025_1050 【短編】 彼女は何者たるかⅥ~女として~


 神戸市から見ると、六甲山の向こう側にあたる、有馬温泉。

 見事な純和風高級旅館にタクシーから降りたコゼットは、内心でだけ首をひねる。


(ヨーロッパ人同士がツラ合わせる場に、純和風っつーチョイスはどーなんですのよ?)


 日本人ではないからこそ、という考え方もあるが。


(クソめんどい……)


 マダム・イヴォンヌが一足早く入り、話を通した従業員の案内に従い、コゼットはいま一度コサージュを確かめて旅館に入った。



 △▼△▼△▼△▼



 顔合わせだけを終えた五分後、ひとまず誰にも話を聞かれない場所、ロビーまでふたりで戻った。


「イヴォンヌ……? 聞いてた話と随分と違うんですけど?」


 コゼットは乱れぬ程度に金髪をかきあげながら、意図的に日本語で問うた。いま馴染み深い母国語を使うと、老婦人からたしなめられそうな色々が一緒に出てきそうな予感を覚えたから。


「今日、わたくしが見合いする相手は、バルバの次男坊だと聞いてたように思うのですけど?」


 案内された小宴会場には、親戚と呼べなくもないが、コゼットは赤の他人と思っている人物がいた。それは予定通りだからいい。

 問題は、他にもいた。年齢にやや幅があるが、一〇も変わらない。国籍も母国語も異なるとと思える。共通しているのは、将来を見込める肩書き――逆を言えば現状は大した実績もない若造たち。


「なぜ、見合い相手が五人もいますのよ?」


 まさか釣書があった全員がいるとは思っていなかった。

 その連れ添いと思える年嵩の者たちもいたが、それはどうでもいい。追加などありえないだろうに、その数ともなれば非常識と言っていい。男女比がこれだけ偏っていれば、合コンとも呼べない。口さがなく評せば、彼女にとっては見世物にされているだけだ。


 プリンセスモードで取り繕ってはいるが、一〇年以上も私生活を知っている老婦人なら、理解できぬはずはないだろう。そのような思いを込めて、コゼットは王女の威厳を垣間見せる。


 対してマダム・イヴォンヌも、これまた側仕えらしいポーカーフェイスのまま返す。


「わたくしも存じ上げておりませんでした」


 『ウソつけ』とコゼットは内心で毒づく。こんな意味不明前代未聞の大ポカ、社会の常識としてありえない。


「どこからかアリス姫様のお見合いをかぎつけて、本日強引に相席なさったのでは?」


 むしろ、いけしゃあしゃあと言ってのける、この老婦人が仕組んだと考えたほうが自然だ。他人の見合いに割り込んでくる非常識人が、相手にどんな印象を与えるか、少し考えれば誰でもわかる。別の名目で集められ、コゼットに黙っていただけに違いない。


「……そこまでしてわたくしとの見合いに臨まれるのであれば、女として光栄ですわ、と答えておきますけど、それとこれとは話が別です」


 『ざっけんな。奥歯ガタガタ言わせっぞコラ。素手ステゴロで済ませてやるのを光栄を思えよア゛ァン?』などという本音をおくびにも出さず、コゼットは憂鬱そうな口調ながら、淑女らしい口を利いておく。


「『お見合い』ではないのですから、帰っていいですわよね?」

「姫様。それは相手方にあまりにも失礼です」

「わたくしを騙すのは失礼でないとでも?」


 軽く睨むが、老婦人は意に介さず、再び部屋に戻るように手で促す。


 マダム・イヴォンヌの狙いが、よくわからない。本気でコゼットを結婚させようと思っていても、こんな杜撰ずさんな方法はありえない。


(そっちがその気なら、こっちもその気でいかせてもらいますわよ?)


