祈れる星の乙女とビブリオドールのお話




  遥かなる水砂漠へ

  猛者は集いて徒党を組む

  夢を求めて、自由の風に吹かれて

  覚悟を掲げた船が往く

  母なるものはお前たちを愛し、

  見守り、試し、導くだろう  

  王者か敗者か 征すか滅ぶか

  遠い高み、その座を目指せ!






   祈れる星の乙女とビブリオドールのお話


 つるりとなめらかな青い空には一点の曇りもなく、白い鳥が二羽、三羽、優雅に弧を描いて飛んでいました。目線を下に移せば、波立つ青い海が太陽の光を反射してキラキラと輝いています。さらにその遠い先で、空の青と海の青が繋がってまっすぐな水平線となっているのが見えました。


 ここは船の上。天気にも風にも恵まれて、穏やかにゆっくりと、船は目的地である大陸の反対側の港を目指して進んでいました。


 「よお、姉ちゃん」


 船のへりに肘をついて、何をするでもなく永遠の海と空を眺めていた女性に、日に焼けて頭にバンダナを巻いた男性が声をかけてきました。


 「今からちょいと組手大会を始めようと思ってるんだが、アンタもどうだい。何日もこもってたら、身体も鈍っちまうだろ」


 男性の声に馬鹿にしたような響きや、からかってやろうという下心は見えませんでした。腰に剣を下げた女性がけっこうな腕前だと察したので、どれほどのものか見てみたいという興味が半分、そして純粋な気遣いが半分でした。


 「もっとも、ただの遊びみたいなもんだからな。武器の使用は禁止。素手だけの勝負だ。それでもよければ、だが」

 「……そうだな、せっかくの誘いだ。断る理由もない」


 少し思案した様子でしたが、女性はすぐに頷くと男性のほうへ歩き出しました。女性と一緒にこの船に乗った同行者は、今頃部屋でおとなしく本を読んでいるでしょう。

 最初はそれに従っていた女性ですが、一日もすれば興味も忍耐も尽きてしまいました。女性はどちらかというと身体を動かすほうが本分なので、男性の誘いはまさに、渡りに船だったのです。


 「おお? なんだ、なんだ、もしかして参加希望か?」

 「勇ましいなあ、姉ちゃん!」


 甲板の上では、既に何人かが思い思いに身体を動かして準備運動をしていて、その周りを楽しそうな顔で他の船員たちが囲んでいました。隅のほうではこっそりと、誰が勝つか賭けも行われているようです。


 「ああ、お手柔らかに頼む」


 表情こそあまり変わりませんでしたが、女性の目元が挑戦的にひらめきました。元々船に乗っているのは、陽気で血気盛んな人たちです。口笛を吹いたり、つられて獰猛な笑みを浮かべたりと、彼らはそろって女性の参加を歓迎しました。


 拍手や野次が飛ぶ中、女性の番が回ってきました。相手はまだ細身で背の低い、少年からようやく青年と呼べる年にさしかかったころの男の子でした。


 「はじめぇ!」


 審判を務める男性が声を張り上げると同時に、男の子は女性に向かって突進していきました。重い筋肉がついていないぶん速さがありましたが、女性は難なく躱すと、組んだ両手を男の子の背中の真ん中ぐらいに思いっきり振り下ろしました。


 「ぐほっ⁉」


 男の子は息を吐き出して呻き、周りは歓声を上げました。


 ですが男の子もこれでは終わらず、顔を甲板にぶつける前に両手をついて前転の要領で女性から距離をとりました。そして息を整えながら少しずつ距離を詰め、女性の隙を探しますが逆に女性に懐へ入られ、あごを殴られてひっくり返ってしまいました。


 再び歓声が上がり、女性の勝利が宣言されました。


 女性の二回戦の相手は、隆々とした筋肉を持つ立派な体躯の男性でした。女性も珍しく背が高いほうですが、相手の男性はそれよりもさらに頭三つ分ほど高く、腕や足なんかは女性の二倍ほどの太さがありました。


 当然、上から振り下ろされる拳の威力は申し分なしです。固い木の甲板にもめり込んで傷をつけるほどでした。かすった腕の痺れを取りながら、女性は苦笑しました。


 「まともに当たればシャレにならんな」

 「がっはっは! 降参してくれてもかまわねえぞ? オレァ女だからって手加減する気はねえからな!」

 「心配は無用だ。私もそれを言い訳にしたことはない」


 不敵なまなざしで答えると、女性は素早く男性の後ろへ回り込みました。一瞬、女性の姿を見失って狼狽えた男性の隙を逃さず、首に腕を回すとあっという間に絞め落としてしまいました。


