第85話 技術交換

 ペガサスが呑気に店を開く準備をしている最中、冒険心豊かなプレイヤー達は空腹と渇水による活動範囲を広げようと、それらを解決できる可能性のある研究をしていた。


 今では日課となったファンタジーワールドで支援を集う個人研究家達のツイート、その多くは趣味でやっているものが多いものの、中には食料や水源確保というトレンドに適した研究をしているプレイヤーもいた。


 大手生産系クランでは第二大陸の地下水源に注目して、井戸を掘る為の関連技術を研究するチームが発足されたようで、掘削技術から水の汲み上げなど個人では到底できないような大規模な研究をしているようだ。


 その中でも特にペガサスが注目したのは多く水分を含んだ果実の開発、ファンタジーワールドで比較的日持ちの良い食材は果実系アイテムが多い、そこに注目して品種改良によって日持ちが良く多く水分を含み、渇水度の問題を解決しようと言う研究も幾つ存在した。


 ファンタジーワールドでは育ちの早い作物なら1日で採取出来るし、果実でも3日もあれば果樹に多くの実が結実する。


 だからこそ、現実世界では非常に長い時をかけて行う品種改良も比較的楽に出来るはずという事らしい


 この研究は大規模な研究が出来ない、中小クランが多くやっているようで、中には個人で研究しているプレイヤーもいるようだ。


 この研究であれば様々なアイテムを持つ自分が有利ではないかと感じる。宝石飴の研究でも宝石果実『ジュエルフルーツ』がそれまで停滞していた研究の後押しになったことは事実で、これらを使えば有利なのは間違いない


 ただここで問題なのが、そのアイテムの出処を聞かれた場合嘘をつくのが難しいという点だ。


 前回は関係者がトウカさんだけだったので、そこまで気にしなかったし、彼女も好奇心はあるはずだが、聞いてくる素振りは無い、本当であればペガサスが仕入れてくるアイテムの出どころを知りたいはずだ。


 自分で使用する分なら問題は無いだろう、結局は公の場に出すのが問題で、引き継ぎの仕様を聞けばあれこれ文句が出るのは間違いないはずだからだ。

その為、個人用に研究してみようとは思うがたった1人で出来るのだろうかと不安もあった。









 果てしない荒野には黒いビニールに包まれた巨大な配管が一本の線を描きながら通っていた。


 等間隔に地面に打ち込まれた巨大な釘を足場にして、幾つもの柱が地面を這う配管を支えている。その先端では何人ものプレイヤーが配管を繋げて目的の場所に向かって果てしない作業をしていた。


「森の雫が補給拠点を作っていることは聞いていましたが、すごいですね」

「でしょ?サーディの街では森の雫が行政権のある第五位まで取っているから、こうやって大規模に作業を行えるの」


 そんな荒野の高い地形から見下ろす形で最近開発された双眼鏡で覗きながら作業を見るペガサスと満足げな様子で話すネネの姿があった。


 結果として、後追いと言う形ではあるもののフラウでも果実系アイテムの品種改良の研究が始まり、ペガサスもその研究グループに入れて貰った。


 経済の基本として、消費が多ければその対象のアイテムは値段が上がる。それはファンタジーワールドの世界でも変わらず果実系の食材アイテムは軒並み高値を記録している。


 そしてそれらを専門に扱う農業クランではすでに大手クランと契約している場所も多く、どれだけ札束を叩いても品物が無い状況になっていた。


 そんな中で始まった品種改良事業ではあるが、ペガサス自身も幾つか保有している第一大陸産の果実の種を出資し、経過報告と専用の畑を頂いた。


 そこから決められた配合表があるので、ペガサスは毎日一度から二度ほど畑に出向いて水やりや害虫駆除を行うことになっている。


 だからといって現状冒険もままならない中では比較的暇な時間が多いので、事業が最も進んでいるとされている森の雫が主導で開発が進む第13サーバーの新大陸の街、『サーディ』へやってきた。


 幹部プレイヤーであるネネさんも街の開発が始まって約一ヶ月、殆どが開発や外部勢力との権力争いを繰り広げていたそうで、この前発表された街の管理ランキングにて、無事森の雫を管理者クランとした系列クランで独占出来たそうで、今は小康状態で落ち着いているそうだ。


