第11話 戦闘準備

 翌日、テディは人間界への異次元門ゲートを改めて創造した。リオのレイピアの製造を頼むために、もう一度ディバのところに戻るという案もあったが、神母祭しんぼさいが行われる王都までの距離が離れすぎていて、当日に間に合わない可能性が出てくるため、結局は再びマリーディアに戻り、情報を集め、装備を整えることとなった。

 特区の人目のない場所に異次元門ゲートを開き、テルン達は何事もなく人間界に到着した。市場や屋台に買い出しをするため、前回の事で顔を広く知られてしまっているテルンや、高身長で目立つフェガ、王立軍から追われているテディはその場に残り、リオとフードを深くかぶったメロン、その中にプシノが隠れ、二人に同行する形で動きだした。テルンとフェガは情報を集めるため、テディを連れて特区の中を歩き周ることにした。


「お祭が近いからか、やっぱり空気が違うね。みんなどこか浮かれてる感じ。荷馬車の数もすごいし」


 メロン達が特区を抜けると、大通りにはたくさんの荷車が行きかい、横断するのも難しいほどだった。人の往来も同時に激しくなっており、街はごった返すような騒ぎになっている。多くの商人たちは忙しく動き周ったり、商談に花を咲かしたりしていた。


「その分警備の王立軍も増えてるわね。人が多ければ問題も起きやすくなるし、私たちも動くときは注意しましょ」

「まずは宿を見つけましょう。いつまでも外にいて、王立軍に見つかったらことです。なにより、あそこは匂いがきついのです。人間界の王は特区の問題を早急に解決すべきなんです。妖精界には貧富の差なんてありませんよ」

「まあ、確かに……あんまり綺麗じゃないし、王様になんとかしてもらいたいね」


 メロンは小声で文句をいうプシノに苦笑いで答えながら、市場のたくさんの商品に目移りしていた。果物や野菜、肉類に香辛料、飲料などしばらく生活できるだけの量を買い込んでいく。


「えーと、りんご、りんごは……あった。おじさんこんにちわ! このりんご、たくさんください!」

「おうこんにちわ! たくさんって言ってもわからねえなあ。ちゃんと数をいってもらわねえと」


 元気よく挨拶したメロン以上の大きな声で客を迎える果物屋の男は、がしっと腕を組みながら店番をしていた。


「じゃあ、その紙袋に入るだけください!」


 横においてあった幾つかの紙袋の中で、一番大きな袋を指さす。


「おお! 嬢ちゃん気前いいじゃねえか。 そういうのは嫌いじゃないぞ。ほら、ちょっくら安くしてやっからよ」


 おじさんが次々とりんごを袋に詰めていくのを、メロンはうきうきとしながら見守った。

 銅貨を支払い、たくさんのりんごを受け取ると、メロンはそれを右腕で軽々と抱えた。


「嬢ちゃん見た目によらず力あるんだなあ。働く気があればどうだ、うちの荷卸しの仕事なんてどうだ?」

「あ、うーんと、遠慮しときます」


 そそくさと店を離れ、市場を一通り冷やかしてきたリオと合流する。


「どう? いろいろ買えた?」

「リオ姉さんも手伝ってよー」


 ぶーと頬を膨らませながら、メロンはリオに不満の声を上げる。


「いやいや、私だって遊んでたわけじゃないんだよ。いろいろ情報を集めてたんだ」

「ふーん。何か成果はあったの?」


 メロンは半信半疑といった様子で、じとっとリオを見つめた。


「もちろんさ。私を誰だと思ってるの? それにしても、あんたよくそんなに荷物持てるわね。かなり重そうに見えるけど」

「ああ、それはね」


 プシノに手伝ってもらってるの、とリオに耳打ちする。それに合わせて、フードの中のから少しだけプシノが顔を覗かせた。

 

「そういうこと。……とりあえず一度戻りましょ。かなり目立つから」


 小柄な女の子が両腕に大量の荷物を軽々と抱えて立っている姿は少し異常で、周りの視線を集めている。

 メロンは、今まで自分がその視線に気づいていなかった、ということに気付き、自分が浮かれているのを自覚した。追われている身として、普段から人の視線には気を配っていたはずなのに。