 ならば、売られたケンカを買い叩くだけだ。



 △▼△▼△▼△▼



 王族という『ブランド』は、比類ないネームバリューを持つ。

 そう名乗ることを認められているのは、君主制が残る国全てで合計しても、一〇〇〇人いるかも怪しい超レア人類だ。かつての富と権力を表すもので、しかも身分制度が存在しない現代社会でも許されている特別枠で、国家の歴史に比例した重みを背負っている。


 会社社長や政治家といった『ブランド』は、極論言えば努力次第で誰でも得られる。少なくとも名目上はそうなっている。

 だが王族は、一線を画す。生まれ就いて持つことができなければ、配偶者として選ばれる以外、得る手段がない。

 もし得ることができれば、様々な束縛と同時に、恩恵も合わせて得られるだろう。

 降嫁こうか、王族の身分から離れて民間人に嫁ぐとしても、男の征服欲も満たせるかもしれない。見た目に関しては『姫』に相応しいものを持っている自負はある。


(あーハイハイ。小娘ひとりにはるばる日本までご苦労なこって)


 傍目には背筋を伸ばして完璧な王女の微笑を浮かべているが、気分的には耳の穴ほじっている。鼻はさすがに女として自粛する。掘りごたつ式のテーブルを挟んで座る男たちに、アイスブルーの瞳で相応しい冷淡さを送りながら、コゼットは口を開く。


「I'm sorry to have disturbed you so much.(先ほどは失礼しました)」


 まずは英語で。これは誰もが理解し、男たちは口々に『気にするな』といった言葉と笑顔を返してくる。

 そして唯一の顔見知り――といっても、一〇年以上ぶりに会う男に、ドイツ語で話しかける。


「Erneut. Lange nicht gesehen, Herr.Barba.(改めまして。お久しぶりですね、ヘル・バルバ)」

「Bitte furchte dich nicht, was du gesagt hast――(そういう畏まった言い方はやめないか――)」

「Dann, wie willst du mich anrufen? wohl "Alice"? Wie damals nennst du hier keine "Hexen"? (あら。では、わたくしのことはどうお呼びなさるおつもりですか? まさか『アリス』? それともあの時と同じように、ここで『魔女』などとはお呼びいたしませんよね?)」


 『テメェと仲良くする気なんざねーよ結婚なんぞ尚更お断りだわかんねーのかアァン?』の意を込めた舌鋒に、まだ子供の頃、口さがなく罵倒したことを思い出したか。きっと知り合いというアドバンテージを使おうとしていた男が固まった。

 なにを企んだか知らないが、余計な話で時間を取られる前に、釘を刺しておく。


「Ah...What do you want from me?(さて。皆様はわたくしに、なにを求めているのですか?)」


 そしてこの場の共通言語たる英語に戻す。


「I am a royalty of the Worlbulg once, but I am problem child. It may be the best as a marriage partner, but it is much more troublesome.(わたくしは一応、ワールブルグ公国のシャロンジェ家に名を連ねていますが、旨味のない女と自負しております。殿方の願望を満たせるかもしれませんが、それに付随する面倒ごとのほうが遥かに多いかと)」


 遠まわしに言っても、男たちの顔色は、疑問の色がかかる以外に変化ない。

 彼ら四人は、コゼットが《魔法使いソーサラー》だと知らないのか。顔色だけでは判断つかない。


「Sig.Galassi, Penso che il discorso non corrisponda affatto al padre dei pesi massimi del governo e alla madre che ha continuato a sostenere l'ombra. Non ho una tale vittoria.(スィニョーレ・ガラッシ。政府重鎮のお父様と、陰で支え続けたお母様とは、全く話が合わないと思います。わたくしはそんな殊勝な女ではありません)」


 イタリア語に切り替える。現首相の覚えもめでたい政治家の息子と紹介され、自分の将来その道を歩むつもりだと、誇らしげに語った男に言葉で斬りかかる。


「Comunque, Sr.Borges. Como seu pai e sua sogra, nao gosto da atencao viva.(かといって、セニョール・ボルジェス。お父様や義理のお母様のように、セレブな生活を送るのは無理です)


 ポルトガル語に切り替える。浮世を流す派手な生活で有名な大物俳優を父に持つ男には、小市民アピールで口撃する。今でも王女サマは二四時間営業していないのに、それが許されない息苦しい生活など絶対に御免だ。さほど歳の変わらない『お義母様』も考えただけで御免したい。


「Sr.Amavisca. Soy un ingeniero obstinado. ?Hablas con un abogado de negocios para hablar con la gente?(セニョール・アマビスカ。わたくしは技術者です。それも機械いじってれば満足する、頭の固いタイプの。人と会話するのがお仕事の、弁護士さんとお話が合うのでしょうか?)」


