悲劇の国とビブリオドール


  希望の叫びを轟かせよ

  銃をとれ、剣を持て

  いざ征かん、血飛沫舞う戦場へ

  我らは今ここで生きている


  風声ふうせい絶えて音は無く

  花弁消えて香り果つ

  次に失せるは光か、人か

  輪舞おどれよ、円舞おど

  金色こんじきの蝶 戦場に現れる幻想よ

  勝利の杯は、どこにある?





 昔々、あるところにひとつの国がありました。

 貧富の差もさほどなく、広い国土に街が栄え、毎日活気に溢れていました。


 その国は、一人の王様が治める国でした。

 一人の王様は愚かではありませんでしたが、賢いというほどでもありませんでした。強いて言うならば、その王様は国民みんなに支持され、国民みんなが王様に従うべきだと考えていた王様でした。


 この国には、宗教がありました。

 神は我々人類を愛し、常に見守ってくださっています。また神に奉仕すればするほど、神はその行いを喜び、恵みをたれてくださいます。

 偉大なる神の権威を称えるため、教王は各地に教会の建築を奨励しました。王様も神を信仰していましたので、特に何も言うことはありませんでした。


 ある教会では大きな大きなステンドグラスを飾りました。またある教会ではたくさんの天使や過去の聖人の像を彫りこみました。さらにある教会では天井を高く高くし、とても重厚な教会が完成しました。

 こうして大と言わず小と言わず、各地に教会が建てられていくことになったのです。その結果、国の財政は傾きを見せ始めました。


 絢爛豪華な教会をいくつもいくつも建てるには、お金がいくらあっても足りません。王様は、教王に教会の建設を止めるように言いました。すでに国内には、百を越える教会があったのです。神の権威を国民に知らしめるには、十分と言えます。

 しかし教王は言いいました。


 「何を仰いますか、国王陛下。教会建築は、神を称え、神に恵みを乞い、神を喜ばせるためのものです。我々が計り知れない神を喜ばせるには、まだまだ足りませんぞ」


 さらに、この国の繁栄も神のお力があってこそ。神の恩恵によって、この国は平和でいられるのだと。

 王様は少し不満に思いました。外敵を退け、法を整備し、この国を栄えさせてきたのは自分と、過去の王様たちです。


 だんだん、王様と教王の仲は悪くなっていきました。それぞれを支持する人たちの間でも、仲違いが生まれるようになりました。

 小さな犯罪は大かれど、比較的平和だった国に影が差し始めました。

 国は国王派と教会派に別れ、市井に住む人々も争いを起こすようになりました。

 

 「空が紅く染まる 血などと比べようもないほど鮮やかに、妖しく」


 国王に仕える正規騎士団。


 「夕暮れ時の天はとても悲しい」


 教王の檄に応じて集まった神の聖騎士軍。


 『そして今——破滅への序曲が奏でられる』


 数年後、両者による国をまっ二つに割る戦争が起こりました。

 激しく剣と剣が、馬と馬が、人と人がぶつかり合います。


 「愚かな罪人が声を枯らして叫ぶ 「主君ニ刃向カウ者ヲ殺セ」と」


 国が繁栄してきたのは王家の力。自分たちが今まで生きてこれたのも王家がいたから。

 だから、教会側こそが悪なのだ。


 「愚かな罪人が声を枯らして叫ぶ 「神ヲモ恐レヌ背教者共ヲ殺セ」と」


 国が繁栄してこれたのは神の力。神は王よりもはるかに尊いもの。それに刃向かうなどもってのほかである。

 だから、国王側こそが悪なのだ。


 「荒涼の大地に咎人どもの血が咲き誇り」


 「濡れた大地に咎人どもの命が散っていく」


 戦争の熱気は止まりません。むしろ人の激情が異常を生み、さらに増していっていると言っても過言ではなかったでしょう。

 誤解が誤解を生み、悲しみが怒りへと変わり、憎しみが次の恨みを育て。負の連鎖が国中を巻き込んで縛り上げていきました。


 「主君の為にと武器を取り、主君のためにと命を投げ出す愚者共よ

 本当にそれでよいのか 自分の命は自分だけのものだというのに

 お前は人を殺す為に生まれてきたのか」


 「自らを神の子だと思いこみ、神の為にと剣をとる愚者共よ

 本当に神はその血染めの刃を喜び受け取るのか

 本当に神はお前の魂を慰め、約束の地へと導くのか」


 この鎖が外れるのは、いったいいつになるのでしょう。


 「私には分からない 分かりたくもない 

 なのに抱かざるを得ない

 必要とあらば、誰も彼もを切り捨てるその心を」


 「一つの命を奪るごとに一歩人から遠ざかり、狂える獣と化す

 そうすればもう救いはないのだろう

 人として死ぬことも神の祝福を受けることもないのだろう」


 剣を振りかぶり、槍を携え。

 