「弛んでるぞ、メロンさんや。何かいいことでもあったかな? ……ああ、なるほどね」


 リオは大量のリンゴをちらりと見て、意地悪そうに笑った。


「な、なんでもないよ! 早く行こ!」


 リオの表情に危機を感じたメロンは、さっとその場を離れ、人混みに紛れていく。突然走り出したメロンにリオは少し驚いた後、ふっと笑顔を浮かべる。


「若いねえ」


 ふあっとあくびをすると、メロンの後を追って歩き出した。


 *     *     *     *


「お待たせ! いろいろ買い揃えてきたよ!」


 テルン達が待っている場所に到着したメロンは、三人からの労いの言葉を受けながら購入したものを、合わせて買ってきた敷物の上に次々と広げていく。

 もう隠れる必要もなくなったので、プシノはフードを取ったメロンの頭上に着地した。


「リオはどうした?」

「やっ、お待たせ。もう食べ始めてる?」


 路地の角からぬっと出てきたリオはパンパンと手を払うと、手近な食べ物をつまんでひょいひょいと口に放り込んだ。


「うん。まあまあね。あ、それよりメロン。あんた特区に入ったあたりからずっとつけられてたわよ。テルン達が見つかったらその情報が王立軍に売られちゃうの、分かってるでしょ」


 もぐもぐと咀嚼しながら、市場の時と同じように叱りつける。


「そりゃ分かってたよ。つけられてることも、その後ろからリオ姉さんが来てたのも。暴れたら荷物がバラバラになっちゃうから、もう頼んじゃおうかなって。ありがと!」


 にゃははと笑うメロンを見て、リオは毒気を抜かれてしまった。


「全く……ちゃんと反省しなさいよ?」

「痛っ!」


 それでもびしっとメロンの頭にチョップを入れると、またぱくぱくと料理や果物を食べ始めた。


「それもありますが、お二人とも大事なことを忘れてます!」


 りんごを魔術ユースフィリアで浮かし、細かくしながら少しずつ食べていたプシノが、拗ねたように可愛らしく怒っていた。


「えー? メロンはともかく、私が何か忘れるかな?」

「ひどい!」


 メロンが非難めいた声を上げたが、リオは知らん顔を貫いていた。


「忘れています! 宿です! 宿! 買い物を始める前に言ったじゃありませんか!」

「でもプシノ何も言わなかったよね? 私が帰ってる間も」

「それはメロンさんが急に走り出したから、何かまずいことになってるかと思ったからです!」


 そのときのプシノはメロンのフードの中に居て、さらに魔術ユースフィリアを荷物にかけ続けていたこともあって、周りの状況をうまく把握できずいた。


「もう一度戻るのは手間ですし、これ以上言いませんけど、お二人ともしっかりしてくださいね」

「はーい」


 返事をしたものの、メロンもごはんを食べ始めていたので、プシノの言葉は頭の中を通過して右から左へと抜けてしまっていた。


「言っておくけど、私だって遊んでたわけじゃないんだからね」


 リオは口の中のものをごくりと飲み込むと、得意げにふふんと笑う。


「何かわかったのか?」


 フェガは肉をむしゃむしゃと食らいながらも、全員の会話をしっかりと聞いていた。


「ええ、それはもういろいろとあったわよ。あれだけの人のいればいやでも会話が始まるってものだし、商人同士なら尚更ね。中には王立軍と直接商売してるってところもあって、興味深い話が出てきたわ」


 全員が一度手をとめ、リオの次の言葉を待った。


「お祭りのサプライズイベントとして、異世界で捕えた、人間に仇なす者を公開処刑、それを仲間への見せしめとする、ですって。どう考えても、ね?」

「なるほど……今グリーが生きてるってわかっただけでも大収穫だ。リオ姉ありがとう、何とかなりそうだ」

「何とかなりそうって、何がよ?」


 怪訝な顔をしてリオはテルンの真意を問う。テルンはメロンの顔を見ながら言った。


「グリー救出と、妖精軍の撃退の両立だよ。いろいろ準備は必要だけど、うまくいくと思う」


 テルンはリンゴを一つ掴み豪快に齧り付くと、不敵に笑った。


「早急に動こう。今夜が勝負になる」


 メロンやリオが買い出しに行っている間、テルン達もただ待っているだけではなかった。

 特区の住人に自分達の存在を口止めする目的で金を握らせ、それと合わせ最近街で起きたことや、王立軍の様子などを聞いて回っていた。


「役に立ちそうな情報は二つ。夜に街を出歩いて警備する兵士が増えたということ。それと、備品庫や武器庫から度々ものが消えているという噂があるそうだ。盗んでいる犯人は未だに見つかっていないらしい」

