第8話 鋭い言葉

 今にも泣きだしそうな様子のテディを、メロンは覆い被さるように抱きしめる。 しかし、メロンも動揺を隠しきれないようで、テルンを振り返るその顔にも不安が張り付いていた。


「……一度中に戻ろう。ディバさんのとこで寝かせてもらって、今日はもう休もう」


 二人を再び建物の中に誘おうとしたとき、プシノがテディの頭の上でもぞもぞと動いたかと思うと、目を擦りながら起き上がった。


「……あれ、みなさん。おはようございます、というには真っ暗ですね」

「プシノ、気が付いたか」


 プシノは自分の置かれている状況を把握しようときょろきょろしていたが、いまいちわからなかったのか、視線で二人に説明を求めた。テルンはディバにしたのと同じように、要点のみをかいつまんで話し、たった今テディの異世界門ゲートを開こうとして失敗したことを伝えた。

 話が終わるころには洞窟を進みきり、再び鍛冶場のドアを開けていた。


「随分とお早いご帰還じゃねえか。武神団の奴らにでも見つかったか?」


 再度やってきた客人たちにディバは少なからず驚いたが、すぐに軽口をたたき頭の中を切り替える。


「テディの調子が悪いみたいなんです。少し休ませて頂けませんか?」


 メロンは耳をピクピク、尻尾をゆらゆらと動かしながら申し訳なさそうにお願いした。

 ディバは無意識のうちに尻尾を目で追う。それを見てテルンが噴き出すと、ディバは顔を赤くした。


「べ、別に構わねえさ。奥の部屋のソファにでも寝かせてやんな」


 誤魔化すように咳払いをして、飯は自分たちで作れよと言い残すと、奥の部屋に引っ込んでいった。


「テディ、お言葉に甘えちゃおう。こっちきて」

「うん……」


 メロンの手を握り、その後ろについていくテディの顔色は優れない。


「プシノ、ちょっと来てくれるか?」


 テルンはテディの頭の上に座ったまま部屋を移動しようとするプシノを呼び止めた。プシノはテルンから呼ばれると予期していたのか、テディの頭の上からテルンの差し出した掌へとすぐに飛び移った。


「テディのことですね? 彼女の状態について」


 テルンは小さく頷き、テディ達が居なくなったことを確認して話し始めた。


「流石だな。その通りだよ。異世界門ゲートを作るなんて力を持っている人間、存在が、他にあるとは思えない。相当に特殊で、俺自身あいつを持て余してしまうと思う。今回だって、どうしてテディが力を使えなくなったのか、さっぱり分からないんだ」


 お手上げだとでもいうようにテルンは両手を上げる。


「でも一つ分かるのは、異世界門だってフィリアの動きによって起こる現象の一つってこと。そういう見方をすれば、テディの力は妖精の使う魔術ユースフィリアと似たものだってことになる」

「テルンさんの考え方は間違ってないです。恐らくですが、テディは単に疲れているだけだと思いますよ? 私が亜人界で倒れてしまったのも同じ理屈ですし」


 お恥ずかしながら、と顔を赤らめつつ、プシノは説明を続けた。

 魔術ユースフィリアを使う時、使用者はその起こしたい現象に見合っただけの精神を消費すること。規模が大きいものほど、より大きく精神をすり減らすということ。精神の消費度合いにはほかにも要素があって、空気中に含まれるフィリアの量がその一つだということ——人間界ではフィリア濃度と呼ばれている——。フィリア濃度が高ければ高いほど楽に魔術ユースフィリアが使用でき、低ければ低いほど余分に精神を消耗してしまうということ。亜人界は人間界や妖精界と比べ、圧倒的にフィリア濃度が低く、簡単な魔術ユースフィリアでさえ苦労するということ。それが原因で自分が気絶してしまったこと。