 がっくりと男性に膝をつかせた女性に、わっと周囲は沸き立ちました。その中に知らない少女がひとり、混ざっているのを女性は見つけました。あまりに場違いでふと目についたのですが、次の瞬間にはもう見当たらず、彼女が誰だったのか確かめ損なってしまいました。


 順調に勝ち進んだ女性の最後の相手は、先と比べればずいぶんと細身の男性でした。ですがしっかりと鍛え上げられており、二人の勝負は拮抗しました。


 それが崩れ、勝敗が決したのは一瞬でした。船が波を受けて大きく揺れたのです。女性はバランスを失い、そちらに気をとられました。一方の男性は戸惑うことなく足を踏み出し、女性をひき倒すとその目ギリギリに指を突きつけました。


 「……参った」


 女性は力を抜くと降参を宣言しました。ひときわ大きな歓声が上がり、惜しみない拍手が送られました。


 「少し卑怯だったな。悪かった」

 「まさか。それも含めての勝負だろう。さすがに、船の上で船乗りには敵わないか」

 「オレは逆に面目躍如ってトコだな。おかの上だったら、アンタが勝ってたかもな」


 二人は晴れやかな表情で握手を交わしました。そして女性は、いつの間にか観衆にまぎれていた同行者の少女のところへと向かいました。


 「お疲れさまでした、館長さん」

 「出てきていたのか、セシェ」

 「はい。お前の姉ちゃんすごいことなってんぞー、と呼びにきていただいたので」

 「姉ちゃん……?」


 タオルを受け取った女性は、微妙に納得できないと言いたげな表情で小さく首をひねりました。


 いつもは無造作になびかせている女性の髪は、今はひとつに束ねられています。その色は卯の花のような白色でした。一方の少女は、甘やかな濃い蜂蜜色の髪です。瞳の色も、少女は眼下の海のように深く澄んだ青色ですが、女性の細い瞳は紫色です。


 容姿がまったく似てない二人は、本当はどういう関係なのでしょうか。


 答えは、ビブリオドールとその契約者、でした。


 ビブリオドールとは、彷徨う魂を還るべき場所へ葬るために造られた人形のこと。遥かな昔、世界中の全てに忘れられた友だちの神さまによって造られました。ビブリオドールは自らの内にたくさんの祝詞を保管・管理し、彷徨う魂それぞれへふさわしい唄を捧げます。この仕組みが世の中の図書館に似ていることから〈ビブリオドール〉と名付けられました。だからビブリオドールは、契約者のことを〈館長〉と呼ぶのです。


 当代の〈館長〉は、カリオン・シュラークという名前の元傭兵の女性でした。彼女はビブリオドールのことを、古い言葉で『書物』を意味するセシェという名で呼んでいました。


 「そういえばさっき、観客の中に若い女がいたように見えたんだが」

 「それはもしかして、あちらの女性のことですか?」


 ビブリオドールの視線を追ってカリオンも見上げてみると、太陽の眩しい光で一瞬目の前が白くなりました。手で影を作り、何度か瞬きをしてようやく見えたのは、帆が張られたヤードの上に立っている生成りの服の少女の姿でした。彼女は両腕を広げて、帆と一緒に風を受けています。


 「……落ちるぞ」

 「ふふっ、大丈夫ですよ」


 思った通りのことを素直にこぼせば、ビブリオドールは口に手をあてて微笑みました。


 「とても、気持ち良さそうですね」


 浅いところでたゆたう水のようなアクアマリン色の少女の髪が、ふわふわと優しい風とともに揺れていました。



 その日の夜は、よく晴れていました。


 食事という名の酒盛りの席を丁重に断ったカリオンは、ビブリオドールと一緒に船首のほうへ向かいました。


 この船の船首には、一糸まとわぬ乙女の像が取り付けてありました。おそらく元は、金箔の肌に水晶の瞳、髪には水珠の代わりに真珠が飾られ、右手に掲げた杖の先には大粒のアクアマリンが輝き、さぞ美しく着飾られていたのでしょう。ですがどれほどの年月を経たのか、今では見る影もなく、錆ついた鉄が剥き出しになっていました。