「ああ、それなら単純なタネよ。備品とかを管理してる兵士たちが全員グルになって盗みを働いてるの。武装魔道具を売ればかなりの金になるからね。一人だけならたぶんすぐにばれてるわ。兵器の警備は厳しいはずだから、そう易々と忍びこめないもの」


 リオは元々ごく普通の王立軍の兵士だったが、才能を見抜いたメネル・エリトが対異世界生命体特務部隊ハンターに引き込み、あらゆる技術やノウハウを叩きこんだ。


「まあ訓練ではそこに忍びこんで、自分の装備を整えろ、なんてのもあったけどね」

「人間相手の訓練って、あんまり意味ないんじゃ……」


 プシノはもっともな疑問を口にした。


「いや、隊長がね? 人間に気付かれるようじゃ亜人から隠れるなんて無理に決まってんだろ? っていう人でね。確かにその通りだなってみんな黙って訓練してたわ」

「なるほど」


 様々な感覚において勝る亜人達から身を潜めて行動するのに、人間にばれてしまうようでは話にならない。そういった意味で、メネルの言葉は正しかった。


「行動を起こす前に、俺達のことが王都の連中に勘付かれるのは正直まずい。だから、リオ達の装備を整えるにも、相当注意が必要だ」

「でもどうやって手に入れるの? ディバさんのところにでも行かないと、私たちの武器なんて手に入らないんじゃ……え? なんでみんな溜息ついてるの?」


 メロンは本気で不思議そうな顔で皆の顔を見渡した。フェガは仕方ないと呆れながら説明を始める。


「今までの話は聞いていただろう? この街の武器庫の品は度々なくなっていて、それが起こっても犯人は見つからないということ。そして、そこから誰の眼にも止まらずに、装備を盗み出す手段もここにある」


 そういってフェガはリオの肩をぽんぽんと叩く。メロンはようやく気付いたようで、はっと閃いた様子だった。


「王立軍の武器庫から必要なものを盗むってことだね?」

「そうだ。メロンとリオの分があれば問題ないが……」


 フェガはちらりとリオの方を見たが、リオはどんと大きな胸をたたいた。


「二人分くらいなら全然余裕よ。ちゃちゃっと行ってちゃちゃっと帰ってくるわ」

「私も行ったほうが……自分の装備だし」


 メロンが小さく手を挙げるが、テルンがその手を下ろさせた。


「今回は本当に見つかるとまずい。慣れてないことはするべきじゃない」

「でも……」

「メロンには当日頑張ってもらうからさ。今はリオ姉に任せるべきだ」


 猫耳や尻尾がしょんぼりと垂れ、全身から残念だという気持ちが表れているメロンの頭を、リオは優しくなでた。


「変な気を遣わなくていいの。任せて」

「……うん、わかった。お願いね」


 メロンの微笑はどこか寂しそうで、リオを見つめる眼差しにはほんの少しだけ、嫉妬の色が混じっていた。


 *     *     *     *


 星々の瞬きが見える頃。

 あれだけ騒がしかった大通りもパトロールの兵士を除いて姿が見えなくなっていた。冷え込みもあり、昼間の立っているだけで汗ばむような気温とはうって変わって過ごしやすくなっていた。いくつかの街灯が街を照らしていたが、テルン達が紛れるだけの闇は充分に残っている。

 静まり帰った街の中をひっそりと移動し、王立軍マリーディア支部の建物へと近づいていく影が四つ。

 作戦の核であるリオに、テルンとメロン、猫耳の間に座るプシノの四人が作戦に参加し、フェガはテディと共に特区に残っていた。いつもテルンについていきたがるテディも、異次元門ゲート創造が続き疲れていたのか日が沈むのと一緒に眠ってしまった。

 

「じゃあプシノ。打ち合わせ通りによろしく!」

「了解です!」


 小声でのやり取りを済ませ、プシノは支部をぐるっと囲む背の高い石垣の上からひょっこりと顔を出すと、中の様子を伺う。プシノの夜目はあまり良くはないが、暗がりの中でも見回りの兵士は皆魔道具フィリアツールの灯りを持っているので、それぞれの位置や数を把握するのは容易だった。