 そんな中で最近何かと話題の第7サーバーの街『フラウ』しかも管理者クランのメンバーがやって来ればその優先度は高い、と周囲のクランメンバーに話したそうだが、ペガサスの目的は単に一番研究が進んでいるとされるサーディへ見学しに来ただけだった。


「製鉄はね、アイテムや建築目的ならそう難しくは無いんだ。それ相応の材料を使うけども、機械を使って一定の品質の製鉄が出来る」

「鍛冶とすればまた話は別・・・・・・てことですか」


 その通り!と何故か楽しそうな様子でネネさんから花丸を貰った。


「アイテムとしての鉄と装備としての鉄では同じ材料でも全く違うアイテムだね、後者のほうが耐久性は高いし錆びにくい、ただ生産力が低いって感じかな?」

「なるほど、だから鉄製の配管を黒いビニールみたいので覆ってサビを防止しているわけですか」

「そういうこと」


 ネネさん曰く、未だ井戸の掘削や組み上げポンプの製作は目処が付いていないそうだが、工事において一番時間がかかるのはこの配管工事だという、だからこそ今できる事を予めやっておくことが大切だと言われた。


「それで、宝石飴の件はどうだい?」


 それまでの話を変えるようにネネさんが自分に向かって問うてきた。その目線は先程壮大な展望を語っていた人間と同じ人だとは思えない見透かす様な目をしていた。


「一応製作者には話を通していますが、現状満足しているようなので難しそうですね」


 ネネさんのと言いかけに対して、自分は正直に話す。ネネさんがトウカさんが宝石飴の製作者とはわかっていなくとも、詳しく調べれば自分が宝石飴を卸していることに気がつくはずだ。


 ネネさんはまだ穏便な方で、こうやって和やかに会話をしながら探ってくるぐらいで済んでいるがプレイヤーによっては店まで出向いて恐喝まがいに聞いてくるプレイヤーも居た。


 宝石飴をフラウで販売する際、この様な件は容易に想像できていたし、覚悟もしていた。


 ただ誤算だったのが、ちょうどトウカさんが自分のお店にいるときに似たような事件が起きたことだろうか


「自由に研究出来るのサイコー!」


 トウカさんが同席していたときにやって来たプレイヤーはこれまで脅してきた人の中でも特段と酷いものだったのだが、どうもトバリさんは宝石飴の開発に自信を持ちつつも、そこに付属するやっかみの大変さを目の当たりにしてファンタジーワールドの世界で引きこもりになってしまった。


 トウカさんは現在フラウの街の南地区の一角に拠点を構えている。宝石飴の開発から突如としてお金持ち担った彼女はフラウに居を構え、湯水の如く研究に必要な道具を買い漁っていた。


 この前作ったオーダーメイドの器具がよほど気に入ったのか、ぼちぼちやっている鍛冶仕事の半分はトウカさんからの注文だったりする。


 元々、宝石飴の原材料は自分が握っている事もあって、トウカさんは特に他へ移籍するつもりは無いそうだ。金欠も解消され、自分も他のプレイヤーでは入手できないようなアイテムも提供しているので現在の環境が彼女にとって理想なのかもしれない


「そっかー、残念だねぇ・・・・・・では宝石飴の優先販売は?」

「それに関してはフラウの上層部で意見が決まった紙があるのでそれを・・・・・・」


 製作者の引き抜きはネネがペガサスに対して個人的な要請で行われていたのだが、本筋は唯一フラウで販売されている宝石飴をネネさんたちが支配する街でも販売するというものだった。


 そして彼女というか、商人プレイヤーは商人としての矜持があるのかチャットやメールではなく、紙を使った交渉を好む


 ロールプレイの一貫なのだろうか、手間はかかるがそれだけで話が進むなら特に問題はなく、事前にフラウの上層部で相談しその結論を紙に書き起こし渡した。


 ネネさんは渡した紙をペラペラと軽く流し読み、ふむふむと頷きながら数度読み直し、コホンと一つ息を吐いて話を始めた。


「鉄道の開発支援か、どうだろうね・・・・・・私は構わないと思うけど他の幹部がどう思うか」

「鉄道研究も大分資金を注ぎ込んでいるそうですしね、流石に難しいですか?」

「かかったお金で言えばそうだろうけど、経験値上昇料理が宝石飴しかなくその作り方も秘匿にされている。鉄道はお金がかかっても真似が出来るからね」

「そしてもう一つなんですけど・・・・・・」


 流石に難しいか、宝石飴をサーディの街でも販売出来る代わりに森の雫が握る鉄道研究、その線路開通を支援して欲しいというもの規模が違うか


 影響の規模で言えば、宝石飴はペガサスが考えている以上に周囲に与える影響は大きい、トウカさんは今ではファンタジーワールド料理界隈のメイクなんて言われもするし、優れたものを作ったプレイヤーがまた優れたものを作る可能性も高い