 『かわいそう、なんて思ってくれなくていいよ。気持ちは嬉しいけどね』


 ふと聞こえたのは、さばさばとした気持ちの良い声でした。船首像の上に、昼間見上げた少女がにこりと笑って立っていました。


 「船の守り神を足蹴にするのはいかがなものかと」

 『いーじゃない。どうせ私だし、っと』


 少女は勢いをつけて飛び降りると、危なげなくカリオンとビブリオドールの前に着地しました。


 『こんばんは。お姉さん、お嬢ちゃん。好い夜ね』

 「ええ、こんばんは。祈りをその身へ写した乙女よ。わたしはビブリオドール。今はセシェという名をいただいています」

 『へえ、ビブリオドール。ビブリオドールってアレよね。あの……えーっと…………ほら、アレ……』


 少女は最初こそ心当たりがあるように振る舞いましたが、徐々に言葉に詰まっていき、無意味に指を宙で振っていました。


 『……本を壊す虫を退治する人』

 「それは、大衆劇場で人気だった演目『紙魚虫しみむしと将軍』ですね」

 『……エメラルドでできた叡智の牢宮の番人』

 「過去と現在と未来のありとあらゆる森羅万象を記した本があるという伝説ですね。たしか北方の伝説で、オーロラの向こう側にあるとか」

 『…………えーっと、じゃあアレ。一族の興亡を記し続けた魔法人形』

 「それもまた古くから伝わる伝説ですね。かつて世界の半分を支配していたという巨大な王国の、王の一族に代々受け継がれたという魔法の絡繰人形。語感は似ていますが、残念ながらハズレです」


 あー、うー、などと呻く少女を見かねて、ビブリオドールが説明しようと息を吸いましたが、それを少女は片手を上げて押しとどめました。


 『ちょっと待って。知ってる。絶対知ってる。もうここまできてるから。言わないで!』


 大真面目にいう彼女の心意気を汲んで、ビブリオドールは黙って彼女の言葉を待ちました。


 『ビブリオドール……ビブリオドール……。誰が言ってたんだっけ……。そう、二人目のときの……嵐の……。……そうっ! 分かった! 思い出した! 死んでもなお苦しみ続けて神々の住む地へ還れない魂を導く人形! そうでしょ!』

 「はい、正解です」

 『やった!』


 少女は溌剌とした笑顔で両手を握りしめました。


 『そっかそっか。ビブリオドールか。すごい、ホントにいたんだね。……そっか』


 そして少女は目を伏せました。先ほどまでの瑞々しい元気はなく、代わりに凪いだ海のような静謐さが広がっていきました。


 『……人は死んだらローゼノーラの地へ還る。ビブリオドールは、それができてない魂たちのお手伝い。——つまり私のこと、だよね』


 胸に手を当てて浮かべた微笑みはとても穏やかで、全てを理解し、受け入れているようでした。


 「ええ、そうです」


 アクアマリン色と蜂蜜色の二人の髪を、風が少し乱していきました。

 夜の海に吹く風は昼間よりもずっと冷えていて、カリオンは肌が少し粟立つのを感じました。


 「聞かせてもらえませんか? 海とともに生きてきた人たちのことを、貴女の物語を」



         *         *         *



 私は元々奴隷だったの。でもその時のことはもうよく覚えてないんだよね。きっと楽しくなかったんでしょ。


 だから、私のはじまりの記憶はキャプテンのコルク色の瞳。それから、ガラッガラの大声。


 「おおっ⁉ こりゃすげえな! まるで海そのものだ!」


 やせっぽっちの薄汚れたただのガキだったのにね、そう言ってくれたの。


 そのままひょいと担がれて、私はキャプテンの船に乗った。ちなみに枯れたと思ってたキャプテンの声は、まさかの地声だった。潮風で喉がアホになっちゃったのかもね。


 当時はね、航海の安全を祈るためだったり、勝利を願うために船に処女を乗せる風習があったの。といっても、たいていは舳先に処女の像を作ることがほとんどだったらしいけど、うちのキャプテンは何故か本物を乗せるほうを選んだのよね。


 キャプテンは一応、海賊だった。本人たちにはお尋ね者だっていう自覚がなかったみたいだけど、なんか気に食わなかったからみたいな理由で相手の船を沈めてたんだから、世間からしたらそりゃ乱暴者の罪人よね。


