花色水人形

 花は散らず、気流に乗って上昇し宙を舞う。朱鷺色のわだかまりが織り成す空間は、柔らかい陽光にきらきらと弾けた。

 ひんやりとした霞が僕の頬を撫でる。皮膚に埋め込んである緑柱石(ベリル)の湿った感じが心地良かった。

 ふと足元を見ると、雲間に春告鳥が事祭(ことまつり)の日取りが決まったことを賑やかに触れているのが見える。

「あぁ、それで、」

 繋留中の帆船(ホヴァアボゥト)がその帆に風を溜めていたのだ。色とりどりの帆と、船首に飾られた真珠の疑似餌が、これから始まる祝祭を華やげる。

 強い風が吹く。春疾風の匂い。今日は船が出るに違いない。空色を滲ませた雲海を回遊する水人形を獲る為に。

 この時期特有の烈風に乗って、水人形はこの湊にやって来る。花と温度と季節を連れて押し寄せる風は、僕の心を緩やかに融し、繻子の光沢の雲の波に見え隠れするてらてらとした魚影群は、いつでも僕の視線を絡めとった。

 祝膳を飾る水人形たち。獲るのではなく、獲られる感覚に震えた。

 水平線の彼方がざわめく。一斉に帆船が舫綱を外し、はらんだ風を吐き出して滑り出した。

 僕は萌黄色の帆を張った船を選ぶと、雲海へと翔る。千切れた雲の破片が頬の緑柱石を濡らして消えた。




 気ヲ付ケナケレバイケナイ




 角膜に記憶された残像。




 水人形ノ数ハ普遍ダ




 鼓膜に貼り付く幻聴。




 事祭デ喰ラッタト同ジ




 去年の祭で贄となったのは柘榴石(ガーネット)の鱗を持った水人形だった。




 鉱石ガ消エル











 浮遊感。











 遠くの船の先に翠色セロファンの煌き。最初の水人形が跳ねる。

 天(そら)に舞う花と真珠の疑似餌を視界の端に捉えた時、僕の意識は緑柱石に飲み込まれた。








‥了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

水人形 猫柳ハヤ @hayarineco

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