025_1070 【短編】 彼女は何者たるかⅧ~『Doe』を持つ者として~
面接が終わった。いや、面接ではないが、コゼットの認識と実情はそんなものだ。
ただその終わり方は、穏便とはとても呼べない。コゼットが挑発的なことを言っただけでなく、終わり方が変なことになった。
「Ist niemand zuruck gekommen?(他の連中、帰ってこないな?)」
「Es ist seltsam.(みたいですわね?)」
「Mein Vater kommt auch nicht zuruck.(親父もどこへ行った?)」
「Ich weis es nicht.(わたくしに訊かれても困るんですけど)」
場を移した二番手は、突然派手に転倒した。話が終わってロビーに戻ろうと歩いていたら、建て増ししたためか存在した、わずかな階段を頭から転げ落ちて動かなくなった
その際コゼットは、脛の高さに張られた線を一瞬見た気がした。旅館の
館内営業しているバーに場を移しての三番手は、中断という形になった。
バーとはいえ、日中の営業はソフトドリンクがメインで、ジュースで唇を湿らしながら離していたのだが、相手の呂律がどんどん怪しくなり、瞼が下がった。
様子のおかしさに他の客も目を向けだした頃、バーテンタースタイルの男が現れて、どこかで休憩させるために連れて行かれた。
その後でようやく、男が口にしていたのは、高アルコール度数のカクテルだったと気づいた。アルコール類は軽いものしか出されていないのに。
結果、昼食前に話をして、比較的穏やかに終わったヘル・バルバ以外、見合い相手は消えてしまった。付き添いもその行方を知らないらしく、旅館従業員を巻き込んで、ちょっとした騒ぎになっている。
「イヴォンヌ。わたくしの役目は終わったでしょう?」
コゼットにとっては他人事だ。質問として声をかけたが、答えを聞く気ない。引き止めなど尚更。
胸元のポケットから外した、コサージュに擬装した無線マイクに、桜色の唇を近づける。
「堤さん。そろそろ帰りますわよ」
「はいはい……」
怠惰な返事は、思ったよりも近くからあった。
ロビーの片隅でテーブルの拭き掃除をしていた男性従業員が、それまでの熱心な仕事ぶりとは一転し、ダルそうに立ち上がって近づいてくる。
「
「持って帰っても困るだけですよ……」
ワックスでオールバックに固めた頭を乱し、眼鏡を外すと、コゼットが見慣れた十路の顔になる。旅館の名前が入った
「で。連中をどうしましたの?
「連中、部長が《
コゼット作のペン型盗聴器から伸びるイヤホンをはずした十路は、スラックスのポケットから出した、折りたたまれたプリント用紙をヒラヒラさせる。
「まさか見合い相手が五人もいるとは思ってなかったですけど、そもそもそ誰が相手かわからなかったから、ちょっと部長の部屋に失礼して、釣書を全部持ち出して、
「不法侵入……しかもセキリュティの意味ねー……」
「情報ないから、仕方なくですよ。『手伝え』ってのもあんな遠回りに……大体『有馬温泉の旅館』しか言わないから、ここ突き止めるのも大変だったんですからね?」
「まぁ、わたくしがフォロー頼んだことですし、そこは問わないことにしましょう……で?」
「見合い相手を調べたらまぁ、黒い話が出るわ出るわ。しかも是が非でも部長が手に入れたいらしくて、見合いが終わった後、電話で不穏な会話してたんですよ。付き添い単独で拉致の相談したのもいたので、そっちもついでに」
十路に
彼が無事に残っているのは、最初からコゼットとの結婚に消極的で、執着を見せなかったからか。運がいいと評するべきか、なんというか。
一応なれど根拠あってだろうが、普通なら十路の行動は、警察沙汰の実力行使だ。だが彼のことだから、この会話以外に証拠を残していないだろう。
こんな凶悪にして優秀な『野良犬』がバックアップしていたなど、きっと誰も想定していない。それを見込んでコゼットも、朝に彼の部屋を訪れたわけだが。
