終わった。白い頬がバラ色になる、白色人種コーカソイド特有の怒り心頭具合で、乱暴に席を立った。


 男はそのまま立ち去り、ロビーから見える化粧室に入っていった。顔でも洗って怒りを鎮めるつもりだろうか。


(これの繰り返しぃ? 飲み物ガバ飲みで便所近くなりそー……ん?)


 しばらく間を置いて、スーツに法被姿の男が便所に続けて入っていった。すぐに出てきたかと思えば、入り口に『ただいま清掃中』の立て札を残し、再び中に消える。

 従業員がトイレ掃除を行うようだが、中に利用者がいるのに、どうするつもりなのか。なんとなしに様子を見ていたが、誰も出てこない。


(ま、どーでもいっか)


 そうこうしているうちに、次の相手が対面に座ったので、コゼットはそれきり気にしなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る