 顔の向きと一緒にスペイン語にシフトして牽制。実際にはセールストークくらい難なくこなせるし、マネジメント能力を持っている。でなければ、特殊な部活動の責任者など務まらない。

 知らない人間に王女サマ扱いされるよりは、機械を相手にするほうが気楽なのは事実で、ウソを言っているわけではない。


「M.Supervielle aussi. Je ne me soucie pas des manieres de vivre la noblesse et de la facon dont le chef d'entreprise pense. (ムッシュ・シュペルヴィエルも。貴族としての生き方や、会社経営者としての考え方など、わたくしには無縁のものです)


 フランス語に切り替えて、『最初から楽しくお話しする気ねーよ』という意訳を飾った言葉を放り込む。


 バイリンガルなど珍しくもない。だがさすがに、コゼットほど多国籍語を操れる人間は珍しい。それぞれの母国語で突きつけられた言葉に、男たちは一様に面食らっている。


「Still want to marry me? (それでもわたくしを手に入れたいとお思いに?)」


 最後に英語で言い捨て、コゼットは出された茶請けに手を伸ばす。

 和菓子、それも羊羹ようかんなのは、どういうわけか。旅館側がどういう客か頓着せずに出しているのも変な気がする。

 餡子あんこを嫌う外国人は多い。豆を甘く煮て、しかもしたデザートなど、日本独自の稀有けうな食文化と言っていい。寒天で固めた羊羹ならば、食感はかなり変わるが、餡子嫌いはたいてい羊羹の甘味も嫌う。


(やっぱこの辺で羊羹っつったら福進堂か……個人的にゃぁ四代目松川の金鍔きんつばのほうが好みなんですけどね)


 部室に入り浸る部外者が持ち込むせいで、コゼットは和菓子に慣れているが。紅茶党で日本人以上に日本人なロシア人に、ツッコむのを諦めたくらいから、羊羹と金鍔の違いがわかるほど慣れた。


(にしてもまぁ、この見合い、どういうつもり? アホ向けのハズレ物件を押し付けられと考えるにも、このやり口はねーでしょうし……)


 抹茶をちゃんと三口半で飲み干し、飲み口を指で拭いて茶碗を回しながら、コゼットは視線の隅で確認する。

 

(イヴォンヌがわざわざ日本まで来て、見合い話なんぞ持ってきた理由も、ハッキリしねーですわね……)


 判断材料が少なく、確証を抱けない。

 全ての言語がわからずとも、マダム・イヴォンヌならば、半分以上は会話内容が理解できたはず。かなり失礼なことをしている自覚はコゼットにもあるが、彼女は全く態度を変えない。いまこの場では致命的なことにならない限り、二人きりになった後に説教コースの可能性もあるが。

 なんとなく、こうなることを予測してきたのではないかと思えてくる。


 それならそれで、別に構わない。これ以上見世物になるつもりもない。

 コゼットはそう判断して茶碗を置いて、ハンドバッグを手に立ち上がろうとした。

 が。先じてマダム・イヴォンヌが取り成してしまった。


「Well so don't say. Besides Mr.Barba is the first meeting. Why do not you speak a little more?(まぁそうおっしゃらず。ヘル・バルバ以外は初対面なのですし。もう少しお話ししてみてはいかがですか?)」


 コゼットへの言葉だが、実質男たちの付き添いへ向けたセリフだ。見合いに前向きではない先制攻撃に面食らっていたが、視線を合わせて無言の打ち合わせをし、同じような立場のマダム・イヴォンヌの言葉に応じることになった。


(このババァ……余計なことを)


 コゼットが思わず舌打ちしかけた時、血管としわの浮いた首が動いて、琥珀色の視線と正面衝突することになる。


「アリス姫様。なにかおっしゃいましたか?」

「いいえ? なにも?」


 まさか心まで読んでくるとは。折檻を恐れ、内心冷や汗をかきながら、完璧な王女の微笑で取り繕った。



 △▼△▼△▼△▼



 普通のお見合いならば、『あとは若い人ふたりに任せて』な場面だろう。


はたから見りゃ、この集団、なんだと思われてんだか……)