「だから気絶させて、旅館のあちこちに転がしてます」
「さすが、というか、なんというか……よくまぁそんな鮮やかに都合よく」
「落とすのですか? 油断してる相手に闇討ちするなら、コツ掴めばそんなに難しくないですよ」
「コツ掴むまでを想像すると、すげー怖ぇーんですけど……」
いや、ひとりだけ。一応なれど十路と面識ある上、日本語を理解している者がこの場にはいる。
口を動かしながら視界の隅で確かめると、彼女は態度を全く変えていない。それどころか老婦人は、十路へ観察するような目を向けている。
目的はやはり、こっちか。
なんとまぁ、手の込んだ仕込みなのかと、コゼットの口から意図せぬため息が漏れた。
それなら尚更、もう知ったことではない。従う義理はない。折檻を考えるとちょっと怖く、十路が守ってくれるか怪しいので、若干ながら心が萎えかけた。
気持ちを隠すように、コゼットは足早に深い絨毯を踏み、旅館の外に出る。タイミングよく玄関前に、無人の大型オートバイが停車した。
その後部横のアタッチメントには、見慣れたアタッシュケースがくくりつけられている。預けてあったはずだが、十路が回収して持ってきたらしい。
トラブルご免を自称する彼の、ただの用心なのか。それとも有事経験豊富ゆえに、まだ事が終わったとは考えていないのか。
△▼△▼△▼△▼
擬装された排気音を響かせて、ふたりを乗せた赤黒のオートバイは走り去った。ライダーたる男子高校生はまだしも、後ろに乗る王女殿下までもが慣れた様で。
唖然と見送るヘル・バルバに、マダム・イヴォンヌは近づいて、ドイツ語で言葉をかける。
「Wie fuhlten Sie sich, sie nach langer Zeit zu sehen?(久しぶりにお会いになられたアリス姫様は、いかがでしたか?)」
コゼットの世話役だったのだから、まだ男が少年だった頃を知っている。とはいえ、元仕えた者の客人への、使用人にあるまじき余計な差し出口だが。
彼は問われて気づいた態度で振り返り、反応をしばし迷わせた。
「Es ist naturlich, aber...es ist anders als in der Kindheit.(当たり前だろうが……子供の頃とは違うな)」
かつての少女とは、なにもかも。
否、かつての少女こそが、作られていた姿と考えることもできる。
家畜の群に紛れ込んでいた、知恵あるライオン。何度鞭打たれようと牙を剥かず、猛獣をいえど御せると勘違いさせていた。飼育係や動物使いの機嫌を損ねないよう大人しくし、虎視眈々と自由を狙っていた。
檻から出された今や、野性全開で咆え猛っている。こっちが本性だと言わんばかりに。
「Bereuen Sie es? Sie schuttelte sie.(暴言を投げかけたことを、後悔されていますか?)」
「Nun...ich verstehe mich selbst nicht.(どうだろうな……? 自分でもわからない)」
苦い笑みを見せるのは、本心なのか見栄なのか。
それは老婦人が感知するところではない。男にとって彼女は、初恋の少女であったとしても、今や完全に道を
老婦人にとって大事なのは、いま現在、王女と道が交わってる男だ。
「Dann werde ich mich entschuldigen.(それでは失礼いたします)」
「Nimmst du sie zuruck?(連中を連れ戻すのか?)」
だから一礼して去ろうとしたが、話をぶった切ることになるせいか、呼び止められた。
仕方なく、マダム・イヴォンヌは触りだけ教える。
「Nein. Es ist anders als hier, es ist meine wahre Rolle.(いいえ。違いますが、ここからが、わたしの本当の役目です)」
まずはフロントへ。
今日よりも前に預けていた『荷物』を受け取るために。
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