 テルンは黙ってプシノのフィリア講座を聞いている最中に何かを思い出したようで、プシノが話し終わるのを待ってこう切り出した。


「そこまで分かってて、どうしてあの時魔術ユースフィリアを使ったんだ?」


 テルンの疑問は素朴というか、当然のものであった。亜人界でテルンとリオが一角魚に追われていたとき、プシノの魔術ユースフィリアは発動せず、本人は意識を失った。そうなることが分かっていたはずだというのにも関わらず。


「い、いや、あの、それはですね……」


 あわあわとプシノが掌の上で慌てている様子を見ながら、テルンは少し悪いことをしたなと若干の罪悪感を抱いていた。


「ごめんごめん、悪かったよ。わかってる。俺たちのために必死にだったんだよな」

「……すみません。私が未熟なせいで、みなさんに迷惑をかけてしまって」

「気にするなよ。プシノがいなかったら困ることの方が多いくらいなんだからさ」


 お互いに自身の不甲斐なさを痛感しながら、慰め合うように苦笑した。


「それじゃあ、テディは一晩寝れば大丈夫、少なくとも、何か命に関わることがあるわけじゃないんだな?」

「顔色が悪いくらいなので恐らくは問題ありません。といっても、テディは特殊なケースですから、一概にそうだと思い込むのは良くないかと。今夜は交代でテディの様子を確認するようにしましょう」

「了解。メロンにも伝えてこよう。心配してるだろうからな」


 奥の部屋に向かいながら、テルンは考えていた。今の会話を含め、自分がテディのことをどう見ているのか。ちゃんと一人の少女として見ているのか。全世界の中で唯一、自由に世界間を移動できる便利な道具として見てはいないだろうか。

 もし道具として見てしまっているなら、自分が、自分の嫌悪する人間たちと何ら変わらない存在に成り果ててしまっているということだ。自分の目的を果たすためには全力を尽くすが、手段は選ばなければならない。選んで果たしてこそ、そこに意味があるのだと、改めて自分を戒めた。


 *     *     *


 夜も深まり、月明かりも届かぬ森の奥。草木も眠り、風の思うがままに揺れ動く時間。

 少し堅めのソファの上からは、安らかな寝息が聞こえている。青ざめていたテディの顔色は大分良くなっていた。よだれを垂らしてむにゃむにゃと何か言っているが、恐らく夢の中でご馳走でも食べているのだろうと、テルンは優しい顔でテディの頭を撫でている。

 ソファの隣では、メロンが壁を背にして眠っていた。床に直接座ったせいで少し冷えるのか、毛布をぎゅっと身体に巻き付けている。そしてメロンの頭の上ではいつも通り、プシノの白髪の中に埋もれて丸くなっていた。

 テルンはその様子を眺めながら、何となくできてしまった暇を持て余す。自分に何か出来ることはないかとそわそわしていると、部屋のドアが軋み、部屋の中に光が差し込んできた。逆光で、ディバのシルエットが浮かび上がる。


「おお。暇してるみたいだな」

「暇なんかじゃないですよ。テディの容態に変化がないか、交代で番をしてるんです」


 次はメロンと交代になるが、それまでにはまだだいぶ時間が空いていた。


「大丈夫だろう。こんなにぐっすり寝てんだから。少し付き合え」

 

 返事を待たず、ディバはドアから離れて行く。テルンは仕方ないなと立ち上がり、テディの顔を一瞥してディバの部屋に向かった。

 中ではディバが、テルンの見たことがない種類の酒と木のお猪口を用意して待っていた。テルンに椅子に座るように促すと、ディバはその真正面に腰掛ける。木製の椅子はがっしりしていてぐらつくことなく、作った本人の性格を映し出しているようだった。