 整備された庭園に出て、あずま屋のようなスペースで、見合い(?)当事者だけになり、コゼットは小さく嘆息ついた。


 どうやら男たちの間で、なにやら相談がなされたらしい。池を泳ぐ錦鯉を眺めるコゼットに、ひとりだけが近づいて座り、残る四人は遠巻きにしている。


 古めかしい雰囲気の東屋で、日本庭園に愁いを帯びた視線を送るコゼットは、『深窓の令嬢』と称するに相応しいだろう。


(だっりぃ~。この調子だと昼飯の時間まで伸びそー。そしたら余計にこのクソくだらん茶番に付き合わなきゃならねーじゃねーですのよ)


 内心では丁寧ヤンキー全開なことを察知しているか。それとも『結婚する気ねーっつってさっき言ったろ』的なことを言われるのを恐れているのか。唯一の顔見知りであるヘル・バルバが近くに座ったが、若干腰が引き気味だった。


「Bist du unzufrieden?(なにが不満だ?)」


 それでもちゃんとコゼットの本音を汲んだ上で、話しかけてきたことに敬意を評し、視線を合わせて聞く体勢を作る。

 不機嫌さなど顔に出してなどいないが、青い視線には乗せた。ちゃんと伝わったようで、辛うじての顔見知り男は一瞬だけ顔を強張らせた。


「Leute hier sind vorgelagerte Familien. Es ist tief in die Geschaftswelt und Politik eingebunden...(ここにいる連中の家は一流だ。財界や政治にも深く絡んでて――)」

「Es ist kein solches Problem.(そういう問題じゃないでしょう?)」


 肩書きや家と結婚するわけではない。特定の男性と結婚したいか否かだ。

 歴史ある血族に生まれようと、家のために己を殺すような、時代遅れの感性など持ち合わせていない。


「Auserdem verstehe ich nicht, warum du mich kennst, warum du hier bist. wenn man in "Doe" involviert ist?(それを言えば、わたくしの正体を知っている貴方が、なぜこの場にいるのか理解できないですけど……『Doeドゥ』に関わると面倒だとご存知でしょう?)」


 《魔法使いソーサラー》に降りかかるトラブルの前には、普通の男が誇りとしているようなことなど、鼻息で吹き飛ぶ程度のものでしかない。

 『愛している』『君を守る』なんて甘い言葉で、現実が霞んで見える乙女フィルタなど、コゼットは持っていない。


(いざって時に役に立たねー男と、結婚なんぞ考えるわけねーっつーの)


 視線はいつの間にか、木々に隠れるように掃き掃除をしている、スーツで法被はっぴを羽織った男の背中に移っていた。目の隅でヘル・バルバが視線をたどって首を動かしたから、遅れて自覚したくらいだ。


「Ich wurde von meinem Grosvater bestellt...Ich will dich nicht heiraten.(……オレがここにいるのは、爺さんに言われてだ……オレ自身はお前と結婚など御免だ)」

「Ich bin froh, dass du verstanden hast.(ご理解いただけているようでなによりです)」


 首を再び動かし男の顔を見つめ、十倍濃度の毒を込めた笑顔を返す。


「Aber die anderen sind anders. Was planen Sie zu tun?(だが、他の連中は違うぞ? どうするつもりだ?)」


 気遣いなのかなんなのか。彼はよくわからない忠告を返してきた。

 彫りの深いヘル・バルバの顔越しに、離れてこちらを窺っている四人を確かめると、『結婚に値する女ではない』という先制パンチから、もう気を取り直していた。

 しかも、あれは自信家の目だ。日本人の若者には珍しくなった肉食系の。


「Weist du, wer sie sind?(連中の家がどういうところか、知らないのか?)」

「Ich kann es vorhersagen.(具体的には知りませんけど、予想はできます)」


 そして野心家。

 鼻っ柱をへし折って諦めさせるには不十分だから、先制パンチで怯んでいる間に逃げたかったのに。コゼットはこめかみを指先でポリポリかいて、ため息をこぼす。


(断るっつーか、ドン引かせるのは簡単なんですけどねぇ……?)


 本性ボロを出さないようにとなると、面倒きわまりない。

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