「建物が入り乱れていてよくわかりませんでしたが、手前に四つ、中心部に六つ、奥に五つ、東と西に一つずつ設置された高台の上にも二つずつ。肝心の武器庫は入り口に二つ、明かりが見えました。建物の陰や中までは分かりませんでしたが、おおよそ外の見張りはこの程度です」

「了解、ありがとうプシノ」


 降りてきたプシノの報告から、リオは武器庫までの経路を頭の中で構築する。前回の侵入の際に建物の配置は頭に叩き込んでいたので、地図に線を引くような感覚で思考を固めていき、障害がないかを計算しながらシュミレートし、確認を終える。


「オーケー。なんとかなりそうよ」

「リオ姉、命が最優先だからな。装備は欲しいけど、無いならないでどうにか出来る。万が一見つかったら大声で叫んでくれよ。俺達も突撃するからさ」


 テルンはリオに、無理をしないようにと釘を打つ。


「わかってるわよ。私だってそんなダサい死に方なんて嫌だからね。プシノ、何時でも行けるわ。……ねえメロン。見送りは笑顔がいいんだけど」


 リオは未だに暗い顔で俯いているメロンのおでこをつんとついて、顔を上げさせる。


「うん、ごめんなさい……頑張ってね、リオ姉」


 メロンは笑顔を見せたが、それはとても自然なものとは言えなかった。貼り付けたというより、絞り出したような表情はとても弱々しく、今にも崩れてしまいそうで、リオは言いかけた言葉を飲み込んだ。


「始めるわ」

「行きます!」


 リオは何かが自分を包み込み、引っ張り上げられる感覚を得た。プシノが魔術ユースフィリアによってリオの身体を持ち上げ、石垣の上にひっそりと着地させる。

 そこで、リオは改めて中の様子を自分の目で確かめる。プシノから得ていた情報に詳細を加え、自分の計画に穴がないかを見極めた。


「うん、大丈夫そう」


 テルン達にハンドサインを送りそれを伝えると、そのまま支部の中へと、猫のように、音一つ立てず降り立つ。そのまま滑るように走り、建物の陰に身を潜める。少し遅れてプシノが再び石垣を超え、申し訳なさそうな声で失礼します、と言うとリオの頭の上に腰を下ろした。

 前回は資料のある司令室への侵入で、やむなく何人か気絶させたが、そのせいで今回の警備は前回より厳しくなっているだろうと予想していた。

 もちろん顔を見られたわけではないので、正体不明の侵入者ということになっているはずだった。一度姿を見られている時点で、テルンのいう今回見つかった場合というのは今更だと、リオは密に思っていた。武器が盗まれるという事件のその犯人も、その侵入者に押し付けられているだろうと考えるのは自然な思考だった。

 しかし、予想とは裏腹に、警備は厳しいとは言えなかった。一定のコースで巡回している兵士の人数は前回よりも多くなっているものの、その動きは緩慢で、緊張感があるとは言えなかった。眠そうにあくびをしたり、途中で持ち場を離れ陰に入り、酒をこっそり飲んだりと、怠惰の限りを尽くしていた。


「これはちょーっとひどいわね。私は楽に仕事ができていいけどさ」

「早く行きましょう。待っているテルンさん達は心配していますよ」


 リオは溜息を吐きながらも自分の目的を達するために動き出す。

 入り組んだ建物の隙間や、屋根の上などを使い自由自在に動き、見回りの目を盗みながら、順調に進んだ二人は、予定よりも早く武器庫へと辿りついた。

 石造りの窓のない質僕な武器庫の見張りは最初に見たときから一切、扉の前から動いていないらしく、リオ達が見ている間もピクリとも動かなかった。それぞれが片手に槍を持ち、王立軍兵士共通の分厚い鎧を身に付けている。


「ここからが本番ね……長くならないことを祈るわ」


 リオはどっかりと腰を下ろし、見張りの男達の動きを逆に見張り始める。リオ達が倉庫に侵入する手段はたったの二つ。兵士達をプシノの魔術ユースフィリアで眠らせ、その間に武器庫の鍵をこじ開けるというもの。