 「無理が通れば道理が引っ込むと言うが、アイツが進むと常識が割れんだよ! なんでだ!」


 そういって嘆いてたのは、キャプテンの幼馴染みの副船長だけだった。もとは気ままに海を旅しようってだけだったのになぜこうなった、ってよく泣いてた。


 海賊船に乗った私は、まず海の見方を教えられた。このあたりは西からやってくる流れと東から返ってくる流れがぶつかるところなのだ、とか。


 「そういうところはな、絶好の釣りポイントになるんだ。つーわけで釣るぞ! まずは釣れ! 自分の食い扶持は自分で獲るもんだ! 行くぞ野郎共ぉ!」

 『おぉー!』


 そして私は魚を釣る方法を教えられた。海に落ちたり餌だけ食べられたりで、散々だった。そしたらそのままの流れで夕飯を手伝わされ、料理も教えられた。


 その次に教えられたのが歌だった。二十人もいる大所帯の船だったから、生まれも育ちもバラバラ、楽しいときに歌う歌もバラバラ。全部覚えさせられたもん。食べて歌って笑って。飲んで歌って笑ってた。毎晩そんな感じで……とても楽しかった。


 星空の見方も教わった。麦の王冠アルステオ、輝くものセフィロナ、希望の針アルゴナ、そして海の宝石ステアマリン。うん、ちゃんと覚えてるよ。


 あとは海図の見方、帆の動かし方、宝石を見る目、値切りのコツ、港ごとに違う行きつけの店、世界中の伝説。たくさん話してくれた。私は忘れない。全部覚えてる。


 色んなところに色んな冒険もしに行ったよ。船ごと魚に飲み込まれたりとか、宝物庫を開ける暗号解読とか。すっごくドキドキして、とても楽しかった。いま思い出しても興奮しちゃうぐらい。


 あのね、ビブリオドール。私、みんなのことが大好きだったの。


 私のことを娘のように、妹のように、大切にしてくれたみんなのことが大好きだった。

 「今日は大漁だったぞ、お前のおかげだ!」とか、「お前のおかげで嵐を無事に越えられたぞ!」とか、「お前がいるからな! オレたちは今超ツイてるんだぜ!」とかよく言ってくれてたし。


 「やっぱりお前は幸運を運んでくれるアルゴナだったな!」


 でもやっぱり一番は、そう言って撫でてくれたキャプテンかな。


 とにかく、みんながそう言ってくれるから、みんながそう信じてくれるから、私もそうだったらいいと思ってた。


 ——だから私はあの日、海に身を投げることを躊躇わなかった。


 凄く激しい戦いの直後だったのに、追い討ちをかけるように海が大荒れに荒れたときがあった。このままじゃみんな死んじゃう。そう本気で思って、怖くなった。


 もしも。


 もしも本当に、私がみんなの祈りと願いを叶えられるのなら。


 もしも本当に、私に希望を指し示し、幸せを運ぶ力があるなら。


 天にまします偉大なる神よ、みんなをお助けください。


 私の命を捧げます。


 だからどうか、みんなをお救いください。



 お願いします。



 冷たく静かになっていく海の底へ沈みながら、強く、強く、そう願ったわ。


 そしてその想いはちゃんと伝わった。あの嵐の中、誰もいなくならなかったの。

 私は泣いて感謝した。思いつくかぎりの言葉を並べて、神を讃えた。


 キャプテンやみんなを泣かせたのは心苦しかったけど、実はちょっと嬉しかった。それから、この像を作ってくれたこともね。だって、他に祈りと願いを掛ける相手はいらない、私だけをずっと想ってやる……。そう言われてるみたいじゃない?


 こうして私は、キャプテンやみんなを、そのあとを継ぐ人たちを見守ることになったってわけ。


 船は二回替わったし、船のかしらは四回替わった。海賊もやめて商人になったけど、根っこのところは変わらない。相変わらず食べて歌って笑って、飲んで歌って笑って、毎日を全力で生きている。


 私は、たとえどれだけ時が流れてもみんなが大好きだし、全部覚えてる。



         *         *         *



 その眼差しは深い愛情に満ちていて、彼女にとってこの船の人たちが、また過去の海賊たちがどれだけ大切なのか、よく分かりました。


 『……けど、もうすぐお別れなんだよね』


 分かるからこそ、寂しげにこぼれたその一言が、いっそう痛々しく感じました。


 『この船、向こうの港についたら新しくするんだってさ。……船首像も一緒に。この船も年季入ってるからねえ。商船の見栄えもあるし、べつに責めようとは思わないよ。それに今の船長も、「今まで共に来てくれたことに、心からの感謝と敬意を」って言ってくれたし。……だけど、そしたら私はどうなるんだろう』