 だからこそ、サーディで宝石飴を販売できるようになるとなれば、それはすなわちフラウとサーディが同盟を組んだに等しい、最近成長著しい街とプレイヤー街の中でも特に発展して影響力の大きいサーディが組むとなれば大きな話題だ。


 ただ宝石飴であっても、所詮は料理だ。原材料や研究費を考えれば中小クランで賄えるぐらいだと想像は容易に出来る。


 一方鉄道技術は内燃機関の研究から、鉄道レーンの開発など恐ろしいほどの前提技術があり、それにかかった費用とマンパワーはネネさんから軽く聞いても恐ろしいほどだ。


 だからこそたかが飴如きで・・・・・・と苦労して会得した技術を交換したくないと言うのは当然の考えかもしれない


 ネネさんの思いはそこではなく、真似が出来るか出来ないかが重要だと考えているそうだ。


 宝石飴は個人で作られ、その秘匿性は非常に高い


 現状窓口は自分しかなく、その製作者も満足しているのなら技術を盗むことは難しい


 他に経験値上昇料理が存在すれば価値は薄まるだろうが、第二の宝石飴を狙って多くのプレイヤーが研究するものの、発売されてから未だ半月見つかる気配もない


 そして宝石飴のバフ上昇率は、例え経験値上昇という特異性を抜いても優れている。これはトウカさんの技術力と宝石果実の性質が大きいのだと思う


 一方で鉄道技術はその規模から多くのプレイヤーが携わっている。研究費だけでなく製造するだけでもコストは莫大なものになるのだが、多くの人が関わっている関係上、情報流出の危険性は高い


 事実として鉄道研究に携わったプレイヤーが他クランへ引き抜かれた、なんて噂も聞こえているからだ。


「私はアイデンティティーを保持出来る宝石飴のほうがよっぽど将来性あると思うんだけどねぇ・・・・・・それでもう一つ教えたいことってなんだい?」


 ネネさんが好感触だったのは幸いだったが、フラウの上層部プレイヤーたちは研究の規模からこの交渉は難しいだろうと判断していた。そして諦めのムードが漂っていた中でトウカさんから新作の飴が届いたのだ。


「これは・・・・・・」


 ネネさんに渡したのは一つの宝石飴、現在では赤色の紅玉と煉獄しか販売していないが、ネネさんに渡した宝石飴は赤と青の二種類の色が綺麗に混じっていた。


宝石飴ジュエルキャンディー・双月〉 レア度 C 

 制作評価 5

 効果   物攻7.8%UP(5分間)物防6.0%UP(5分間)


 これはトウカさんの新作飴、近接職のプレイヤーをターゲットにした飴で近接職には必須の物攻と物防の両方にバフをかける飴だ。


 これはデメリットの大きい悪魔飴ではないので上昇量は少ないが、それでも支援魔法とは違ったバフがかかるので非常に有用だろう


 この飴以上に物攻を上げる料理は存在するが、その料理は物防が下がったり回復量が減ったりするデメリットが存在し、料理も系統がガッツリ食べなければならない、肉料理のチキンステーキなのですぐに食べることが出来ない


 一方で宝石飴の利点は戦闘中にも摂取出来るという手軽さがある。これも大きなアピールポイントでこれに興味を持たない商人はいないと思って今回持ってきた。


「これは先日、例の製作者から届いた新作なんですけども、これをネネさんのところで販売してみてはどうかなって・・・・・・勿論製作者の人からも許可は頂いています」

「・・・・・・」


 果たしてネネさんは自分の言葉を聞いているんだろうか?と一瞬不安になるがじーっと宝石飴・双月を見た後、浮かべた顔は大人の女性がしてはいけないような凶悪そうな笑みだった。


「フフ、任せてよ支援どころか直接ウチで作ってあげる」


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