「さあて。テルンはこれ、どんなもんか知ってるか? 飲んだことあるか?」


 ディバは酒瓶を手に取ると、テルンの方に差し出す。

 テルンはラベルをじっと見たが、ただ『テリー』と書いてあるだけで、他の情報は一切読み取れなかった。


「分かりません。そもそも俺はお酒を飲んだこともないんですよ?お酒のことならグリーに——」


 そこまで言って、テルンはぐっと口をつぐんだ。ディバにそっと酒瓶を返すと、溜めていた息を大きく吐き出す。


「ちょうどいい機会だ。お前もそろそろ酒を飲んでみろ。悪いことばっかりじゃねえからさ」

「……頂きます」


 ディバはテルンがお猪口を受け取ったのを確認し、そこになみなみと酒を注ぐ。テルンはお猪口を口元に運んだが、初めて見る白く濁った色の液体に、思わず口に入れるのを躊躇ってしまった。


「ちびちび飲んだらいい。むしろ一気に飲むなんてことは考えるなよ」


 ディバはテルンの様子に見かねたのか、自分のお猪口にも酒を注ぎ、見本を見せるように飲み始めた。


「一気に飲むとやっぱり良くないんですか?」

「ああ、良くない」


 テルンは酒のことには疎かったが、グリーが飲んでいるのを見て健康に良くないだろうと日頃から思っていた。体調に良くないということなら頷けるというものだった。


「高いからな。大事に飲めよ」

「はい?」

「これ一瓶で王都の貴族街に豪邸が建てられる」

「……はい?」


 テルンは視線をディバの顔とお酒の間で何度も行き来させる。目を丸くしているテルンをよそに、ディバは目を瞑り、口に広がる風味を楽しんでいた。


「まあ、それはさておきだ。一度お前とゆっくり話したかったからな。気に入らなければそれで構わん」


 テルンはディバの言葉を聞き、少しの逡巡のあと、お酒を口に含む。少し舌がしびれるような、それでいてどこか心地の良い感覚に包まれるような感覚に、テルンは


「……なるほど。悪くないですね」

「だろう? これに溺れちまったやつなんざ、世の中にはごろごろいる。お前はどうかな?」


 ディバは試すような意地の悪い笑みを浮かべ、また一口酒を含んだ。


「まあ、グリーのことはあんまり気にするな。何もお前だけのせいってわけじゃねえ。むしろ、運が悪かっただけだとも言える」


 ディバの言葉に、テルンは口まで運びかけていたお猪口を、そっと机に戻す。


「いえ、グリーが一人になったのは俺の指示のせいです。最低でも二人でいれば、対応も難しくなかったはずなんです」


 テルンは自分の選択を過ちだとして、それをディバに懺悔した。

 テディの力を知って、心に驕りが出来たこと。うまく危機を乗り越えたことで出来てしまった油断のこと。そうした慢心から、戦うことの出来ないと分かっていたグリーディアを一人にしてしまったこと。


「俺達のグループにリーダーはいません。でも、みんな俺を頼ってくれてるし、俺も頼ってもらえるなら、それに応えたい。まだ短い時間だけど、今までそうやってきたし、これからだって、そうしたいと思ってます。……だから、責任は俺にあります」


 テルンは目を伏せ、膝の上の拳を握る。ディバはテルンが言葉を紡ぐ間も、目を閉じ、静かに酒を飲んでいた。声に耳を傾け、深く考えるように。


「……余計なことかもしれねえし、少しお前にとって厳しいことかもしれねえが、この際だからはっきり言っておく」


 そう言うと、ディバは酒を片付け、頭をぼりぼりと掻いた。


「お前があいつらに対して責任を負っているなんてことは、全くねえ。これっぽっちもだ」


 ディバは中身の残っていたテルンのお猪口を取り上げ、ぐいと飲み干した。


「お前が責任を取らなきゃいけねえ相手なんざ、せいぜいあのテディ嬢ちゃんと——いや、あの子くらいのもんだ」


 テルンはディバが詰まった言葉の先をすぐに読み取った。それは誰よりも自分自身が分かっていることで、口に出すまでもないことだった。


「でも俺の意見のせいで——」

「残念だがそれは違うな。というよりも、根っこの部分が間違ってる。みんながお前に頼ってるってことがおかしいんだ。いや、そもそも?」


 ディバはテルンの言葉を遮るように話し、間に入り込む隙を与えない。それは今を言葉で歪ませること許さず、テルンに事実を直視させた。


「俺は普段のお前達を知らん。だが、フェガやグリーディア、リオにプシノ。そんで、メロンやお前がどんな奴らなのか。それくらいは知ってるつもりだ。俺から見たとき、フェガやリオは間違いなくなんだよ。グリーの奴だって例外じゃねぇ。分かってると思うが、単なる年齢の話をしてんじゃねえぞ」