 像に額を寄せて、彼女は小さく呟きました。そのささやきを奪ってしまわないように、風すらも息を潜めて彼女の言葉を待っています。


 『……この像は私自身で、私はこの像そのもの。この像がなくなったら、きっと私はみんなと一緒に行けない。じゃあ私はどこへ行くの? 像と一緒に海に沈むの? それとも泡になって消えてしまうの?』


 ゆっくりとこちらに向けられた顔は固く、透き通った瞳は不安と期待の間を揺れ惑っていました。


 『だからあなたは私のところに来てくれたの? ビブリオドール』


 まっすぐな月の白い光が、祈りの使命を終えようとしている少女を照らしました。その辿り着く先が、悲哀や苦痛であってはいけません。


 「大いなる母の導きのままに。貴女の魂は、必ずわたしが天の園へおくって差し上げます」


 全ての縁を司る友だちの神さま。その代行者たるビブリオドールの力強い言葉を聞いて、ようやく少女の表情は和らいだのでした。



 それから十日十夜にわたって、少女は彼らとの冒険譚をたくさん話してくれました。


 もう何も辛くはありません。誰に知られずとも、その血湧き肉踊る物語を、彼女は色褪せない夢として大切にしてきました。ですがもうすぐ彼女はこの世を去ってしまいます。だからむしろ、誰かに聞いて欲しくてしかたなかったのです。


 たとえば、南の海に住む巨大な暴れ蛇との戦い。


 たとえば、太陽を三つ並べたときだけ姿を見せるという幻の島での宝探し。


 たとえば、川を上る魚の群れに乗って島を横断したこと。


 たとえば、人魚に恋をした男のために珊瑚の織物を探してあげたこと。


 観客は二人だけでしたが、少女は語り続けました。毎夜の締めに子守唄を添えて。



  遥かな死のように冷たい天空にも

  きららかな小さい星が光ってる

  深い悲しみのように暗く青い海にも

  豊かな小さい命が住んでいる

  さあ 母なるものに恋する人の子よ

  今は歩みを止めて 瞳を閉じて

  波の音を聞いてみて

  風の声を聴いてみて

  そう、ゆっくりとお休みなさい……

  



 そしてついに、その日がやってきました。多くが寝静まった真夜中です。港には、船員たちと、ビブリオドールたちしかいません。


 船員たちが見守る中、船に火がつけられました。



  書架配列四五三番より——開架

  祈れる星の乙女に紡ぐ寿ことぶきの詩



 ビブリオドールが詠い上げるのは葬唄おくりうた。死者を慰め、彼の地へおくる詩。



  月夜に虹のある海で

  星のせせらぎ聞きながら

  瞼を閉じて眠りましょう



 火は勢いよく燃え広がっていきます。

 長年生活してきた家です。思い出もたくさんあるでしょう。堪えきれずに、船員たちの間で嗚咽が漏れはじめました。



  天と海を隔てるものは消え

  夜の帳の中で色めく一つの世界へと変わる

  そう、数多の光が満ちている



 今日もよく晴れて、穏やかな海です。赤い炎に負けぬよう、天と海の光も強く輝きを増しているかのようにみえました。

 まるで、天が海に星を貸したような、逆に、海が天に貝をいたような。それほどまでに今、海と天は溶け合おうとしていました。



  真珠の玉響耳すまし

  目をこらして見た三重みつえの銀河

  時の波間を揺り籠に

  さあ、全てを見守る大いなるものの御下へと



 船が船としての形を保てずに、海の中へと崩れ落ちていく刹那。

 アクアマリン色の髪の少女が、笑顔で手を振って天へ昇っていくのを、船員たちは目撃しました。



  願わくば、

  貴女の次なる目覚めにも光があらんことを……



 誰もが、彼女が船の守り神であったことを察しました。そして、その澄みきった笑顔を見て、彼女は幸せだったのだということを知りました。


 「……ありがとな、姉ちゃん。嬢ちゃんも。オレらの家を一緒に見送ってくれて」


 涙を流さず最期まで見つめていた船長が、隣のカリオンたちに言いました。

 声が湿っていることには、気づかないふりをしました。


 「いや、こちらこそ立ち会わせてくれたことに礼を言う」

 「……ああ」




 こうして、ひとつの去り行くものを見送った二人は、馬に乗り換えて大地の旅へ進みました。

 背後の海では、一点の曇りもない黄金の少女を乗せた船が、大きく帆を膨らませていました。


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