 「だからこそせめて」


 「散る時は、最期の瞬間は」


 『美しく、輝かしくあれ————』


 かつて愛し合った男女でさえも、信じる心が違えば…………。



         *         *         *



 「時を経た今でも、その国の内乱は収まっていないそうです。戦争に疲れた人たちや、争いを嫌う人たちはぞくぞくと隣国へ逃れ、もはや国どころかそれぞれの軍も成り立っているかどうか定かではないと……」


 馬の前に座る少女は、長い蜂蜜色の髪で顔を隠しながら、悼ましそうに言いました。


 「戦争は考え出したら負けだ。何故人は生まれたのか、何故人は死んでいくのか……。そんなことを思い始めたら、もう生きてはいけないのさ」


 少女の後ろで手綱を操る元傭兵の白い髪の女性は、淡々とそう答えました。

 二人が今馬に乗って歩んでいるのは、右手のそそり立つ崖、左手の切り立った崖に挟まれた、狭い山道でした。馬一頭がぎりぎりすれ違える程度でしょうか。ですが、この道を登り出してから丸二日以上。二人は、他の人に会ったことがありません。せいぜい野生の狐やウサギにあったぐらいです。


 しばらく無言の時間が続きました。


 そしてふいに視界が開けました。そこから眼下を見下ろしたとき、女性はその惨状に思わず吐き気を覚えました。

 折り重なり大地いっぱいに倒れる人々で、地面が見えないぐらいでした。いいえ、見えていても見えていないと錯覚したでしょう。あまりにたくさんの血を何年も吸い込んでしまった大地は、本来の色と違う妙に赤い色に変わってしまっていたからです。


 それだけではありません。肉が焼け、腐り落ちる堪え難い匂い。それが離れたこの場所にまで届いていました。ここでもこれほど臭うのですから、降りてあの戦場にまで赴けば、立っていられないほどかもしれません。


 さらに、彼女と悲しみに胸を痛めている目の前に座っている少女にしか聞こえない呪詛の声。死んでもなお旅立てずに、大地を這いずり回っている哀れな魂たちの声です。

 それが直接女性の脳を刺激し、元傭兵として多くの命を奪ってきた女性でも生理的な嫌悪を抱いてしまうのでした。


 「……戦争というのは、本当に嫌なものです。こういう光景を見るたびに、思います」


 蜂蜜色の髪を揺らし、青い瞳にうっすらと涙を浮かべて、少女は馬から下りると道の端ギリギリに立ちました。


 「これほど多くの魂を彷徨わせてしまう。苦しめてしまう。なんて可哀想な……」


 スウ、と深く少女は息を吸いました。



  書架配列六〇二番より——開架

  惨禍の国に捧ぐ讃歌



 詠い上げるは葬唄おくりうた。死者を慰め、彼の地へおくる詩。

 少女はビブリオドールといい、友だちの神さまが己の代わりに魂と精霊を救うことを望んで造ったヒトならざるモノでした。彷徨う魂を正しい場所へ導くために、彼女は自らの契約者とともに世界を巡っているのです。


  血で染まりし空虚なこの地に響くのは

  声なき慟哭 声なき賛美歌

  倒れ臥すのは無垢なる戦士たち

  さあ、お眠りなさい 安らかに

  至上の誉れか、嘆きの苦痛か

  私に知る術はない

  それでも私は胸を痛めます

  轟音に穿たれたその痛みに

  非情な声で引き裂かれたその絆に

  全ての子が生まれ還る地は

  貴方の眠りを慰め迎え入れるでしょう

  だから安心してお眠りなさい

  大いなる神が愛したもう子らよ

  願わくば、

  貴方の次なる目覚めにこそ光があらんことを……



 苦痛と未練に苛まされていた地上の魂たちは、全てビブリオドールの葬唄に導かれ、神が統べる天の園ローゼノーラへと旅立っていきました。

 それでも、ビブリオドールの顔が晴れ渡ることは、ありませんでした。



 こうして、ビブリオドールはつり下げられた星が瞬きだすときまでただ静かに、惨禍の国を眺め、涙を払うと女性とともにまた馬に乗って去っていきました。

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