 ディバの表情は少しずつ険しくなり、その視線はまるでテルンを射抜くような鋭いものだった。身体が自然と硬直し、その場から動けないような錯覚にテルンは陥った。


「お前は子供だ。ただのガキだ。テルン、頼られてるなんざ、お前の思い上がりだ。あいつらがお前一人に判断を委ねてるなんて、俺には信じられん。あり得んと思ってる。普段がどうか知らんが、少なくとも今のお前は、勘違いと自意識に塗れてる。見てるこっちが恥ずかしいくらいだ」

「……俺が、調子に乗ってるってことですか」


 ディバの言葉が、テルンの芯にに突き刺さる。それに反発しようとして、テルンはディバの気迫に押され、言葉を飲み込む。人生の中で味わってきた、経験してきた全てが、ディバの気配に詰まっていた。それを押し返せると思うほど、テルンは自分を見失ってはいなかった。ただ、ディバの顔を直視するのが怖かった。やっとのことで絞り出した言葉は、自分でも呆れるほどに惨めだった。


「そういう言い方も出来る。だがな、俺はお前を責めてるわけじゃない。お前が勝手に責任を感じて、勝手に悔やんでいる、それがおかしいって言ってるんだ。もう一度言うが、今回のことに関して、お前は何も悪くねえ。いい加減、落ち込むのはやめにしとけ。お前がそんなんだと、あいつらも不安がるぞ」


 テルンはディバの言葉に答えず、黙って席を立つ。そっとドアを開け、中の様子を伺うと、部屋を出る前と変わらない、安らかな寝息が聞こえていた。テルンは三人の顔を順番に見つめると穏やかな笑顔を浮かべた。


「……そうですね、ありがとうございます。ディバさんはいつも容赦ないですね」

「思ったことを言っただけだ。まあ、助けになったんならよかったよ。話は終わりだ。付き合わせて悪かったな」


 テルンの少し皮肉を込めた言葉をあしらいつつ、ディバは口早にそう言った。ゆっくり休めよという言葉を最後に寝室に消えていくディバを、テルンは黙って見送った。

 寝室のドアが完全に閉まり切ると、テルンはほっとしたように息を吐き出す。ふと部屋の隅に視線を向けると、立てかけられた新しい愛剣がずしりと鎮座していた。剣を手に取り鞘から抜き放ち、改めてその重さと輝きを実感する。丁寧な仕事ぶりと、込められた長年の技術からは、特別な執念のようなものが湧き上がっているようだった。剣は光の反射によって、次々とその表情を変えていく。そこに移りこんだ自分の表情もまた、煌めきごとに醜く、情けないものになっていくようで、テルンは静かに剣を収めた。


「流石だ……参ったね、これは」


 やれやれと苦笑しながら、剣をしっかりと持ち直す。時計の針は思った以上に進んでいて、テディを見守る当番を変わる時間はとうに過ぎていた。それでも、メロンを起こすでもなく、かといって簡単に眠れるわけでもなく、テルンは暗闇越しに三人を見つめ、これからのことに思考を傾けていった。


 *     *     *     *


「ん……ふにゃぁ……」


 静謐な暗闇の中で、もぞもぞと動く影。猫のように目を擦り、ふーっと伸びをする。瞳がぱちぱちと瞬き、周りの様子を伺う。耳をピクリとそばだてると、小さな寝息がメロンの耳に届いた。