 もう一つは、兵士達が自ら武器庫の鍵を開けるまで、ただひたすら待つ。兵士達が武器庫から備品を失敬しようとした隙をつき、侵入するというもの。

 前者は自分たちの好きなタイミングで動けるが、何者かに侵入した痕跡が残りやすい。鍵を開けた跡などが残ってしまえば、それだけで怪しまれてしまう。

 しかし後者を選べば、痕跡を残すことなく武器庫内に侵入できる。見つかってしまうリスクが高まる上に、兵士達が今夜備品を盗みだすとも限らない。それでも、リオは自分ならなんとかできると確信していた。


「お、思ったより早かったわね」


 見張りの兵士はお互いに目を合わせた後周囲を確認すると、ごそごそと鍵を取り出した。ガチャりと錠をあけると木のドアを引き開ける。二人は強欲な笑みを浮かべると、武器庫の中へと消えていった。

 それと同時にリオも物陰から飛び出し、中を様子を伺う。

 兵士たちの持つ灯りによって、いくつもの木箱や棚が照らし出される。弾薬や槍、剣や武装魔道具など、収められているものの配置は決まっているようで、探す手間が省けるとリオとプシノはほっとしていた。

 二人は並んでいる棚の奥で金になりそうなものを物色するのに夢中になっていて、入り口には目もくれない。この機を逃すまいと、リオは急いで中に飛び込み、必要なものを探し始めた。

 ナイフに催眠特化型武装魔道具、その弾薬と、最低限必要なものを持ってきた袋に詰めていく。兵士たちの位置を確認しながらの作業に多少手間取りながらも、すべてのものを取り揃えたのと同時に、あるものを発見した。


「これ……なんでこんなところに……」

「リオさん!」


 リオは思わぬ出来事に一瞬意識を奪われたが、プシノの声に我を取り戻す。

 二人の兵士がこちらに向かって歩いてきているのを見て、リオは慌てて二人の死角へと移動する。


「今日のところはこんなもんか……そろそろ閉めるぞ。あんまり持ち場を離れると目立つからな」

「おーう。まあ上官達も気づいてると思うがな。あれだけの金を握らされたら」

「それもそうか」


 笑いがとまらないと言わんばかりに、二人はくくくと笑うと、出口に向かう。物陰に隠れていたリオは、閉じ込められるという危機に思わず声を漏らしそうになるが、ぐっとこらえ、プシノに合図を送る。


「——なんだ? ……やけにねむ……い」

「おいおい、ここで寝るなよ。せめて……外にで……ろ」


 武器庫を出る直前で二人の兵士は人形の糸が切れたように、その場に倒れた。一仕事終えたプシノが安堵の溜息をつく。


「ありがと。助かったよプシノ」

「いえ、これくらいのことは。それより、珍しいですね。リオさんが不注意だなんて」

「え……そ、そうね。これがこんなところにあるとは思わなかったから」


 プシノが宿のことをすっかり忘れていることに若干驚きながら、リオは例の木箱の蓋を開け、中身を取り出した。

 地面にそれをたてれば、どすんという鈍い音が武器庫に広がる。兵士の落とした灯りに照らされ黒光りするそれは、リオの愛銃に酷似していた。


 *     *     *     *


 何事もなくリオ達が石垣を超えてきたのをみて、テルン達はようやく胸を撫で下ろすことができた。

 遠目に見える月明かりに照らされたリオのシルエットはやけに出っ張っていて、それが長身の武装魔道具であると気づくまでに時間はかからなかった。


「おかえりリオ姉。それって——」

「これね。私もびっくりしたわよ。旧式とはいえ、『レイピア』が量産され始めてるなんてね……」


 大量生産が不可能、そして、使いこなせる兵士を育成するのに大きなコストがかかる『レイピア』は、本来リオの所属していた狩人ハンターにのみ支給されていた。

 それがたかだか王立軍の支部の武器庫に保管されているとなれば、王都の本部に配置されていることに疑いはなかった。

 そして、『レイピア』が通常兵に与えられた時の軍事力の上昇の程は計り知れない。


「今回のことに限っていえば、それも有難いよ。リオ姉、それが旧式だからって、腕に影響なんてしないよね?」


 挑発的なテルンの口調にあえて乗るように、リオはにやりと笑った。


「当たり前でしょ? 私を誰だと思ってるの?」

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