025_1040 【短編】 彼女は何者たるかⅤ~技術者として~ 


 コゼットの大学生活は、普通の学生と比べて余裕がある。

 一般教養の外国語は、七ヶ国語話者ヘプタリンガルである彼女は、単位免除されている。学科の専門についても、論文博士相当の結果は出しているので、いくつか必修単位は免除されている。


 そして理工学科の学生ならば嫌でも利用する上、彼女個人としても《付与術士エンチャンター》の役目の一環として度々使う。


 だから、実習工場で作業する時間など、割合いつでも取れる。


(ったく……こんなところまでイヴォンヌは居座りやがって……)


 髪をくくった作業着姿のコゼットは、いつの間にか透明アクリルガラス越しの廊下に立つ人物を、卓上吸煙器に半分隠れて睨む。

 老婦人は、コゼットを軽く睨んでいた。慌てて視線を下げて、手元のハンダ付け作業に集中する。きっと姿勢の悪さを咎めているのだろうが、テーブルマナー同様に求められても困る。王女らしく電子工作をする振る舞いなど、歴史上誰ひとり知らないであろうし。


(あ゛ー……そういや公宮殿にいた頃も、イヴォンヌから隠れて工作してましたっけ)


 面白くもない記憶が浮かび上がってきた。


 留学前、彼女は家族からたびたび殺されかけた。だからただ怯えるだけではなく、コゼットの側でもできる限りの警戒をしていた。

 そのために、彼女はこうした電子工作を行っていた。侵入を察知するセンサー類や、隠されたものを探る探知機などはよく作っていたから、今や設計図を見なくても作れる。


 ただ、作る際にはひと苦労だった。買い物も自由にできない身なのだから、部品を集めるだけでも大変な思いをした。

 組み立てるのはもっと苦労した。誰も味方がいない場で、誰がどのように動くかわからないから、秘密裏に作って使うしかなかった。

 だから、身の回りの世話をしていたイヴォンヌは、実に面倒な相手だった。

 もっとも、いま思えば、コゼットが隠れて行っていたことなど、老婦人にはバレていて、見逃されていたような気がしなくもない。



 △▼△▼△▼△▼



 翌朝。


 依頼がなければ義務ではないが、支援部員には休日も部室に集まる習慣がある。十路とおじ個人の話なら、自衛隊員時代の名残で、日中自室に篭ってなにかする習慣がない。部屋は基本、私物置き場と寝る場所でしかない。

 だから休日の今日も登校するため、普段よりも遅い時間ながら、いつもどおりの時間に学生服に着替えたところで、インターホンが来客をしらせた。

 カメラの映像を覗くと、部屋の前にコゼットが映っていた。


「どうしました?」


 半端な学生服姿のまま扉を開くと、廊下にいたのは、普段着にしていない象牙色のレディーススーツ姿のコゼットだけでなく、地味な紺のスーツを着た老婦人もいた。

 先日の話どおり、これから見合いに出かけるところなのだろう。派手と呼ぶほどではないが華やか装いに、無骨なアタッシェケースが浮いている。


「先日お借りしてそのままになってたペン、お返ししますわ」

「は?」


 なんの用事かと思いきや、いつもは無造作に流している金髪をハーフアップにしたコゼットは、万年筆を差し出してきた。


 そんな物、貸していない。


「それ、形見の品とかおっしゃってたじゃありませんか」

「……?」


 そんな物、ない。既に没した両親の形見はあるにはあるが、ペンではないし、貸し出したこともない。


 理解不能な言葉に、十路が眉根を寄せていると、コゼットは胸につけたブローチを、背後の老婦人に気づかれないように指さす。

 安っぽくは感じない、小さな花束のコサージュが、なにかと思っていると、装飾品には不自然な光を見つけた。


(あ。そーゆーこと……面倒くさ)


 それで十路も思い至った。


「わざわざどうも」


 十路は万年筆を受け取りながら、視界の隅でマダム・イヴォンヌにも目をやる。

 伏せ目がちな彼女は、気づいているのかいないのか、見分けつかなかった。


「では」


 用件はそれだけだと、コゼットは踵を返す。


「今日、見合いとか言ってませんでしたっけ」

「えぇ。これからイヴォンヌと、有馬温泉のお高い旅館まで向かうところです」


 ピンと伸びたその背中に、念のために声をかけるたが、わずかばかり足が止まっただけ。


「《杖》は? 持っていかないんですか?」

「さすがにこの格好でアタッシェケース持ってると、不審がられますから、フォーさんに預けていますわ」


 格好に相応しいハンドバッグだけを手に、そのまま彼女たちはエレベーターに乗ろうと足を動かす。


 彼女たちがエレベーターに乗って振り返る前に、十路は玄関から顔を引っ込めて、本格的にペンを確かめる。


「うっわ……」


 キャップを外す、というより中身を引き出すと、ペン型ラジオやICレコーダーを思わせる部品が露出する。スパイ映画の小道具並に見事な出来栄えだった。よく小さな本体に、これだけの機能を詰め込めたものだと関心する。普段を知っていれば、《魔法》を使ったわけではないとわかるが、《付与術士エンチャンター》としての能力を無駄に発揮してると思ってしまう。

 性格は大雑把なクセして、仕事は細かい。


 野良犬のように首筋をなでながら、思わずひとりごとがこぼれる。


「助けが必要なら、ちゃんと言えっての……」


 彼女は仕方なく、迂遠な方策を取っていると理解できる。

 だが同時に、相変わらずだとも思ってしまう。


 私服のほうが都合いいだろうか。預けている空間制御コンテナアイテムボックスの引き取りが必要だろうか。

 まずはコゼットの部屋に入って、釣書を探すところからか。


 色々考えながら十路は、出かける準備をやり直すことにした。

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