 その途端、メロンは全員が寝入ってしまったということに気付き、慌ててテディのおでこに手を当てる。熱がないことを確認してようやく、メロンの表情はやわらくなった。

 立ち上がったついでに頭の上で熟睡しているプシノをテディの枕元に下し、向かいで眠り込んでいるテルンに近づいていく。


「こんなに近くまできても起きないなんて……テルンも疲れてるんだね」


 そうつぶやくと同時に自然と優しい笑顔がこぼれでて、テルンの顔をもっとよく見ようとしゃがみこむ。うつむいているテルンの顔を覗き込もうとして、さらに一歩を踏み出し——何かに躓いた。


「え? きゃあ!」

「ん? うおっ⁈」


 メロンの悲鳴で目を覚ましたテルンの上に、バランスを崩したメロンが倒れこみ、身体を預けるように押し倒した。


「いてて……」

「ごめん、だいじょう——ぶ?」


 眼を開けると二人の顔は、すぐ目の前にあった。鼻と鼻が触れ合いそうで互いの吐息が薄くあたってしまうようなそんな距離で、二人は固まり、見つめ合った。

 瞳に映る互いの姿すら、はっきりと見えてしまう。引かれるような感覚と意識が麻痺していくような感覚の中で、二人の距離が更に縮まり——。


「二人とも何してるの?」

「うわああああ!」

「きゃああああ!」


 突然背後から聞こえた声に驚き、メロンはテルンの上から飛び退いた。


「テディ、起きてたの⁈」

「うん、今起きたところだよ。二人ともおはよう」


 テディの顔にはすっかり赤みが戻り、無邪気な笑顔はまるで向日葵のようだった。


「ああ、みなさん、おはようございます。テディはよくなったみたいですね」


 メロンとテルンの悲鳴で目が覚めたのか、プシノはソファーから飛び立ち、テディの肩に降り立つと、体温を感じるためかテディのほっぺを触り始めた。


「うん。もう大丈夫だよ! ほら、こんなに元気!」


 テディはそう言ってメロンの真似をするように、テルンに向かって飛びついた。テルンは仕方ないなと、テディを膝の上に座らせ、頭を撫で始める。


「それで、テルン兄ちゃんとメロン姉ちゃんは何をしてたの?」


 その言葉にテルンのテディを撫でていた手は止まり、メロンはぎくりと顔をそらし、プシノははてなと首を傾げた。


「え⁉ あ、いや、別に、なにもないよ?」

「何のこと……ああ、そういうことですか」


 真っ赤になっているメロンを見て、プシノはだいたいのことを察してしまった。 テルンを見下ろす位置まで移動すると、真水が凍るような冷ややかな視線をテルンにぶつけた。


「テルンさん、どんな場所でも見境なくやったりしないでください。今はテディもいるんですから、教育上よくありません」

「いやちょっと待たないかプシノさん。それは勘違いってもんだ。俺はそんなことしたこともないし、テディがいるとかいないとか関係なく、心のそこからずっと清らかだろう?」


 プシノのスイッチが入る気配を察し、テルンは身構えながら迎撃を始める。


「そんなことってなんですかテルンさん。テディも知りたがっていることですし、ぜひとも教えてほしいですね。まあどうせ? テルンさんがメロンさんを押し倒して、そのまま手足を縛って拘束して服を剥ぎ取り、露わになった身体を——」

「待て待て待て! お前のほうがよっぽど教育に悪いっての! メロンは俺の剣につまずいて転んだだけの、ただの事故だって! 早く目を覚ませよ!」

「ねえテルン兄ちゃん、プシノ姉ちゃんの言ってることってどういうこと?」

「お前はまだ知らなくてもいいことだから気にするな。おいメロン! お前からも何か言ってやれ……よ?」


 メロンが視界に見当たらず振り返ってみると、部屋の隅に体操座りをして膝の間に顔をうずめていた。


「そ、そんな、私とテルンがそんなことなんていや別に興味がないわけじゃないけどそういうのって早すぎるというかでもテルンに迫られたら私絶対流されちゃいそうだしあーどーしよ!」


 ぶつぶつと誰にも聞こえないような声で呟きながら、感情の昂りに合わせて尻尾が大きく揺れ動いていた。


「メロン?」

「うにゃあ⁉ あ、ごめん、なんでもない! 私、朝ごはんの準備してくるから! それじゃあ!」


 メロンはドアを壊れてしまいそうな勢いで開け放つと、ふらふらと奥の部屋に消えていった。三人は呆気に取られながらメロンを見送ると、顔を合わせて笑い出した。


「あーもう、本当、お二人はおかしいです。でも、仲が良くて羨ましい限りです。……次から気を付けてくださいよ」

「だから誤解だって……まあいい。俺たちも出かける準備だ。テディ、まだ本調子じゃなかったらちゃんと言うんだぞ?」

「はーい!」


*     *     *     *


 重なる木の葉の隙間から降り注ぐ陽光がほのかに暖かい、雲一つない澄み切った夏空の下。テルン達は身支度を整え、リオ達と合流するべく外に出た。


「やっぱり外がいいね! 空気がおいしいよ!」

「悪かったな。湿った地下はお気に召さなかったみてえでよ」

「あ、いえ、そういうわけでは……」


 ディバの嫌味にメロンはしまったといった様子で、たははと笑いながら誤魔化した。


「ディバさん、新しい剣をありがとうございました。……それと、いろいろと考えてみます」

「おう。大事に使えよ! ……若いうちなら、間違いはただの経験だ。それを糧にして、また進め」


 ディバはガハハハと笑うと、テルンの肩をバンバンと力強く叩いた。


「テルン兄ちゃん、リオ姉ちゃん達を見つけたよ!」


 挨拶をしている間、テディには異世界門ゲートを開く準備をさせていた。プシノは何かテディに異常がないか、傍を飛び回り見守っていた。


「わかった! すぐに頼む! ……それでは、失礼します。ディバさん」

「ああ、元気でな」


 テディがゲートを開きはじめ、プシノは自分の周りのフィリアが大きく蠢くのを感じていた。

 妖精界で生活していたときでさえ、ここまで激しくフィリアを流動させた人物は見たことがなかった。マリーディアで初めて門が開かれたときは、その事実に圧倒され、ただただ驚くばかりだったが、意識して感じることで更なる驚きに晒されてた。プシノは息を飲み、テディから目を離すことができなくなっていた。


「……終わった。テルン兄ちゃん、繋がったよ」


 少し疲労の色を見せつつも、テディはしっかりとした足取りでテルンに駆け寄った。


「ごめんな。お前ばっかりに負担かけて」

「私は大丈夫! みんなもいるし! ……それでね、テルン兄ちゃん」

「うん? どうした?」


 テルンはテディの口調の変化に気づき、テディが話易いよう目線を合わせた。


「リオ姉ちゃんがいるところには確かに繋いだんだけど……ここにきたときの場所とは全然違う場所に繋がったの」

「……本当か?」

「うん。それに、二人の近くに知らない人が一人——テルン兄ちゃん?」


 突如立ちあがったテルンの表情を見て、テディは不安そうな声で呼びかける。


「テディいいか? 俺が異世界門ゲートに飛び込んで、何かがあったらすぐにこれを閉じてくれ。メロンとプシノが異世界門を潜る前に。お前ならフィリアを通して俺の様子もわかるだろ?」

「そうだけど……でもそれじゃあ」

「言うとおりにするんだ」

「……わかった」


 テルンの今までにない強い語気に、テディは身をすくませる。


「二人とも、先に俺が入るから少しここで待っててくれ! 俺が入った五分後だ。頼むぞ!」

「え? ちょっとテルン何を言って——」

 

 最悪の展開を覚悟しながら、焦る気持ちで身を焦がし、テルンはメロンの言葉の最後を待たず、異世界門ゲートの中に飛び込んでいった。

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